赤い満淫電車

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「ちょっと果歩かほぉ、飲み過ぎじゃない~?」

 地方都市の夏の夜のアーケード街。グレーの少しくたびれたスカートスーツに低い安物の赤いヒールをく私は、原峰果歩はらみねかほ。声をかけたのは、会社の同期の南川弓みなかわゆみだった。互いに三十歳みそじ直前の私達は、ちょいデカな胸を揺らしつつ、千鳥足ちどりあしで歩いていた。
 周りの迷惑も考えずにユミに大声で返す。

「ナ~ニ言ってんのよ。、ってね。あ、今の下ネタじゃないから(笑)」

「まさか避妊具ゴムとかけたとか言わないよね? 今日日きょうびオッサンでもそんなセクハラ発言せんわ~。同期として引くっ(失笑)」

 今日は会社の企画きかくが一段落したので、同課で軽い打ち上げに繰り出した。日付を越えた頃には私達だけになっていた。
 時間も深夜になって、飲み屋ですら閉店し始めるさびれた繁華街を、女二人で大股おおまたにて練り歩いた。

「てか夜も暑いねぇ……って、見てよ果歩っ。こんな所に美女が二人!」

「な、なんだってー!」

 とっくに閉店した喫茶店のガラス窓に、酔って笑い合う私達が映った。薄い茶髪のシニヨンヘアーに、濃い目のメイクな私は、どこにでもいそうな、ちょい気の強そう系のOLオフィスレディだった。

「ちょっとユミ。超が抜けるぜ、超が」

「あはは。そうだった」

 笑いながら路地を歩いていると。

「おっ。そこのお姉様方、どうっすか~?」

 ピンク色の看板の下、ホストっぽい男性二人に引き留められる。イヤリングを揺らす私が口を開く前に、ユミが手を振る。

「やっ。今日はダイジョブっす」

「え~? そんなこと言わずにさぁ。ウチは安いし、イイ男いっぱいだよ~」

 ユミが断るけど、ちょっとオラオラ系な一人が通せんぼするみたく回り込んでくる。せっかく酔って気持ちイイのに、こんな風に冷めちゃう客引きはいけないねぇ。
 ハンドバッグを肩に掛ける私は親指を立てつつ、腹に力を込めて低い声で。

「ウチらぁ、男っすけどぉ、大丈夫ぅ?」

 そう言ってスカートの上から自分の股間こかんを軽く叩くと、二人が顔を見合わせる。

「――へ? えっ嘘、マジ?」

「ええぇ……?」

 眉を下げてひるんだのを鼻で笑いつつ、手を叩きながらユミと通り過ぎる。

「あっはっは! 果歩マジでウケる~」

「ちょいと悪ふざけが過ぎました。てへぺろ☆」

 大笑いする私は、思いっきり伸びをした。――たまに飲んではバカ言って笑いつつ、仕事漬けのまま、アタシも年齢としを取って行くんだろうなぁ~。低いビルの隙間に見えるかすんだ月を見上げたら、そんな感傷的センチメンタルな気分になっちゃった。

「(いかんいかん)ねぇユミ。汗で流れ出た水分をビールで補給だ。あそこのバーで飲も!」

 ハンドバッグを持った手で、シックな感じの店を指さす。酔いで揺れる視界の端、自分のバッグに付けた古いお守りがほどけそうなのを、気づかなかった。

「やっ、悪いけどそろそろ~るわ。タカヤ……彼氏がウッサイから」

「おいおい惚気のろけかよハニ~」

 そう言って腕を抱き締めてしだれかかると、苦笑される。

「暑いってば(笑)。あっ、謝罪しゃざいの代わりにアパートまで送ろっか? タカヤに車で迎えに来てもらう約束だから」

「いやいや。ど~せ車の中でやイヤらしいことするんでしょ? 気まずいっす」

「しねーよ(笑)。ってか今日はどした? 下ネタ多くね?」

 LEDの明るい電灯の下、お迎えのメールを携帯で打ち始めるユミの肩を叩く。

「最近、男日照おとこひでり(※男性とのめぐり逢いがあまりない)なのだ。――んじゃ、アタシはここで~」

 手をヒラヒラさせながら、帰りの地下鉄の出入り口を目指して、フラフラと歩き離れる。

「えっ、ほんとに送らなくていい? てか地下鉄の駅そっちじゃ……あ、タカヤ? ちょうど今メールを。――って果歩!」

 親指を立てて夜空へ向けつつ、耳穴に赤のワイヤレスイヤホンをぶっ刺す。酒臭いゲエップを量産しながら、帰巣本能きそうほんのうのスイッチをオンにした――。

 * * *

「……んっ?」

 あれ? 気が付くと、地下鉄の発着場プラットフォームによくある、待合用の古びた赤い椅子に座っていた。だらしなく開いていた脚を一応は閉じて、キョロキョロと周りを見る。
 やけに暗いと思いきや、照明は古い上に数も少なく、まさかの蛍光灯けいこうとうであった。床の磁器のタイルもあちこちが欠けていたり、シミだらけで汚れている上――げっ――黒い害虫とも目が合う、最悪。

「(あれ、ホームドアがない?)――う~ん。にしても、久々ひさびさとは言え飲み過ぎたなぁ」

 しゃーないと、周りに誰もいないので思いっきり欠伸あくびをして、足を大きく回して組む――。
 ん? 誰もいない? いやいや、いくら地方都市の平日の夜中とは言え、終電間際の乗客が私以外に誰もいないなんて珍しいなぁ。

「つか、そもそもここって何駅?」

 飲み屋街からの最寄りの地下鉄駅は橋羽駅はしばねえきのはずだけど、一駅飛ばして北門駅きたかどえきまで歩いちゃった? 確かに聴いていた曲がハイテンションのだったから無理もないかも。ただどっちにしろ、普段はあんまり使わない駅とは言え、ここまで乗客が少ない上、暗くて汚いものなの?

「! てか、終電を逃しちゃったから誰もいないんじゃ」

 よく見たらオンボロな電子掲示板が真っ黒だった。あ~、ヤッちまったなぁ。がっくりと目を落とした先にはハンドバッグがあった。

「あり? しかもバッグに付けてたお守り、落としてね? も~、ばっちゃんの形見かたみ(※生きてる)なのにぃ~。悪いことは重なるなぁ」

 しゃーない、タクシー呼ぶかぁ。さすがに歩いて自宅アパートは無理だし。ハンドバッグを開けて、携帯を取り出そうとしたその時だった。

「……ビんボンばンボーン」

 到着のアナウンスが低く鳴り響く。ん? こんな音だったっけ?

「でもラッキ~! まだ終電残ってたんだ」

 ――ガタンタタン。カタン、カタン。

「いや~、日頃の行いですなぁ。方角も――よし。下り線であってる!」

 安堵あんどして再び脚が開きそうになる中、あまり見かけない古そうな四両編成の電車がやってくる。最後尾の車両が目の前で止まり、ややぎこちなく扉が開く。整備不良とかじゃないよね?

「(ま、いいや)さて、ーろ帰ーろっと」

 ハンドバッグを回転させる私は、酔っ払い状態に加えて、ようやく家に帰れると安心により、心も体も弛緩リラックスさせて乗車した。
 ……だから、全く気にもしなかった。例えば車内の様子、あるいはプラットフォームには時計も時刻表も自販機も、なぁ~んにもなかったことに。そして何より、頭上にある電子掲示板こと、発車標に記載きさいされたについてなんて――。

【OUT OF CHASTITY】(満淫電車)
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