9 / 32
2月9日(金)
しおりを挟む
外が明るい。もう朝だ。
体を起こす。昨日のようなだるさはなく、すっきりしていた。
体温計で熱を測る。三十七度。
「おはよう、詩ちゃん。熱は大丈夫?」
「あ、如月。まだ微熱はあるけど、もう大丈夫そうだよ」
これぐらいなら学校に行けそうだと思ったけど、お母さんに友達にうつしたらどうするのって言われたから、結局、今日も休むことにした。
朝ご飯を食べてから、自室へ戻る。
「ねぇ、トランプやらない?」
「ん、オレ?」
「如月以外に誰がいるの」
私はどこかにしまってあるはずのトランプを探す。最近はめっきり使わなくなってしまったから、奥の方にあった。
念の為に休むけど体は元気な時って、暇以外の何物でもない。暇なのはあんまり好きじゃない。だから、如月にトランプをやろうだなんて言ってしまったのだ。
「詩ちゃんから誘ってくれるとか、嬉しすぎるんだけど」
如月は少し頬を赤らめて笑っていた。一緒に過ごしてみて気づいたけど、彼は嬉しいとき、そうやって笑う癖がある。
「何やる? ババ抜き? オレ、ババ抜きやってみたい」
「ババ抜きって二人じゃできなくない?」
トランプを切り混ぜる。
「え、できないの?」
「わかんない。一回やってみる?」
ジョーカーを探す。混ぜてしまったあとだったから、探すのは少し面倒だった。
トランプを配ると、当たり前だが半分ずつになった。二人だから、量が多い。
「オレ、ルールよく知らないんだけど、何すればいいの?」
ババ抜きって誰でも知っているようなゲームだと思っていたから、びっくりした。でも、そういえば如月は精霊だから、ババ抜きをやったことがないのは当然といえば当然だ。
「とりあえず、同じ数字のカードが二枚あったら抜いてって」
私は自分の手札を見る。ジョーカーは……なさそうだ。
そろっているカードを抜いていくと、7、5、8、Kの四枚が残った。
「如月のは五枚になるはず」
「うん、なったよ」
如月の手札はちゃんと五枚だった。持っているカードが何か、もうわかってしまう。
「相手の手札を引いて、数字がそろったら抜いていい。で、最後にジョーカーを持っていた人が負け」
「ジョーカーってこれのことか。んー、やってるところは見たことあるし、できると思う」
如月は自分の手札を見ながら言った。
最初にジョーカーを持っているのは不利な気がするが、如月はそんなことわかっていないみたいで、楽しそうにしていた。
「どうせならさ、賭けをしない?」
「賭け?」
如月のニヤリとした笑みに、何か嫌な予感がした。
「負けたほうが勝ったほうのお願いを何でも一個聞くっていうのはどう?」
「何でも?」
「そ、何でも」
何でもというのはどこまで許されるんだろう。もし私が負けたら、目の前にいるこの男は、何の要求をしてくるかわからない。
「そんな顔しないでよ。詩ちゃんが嫌がるようなお願いはしないから」
でも如月には、昨日一日、看病してくれた恩がある。不安がっている私はきっと面倒くさかっただろうに、彼はずっとそばにいてくれたのだ。
あんまり酷いお願いじゃなければ、聞いてあげてもいいだろう。
「いいよ。賭け、しよっか」
「え、いいの!? よっしゃ!」
如月はガッツポーズをした。賭けなんだから、まだ私がお願いを聞くと決まったわけじゃないのに、すごく嬉しそうだ。それとも、ただ単に賭けがしたかっただけなのか。
「如月のほうが枚数多いから、この場合は私から引く……のかな」
そんなルールだったような気がするけど、ババ抜きなんて久しぶりすぎて覚えていない。
「じゃあ、どうぞ」
如月は自分の手札を差し出した。五枚あるうちの真ん中を掴み、それをちょっとだけ飛び出させてみせる。
「……如月、本当にババ抜きやったことない?」
ニコニコ笑うだけの如月は、奥底が知れなかった。彼は感情が顔に出やすいと思っていたのに、実は手強い相手なのかもしれない。
「えっと、どうしようかな」
真ん中を掴む。如月の表情は変わらない。
その右隣を掴む。やっぱり如月の表情は変わらない。
どこを掴んでも、何の反応もなかった。
真ん中の飛び出ているカードがジョーカーなのか、それはブラフで他の四枚の中にジョーカーが隠れているのか。
いや、わからん。如月の表情が変わらないなら、もう私にジョーカーの位置を知る術はない。
「これにする」
「いいの? それ、ジョーカーだよ」
それが嘘なのか本当なのか、読み取れなかった。
とりあえず、信じられるものは自分の勘しかない。なんとなく今掴んでいるこれはジョーカーじゃない気がするから、それを引き抜く。
ダイヤの8。
よかった、ジョーカーじゃない。
「あーあ、騙されなかったかぁ」
如月は駆け引きがうまい。ババ抜きでこんなに緊張したのは、初めてかもしれない。
「んじゃ、オレの番」
そう言って、間髪入れずにスペードの7を引き抜いた。私はジョーカーを持っていないから、どれを引いても大差ない。
これで、私の手札が二枚。如月が三枚になった。ジョーカーは、変わらず如月が持っている。まだお互い一回ずつしか引いてないのに、もし次、私がジョーカー以外を引いたら、もう決着がついてしまう。
次は私の番だ。さっき神経を使って引くカードを選んだばかりなのに、二人だとすぐに順番が来てしまう。
如月はまたカードを一枚飛び出させる。今度は右端だ。
「それがジョーカー?」
「どうでしょう」
表情も口調も変わりなし。わからない。
でもさっき、飛び出ていたカードはジョーカーじゃなかった。ということは、今飛び出ている右端のカードはジョーカーじゃない……と信じたい。
私は思い切ってそれを引いた。
ジョーカー。三分のニを外してしまった。
「ジョーカーでした。残念だったねぇ」
そう言って笑う如月にむしゃくしゃした。何としてでも勝ちたいと思った。
私は三枚のトランプをシャッフルして、順番を変える。如月の真似をして、一枚だけカードを飛び出させる。ハートの5。ジョーカーじゃないカードだ。
「どれにしようかな」
呑気そうに、如月はカードを選んでいる。それに対し、私は心臓がバクバクしていた。
これで如月がジョーカー以外を引いたら私の負け。ここでは絶対にジョーカーを取らせないといけない。でも、どうすればいいのかわからない。駆け引きなんて、私には無理だった。
「これにしよっかなぁ」
如月が選んだのは、ジョーカー。私の顔を見てから、そのままカードを引く。
「あー、ジョーカー」
今の、うまく表情を誤魔化せていただろうか。でも如月がジョーカーを引いたってことは、たぶん顔には出てなかったはずだ。
「はい、詩ちゃんの番」
しっかり混ぜてから、如月は手札を差し出す。今度はどこも飛び出させてない。
私は何となく、右端のカードに指をかけてみる。
「それ、キングだよ」
そんなこと言われても、信じられない。
左のカードに触る。
「それダメなやつ。ジョーカー」
如月は私を惑わせにきていた。わかっていても、私は見事に如月の術に翻弄されていた。
「あ、やっぱりこっちがジョーカーかも」
そう言って指差されたカードが、安全そうに見えて、私はそれを選んだ。
ジョーカー。それはどこからどう見ても、ジョーカーだった。
「はい、次オレの番」
私はしばらく唖然としていたが、はっとして手札を混ぜる。
さっきからジョーカーが行ったり来たりしているだけだ。今回もジョーカーを引かせないと、私は負けてしまう。
でも、如月は迷わず、ジョーカーじゃないカードに手をかける。
「これ、ジョーカーじゃないよね?」
ダイヤのKだ。私は何も答えなかった。
「そっか、ジョーカーじゃないんだ」
「え、なんで」
如月はそれを引き抜こうとした。私は思わず、手に力を入れて阻止してしまう。
「ま、待って。それ引いちゃダメ」
そう言ってみたら、如月の力が弱まった。
「……そういうのズルくない?」
如月の顔が少し赤くなっていた。力を入れたからか、もしくは……怒ってる?
「あっ」
油断していたら、その隙にダイヤのKを引き抜かれてしまった。
これでもう決着がついてしまった。一応、今のそれぞれの手札は、如月が一枚、私が二枚。ジョーカーを持っているのは私だ。次は私が引く番だから、もう私の負けだ。
「はい、最後の一枚。引いて?」
もう勝敗は決まっているんだから終わりでいいのに、如月は性格が悪い。
「如月のいじわる」
「ちゃんと最後までやらないとでしょ?」
私は渋々、如月からカードを受け取った。スペードの5。
「詩ちゃんってば、ぜーんぶ顔に出ちゃうんだもん。可愛い」
「え、でも、さっきジョーカー引いたよね?」
「あーあれは……ごめん、詩ちゃんの反応が見たくて、つい」
「わざとってこと!?」
信じられない。私はあんなに緊張しながらやってたのに、最初から如月にからかわれていただけみたいじゃないか。
「じゃあ詩ちゃんには、オレのお願い事、聞いてもらおっかなぁ」
さっきは如月のお願いなら聞いてもいいかなと思ったけど、今は正直ちょっと、いやだいぶ、嫌気が差していた。
体を起こす。昨日のようなだるさはなく、すっきりしていた。
体温計で熱を測る。三十七度。
「おはよう、詩ちゃん。熱は大丈夫?」
「あ、如月。まだ微熱はあるけど、もう大丈夫そうだよ」
これぐらいなら学校に行けそうだと思ったけど、お母さんに友達にうつしたらどうするのって言われたから、結局、今日も休むことにした。
朝ご飯を食べてから、自室へ戻る。
「ねぇ、トランプやらない?」
「ん、オレ?」
「如月以外に誰がいるの」
私はどこかにしまってあるはずのトランプを探す。最近はめっきり使わなくなってしまったから、奥の方にあった。
念の為に休むけど体は元気な時って、暇以外の何物でもない。暇なのはあんまり好きじゃない。だから、如月にトランプをやろうだなんて言ってしまったのだ。
「詩ちゃんから誘ってくれるとか、嬉しすぎるんだけど」
如月は少し頬を赤らめて笑っていた。一緒に過ごしてみて気づいたけど、彼は嬉しいとき、そうやって笑う癖がある。
「何やる? ババ抜き? オレ、ババ抜きやってみたい」
「ババ抜きって二人じゃできなくない?」
トランプを切り混ぜる。
「え、できないの?」
「わかんない。一回やってみる?」
ジョーカーを探す。混ぜてしまったあとだったから、探すのは少し面倒だった。
トランプを配ると、当たり前だが半分ずつになった。二人だから、量が多い。
「オレ、ルールよく知らないんだけど、何すればいいの?」
ババ抜きって誰でも知っているようなゲームだと思っていたから、びっくりした。でも、そういえば如月は精霊だから、ババ抜きをやったことがないのは当然といえば当然だ。
「とりあえず、同じ数字のカードが二枚あったら抜いてって」
私は自分の手札を見る。ジョーカーは……なさそうだ。
そろっているカードを抜いていくと、7、5、8、Kの四枚が残った。
「如月のは五枚になるはず」
「うん、なったよ」
如月の手札はちゃんと五枚だった。持っているカードが何か、もうわかってしまう。
「相手の手札を引いて、数字がそろったら抜いていい。で、最後にジョーカーを持っていた人が負け」
「ジョーカーってこれのことか。んー、やってるところは見たことあるし、できると思う」
如月は自分の手札を見ながら言った。
最初にジョーカーを持っているのは不利な気がするが、如月はそんなことわかっていないみたいで、楽しそうにしていた。
「どうせならさ、賭けをしない?」
「賭け?」
如月のニヤリとした笑みに、何か嫌な予感がした。
「負けたほうが勝ったほうのお願いを何でも一個聞くっていうのはどう?」
「何でも?」
「そ、何でも」
何でもというのはどこまで許されるんだろう。もし私が負けたら、目の前にいるこの男は、何の要求をしてくるかわからない。
「そんな顔しないでよ。詩ちゃんが嫌がるようなお願いはしないから」
でも如月には、昨日一日、看病してくれた恩がある。不安がっている私はきっと面倒くさかっただろうに、彼はずっとそばにいてくれたのだ。
あんまり酷いお願いじゃなければ、聞いてあげてもいいだろう。
「いいよ。賭け、しよっか」
「え、いいの!? よっしゃ!」
如月はガッツポーズをした。賭けなんだから、まだ私がお願いを聞くと決まったわけじゃないのに、すごく嬉しそうだ。それとも、ただ単に賭けがしたかっただけなのか。
「如月のほうが枚数多いから、この場合は私から引く……のかな」
そんなルールだったような気がするけど、ババ抜きなんて久しぶりすぎて覚えていない。
「じゃあ、どうぞ」
如月は自分の手札を差し出した。五枚あるうちの真ん中を掴み、それをちょっとだけ飛び出させてみせる。
「……如月、本当にババ抜きやったことない?」
ニコニコ笑うだけの如月は、奥底が知れなかった。彼は感情が顔に出やすいと思っていたのに、実は手強い相手なのかもしれない。
「えっと、どうしようかな」
真ん中を掴む。如月の表情は変わらない。
その右隣を掴む。やっぱり如月の表情は変わらない。
どこを掴んでも、何の反応もなかった。
真ん中の飛び出ているカードがジョーカーなのか、それはブラフで他の四枚の中にジョーカーが隠れているのか。
いや、わからん。如月の表情が変わらないなら、もう私にジョーカーの位置を知る術はない。
「これにする」
「いいの? それ、ジョーカーだよ」
それが嘘なのか本当なのか、読み取れなかった。
とりあえず、信じられるものは自分の勘しかない。なんとなく今掴んでいるこれはジョーカーじゃない気がするから、それを引き抜く。
ダイヤの8。
よかった、ジョーカーじゃない。
「あーあ、騙されなかったかぁ」
如月は駆け引きがうまい。ババ抜きでこんなに緊張したのは、初めてかもしれない。
「んじゃ、オレの番」
そう言って、間髪入れずにスペードの7を引き抜いた。私はジョーカーを持っていないから、どれを引いても大差ない。
これで、私の手札が二枚。如月が三枚になった。ジョーカーは、変わらず如月が持っている。まだお互い一回ずつしか引いてないのに、もし次、私がジョーカー以外を引いたら、もう決着がついてしまう。
次は私の番だ。さっき神経を使って引くカードを選んだばかりなのに、二人だとすぐに順番が来てしまう。
如月はまたカードを一枚飛び出させる。今度は右端だ。
「それがジョーカー?」
「どうでしょう」
表情も口調も変わりなし。わからない。
でもさっき、飛び出ていたカードはジョーカーじゃなかった。ということは、今飛び出ている右端のカードはジョーカーじゃない……と信じたい。
私は思い切ってそれを引いた。
ジョーカー。三分のニを外してしまった。
「ジョーカーでした。残念だったねぇ」
そう言って笑う如月にむしゃくしゃした。何としてでも勝ちたいと思った。
私は三枚のトランプをシャッフルして、順番を変える。如月の真似をして、一枚だけカードを飛び出させる。ハートの5。ジョーカーじゃないカードだ。
「どれにしようかな」
呑気そうに、如月はカードを選んでいる。それに対し、私は心臓がバクバクしていた。
これで如月がジョーカー以外を引いたら私の負け。ここでは絶対にジョーカーを取らせないといけない。でも、どうすればいいのかわからない。駆け引きなんて、私には無理だった。
「これにしよっかなぁ」
如月が選んだのは、ジョーカー。私の顔を見てから、そのままカードを引く。
「あー、ジョーカー」
今の、うまく表情を誤魔化せていただろうか。でも如月がジョーカーを引いたってことは、たぶん顔には出てなかったはずだ。
「はい、詩ちゃんの番」
しっかり混ぜてから、如月は手札を差し出す。今度はどこも飛び出させてない。
私は何となく、右端のカードに指をかけてみる。
「それ、キングだよ」
そんなこと言われても、信じられない。
左のカードに触る。
「それダメなやつ。ジョーカー」
如月は私を惑わせにきていた。わかっていても、私は見事に如月の術に翻弄されていた。
「あ、やっぱりこっちがジョーカーかも」
そう言って指差されたカードが、安全そうに見えて、私はそれを選んだ。
ジョーカー。それはどこからどう見ても、ジョーカーだった。
「はい、次オレの番」
私はしばらく唖然としていたが、はっとして手札を混ぜる。
さっきからジョーカーが行ったり来たりしているだけだ。今回もジョーカーを引かせないと、私は負けてしまう。
でも、如月は迷わず、ジョーカーじゃないカードに手をかける。
「これ、ジョーカーじゃないよね?」
ダイヤのKだ。私は何も答えなかった。
「そっか、ジョーカーじゃないんだ」
「え、なんで」
如月はそれを引き抜こうとした。私は思わず、手に力を入れて阻止してしまう。
「ま、待って。それ引いちゃダメ」
そう言ってみたら、如月の力が弱まった。
「……そういうのズルくない?」
如月の顔が少し赤くなっていた。力を入れたからか、もしくは……怒ってる?
「あっ」
油断していたら、その隙にダイヤのKを引き抜かれてしまった。
これでもう決着がついてしまった。一応、今のそれぞれの手札は、如月が一枚、私が二枚。ジョーカーを持っているのは私だ。次は私が引く番だから、もう私の負けだ。
「はい、最後の一枚。引いて?」
もう勝敗は決まっているんだから終わりでいいのに、如月は性格が悪い。
「如月のいじわる」
「ちゃんと最後までやらないとでしょ?」
私は渋々、如月からカードを受け取った。スペードの5。
「詩ちゃんってば、ぜーんぶ顔に出ちゃうんだもん。可愛い」
「え、でも、さっきジョーカー引いたよね?」
「あーあれは……ごめん、詩ちゃんの反応が見たくて、つい」
「わざとってこと!?」
信じられない。私はあんなに緊張しながらやってたのに、最初から如月にからかわれていただけみたいじゃないか。
「じゃあ詩ちゃんには、オレのお願い事、聞いてもらおっかなぁ」
さっきは如月のお願いなら聞いてもいいかなと思ったけど、今は正直ちょっと、いやだいぶ、嫌気が差していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる