如月を待つ

玉星つづみ

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2月4日(日)

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『ごめん、もう家出ちゃった?』

 電車の中で暇つぶしにパズルゲームをしている時に表示されたメッセージ。嫌な予感しかしない。恐る恐るそれをタップして、メッセージアプリを開く。

『本当に申し訳ないんだけど、今日キャンセルでもいい? 妹が熱出して、両親いないから私が看病しないといけなくて』

 続けて送られてきたメッセージは、想像通りのものだった。
 うわ、もう電車乗っちゃったよ。とは思ったけど、まあ妹さんが熱出してしまったなら仕方がない。

 どうしよう。引き返そうかな。

「ドタキャン? うわ、ないわー」

 嫌な声が聞こえて、私は反射的に画面を隠す。

「え、如月きさらぎ? いつからいたの?」

 いつの間にか隣に座り、スマートフォンの画面を覗き込んできた男。つくづく、彼にはデリカシーというものが存在しないなと思う。
 今日の朝だって、起きたら目の前にいたのだ。勝手に寝顔を見るとか、本当にあり得ない。

「最初からいたけど、話しかけなかったし、存在感薄くしてたから。気づかなかったでしょ?」

 彼は人間じゃなくて、精霊らしい。だからか、気づいたらそこにいるってことが何回もあって、出会ってまだ四日なのに心臓が持ちそうにない。

「てかドタキャンされたの? あり得なくね?」

「私的には、他人のメッセージを勝手に覗くのもどうかと思うけどね」

 今日、私は友達と会う約束をしていた。最近、隣の市に新しくできたショッピングモール。そこに行く予定だったのだ。

『そういうことなら気にしないで。妹ちゃん、早くよくなるといいね』

 返信して、ため息をつく。

「仕方ないよ、妹ちゃんが熱出ちゃったんだから。私との約束より、断然そっちのほうが大事じゃん」

 本当はちょっとガッカリしている。一緒に買い物しようって、楽しみにしていたのに。急に暇になってしまった。
 引き返したいけど、帰っても今日はお兄ちゃんが家にいる。何か言われそうだし、できれば会いたくなかった。それに、家でやることなんて何もない。せっかくやる気を出して外に出たのに、スマートフォンを見て過ごす休日にはしたくなかった。
 だからと言って、一人でショッピングモールを見て回るのも、なんだか寂しい。

「じゃあオレと行く? ショッピングデート」

「デートって……」

 いや、アリかもしれない。デート云々は置いといて、家に帰るよりも如月とショッピングモールに行った方が、幾分かましな休日を送れそうだ。

「じゃあそうしよっか」

「えっ、マジで!? やったぁ!」

 駅に着く。そこから徒歩三分で、目的のショッピングモールだ。
 この辺りの地域では、たぶん一番大きい。私はいろんなものに目移りしちゃうから、一日では回りきれそうにない。
 できたばかりの頃に一度だけ行ったことがあるけど、人でごった返していたし、どこに何があるのかわからずに歩いていたから、何があったのかよく覚えていない。
 ただ、りんご専門店のアップルパイを買い忘れて、後悔したことだけはよく覚えている。今回は忘れないようにしよう。

「へぇ、こんなに大きいとこができたんだ。前の二月にはまだなかったよね?」

「そうだっけ?」

「うん。新しくできるとは言われてたけど、そっか、こんなに楽しそうなところになったんだ」

 わくわくした様子で、如月は自動ドアをくぐっていた。

「まず何か食べようよ。私、朝ごはんにヨーグルトしか食べてないからお腹空いた」

「いいよ。何があるの?」

「友達と食べる予定だったのは、ワッフルだけど」

「ワッフル? 美味しそうじゃん」

 私たちはとりあえずワッフル専門店に向かい、あまりに美味しそうだったからそこにした。
 サクサクのワッフルに、たっぷりのクリームとアイスが乗っている、贅沢な一品。昼前からこんなものを食べたらばちが当たるんじゃないかってぐらい、魅力的だった。

「えっと、このチョコレートのやつを一つと……」

 はっとして、如月を見る。
 そういえば、彼は他の人には見えない。ここで私がもう一つ頼んだら、大食いの人か、映え狙いの人のように見られてしまう。別にいいんだけど、如月のためにそう見られるのは、なんだか気に食わなかった。

「期間限定のティラミスワッフルで」

 骨張った手が伸びてきて、メニューを指差した。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 驚いて如月を見ると、彼はニヤリと笑っていた。

「え、どういうこと?」

「だって、デートなんでしょ?」

「説明になってないんだけど」

 あの店員さんには、如月が見えていたし、声も聞こえていた。彼は、おばあちゃんにもお兄ちゃんにも、誰にも見えていなかったはずなのに。

「今だけ、誰でもオレの姿が見えるようにしてるんだよ」

「そんなことできたの?」

「うん。短時間だけしかできないけどね」

 さっきまでそこに人の気配はなかったのに、今は確かに感じられた。そこに如月がいるんだと、嫌でもわからされてしまう。

「人間で例えると、ずっと全身に力入れてる感じ? だから、力尽きたら途中でいなくなるかも」

 それは極力ないように頑張ってほしい。まあ、どうせ私たちのことなんて誰も見てないだろうけど。

「お待たせいたしました」

 テーブルの上に置かれたのは、写真よりもっと輝いて見えるワッフル。クリームたっぷり、アイスたっぷり。どうやって食べるのが正解なのかわからない。

「美味しそう! いただきまーす」

 如月は、結構な量を一気に口に入れた。流石にあれは真似できないから、私は少しずつ食べようと思う。

 フォークを刺すと、サクッと良い音がした。クリームとアイスが崩れないようにと思ったけど、たっぷり過ぎて無理だった。

 美味しい。めちゃくちゃ、美味しい。
 実はここのワッフルは、一度だけお母さんが買ってきてくれて、家で食べたことがある。でもお店で食べるワッフルはそれよりもっとすごい。信じられないぐらいサクサクで、でも中はしっとりしていて、食べる手が止まらない。チョコアイスが思ったより甘くなくて、すぐにぺろっと食べ切ってしまいそうだ。

「ねぇ、詩ちゃん。これめっちゃ美味しいよ」

「え、そっちも食べたい」

 一切れだけ交換してもらった。
 ティラミスのワッフルは、マスカルポーネチーズのクリームが乗っていて、それがすごく美味しかった。コーヒーのおかげでさっぱりしていて食べやすい。何なら、普通のティラミスを食べるより美味しい。

「詩ちゃん、すごく美味しそうに食べるね」

「だって美味しいんだもん」

 如月に食べているところをじっと見つめられても気にならないぐらい、ワッフルに夢中になっていた。

「今度、またここ来よっと」

 食べ終わって、お母さんへのお土産にワッフルをいくつか買った。美味しい温め方が書かれた紙を入れてくれたから、それを見てやってみようと思う。

「次はどこ行く?」

「んー、何があるのか、よくわかってないんだよね」

「じゃあ適当にぶらぶら歩こっか」

 ショッピングモールには、たくさんのお店があった。服に靴、帽子もあったし、シンプルで良さげな雑貨屋とか、ここら辺の地域の特産品が売っているお店もあった。

 あとは、アクセサリーのお店も。

「これ、似合いそう」

 如月が渡してきたのは、白いリボンのカチューシャ。派手すぎない、でもおしゃれなものだった。

「カチューシャかぁ。付けてると頭痛くなるんだよね」

 如月は少し残念そうに、それを元の場所に戻した。

「あ、これアメジスト?」

 誕生石のコーナーに、二月の誕生石として置かれていた。ピアス、イヤリング、指輪。でも、ついている石は、私が持っているアメジストの色とは違う。
 薄紫。ちょうど、如月の髪の色と同じぐらいの。

「こういう色のもあるんだね」

「それは安めのやつなんじゃない? あのネックレス、高かったし」

 値段を見てみると、三千円弱。こんな小さいアクセサリーにそれは高いような気もするけど、宝石がついていると考えると安いような気もした。

「そういえば、ネックレスつけないの?」

「だって、似合わない」

「そんなことないのに。今日だって、あのネックレスに合わせて服選んでたでしょ?」

 そんなこと言われても、やっぱりああいうアクセサリーをつけるのは、少し恥ずかしいような気がする。

「あ、持ってるじゃん。つけてあげるから後ろ向いて」

「ちょっと、勝手にカバン漁らないでよ」

「いいから、いいから」

 如月に半ば強引に後ろを向かされ、ネックレスをつけられた。ふわりと髪を持ち上げられ、びっくりして体が震えた。

「ほら、やっぱり。似合ってる」

 さらりと頬を触られ、愛おしむような視線を向けられる。あまりに唐突なことだったから、思わず逃げるように後退りした。

「ま、待って。周りの人が見てるから」

「今のオレは君にしか見えてないよ?」

「なっ」

 なんて都合のいい。これでは、周りから見た私は一人で何かやってる変人じゃないか。

「そういうところ直した方がいいと思う」

「はは、ごめん。からかいすぎたね」

 如月は、ぱっと私から手を離す。あの顔は、反省しているようには到底思えない。

「じゃあ、行こうか。デートの続き」

 彼は手を差し出してきたけど、私はそれを取らずに素通りした。

「怒ってる? ごめんって」

 さっきのがなかったとしても、如月と手を繋いで歩くなんて、ちょっと、考えられなかった。
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