道化師がヤッて狂

ニッチ

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アトラクション1 エントランス

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「ハァ、ハァ……なん、何なんだよこれぇ」
 緊迫した声の主は女であった。
 女は汗だくで息も絶え絶えのまま、汚れ朽ちた化粧室の入り口にて身を潜めていた。呼吸を整えるために壁に背をやると、ベタっとシャツが背中に張り付く。
「いみ、――ハァ。意味、わかんね」
 熱された頭を抑えつつ、すぐ隣の割れた鏡に写った容貌を見て、何度目かの困惑をする。なぜなら、乱暴な言葉遣いを裏切るような容姿がそこにあったためだ。
 顔の輪郭はシャープで、二重ふたえが綺麗に入った目は大きく、鼻筋は真っ直ぐであった。金髪のショートカットが温い風に吹かれて軽く揺れるその下、少し色黒な肌の色は、とても健康的に映った。
 鏡が写す顔から下も遜色なかった。制服うわぎに窮屈に押し込まれた乳房や、丈の短いスカートから覗くきめ細かいほっそりとした脚。それらは女として魅惑的であることは一目瞭然に示した。
「なんで、こんな制服ふくしか無かったんだよ……」
 衣類は女子高生のソレであったが、大人びた言動から、おそらく理由があってそれらを着衣しているように思えた。だが、その肉体的な若さは、二十代手前と思っても違和感はなかった。
 寧ろ、整った幼そうな顔と、不釣り合いに豊満な体の優艶アンバランスさが、見る異性を妙な気分にさせるこどだろう。
「――くそっ、まだ、気持ちわりぃ」
 綺麗な顔を小さく歪め、再び発する下品な言葉遣いと共に、指をシャツの首元に突っ込み、中を覗き込む。
 ノーブラのため、大きくて形の良い乳房がたわわに実り、その上に鎮座する紅玉のごとき乳首は、少し濡れていた。付着しているものは水などより粘性が高そうであった。例えば、のような。
「(もう、もう次に同じ目に遭わされるわけにはいかない。絶対に)――行ったか?」
 女は……そう、オレは半身を隠しつつ、化粧室トイレから顔をひょこっと出す。より暗く、不潔で、不気味な廊下を覗いた。それはまるで、地獄へと続くような道に見えた……。


「うーわ、見ろよコレ、くっそボロい。ってかなんか臭ぇ(笑)」
 俺は金髪を軽くかき上げつつ、塗料が剥げた子供用の乗り物を軽く蹴る。灰色のチノパンに引っ掛けたチェーンが、軽く音を鳴らした。
「あっ、ユウ。こっちのも見てよ」
 肉体関係セフレのエリカは、携帯カメラをあっちこっちへ向けて何度も乾いた音を響かせる。
「こんなボロい遊園地。潰れて当然だよなぁ」
 片田舎の閉演間際の遊園地に、俺とエリカは暇つぶしにやってきた。入場料が半額って聞いたから、わざわざ有給まで使って来てやったのに、ひでぇもんだ。
「乗り物もゴミ、売店もゴミ、ゴミのテーマパークかよ」
 遠慮なくでかい声で話す。僅かな客共は遠巻きに、まるで影みてぇだった。
「ねぇ、ユウ。あっちのお化け屋敷で動画を撮って、SNSに上げたい~」
 聞き飽きたその言葉を耳に入れつつ、ポケットに突っ込んでいた手を抜く。
「あぁ? お前、フォロワー全然いねーじゃん(笑)。まぁ……突っ立ってても暇だし、付き合ってやるよ」
「ありがと~」
「そん代わり、夜は俺と突き合えよ」
 俺はエリカにいやらしく笑いかける。
「えぇ~。もう、ユウったらぁ」
 近くにラブホあったっけ? そんなことを考えつつ、とふと空を見上げた。季節が季節だけにもう陽が傾いており、妙に空が赤かった。
 エリカのケツに手を当てつつ、お化け屋敷へと向かう。俺の不良パンクな格好や振る舞いが気になるのか、遠巻きでこっちを見る糞親と餓鬼をガン無視する。
 俺達は携帯の録画ビデオ起動オンにして、ボロボロの入口ゲートへ近づく。
「センスの欠片も無ぇ名前だなぁ」
 イビルピエロ・ハウスっと、クソださい名前の看板が掲げられていた。外観もボロボロで、金が無かったのか、描かれている絵も幼稚チープそのもの。
「なんだこれ? 他のアトラクションもそうだけどよぉ、ダセェを通り越してヤベェ(笑)」
 腹を抱えて嗤う俺達に、
「――でも、昔は人も多かったんですよ」
「あっ?」
 窓口の係員だろうか、色褪せた制服を着た年くったオヤジが、声を掛けて来る。
「確かに当時でも最新の乗り物は少なかったです。しかし、安い価格で多くの子供や大人達を、平成初期の時代から楽しませ続けて――」
 懐かしそうに勝手に語り出しやがる。
「いや、聞いてねーよ。つか今は令和なんだけど、れーわ。おっさん知ってる?」
「自分語り的な感じでうけるぅ(笑)」
 俺らの声を聞き、はぁ、っと恐縮して頭を下げる。
 ちょっと白けたけど、まぁ仕方ねー、っと入ろうとする。
「――あ、あのすみません」
 再びオヤジが話しかける。キレそう。
「あっ? 今度は何? 入場券チケットなら見せただろ」
「あ、いえ。そ、その。撮影行為はお断りをしていまして。あ、あとライトを点けての入場は……」
 頭に血が登る。
「いいだろ別に。どーせ誰もいねーんだろ?」
「え、あ。で、ですが――」
 エリカも半笑いで。
「もうここ無くなっちゃうんでしょ? 多目に見てよオジサン♪」
「し、しかし……」
「チッ」
 俺は軽く肩をぶつける。すると、思ったよりヒョロかったらしいオヤジは簡単に飛ばされて、不様に尻持ちをつく。
「あ、ごめーん、当たっちゃった? でもそっちが進路妨害したんだぜ?」
 五十後半のオヤジは、ようやく頭を下に向けたまま黙る。
 遠くの数人の客が何か話しているが、知ったことか。
「オジサン。ほい、チケット」
 エリカはそう言うと、オヤジを見下しつつ、ポイッっと投げ渡す。
 だが、券は秋風に運ばれて、オヤジから離れた所に舞い落ちる。
「おい、行くぞ。エリカ」
「オッケー」
 ザッザッザ。
 ――暗い建物内を大股で歩く。内壁はどこもボロボロで、足下にも砂利とか落ち葉が溜まっていた。
「ボロくてキモい造りしてんなおぃ」
「今まで行ったどの遊園地よりもショボイんですけどぉ(笑)」
 エリカも半笑いで、あちこちにカメラを向ける。
 このお化け屋敷はどうも廃遊園地がテーマらしい。柵の向こうには壊れたコーヒーカップや、落ちて折れたジェットコースターが赤く明滅していて、他には――、
「ぷぷっ、見てよユウ。アレ」
「あ?」
 カメラの灯りを向ける。
 鉈と鎖鋸チェーンソーを持った血まみれのピエロが、入場者を追いかけまわす、と言った感じの安っぽい仕掛け絵があった。
「マジでウケるっしょ」
「糞ダセェだけだ。今時、小学生ガキでもビビらねぇって」
 ペッ。
 他に誰もいねーし、遠慮なく唾を飛ばした。吐いた先に、たまたま蜘蛛だかよくわからねー虫がいて、唾に塗れて、そのまま動かなくなった。
 やがて今度は、今にも落ちてきそうな看板が出てくる。
「何て書かれてるの?」
 雰囲気を出すためか知らないが、英語か何かの外国語で書かれていた。
「俺が読めるわけねーだろ」
「ウチも~(笑)」
 笑いながら隣を見ると、すぐそばにカーテンが掛かっていた。目立たずに配置されていることから、係員ようのための部屋か通路に思えた。
 俺は再びエリカの尻を引っつかみつつ、軽く押す。
「(客も全然いねーし、隅の方でイッパツやろっかなぁ)なぁ、エリ」
 肉坊チンポを少し硬くしつつ、カーテンをくぐって進む。さっきよりもさらに暗くなってきたため、手探りでエリカを剥ぐ必要がありそうだ。
 だがその時、再び頭上にさっきと似た看板が現れる。
 ……――その看板は、やはり由来の言語かはわからないが、変な赤い字で綴られていた。

 オまえは最低だ。
 カならず不幸な目に遭わせてやる。
 スみませんって言っても許さない。
 !夜明けまでのチャンスは五回! 

「小学生が書いたみてーな文章だな――あれ?」
 おかしくね? どこの国の文字かわかんねーのに、字が読めるわけねーじゃん。いや、そもそも暗いのに何で看板ってわかるんだ?
「おい、エリ。これさぁ――」
 真っ暗な中、俺は手探りで周囲を探す。
 あれ、エリカのケツはどこいった? あいつ一人で先に行ったのか?
 そもそもなんで真っ暗なんだ。携帯のライトはどうした? どうしてかなくなった? 
 ドン。
って」
 何かにぶつかって、軽く弾き戻される。壁、っというよりは筋肉隆々の野郎レスラーにでも体当たりしたような妙な感じだった。
「――あんだよ」
 腹立たし気に呟く。さっきのオッサンじゃねーよな? っつっても、見えねーから手探りで触る。
「なんだ、コレ?」
 まず服の繊維っぽい感触に気づくも、人か人形かはわからない。人なら息遣いとか動きがあるだろうから人形?
 にしても変な服だ。無駄にぶかぶかしてる、ってか重ね着してるからか? 人形なら背は高さそうで、二メートル以上はありそうだ。
「……」
 徐々に身体の部位のどこを触っているか検討がついてきた。襟首でも掴もうかと上の方へ手を伸ばすと。
 カチ……パッ。
「! ま、眩しいっ!」
 突然、足元から上へと光が照らされる。
 くそっ、どんなお化け屋敷だよ。出たらさっきの糞オヤジ、いや責任者に文句の一つでも、
「――は?」
 見上げた先にいたのは――。
 真っ青な丸い鼻、そして顔面に塗りたくられたぶ厚い白の化粧下地ファンデーション、赤色のウェーブがかった髪の毛と、同じく深紅まっかの持ち主が、
 ガシッ。
「はぁ! (人形じゃ無ぇのか)」
 ソイツは、俺の両腕の二の腕部分を掴んで、笑顔のまんまで。
「――ィイーツーツーメー、ツカマエタァ!」
 腹に響くみたいな、だが不気味ふしぎと軽快な嗤い声が聞こえた瞬間、ビクッ、っと身体が震えた後、意識、が、なぜ、か、――遠退とおのいていった……。
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