トラウマ性別とケガレタ学校

ニッチ

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放課後 ゲコウジ獄

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 ……下を向いたまつ毛を上げる。白く清潔せいけつな天井が薄ぼんやりと見えた。耳には規則正しい電子音が入ってきて、消毒液の微かな臭いが鼻腔びこうに当たる。
 覚えの無い場所にて、ボヤとした声を発する。

「こ、こは――?」

 弱々しい、中学生か高校くらいの、女の子の声。

祐希ゆうきちゃん?」

「祐希!」

「意識が、戻りましたか」

 ? 中年の女の人の声は、多分だけどお母さんで、男性の方は、お父さん、もう一人の男の人は? 視界の端で揺れた白いのが白衣だとしたら、お医者さん? ってことは、ここは病院、なのかな。
 ギュッ。
 お母さんが白い掛シーツの上から右手を握り、少し痛みが走った。

「こんなに……せて、傷……ついて」

 まるで身体が引き裂かれそうな苦痛に耐えつつ、口にしているみたいだった。けど、未だにハテナマークを頭に浮かべる私は。

「え、っと?」

 緩い息を吐くに留まる。
 ボーッと、未だに機能しない頭の中には、黒いガスみたいなもやが充満しているみたいだった。まるで、その正体を知ることを拒絶するみたく、思考麻痺のまま、ただただ白い天井を見つめていた。
 ……それでも逃げずに意識を集中していると、少しづつ光に追い散らされるみたく黒い部分が薄れて、記憶じぶんを、欠片ずつ、拾い集めていけた。

「――お母さん。起こ、して」

 お医者さんと何か小声で話すした後、背中とベッドの間に細い腕が入ってきて、ゆっくりと上半身を起こしてくれた。
 ――プルン。
 痩せばった鎖骨や細腕とは対照的に、大きな胸が、手術着ごと震えた。黒く長い艶のある髪は、絹の柔らかいカーテンみたく流れ揺れた。
 そっか。ボク――じゃなくて私は、やっぱり女の子、だったんだ。
 パチパチと長いまつ毛を上下させつつ、身体の方へ目をやる。手術着の中をのぞくと、小さな傷痕あとがいくつもあった。まるで長い間、イジメや乱暴を受けていたみたいな。
 ……いや、それよりも、何だろう? 目線を落した先の腹部に、今まで感じたことのない小さな違和感を感じた。なぜかお母さんが慌てた声を出す。

「祐希ちゃん。一度に全てを思い出さない方がいいわ」

「そ、そうだ。ですよね先生?」

「え、えぇ。飯沼さん、今日は体の回復だけにつとめて――」

 悪いけど、周りの大人達の忠告を無視して、記憶の泉へ顔を映すみたく、にらみのぞく。やがて広がる波紋が大きくなり、黒く粘り気のある景色シーンが、古びた映画館のスクリーンに投影されるみたく、映し出されていった。

 ……地方都市に女の子として産まれた私は、幼少期から容貌みためが良いと言われることが多かったらしい。自分自身はあまり意識したことがなかったけど、確かに保育園の年長くらいから、男の子達に意地悪されるのを、不思議に思った。
 小学校中学年くらいにから、胸や腰回り発育が早かった私は、男子によくからかわれた。大人の男の人達にも変な目でよく見つめられたりもして嫌な思いをした。そんな負の体験が積もり積もって、女の自分が嫌になり、ついには両親とも折り合いが悪くなっていった。今思えば、性別不合(Gender Incongruence)みたいなモノだったのかもしれず、お医者さんにてもらうとかの、解決方法があったのかもしれない。
 中学生になると、髪はショートカットにして、わざとホットパンツを穿いたり、膨らんだ胸はスポーツブラで無理に締めて、一人称をぼくにして大股で歩いた。当然、普通の女友達とも疎遠そえんになっていってしまった。
 ――そんな私に、男子の不良グループが声を掛けてきた。最初は警戒してたけど、互いに世間から爪弾つまはじきにった者同士と、私は次第に共感を覚えていった。今思えば、結局はさびしさにおびえて、共感されることにえていただけだったんだ。そして、打ち解けていく私と違って、連中はこれっぽっちも仲間意識なんて持っていなかったのだった。セックス目的の女子生徒えじきとしか見ていないことに、後から気付かされることになった。
 それは中三の夏休み前のことだった。通っていた学校の放課後、誰もいなくなった普通教室で輪姦レイプまがいの事をされたのだった。六人ほどがその手で、身体のあちこちや胸に触れて来た。力で全く敵わない私は、好き勝手され、しかも写真や動画も撮られたのが始まりだった。次はトイレで文字通り足蹴あしげにされて、さらに体育館では恥ずかしい服装をと、行為はどんどんエスカレートしていった。盗撮データと力でねじ伏せられる私は、性器を触られたり、卑猥な格好なんかも無理矢理させられ続け、なぶられて嘲笑わらい者にされていった。
 もう限界と、ついに学校へと助けを求めた。――でも不良の一人の親が議員か何かで、訴えは握り潰された。それどころか、私を性的対象と見ていた男性教諭達がいたのだった。そうとも知らず、助けてもらえると遅い時間に職員室へ行った私は、暴言の嵐と共に、屈辱的な行為を何度も強要された。
 そして秋口、夜の生徒会室で膣内射精なかだしを、それも何人にもされてしまった。心身の傷つき具合はピークを迎えたけど、親に反抗した手前、卒業までの辛抱だと歯を食いしばって耐えた。
 ――けれども、高一の春を迎えても地獄は続き、性的強要や搾取で涙を流す日を繰り返した。連中は高校までやってきて騒ぎ、あちこちの学校へ私を連れ回した。強姦や輪姦にて人生のどん底へ叩き落され、さらに汚泥の中で必死に息つぎをする私は笑われ続けた。心身が崩壊寸前になり、もう無理だと親に泣きついた。
 ……警察やマスコミが乗り込んでくる大騒動になり、不良グループの生徒達や何人かの教師は、事情聴取や補導ほどう、逮捕に懲戒免職を受けた。怒り狂うお父さんは弁護士と結託し、訴訟や示談金などの賠償も進めてくれた。
 けどどこかのタイミングで、私自身が被害者だと特定されてしまい、好奇の的になっていった。そうしていつか、ただれ腐った思い出を置き捨てる意味も込めて、両親と共に、海辺のこの町へと引っ越したのだった。
 そして今年の夏くらい、ようやく、ようやく悪夢から目覚められたと、何百回目かの涙をぬぐった時だった……。


「妊娠が、発覚したんだよねぇ」

 そうつぶやく私は、まるで遠い親戚の出来事みたいに、乾いた笑みを浮かべた。四ヶ月目くらいの、さほど膨らんでいないお腹に手をそっと当てつつ。避妊ゴムなんてしてもらえるわけなかった、当然の結末と言えた。
 発覚当時は、ただでさえPTSD(※心的外傷後ストレス)気味だった私への充分な致命傷トドメとなり、発狂したみたく取り乱した。お母さん達の目を盗んで、とうとう睡眠薬を多量に服用して、そして――。

「(夢の最初、あのロッカーに入っていた薬瓶は)ハァ」

 そっか。だからあの悪夢がっこうを、彷徨さまようことになったんだ。

「「……」」

 窓辺の白いカーテンの隙間から、柔らかな秋の光がこぼれ入り、私の長い髪をキラキラと黒く輝かせた。そっか。髪が伸びるほどに、長い間昏倒こんとうしていたんだ。――過剰な性暴力で穴ぼこにされた私は、けど生き残ってしまい、父親の分からないお腹の子も、また生き残った。
 死んだ方が幸せだった? それとも生きていた方が? それとも、どちらへ転んでも?
 ……地獄を思い出したのに、妙に落ち着き達観している自分に、実はそこまで驚かなかった。でドチャクソのズチャグチャにされて、しかも自殺を決意。でも生き残ってしまうという、数奇すうきな運命を辿たどったからだろうなぁ。

「えっと。お母さん、お父さん」

 わずかにきしむ首をひねって、痛ましい表情の両親を見つつ、アゴをちょっとずつ引いていく。

「ご、ごめんな、さい」

「「!」」

 ――私が、両親に言われた通りに、普通に女の子らしく生きていれば、そもそもこんな惨劇さんげきは無かったのかも知れない。少なくとももっと早くに相談していれば、軽傷だったんじゃないかな?

「っ」

 でも、でも知って欲しかったんだ。性に戸惑った私の想いを、個性の一部でもあったと、認めて欲しかった――女子ふつうじゃなかった自分を。
 ――ガバッ。
 ? お母さんの柔らかで温かな感触が、私を包む。

「お母さん達こそ、本当にごめんねっ。あなたの悩みを、辛さを、痛みを理解しようともしないでっ!」

「本当にっ。普通なんてはかりを多用した、お父さん達が愚かだった!」

 そんな言葉を聞いて、音もなく涙が流れた。それは首元から服の中へとつたい、肌に触れた。これから何度も何度も、えない古傷きずみることだろう。

「お母さん、お父さん」

 それでも私を救ってくれた両親を何度も呼びつつ――でも、そっとお腹を撫でてしまう。
 そして私は口にした……ある意味では普通な、ある意味では異常な一言を。

「この子も、一緒に、生きても、いいかなぁ?」

「「!」」

 まずお父さんが、息を飲むのがわかった。男親からすれば、乳親のわからない孫なんて、目にふれるだけでも屈辱を思い出すのだろうか? 
 確かに自分でも不思議だった。これからこの子を見るつど、辛い過去を思い出すかもしれないと。ひょっとしたら、傷口を残したい真性の被虐マゾだったとか? そうでないなら、女の本能としか説明が――。
 
「と、突然だな。お、お父さんとしては、その、もう少し考えてからでも――」

 その時だった。普段は受け身がちなお母さんが、お父さんの言葉をさえぎるみたく顔に力を込めて、唇を動かした。

「いいわよ祐希ちゃん。アナタの好きなようになさい。お母さんも出来るだけ寄り添うから」

「お、おいちょっと」

「お願い、あなた。――お願い」

 それで話はまとまった。
 ……どっちが正しいとか、間違っているってわけじゃないけど、男親と女親でやっぱり違うんだなぁ、とだけ思った。
 あとこれは完全に蛇足だそくだけど、後の母いわく、この提案をした時の私は『完全に母親ママの顔をしていた』とのこと。私からしたら、あの時のお母さんの方が、よっぽどそう思えたよ? 
 けがれたきったむすめを愛してくれて、本当にありがとう――。

 * * *

 春先の柔らかで温かな、ウキウキするみたいな南風が海辺からそよいでくる。平日の昼前、ほがらかな大気が満ち満ちて、穏やかな磯の香りを運んでいた。遠くから微かに聞こえてくる波の音を耳にしまいつつ、海辺近くの公園にてベビーカーを押していた。

「あらあらぁ、可愛い妹ちゃんねぇ」

 手押し車を握る白髪のおばあちゃんが、妹――ではなく娘へと笑いかける。
 海風により、私の紺のカーディガンと白のブラウスがそっと揺れる中、チェックのミドルスカートの私は、髪を耳後へ揃えつつ笑顔を作る。

「ありがとうございます。羽美はみって言って、生後三ヶ月なんです」

「あらそう~。お姉ちゃんみたいに、きっと美人さんになるわよぉ」

 ほろを上げると、薄桃色のベビーウェアに包まれた羽美が、私達の顔を交互に見る。玩具おもちゃの鳴り物を口に頬張ほおばる羽美を、ニコニコと眺めるおばあちゃん。けれども、不思議そうにしわを刻みだす。

「あら、でもお姉ちゃん学校は? 中学生でしょ?」

 ギクゥ。

「(こ、高校中退の十七歳なんです~)あっ、と。あははっ、し、失礼しますっ」

 お辞儀と共に――たゆん――と、が勝手に揺れる中、埠頭ふとう方面へ逃げ駆け出した。
 なびく髪の毛を少し抑えつつ、古びた町へ振り返る。何もかもがなぎみたいに穏やかで町並みは平凡で、私の汚い古傷を、ほんの少しずつ癒してくれていた。

「ア、ウ、ァ」

 古い煉瓦道を歩いていると、羽美が声をあげ出す。覗き込むと、母親わたしの顔――を見たのは一瞬だけで、胸をジッとにらんでくる。
 ――はいはい、っとひなびた薄茶色のベンチに座って、荷物入れから授乳用のケープを取り出して上半身を隠す。羽美を抱き寄せると、その小さなお手々を早々にオッパイへ伸ばしてくる。ブラウスのボタンを外し開けて、ピンクの授乳ブラの隙間から、さらに大きくなった乳輪の中央、やはり黒くてぷっくりした乳首を取り出す。羽美は慌てるみたく口に頬張ると、両手をグーにし、顔を力ませて精一杯吸い出す。
 ――産まれた頃を思うと大きくなったもんだ。何より、この血肉のほぼ全てが私の母乳だと思うと、生命の神秘さを感じた。出産後にさらに大きくなった乳房は射乳もよく、羽美に吸われる分、私は食べても食べても太らないくらいだった。
 チュゥ、チュゥ。

「……」

 周囲へ目をやると、少し遠くから、ヨレヨレの服のおじいちゃんが私の授乳を、食い入るみたく見つめていた。――けど我慢我慢、気にしない気にしない。

「(まぁ十七歳の女の子が平日に道すがら授乳してたら、気になるのかもね)――でも、子育てって本当に大変だなぁ」

 青空に愚痴ぐちる。両親がいてくれているとは言え、夜泣き、ぐずり、嘔吐げえや急な発熱、唐突とうとつな寝返りチャレンジなど、本当に片時も目が離せないん。もちろん、母親わたしが未成年で産んだせいで、人間的に未熟ってもあるだろうけど――。
 必死にオッパイを吸う羽美は、いつも目だけをこっちへ向けてくる。その目は、私の形とあまり似ていなかった。

「パパには(なるたけ)似ないでねぇ」

 しっかし不思議だなぁ、私を犯した最低で大嫌いな、どこぞの犯罪者うまのほねの子供をはらまされたのに、自分の意思で出産した上、しかも大事に育てちゃうんだから。
 母性って究極のドМなのかな? そりゃ確かに、子供に罪は無い、ってそれ一番言われているけどさ。
 ヴヴヴッ。

「(誰からだろ)――あ、お母さん。どした? うんうん。ほんと? じゃあお昼にお店の前にいるね」

 電話を切り終える頃、羽美は乳首をくわえたまま、ウツラウツラとしていた。チュポン、と口から離して抱き上げつつ、その小さな顎を私の肩に乗せて優しく背中を擦る。ミルクのニオイがするゲップの確認後、ベビーカーへ再び寝かしつける。
 って、あのおじいちゃん前屈みになりつつ、まだ私のオッパイをガン見してる――急いでブラを整えて、服のボタンも留める。お母さんとの待ち合わせ先である、赤ちゃんOKの小さなレストランへと向かう。整備されていない道路の上を歩く途中、何とはなしに、これからの事をボンヤリ考えた。
 大検(※高等学校卒業程度認定試験)を受ける――というよりは、どこかのタイミングで就職して、娘を保育園に通わせたい、なんて。もちろん、中卒で子持ちの未成年女子が就職先さきなんて、あまり無いのは知っていた。それでも旦那がいない状況下で、年をとって行く親の世話になり続けるわけにはいかなかった。

「ただ、孫に甘々なジッジとバッバは、ママの就職に反対なのよねぇ」

 理由は三つあるとか。一つ目はまだ私の心の傷トラウマえていないこと。二つ目は加害者達からせしめた示談金やらのお金が結構な額になったそうだ。さらにお父さんとお母さんがまだ働くから、贅沢ぜいたくしなかったら当面の生活は何とかなるからとのこと。何より三つ目は――。

「わぁ。可愛い赤ちゃんだね!」

 ビクッ!
 う、上の空だったため、間近から聞こえた男の子の声に、思わずベビーカーを揺らせてしまう。五歳くらいの男の子がすぐそばで、ベビーカーの中をのぞいていた。
 上ずった声にて、返答する。

「あ、ありがとう――ボク」

 やがて母親が来たため軽く頭を下げた私は、逃げるみたくその場を離れた。
 ……意識を取り戻した病院からの退院後、を発症していることが判明した。スーパーへ買物に言った際、男性の店員からお釣りを手渡しされた時、その場で固まり、過呼吸を起こしてしまった時にわかった。
 今みたく、外観が男であれば、子供だろうと老人だろうと近寄られるだけでもキツく、触れられたらアウト。お父さんとかもでもダメだったから、まぁこれでは確かに、普通の仕事は厳しそう。

「(痴漢なんてされたら発狂するのかな?)――見える分には大丈夫なんだけどねぇ」

 まぁ男性器オチンチンとか見せられたらヤバそうだから、露出狂とかにも気をつけないと。ってか再婚とかマジ不可能だなぁ――まぁ、する気も無いけど。
 というか、一生分のセックスを一年くらいで(強制的に)ヤラされたしね。

「私、どうなるんだろう」

 性をもてあそばれ、ゆがめられ、けがされたな私は、これからどんな人生を送るのだろう? 幸せに生きるという道が想像出来ない。不幸に生きる道なら、無数に見える気がした。
 ひととして極限まで汚辱おじょくされたせいで、きっともう、のだと、勝手に思った。

「……スゥ、スゥ」

 ――それでも生きないといけない。何よりこの子を産んだ以上は。

「我ながら変態……あ、いや、大変」

 空は雲一つなく、まるで海をひっくり返したみたいな気持ちのいい青天井だった。けがれきった自分自身とは対照的なこの空を眺めて思う。私は無理でも羽美には、こんな爽快そうかいな一生を、歩んで欲しいと。
 やがて、お母さんが手を振る、小さなレストランが見えてきた。
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