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アトラクション2 ナイトメアカーニバル
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……重い、身体が鉛みてーに。しかも頭まで痛くて、胸のあたりが妙に苦しい。視界は霞がかかったみたいにモヤっとしていて、ハッキリしねぇ。
なにか、人生で一番ってくらいの気色悪い悪夢を見せられた後みてーな感じだ。
「……ッ」
だがようやく、違和感だらけの感覚の中、瞼をこじ開けられる。
「(くそっ、さっきから何がどうなって)っつ」
薄目を開く。暗いが、何とか見えるレベルの見えにくさで、低く薄汚い天井が視界に入る。
その一方、身体は痺れているような感覚と格闘する中、奇妙な気怠さも相まって、中々動けない。
「絶対に、訴えてや――」
怒りを原動力に、やっとの思いで開いた口を、慌てて閉じる。エリカじゃない女の声がすぐ近くからしたからだ。嫌な汗が額の端から流れ出る。
なんとなくヤバさを察知して、無理に上半身起こすと、堅い看板か何かの上で寝ていたことに気づいた。
「(……なんだ)?」
首から下に感じたことの無い重みがあることに気づいて、視線を走らせる。服の胸の辺りが双つ、野球ボール大くらいにパンパンに膨らんでいた。
胸が腫れてる? いや、無いわ。蜂に刺されたってここまでヒドくはない。
でも怪我ならヤバいと、恐る恐る両手で服の上から触れようとするが、
「(あれ、袖が伸びてね? いやちげぇ、俺の腕が小さくなっ)――んんっ!」
再びさっきの小さな喘ぎ声が聞こえると同時に、ピクン、っと私の身体が軽く跳ねる。
「(やべ、また声が聞こえ――ってか)ぇ」
手に吸い付くような柔らかな肉の弾力は、だが私の握力の入れ具合で自在に形を変えた。
「(なんだこれ……まるで、あれだ。そう、女のオッパイみてーじゃん)へ?」
フニフニ、っと音が聞こえそうな感じすらする。そして、私が今まで触ってきたどの乳房よりも触り心地が良かった。
「(いや、ちげーよ! 何で、何で俺の胸にこんなでかい乳がついてんだ)――んっ!」
短気な私は怒りに任せ、乳房とその先端をほんの僅かに強く摘まみ、軽い痛みにまた声が出る。
「……ま、さか」
再び女の声。
だが、まさか、という言葉は、私が言おうとした言葉そのものであった。震える指が、ぶかぶかのチノパンの上から股間部分に触れる。社会の窓のあたりを押しても、手応えがほどんとなかった。
「無ぇ――私の、肉棒、が」
瞳は激しく震え、過呼吸気味になり、身体は小刻みに揺れる。
「女……女になってら、――なんで!」
汚くてカビた室内は物置のようであり、壊れた看板や腕がもげた着ぐるみが乱雑に置かれていた。動悸が激しい私は、だが努めて状況を分析する。
①遊園地内で意味不明なピエロにあった
②エリカはいなくて、この場所も見覚えがない
③男のオレが女になっている
なんだこれ? 頭が狂いそうだ。
「! 携帯、携帯だ!」
この状況で、唯一絶対の救いの手段を思い出す。
だが、慌てて探すも携帯は見つからず、それどころか財布すら無かった。
「くそっ、パクられた!」
冷静に考えたら金が目当てなわけが無かったが、こんな非常識な場面では、むしろそういう常識に救いを求めてしまっていたのだ。
「とりあえず、こんな汚くてカビだらけの所にいられっか」
膝を曲げて重い身体を起こす。情けねぇけど、糞義父にボコボコにされて、土下座したあの日の時みたく、弱々しく起き上がる。
「歩きにくっ」
胸の辺りが窮屈すぎる一方、ダボダボなチノパンのせいだった。よくわからんが身長や体格にも異常があったみたいで、胸とかを除いて全体的に縮こまっている感じがした。
イライラしつつ頭をかくと、髪が妙に柔らかいことに気づく。
「乳が、デカすぎるぞクソ」
しかもノーブラなためか、乳が揺れた際に先端が擦れて痛い。仕方なく、左腕で乳房を持ち上げるようにして固定する。
「ったく。なんで私がこんな目に」
チノパンの足首部分をロールアップし、ベルトを限界まで締める。ベルトが骨盤の辺りで引っかけられたおかげか、なんとか歩けそうだ。靴は当然だが脱ぎ捨てて扉へ近づく。
――ガチャ、廊下らしき場所へ移動する。
「……」
白と緑の単調な塗装の廊下は、静まりかえっていた。明かりついては、豆電球くらいの弱い光が、五メートルぐらいの等間隔にて灯っている程度であった。
「(どうすっかな)ふぅ」
と言っても、廊下を進むしかねぇ。あまり走ると胸が痛いから、小走り風に情けなく移動する。肺に入る息は暗くて重く、私以外の全ての生き物が死滅しているような錯覚すら覚えた。
「ん?」
気のせいか。通路のどちらからか、音が聞こえた気がした。
「前か、それとも後ろか?」
わからない。それくらいか細い音と思えた。
「――うおっ?」
不意に頭上の電灯から明かりが消失し、連動するように前後の電球が消えていく。世界が一瞬で、夜の海のごとく真っ暗になる。
「ちきしょう! 次から次へと何だってんだよ」
恨み言を吐きつつ、手探りでとかく前へ進む。
手探りと言っても空いているのは片手だけで、前方へ向かって車のワイパーのごとく振りながら進む。
「ってか、明かりが全く見えねぇって、どんだけ通路長いんだっ――よ?」
足の裾のたくし上げが不十分だったせいか、チノパンを思い切り踏んづけ、前のめりにこけてしまう。
「……糞、糞! ふざけんなよボケ!」
乳房を抑えていた左手でとっさに受け身を取れたため、顔面強打だけは免れたが、いてぇ。
不格好に手を付いて立ち上がる私、は泣けるくらいに情けなかった。再びもたれかかる壁を探して、片手をひらひらと動かす。
――ガシッ。
「えっ?」
不安で怯える私の手を、ナニかが力強く握りしめる。
その正体に関係なく、その確信たる力に、一瞬でも安堵してしまった。私は、その力を借りつつ、膝をついて起き上がろうとする。
「えと」
支えのようにして起き上がろうとする私は、普段言い馴れない、礼の文句を考えながら顔を上げる。
――が、
「……ヨォォッ、ツーメ。ツカマエタァ!」
「あっ?」
その、気味悪なピエロが、文字通りの満面な笑みと共に、私の顔面へ差し迫った。
「えっ?」
気が付くと、そこは私が大学生の時に通っていた三階の受講室であった。誰もいな中、隅の方に座っていた。
「は? ――な、なんだ?」
狭い教室は、人気の無い一般教養で利用されることが多く、教室奥の白板がやたらでかいだけの造りであった。
「さっきのピエロは? いや、それより誰かを呼ぶチャンスだっ!」
私は反射的に近くの窓を覗き見る。昼過ぎのためか、日光はあるが、曇天模様のためか校内も明るくなかった。中庭を見下ろすに、人影は皆無であった。
「いや。それでもっ」
私は何とか窓を開けようと奮起した。声を張り上げて誰かに気付いてもらうためだ。この異常な状況を――、
ガタ、ガタガタガタッ! だが窓の鍵を開けられても、なぜか開かない。
「くそっ、じゃあ扉は!」
立て付けが壊れたように一切動かなかった。手に痛みを覚えたのは、五分ほど格闘したくらいだろうか。
「ハァハァ」
――こうなったら、シュル、っと服を脱。
別に露出に目覚めたわけじゃねぇ。脱いだソレで拳の辺りをグルグル巻きにする。
「(これでガラスの部分を叩き割るっ)せいっ」
大きく利き腕を振り上げたその時であった。
ガシッ、誰かにシャツごと掴まれる。
「……何してんだ? ユウ」
聞き覚えるのある、嫌な笑い声が鼓膜を震わせる。
「あぁ?」
掴まれたその態勢から、私は声の発生源へ、ぎこちなく首を向ける。
「ははっ。ってかお前なんつー恰好してんだ?」
鼻で笑いつつも、やや興奮したような、あるいは侮辱した口調の主は、
「なん、でお前、が?」
反射的にもう片方の腕で、乳房を持ち上げ隠す。
――ちょっと高めのジャケットとジーパン姿の男は、大学の時のサークルの同期で、何かとオレを目の仇にしてきた奴だった。
「俺は講義を受けてたから、教室に残ってたって、別におかしかねーだろ?」
おべっかが上手な奴で、当時の先輩共に気に入られていた。私は何かと我慢を強いられていたのを思い出し、歯ぎしりしつつ、
「チッ。教授もいねーから授業も終わりだろ。さっさとどっかイケよ」
今起こっている異常の相談が最優先にも関わらず、どうしてもコイツの世話になるのはありえねーと、強がりを口にしてしまう。
「……」
なぜか黙りこくり、私をシゲシゲと見てくる。
「なんだ? ――っ」
ガバッ。ヤツは表情も変えずに、もう片方の手で、乳房を隠す私の手を捻り上げる。
「っ痛、何しやが――」
「へぇ」
見下してくるヤツを相手に抵抗しようにも、女の力じゃとても無理だった。ギリギリと強く掴まれ、私の手首が赤くなっていく。
だんだんと荒い息を吐き出すソイツは、開けた私の乳房を、焦点を失ったみたいな目で凝視してきやがる。
「ユウの癖に、エロい乳してんじゃねーか」
酷く気色悪い言動のヤツを、上目遣いだが睨み返す。
「キモい目で私の身体を見るな――っいて!」
「うっせえ」
グッと持ち手をさらに上げられ、万歳のような格好を強いられる。
「いだっ、痛いっ!」
思わず悲痛な声が漏れ出る。男だった時には考えられない屈辱と恐怖だ。不快な異性に、暴力で身体を晒される恥辱。
「……ハハッ、なっさけねーなぁ。あのユウが、乳丸出しでさ、オレの目の前で万歳してやがんの」
その言葉で、耳まで真っ赤になる。口惜しさは顎に力を与え、ギリギリと歯同士が擦り合う。ヤツの顔が私の胸のあたりに来るのに、何もできなかった。
「クッ、ソ」
だが強く威嚇したら、それこそ殴られかねない。男の暴力がここまで女を苦しめるって、初めて気づいた。
――レロン。
「ひんっ!」
害虫の百匹が脇を這うような、おぞましい感覚が全身を走る。
「あっはっは。可愛い声出すじゃねーか、ユウち~ん。馬かよおまえ」
この、野郎。舐めやがった。俺の、乳首を。その、臭くてキモい舌で!
「てめ」
私の乳のあたりにある奴の後頭部を睨みつつ、声をあげるも、
「あ? お前、状況わかってんの?」
――ガリッ。
「ひぎぃ!」
まるで火を押しつけられたような熱さと激痛が、乳首から走る。
ギリギリ。
「痛い痛いひたい!」
私は馬鹿みたいに口を開けて絶叫する。痛くて泣きそうになるなんて、小学生の時以来か。
「――ぷは、口の利き方には気をつけろよ。半裸のユウちゃん」
気色悪い笑みと共に、口と手を離す。
半裸で涙目の私は、手の痛みよりも噛まれた乳首の容態が気になった。
少し赤くなっているが、鬱血の様子もない。
「(よ、よかった)ハァ」
唾液に濡れた乳首は、私と同じく小さく震えていた。
「ユウ、机に座れ」
産まれたての小鹿のように震えながらヤツを見上げる。男だったなら股間へケリの一発でも入れてやろうかと思うが、
「(怖い、逆らえない)ぅ」
力で抗えない怖さが、暴力を振るう男の恐怖が、これほどだったなんて知らなかった。
……私はチノパンに覆われた尻を机の上に置き、もう一度だけ振り返って窓の外を見る。誰もいなかった。
「もう一度、万歳だ。ほら万歳」
視線だけをソイツへ向ける。
ガァン!
思い切り近くの椅子を蹴り飛ばす音が響く。ビクッ、っと身体が痙攣したように振れる。選択肢なんてなかった。
「あっはっは、絶景だなぁ」
まるで強姦魔に銃を突き付けられた処女のように、酷く情けなく両手を上げる。
「こうやってみると、デカい割りに形が崩れてねーよな、お前の乳」
お椀型のオレの乳房を、至近距離から覗き込むように見てきやがる。
「しかも乳首の色が処女って。黒色じゃねーとか逆にショックだわ~」
はらわたが煮えくり返る挑発を繰り返されるも、何もできず、言い返すころもできず怯え続けた。
そして、餓えた狼のようにヤツは口を開き、
チュバ。
「~っ!」
片方の乳房を吸う、――っというより飲み込む。
ジュボッ、ジュボッ。
くっそ下品な音をわざと鳴らしやがる。掃除機のように力強く吸うその動作は、技巧の欠片も無く、ただただ痛いに近い感覚だけだった。だが、こうして我慢すれば殴られないっということに、心のどこかで安堵していた。
「(く、そぉ)うぅ」
胸の中が文字通り嫌悪に溢れる。目を閉じて、苦痛の時間が早く終わるようにと、祈りつつ歯を食いしばる。
「チュブ。あ~、うめぇ。お前も気持ちいいだろ?」
どうでもいいことだが、この場で確信した。AVの強姦系は全部演技だ。そんな妄想を実践する男共は全部ゴミ以下だと思えた。
「いいね、いいねぇ」
涙目で睨み返すと、ヤツは空いている方の乳房に手を這わせる。
「や、やめ」
グッ、っと掴む。
「痛っ」
乳房の奥のあたりが酷く痛み、苦痛で顔が歪む。
「そうそう。お前の小綺麗な顔がそうやって歪むのがタマンねーんだよ」
そう言い捨て、手に力を込め始める。乳はヤツの意志の通りに変形した。まるで許しを請うみたいに。
「――おいおい、硬くなってんぞ。感じてんのかぁ?」
「(ちげーよ、寒いのと痛みで硬くなってんだよ!)づっ」
だがどっちにしろ、硬くなった乳首を吸引し、甘噛みし、舌で乳頭を穿つ行為は、何回も十数回も行われていった。私が抵抗しないから――、
「――づぅ」
しかも片方の乳房は揉みしだかれた上、人差し指と親指で摘まみ上げられる動作を繰り返される。挙げ句、年同細工のように練られ、さらに押しつぶされた。
時間の感覚はすでに無く、次第に、――その、なんというか奇妙な感覚がさっきから続く。
「(なん、だ?)ぁ」
じんわり、っと痛みや嫌悪感じゃない、無色透明な分厚いナニかが胸中に拡がる。
それはさっきから受けている辛い感じや痛いのに比べたら全然マシな。寧ろ――。
「イケよ、ユウ」
――はっ? 乳しゃぶりながら、こいつ何を命令してやがる。
「……づっ!」
だが、今のが遮断器とでも言うのか、知らないそのぶっ太い無色な感覚が、どんどん膨れ上がって、
「ひあっ、なになにな、――やめぇ!」
カリ。
歯応えを感じさせるような僅かな音が、鼓膜を震わせる。
しこりが残った先端に、軽く歯を立てられたその瞬間を最後に、――世界が真っ白に染まった。
なにか、人生で一番ってくらいの気色悪い悪夢を見せられた後みてーな感じだ。
「……ッ」
だがようやく、違和感だらけの感覚の中、瞼をこじ開けられる。
「(くそっ、さっきから何がどうなって)っつ」
薄目を開く。暗いが、何とか見えるレベルの見えにくさで、低く薄汚い天井が視界に入る。
その一方、身体は痺れているような感覚と格闘する中、奇妙な気怠さも相まって、中々動けない。
「絶対に、訴えてや――」
怒りを原動力に、やっとの思いで開いた口を、慌てて閉じる。エリカじゃない女の声がすぐ近くからしたからだ。嫌な汗が額の端から流れ出る。
なんとなくヤバさを察知して、無理に上半身起こすと、堅い看板か何かの上で寝ていたことに気づいた。
「(……なんだ)?」
首から下に感じたことの無い重みがあることに気づいて、視線を走らせる。服の胸の辺りが双つ、野球ボール大くらいにパンパンに膨らんでいた。
胸が腫れてる? いや、無いわ。蜂に刺されたってここまでヒドくはない。
でも怪我ならヤバいと、恐る恐る両手で服の上から触れようとするが、
「(あれ、袖が伸びてね? いやちげぇ、俺の腕が小さくなっ)――んんっ!」
再びさっきの小さな喘ぎ声が聞こえると同時に、ピクン、っと私の身体が軽く跳ねる。
「(やべ、また声が聞こえ――ってか)ぇ」
手に吸い付くような柔らかな肉の弾力は、だが私の握力の入れ具合で自在に形を変えた。
「(なんだこれ……まるで、あれだ。そう、女のオッパイみてーじゃん)へ?」
フニフニ、っと音が聞こえそうな感じすらする。そして、私が今まで触ってきたどの乳房よりも触り心地が良かった。
「(いや、ちげーよ! 何で、何で俺の胸にこんなでかい乳がついてんだ)――んっ!」
短気な私は怒りに任せ、乳房とその先端をほんの僅かに強く摘まみ、軽い痛みにまた声が出る。
「……ま、さか」
再び女の声。
だが、まさか、という言葉は、私が言おうとした言葉そのものであった。震える指が、ぶかぶかのチノパンの上から股間部分に触れる。社会の窓のあたりを押しても、手応えがほどんとなかった。
「無ぇ――私の、肉棒、が」
瞳は激しく震え、過呼吸気味になり、身体は小刻みに揺れる。
「女……女になってら、――なんで!」
汚くてカビた室内は物置のようであり、壊れた看板や腕がもげた着ぐるみが乱雑に置かれていた。動悸が激しい私は、だが努めて状況を分析する。
①遊園地内で意味不明なピエロにあった
②エリカはいなくて、この場所も見覚えがない
③男のオレが女になっている
なんだこれ? 頭が狂いそうだ。
「! 携帯、携帯だ!」
この状況で、唯一絶対の救いの手段を思い出す。
だが、慌てて探すも携帯は見つからず、それどころか財布すら無かった。
「くそっ、パクられた!」
冷静に考えたら金が目当てなわけが無かったが、こんな非常識な場面では、むしろそういう常識に救いを求めてしまっていたのだ。
「とりあえず、こんな汚くてカビだらけの所にいられっか」
膝を曲げて重い身体を起こす。情けねぇけど、糞義父にボコボコにされて、土下座したあの日の時みたく、弱々しく起き上がる。
「歩きにくっ」
胸の辺りが窮屈すぎる一方、ダボダボなチノパンのせいだった。よくわからんが身長や体格にも異常があったみたいで、胸とかを除いて全体的に縮こまっている感じがした。
イライラしつつ頭をかくと、髪が妙に柔らかいことに気づく。
「乳が、デカすぎるぞクソ」
しかもノーブラなためか、乳が揺れた際に先端が擦れて痛い。仕方なく、左腕で乳房を持ち上げるようにして固定する。
「ったく。なんで私がこんな目に」
チノパンの足首部分をロールアップし、ベルトを限界まで締める。ベルトが骨盤の辺りで引っかけられたおかげか、なんとか歩けそうだ。靴は当然だが脱ぎ捨てて扉へ近づく。
――ガチャ、廊下らしき場所へ移動する。
「……」
白と緑の単調な塗装の廊下は、静まりかえっていた。明かりついては、豆電球くらいの弱い光が、五メートルぐらいの等間隔にて灯っている程度であった。
「(どうすっかな)ふぅ」
と言っても、廊下を進むしかねぇ。あまり走ると胸が痛いから、小走り風に情けなく移動する。肺に入る息は暗くて重く、私以外の全ての生き物が死滅しているような錯覚すら覚えた。
「ん?」
気のせいか。通路のどちらからか、音が聞こえた気がした。
「前か、それとも後ろか?」
わからない。それくらいか細い音と思えた。
「――うおっ?」
不意に頭上の電灯から明かりが消失し、連動するように前後の電球が消えていく。世界が一瞬で、夜の海のごとく真っ暗になる。
「ちきしょう! 次から次へと何だってんだよ」
恨み言を吐きつつ、手探りでとかく前へ進む。
手探りと言っても空いているのは片手だけで、前方へ向かって車のワイパーのごとく振りながら進む。
「ってか、明かりが全く見えねぇって、どんだけ通路長いんだっ――よ?」
足の裾のたくし上げが不十分だったせいか、チノパンを思い切り踏んづけ、前のめりにこけてしまう。
「……糞、糞! ふざけんなよボケ!」
乳房を抑えていた左手でとっさに受け身を取れたため、顔面強打だけは免れたが、いてぇ。
不格好に手を付いて立ち上がる私、は泣けるくらいに情けなかった。再びもたれかかる壁を探して、片手をひらひらと動かす。
――ガシッ。
「えっ?」
不安で怯える私の手を、ナニかが力強く握りしめる。
その正体に関係なく、その確信たる力に、一瞬でも安堵してしまった。私は、その力を借りつつ、膝をついて起き上がろうとする。
「えと」
支えのようにして起き上がろうとする私は、普段言い馴れない、礼の文句を考えながら顔を上げる。
――が、
「……ヨォォッ、ツーメ。ツカマエタァ!」
「あっ?」
その、気味悪なピエロが、文字通りの満面な笑みと共に、私の顔面へ差し迫った。
「えっ?」
気が付くと、そこは私が大学生の時に通っていた三階の受講室であった。誰もいな中、隅の方に座っていた。
「は? ――な、なんだ?」
狭い教室は、人気の無い一般教養で利用されることが多く、教室奥の白板がやたらでかいだけの造りであった。
「さっきのピエロは? いや、それより誰かを呼ぶチャンスだっ!」
私は反射的に近くの窓を覗き見る。昼過ぎのためか、日光はあるが、曇天模様のためか校内も明るくなかった。中庭を見下ろすに、人影は皆無であった。
「いや。それでもっ」
私は何とか窓を開けようと奮起した。声を張り上げて誰かに気付いてもらうためだ。この異常な状況を――、
ガタ、ガタガタガタッ! だが窓の鍵を開けられても、なぜか開かない。
「くそっ、じゃあ扉は!」
立て付けが壊れたように一切動かなかった。手に痛みを覚えたのは、五分ほど格闘したくらいだろうか。
「ハァハァ」
――こうなったら、シュル、っと服を脱。
別に露出に目覚めたわけじゃねぇ。脱いだソレで拳の辺りをグルグル巻きにする。
「(これでガラスの部分を叩き割るっ)せいっ」
大きく利き腕を振り上げたその時であった。
ガシッ、誰かにシャツごと掴まれる。
「……何してんだ? ユウ」
聞き覚えるのある、嫌な笑い声が鼓膜を震わせる。
「あぁ?」
掴まれたその態勢から、私は声の発生源へ、ぎこちなく首を向ける。
「ははっ。ってかお前なんつー恰好してんだ?」
鼻で笑いつつも、やや興奮したような、あるいは侮辱した口調の主は、
「なん、でお前、が?」
反射的にもう片方の腕で、乳房を持ち上げ隠す。
――ちょっと高めのジャケットとジーパン姿の男は、大学の時のサークルの同期で、何かとオレを目の仇にしてきた奴だった。
「俺は講義を受けてたから、教室に残ってたって、別におかしかねーだろ?」
おべっかが上手な奴で、当時の先輩共に気に入られていた。私は何かと我慢を強いられていたのを思い出し、歯ぎしりしつつ、
「チッ。教授もいねーから授業も終わりだろ。さっさとどっかイケよ」
今起こっている異常の相談が最優先にも関わらず、どうしてもコイツの世話になるのはありえねーと、強がりを口にしてしまう。
「……」
なぜか黙りこくり、私をシゲシゲと見てくる。
「なんだ? ――っ」
ガバッ。ヤツは表情も変えずに、もう片方の手で、乳房を隠す私の手を捻り上げる。
「っ痛、何しやが――」
「へぇ」
見下してくるヤツを相手に抵抗しようにも、女の力じゃとても無理だった。ギリギリと強く掴まれ、私の手首が赤くなっていく。
だんだんと荒い息を吐き出すソイツは、開けた私の乳房を、焦点を失ったみたいな目で凝視してきやがる。
「ユウの癖に、エロい乳してんじゃねーか」
酷く気色悪い言動のヤツを、上目遣いだが睨み返す。
「キモい目で私の身体を見るな――っいて!」
「うっせえ」
グッと持ち手をさらに上げられ、万歳のような格好を強いられる。
「いだっ、痛いっ!」
思わず悲痛な声が漏れ出る。男だった時には考えられない屈辱と恐怖だ。不快な異性に、暴力で身体を晒される恥辱。
「……ハハッ、なっさけねーなぁ。あのユウが、乳丸出しでさ、オレの目の前で万歳してやがんの」
その言葉で、耳まで真っ赤になる。口惜しさは顎に力を与え、ギリギリと歯同士が擦り合う。ヤツの顔が私の胸のあたりに来るのに、何もできなかった。
「クッ、ソ」
だが強く威嚇したら、それこそ殴られかねない。男の暴力がここまで女を苦しめるって、初めて気づいた。
――レロン。
「ひんっ!」
害虫の百匹が脇を這うような、おぞましい感覚が全身を走る。
「あっはっは。可愛い声出すじゃねーか、ユウち~ん。馬かよおまえ」
この、野郎。舐めやがった。俺の、乳首を。その、臭くてキモい舌で!
「てめ」
私の乳のあたりにある奴の後頭部を睨みつつ、声をあげるも、
「あ? お前、状況わかってんの?」
――ガリッ。
「ひぎぃ!」
まるで火を押しつけられたような熱さと激痛が、乳首から走る。
ギリギリ。
「痛い痛いひたい!」
私は馬鹿みたいに口を開けて絶叫する。痛くて泣きそうになるなんて、小学生の時以来か。
「――ぷは、口の利き方には気をつけろよ。半裸のユウちゃん」
気色悪い笑みと共に、口と手を離す。
半裸で涙目の私は、手の痛みよりも噛まれた乳首の容態が気になった。
少し赤くなっているが、鬱血の様子もない。
「(よ、よかった)ハァ」
唾液に濡れた乳首は、私と同じく小さく震えていた。
「ユウ、机に座れ」
産まれたての小鹿のように震えながらヤツを見上げる。男だったなら股間へケリの一発でも入れてやろうかと思うが、
「(怖い、逆らえない)ぅ」
力で抗えない怖さが、暴力を振るう男の恐怖が、これほどだったなんて知らなかった。
……私はチノパンに覆われた尻を机の上に置き、もう一度だけ振り返って窓の外を見る。誰もいなかった。
「もう一度、万歳だ。ほら万歳」
視線だけをソイツへ向ける。
ガァン!
思い切り近くの椅子を蹴り飛ばす音が響く。ビクッ、っと身体が痙攣したように振れる。選択肢なんてなかった。
「あっはっは、絶景だなぁ」
まるで強姦魔に銃を突き付けられた処女のように、酷く情けなく両手を上げる。
「こうやってみると、デカい割りに形が崩れてねーよな、お前の乳」
お椀型のオレの乳房を、至近距離から覗き込むように見てきやがる。
「しかも乳首の色が処女って。黒色じゃねーとか逆にショックだわ~」
はらわたが煮えくり返る挑発を繰り返されるも、何もできず、言い返すころもできず怯え続けた。
そして、餓えた狼のようにヤツは口を開き、
チュバ。
「~っ!」
片方の乳房を吸う、――っというより飲み込む。
ジュボッ、ジュボッ。
くっそ下品な音をわざと鳴らしやがる。掃除機のように力強く吸うその動作は、技巧の欠片も無く、ただただ痛いに近い感覚だけだった。だが、こうして我慢すれば殴られないっということに、心のどこかで安堵していた。
「(く、そぉ)うぅ」
胸の中が文字通り嫌悪に溢れる。目を閉じて、苦痛の時間が早く終わるようにと、祈りつつ歯を食いしばる。
「チュブ。あ~、うめぇ。お前も気持ちいいだろ?」
どうでもいいことだが、この場で確信した。AVの強姦系は全部演技だ。そんな妄想を実践する男共は全部ゴミ以下だと思えた。
「いいね、いいねぇ」
涙目で睨み返すと、ヤツは空いている方の乳房に手を這わせる。
「や、やめ」
グッ、っと掴む。
「痛っ」
乳房の奥のあたりが酷く痛み、苦痛で顔が歪む。
「そうそう。お前の小綺麗な顔がそうやって歪むのがタマンねーんだよ」
そう言い捨て、手に力を込め始める。乳はヤツの意志の通りに変形した。まるで許しを請うみたいに。
「――おいおい、硬くなってんぞ。感じてんのかぁ?」
「(ちげーよ、寒いのと痛みで硬くなってんだよ!)づっ」
だがどっちにしろ、硬くなった乳首を吸引し、甘噛みし、舌で乳頭を穿つ行為は、何回も十数回も行われていった。私が抵抗しないから――、
「――づぅ」
しかも片方の乳房は揉みしだかれた上、人差し指と親指で摘まみ上げられる動作を繰り返される。挙げ句、年同細工のように練られ、さらに押しつぶされた。
時間の感覚はすでに無く、次第に、――その、なんというか奇妙な感覚がさっきから続く。
「(なん、だ?)ぁ」
じんわり、っと痛みや嫌悪感じゃない、無色透明な分厚いナニかが胸中に拡がる。
それはさっきから受けている辛い感じや痛いのに比べたら全然マシな。寧ろ――。
「イケよ、ユウ」
――はっ? 乳しゃぶりながら、こいつ何を命令してやがる。
「……づっ!」
だが、今のが遮断器とでも言うのか、知らないそのぶっ太い無色な感覚が、どんどん膨れ上がって、
「ひあっ、なになにな、――やめぇ!」
カリ。
歯応えを感じさせるような僅かな音が、鼓膜を震わせる。
しこりが残った先端に、軽く歯を立てられたその瞬間を最後に、――世界が真っ白に染まった。
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