1 / 1
乗車前
ご乗車はこちらから
しおりを挟む
「ちょっと果歩ぉ、飲み過ぎじゃない~?」
地方都市の夏の夜のアーケード街。グレーの少しくたびれたスカートスーツに低い安物の赤いヒールを履く私は、原峰果歩。声をかけたのは、会社の同期の南川弓だった。互いに三十歳直前の私達は、ちょいデカな胸を揺らしつつ、千鳥足で歩いていた。
周りの迷惑も考えずにユミに大声で返す。
「ナ~ニ言ってんのよ。心配ゴムよ~、ってね。あ、今の下ネタじゃないから(笑)」
「まさか避妊具とかけたとか言わないよね? 今日日オッサンでもそんなセクハラ発言せんわ~。同期として引くっ(失笑)」
今日は会社の企画が一段落したので、同課で軽い打ち上げに繰り出した。日付を越えた頃には私達だけになっていた。
時間も深夜になって、飲み屋ですら閉店し始める寂れた繁華街を、女二人で大股にて練り歩いた。
「てか夜も暑いねぇ……って、見てよ果歩っ。こんな所に美女が二人!」
「な、なんだってー!」
とっくに閉店した喫茶店のガラス窓に、酔って笑い合う私達が映った。薄い茶髪のシニヨンヘアーに、濃い目のメイクな私は、どこにでもいそうな、ちょい気の強そう系のOLだった。
「ちょっとユミ。超が抜けるぜ、超が」
「あはは。そうだった」
笑いながら路地を歩いていると。
「おっ。そこのお姉様方、どうっすか~?」
ピンク色の看板の下、ホストっぽい男性二人に引き留められる。イヤリングを揺らす私が口を開く前に、ユミが手を振る。
「やっ。今日はダイジョブっす」
「え~? そんなこと言わずにさぁ。ウチは安いし、イイ男いっぱいだよ~」
ユミが断るけど、ちょっとオラオラ系な一人が通せんぼするみたく回り込んでくる。せっかく酔って気持ちイイのに、こんな風に冷めちゃう客引きはいけないねぇ。
ハンドバッグを肩に掛ける私は親指を立てつつ、腹に力を込めて低い声で。
「ウチらぁ、男っすけどぉ、大丈夫ぅ?」
そう言ってスカートの上から自分の股間を軽く叩くと、二人が顔を見合わせる。
「――へ? えっ嘘、マジ?」
「ええぇ……?」
眉を下げて怯んだのを鼻で笑いつつ、手を叩きながらユミと通り過ぎる。
「あっはっは! 果歩マジでウケる~」
「ちょいと悪ふざけが過ぎました。てへぺろ☆」
大笑いする私は、思いっきり伸びをした。――たまに飲んではバカ言って笑いつつ、仕事漬けのまま、アタシも年齢を取って行くんだろうなぁ~。低いビルの隙間に見える霞んだ月を見上げたら、そんな感傷的な気分になっちゃった。
「(いかんいかん)ねぇユミ。汗で流れ出た水分をビールで補給だ。あそこのバーで飲も!」
ハンドバッグを持った手で、シックな感じの店を指さす。酔いで揺れる視界の端、自分のバッグに付けた古いお守りが解けそうなのを、気づかなかった。
「やっ、悪いけどそろそろ帰~るわ。タカヤ……彼氏がウッサイから」
「おいおい惚気かよハニ~」
そう言って腕を抱き締めてしだれかかると、苦笑される。
「暑いってば(笑)。あっ、謝罪の代わりにアパートまで送ろっか? タカヤに車で迎えに来てもらう約束だから」
「いやいや。ど~せ車の中でやイヤらしいことするんでしょ? 気まずいっす」
「しねーよ(笑)。ってか今日はどした? 下ネタ多くね?」
LEDの明るい電灯の下、お迎えのメールを携帯で打ち始めるユミの肩を叩く。
「最近、男日照り(※男性とのめぐり逢いがあまりない)なのだ。――んじゃ、アタシはここで~」
手をヒラヒラさせながら、帰りの地下鉄の出入り口を目指して、フラフラと歩き離れる。
「えっ、ほんとに送らなくていい? てか地下鉄の駅そっちじゃ……あ、タカヤ? ちょうど今メールを。――って果歩!」
親指を立てて夜空へ向けつつ、耳穴に赤のワイヤレスイヤホンをぶっ刺す。酒臭いゲエップを量産しながら、帰巣本能のスイッチをオンにした――。
* * *
「……んっ?」
あれ? 気が付くと、地下鉄の発着場によくある、待合用の古びた赤い椅子に座っていた。だらしなく開いていた脚を一応は閉じて、キョロキョロと周りを見る。
やけに暗いと思いきや、照明は古い上に数も少なく、まさかの蛍光灯であった。床の磁器のタイルもあちこちが欠けていたり、シミだらけで汚れている上――げっ――黒い害虫とも目が合う、最悪。
「(あれ、ホームドアがない?)――う~ん。にしても、久々とは言え飲み過ぎたなぁ」
しゃーないと、周りに誰もいないので思いっきり欠伸をして、足を大きく回して組む――。
ん? 誰もいない? いやいや、いくら地方都市の平日の夜中とは言え、終電間際の乗客が私以外に誰もいないなんて珍しいなぁ。
「つか、そもそもここって何駅?」
飲み屋街からの最寄りの地下鉄駅は橋羽駅のはずだけど、一駅飛ばして北門駅まで歩いちゃった? 確かに聴いていた曲がハイテンションのだったから無理もないかも。ただどっちにしろ、普段はあんまり使わない駅とは言え、ここまで乗客が少ない上、暗くて汚いものなの?
「! てか、終電を逃しちゃったから誰もいないんじゃ」
よく見たらオンボロな電子掲示板が真っ黒だった。あ~、ヤッちまったなぁ。がっくりと目を落とした先にはハンドバッグがあった。
「あり? しかもバッグに付けてたお守り、落としてね? も~、婆ちゃんの形見(※生きてる)なのにぃ~。悪いことは重なるなぁ」
しゃーない、タクシー呼ぶかぁ。さすがに歩いて自宅は無理だし。ハンドバッグを開けて、携帯を取り出そうとしたその時だった。
「……ビんボンばンボーン」
到着のアナウンスが低く鳴り響く。ん? こんな音だったっけ?
「でもラッキ~! まだ終電残ってたんだ」
――ガタンタタン。カタン、カタン。
「いや~、日頃の行いですなぁ。方角も――よし。下り線であってる!」
安堵して再び脚が開きそうになる中、あまり見かけない古そうな四両編成の電車がやってくる。最後尾の車両が目の前で止まり、ややぎこちなく扉が開く。整備不良とかじゃないよね?
「(ま、いいや)さて、帰ーろ帰ーろっと」
ハンドバッグを回転させる私は、酔っ払い状態に加えて、ようやく家に帰れると安心により、心も体も弛緩させて乗車した。
……だから、全く気にもしなかった。例えば車内の様子、あるいはプラットフォームには時計も時刻表も自販機も、なぁ~んにもなかったことに。そして何より、頭上にある電子掲示板こと、発車標に記載されたオカシナ表記についてなんて――。
【OUT OF CHASTITY】(満淫電車)
地方都市の夏の夜のアーケード街。グレーの少しくたびれたスカートスーツに低い安物の赤いヒールを履く私は、原峰果歩。声をかけたのは、会社の同期の南川弓だった。互いに三十歳直前の私達は、ちょいデカな胸を揺らしつつ、千鳥足で歩いていた。
周りの迷惑も考えずにユミに大声で返す。
「ナ~ニ言ってんのよ。心配ゴムよ~、ってね。あ、今の下ネタじゃないから(笑)」
「まさか避妊具とかけたとか言わないよね? 今日日オッサンでもそんなセクハラ発言せんわ~。同期として引くっ(失笑)」
今日は会社の企画が一段落したので、同課で軽い打ち上げに繰り出した。日付を越えた頃には私達だけになっていた。
時間も深夜になって、飲み屋ですら閉店し始める寂れた繁華街を、女二人で大股にて練り歩いた。
「てか夜も暑いねぇ……って、見てよ果歩っ。こんな所に美女が二人!」
「な、なんだってー!」
とっくに閉店した喫茶店のガラス窓に、酔って笑い合う私達が映った。薄い茶髪のシニヨンヘアーに、濃い目のメイクな私は、どこにでもいそうな、ちょい気の強そう系のOLだった。
「ちょっとユミ。超が抜けるぜ、超が」
「あはは。そうだった」
笑いながら路地を歩いていると。
「おっ。そこのお姉様方、どうっすか~?」
ピンク色の看板の下、ホストっぽい男性二人に引き留められる。イヤリングを揺らす私が口を開く前に、ユミが手を振る。
「やっ。今日はダイジョブっす」
「え~? そんなこと言わずにさぁ。ウチは安いし、イイ男いっぱいだよ~」
ユミが断るけど、ちょっとオラオラ系な一人が通せんぼするみたく回り込んでくる。せっかく酔って気持ちイイのに、こんな風に冷めちゃう客引きはいけないねぇ。
ハンドバッグを肩に掛ける私は親指を立てつつ、腹に力を込めて低い声で。
「ウチらぁ、男っすけどぉ、大丈夫ぅ?」
そう言ってスカートの上から自分の股間を軽く叩くと、二人が顔を見合わせる。
「――へ? えっ嘘、マジ?」
「ええぇ……?」
眉を下げて怯んだのを鼻で笑いつつ、手を叩きながらユミと通り過ぎる。
「あっはっは! 果歩マジでウケる~」
「ちょいと悪ふざけが過ぎました。てへぺろ☆」
大笑いする私は、思いっきり伸びをした。――たまに飲んではバカ言って笑いつつ、仕事漬けのまま、アタシも年齢を取って行くんだろうなぁ~。低いビルの隙間に見える霞んだ月を見上げたら、そんな感傷的な気分になっちゃった。
「(いかんいかん)ねぇユミ。汗で流れ出た水分をビールで補給だ。あそこのバーで飲も!」
ハンドバッグを持った手で、シックな感じの店を指さす。酔いで揺れる視界の端、自分のバッグに付けた古いお守りが解けそうなのを、気づかなかった。
「やっ、悪いけどそろそろ帰~るわ。タカヤ……彼氏がウッサイから」
「おいおい惚気かよハニ~」
そう言って腕を抱き締めてしだれかかると、苦笑される。
「暑いってば(笑)。あっ、謝罪の代わりにアパートまで送ろっか? タカヤに車で迎えに来てもらう約束だから」
「いやいや。ど~せ車の中でやイヤらしいことするんでしょ? 気まずいっす」
「しねーよ(笑)。ってか今日はどした? 下ネタ多くね?」
LEDの明るい電灯の下、お迎えのメールを携帯で打ち始めるユミの肩を叩く。
「最近、男日照り(※男性とのめぐり逢いがあまりない)なのだ。――んじゃ、アタシはここで~」
手をヒラヒラさせながら、帰りの地下鉄の出入り口を目指して、フラフラと歩き離れる。
「えっ、ほんとに送らなくていい? てか地下鉄の駅そっちじゃ……あ、タカヤ? ちょうど今メールを。――って果歩!」
親指を立てて夜空へ向けつつ、耳穴に赤のワイヤレスイヤホンをぶっ刺す。酒臭いゲエップを量産しながら、帰巣本能のスイッチをオンにした――。
* * *
「……んっ?」
あれ? 気が付くと、地下鉄の発着場によくある、待合用の古びた赤い椅子に座っていた。だらしなく開いていた脚を一応は閉じて、キョロキョロと周りを見る。
やけに暗いと思いきや、照明は古い上に数も少なく、まさかの蛍光灯であった。床の磁器のタイルもあちこちが欠けていたり、シミだらけで汚れている上――げっ――黒い害虫とも目が合う、最悪。
「(あれ、ホームドアがない?)――う~ん。にしても、久々とは言え飲み過ぎたなぁ」
しゃーないと、周りに誰もいないので思いっきり欠伸をして、足を大きく回して組む――。
ん? 誰もいない? いやいや、いくら地方都市の平日の夜中とは言え、終電間際の乗客が私以外に誰もいないなんて珍しいなぁ。
「つか、そもそもここって何駅?」
飲み屋街からの最寄りの地下鉄駅は橋羽駅のはずだけど、一駅飛ばして北門駅まで歩いちゃった? 確かに聴いていた曲がハイテンションのだったから無理もないかも。ただどっちにしろ、普段はあんまり使わない駅とは言え、ここまで乗客が少ない上、暗くて汚いものなの?
「! てか、終電を逃しちゃったから誰もいないんじゃ」
よく見たらオンボロな電子掲示板が真っ黒だった。あ~、ヤッちまったなぁ。がっくりと目を落とした先にはハンドバッグがあった。
「あり? しかもバッグに付けてたお守り、落としてね? も~、婆ちゃんの形見(※生きてる)なのにぃ~。悪いことは重なるなぁ」
しゃーない、タクシー呼ぶかぁ。さすがに歩いて自宅は無理だし。ハンドバッグを開けて、携帯を取り出そうとしたその時だった。
「……ビんボンばンボーン」
到着のアナウンスが低く鳴り響く。ん? こんな音だったっけ?
「でもラッキ~! まだ終電残ってたんだ」
――ガタンタタン。カタン、カタン。
「いや~、日頃の行いですなぁ。方角も――よし。下り線であってる!」
安堵して再び脚が開きそうになる中、あまり見かけない古そうな四両編成の電車がやってくる。最後尾の車両が目の前で止まり、ややぎこちなく扉が開く。整備不良とかじゃないよね?
「(ま、いいや)さて、帰ーろ帰ーろっと」
ハンドバッグを回転させる私は、酔っ払い状態に加えて、ようやく家に帰れると安心により、心も体も弛緩させて乗車した。
……だから、全く気にもしなかった。例えば車内の様子、あるいはプラットフォームには時計も時刻表も自販機も、なぁ~んにもなかったことに。そして何より、頭上にある電子掲示板こと、発車標に記載されたオカシナ表記についてなんて――。
【OUT OF CHASTITY】(満淫電車)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる