如月を待つ

玉星つづみ

文字の大きさ
上 下
11 / 32

2月11日(日)

しおりを挟む
 眠れない。電気が眩しい。だけど、明かりを消して真っ暗になるのは怖い。だからって、微妙に明るいのも怖い。明るくても怖い。とにかく怖かった。
 ここはいつもの自分の部屋。窓際にベッドが置いてあって、その隣に勉強机があって、向こうにはクローゼット。何もかもいつもの同じ景色。あれ、あんなところに本置いたっけ。いや、置いたよね。置いたはず。

「眠れないの?」

「……は、びっくりした、如月きさらぎか」

 一瞬、心臓が止まったかと思った。安心したら、思い出したかのように心臓がバクバク動き出す。体温が上がって暑い。でも布団から出るのは怖かった。布団が守ってくれるわけでもないのに。

「今日見た心霊番組のせい?」

「うん」

 チャンネルを変えたら偶然目に入ってしまった怖い話。一度見たら異変の正体とかそういうのが気になってしまって、怖いのが苦手なくせに見てしまった。結局、正体はなんだったのだろうか……で終わったし、怖くて眠れないし、かといって起きて何かをするのも怖かった。

「勝手に引き出し開いてたよね。こうやって」

「あー思い出させないでよ」

 布団を被ってしまおうと思ったけど、如月の顔が見えなくなるのも怖くて、目から上だけは出しておいた。

「でもオレもうたちゃん以外には見えないからさ、オレがこうやって引き出しを開けたら、心霊現象になるんだよね」

 たしかに。私からは如月が開け閉めしているようにしか見えないけど、例えばお兄ちゃんが見たら、きっと腰を抜かしてしまう。

「てか、あの映像の一つはオレの同僚の仕業だったし」

「同僚?」

「他の月を担当してる精霊。あいつイタズラ好きだもんなぁ」

 急に心霊現象に親近感が湧いてきた。なんか嫌だ。怖いのも嫌だけど、そういうのをコミカルに感じてしまうのも、違う気がした。

「でも最後のはやばかったね。取材行った人、気をつけないとあっち側に連れてかれちゃうかも」

「待って、そういうこと言わないで。もう、本当に……無理だから」

 取材に行った人なんて知り合いでも何でもないけど、怖い。もしその人とすれ違うことがあったら、私も目をつけられるんじゃないか、とか。
 如月は精霊だ。私には見えない悪霊とか邪気とか、そういうのも彼には見えているはずだ。だから、彼の言ったことはたぶん本当なんだろう。

「ねえ、さっきのにさ、見ちゃったら呪われるとかいうようなものはなかったよね……?」

「さあ、どうだろうね」

「え、待って、無理」

 体中がそわそわして落ち着かない。あんなの、見なきゃよかった。なんで見ちゃったんだろう。もう泣きそうだ。

「そんな顔しないで。大丈夫だよ。まあ、ちょっと危険そうなのはあったけど」

「大丈夫じゃないじゃん!」

 どこかで怖がっていると狙われやすいって書いてあったのを思い出した。やばい、私、真っ先に狙われる。きっともうすぐ近くまで幽霊が来ているんだ。

「本当に大丈夫だから。あの番組を見てた全員を呪うなんて不可能だし、詩ちゃんにはオレがついてるからね。そんな簡単に呪わせはしないよ」

「如月ぃ」

 今回ばかりは、彼が頼もしく見えた。私には幽霊とか見えないから、如月に頼るしかない。如月なら、ちゃんと守ってくれそうな安心感があった。

「まあオレに悪霊を追い払う力なんてないんだけどね」

「如月ぃ!」

 ついさっき、如月なら守ってくれるだろうと安心したのは何だったんだ。結局だめじゃないか。全然大丈夫じゃない。

「怖いのー?」

「こわい」

 心霊番組を平気で見れる人とか、好んで見る人って、どういう思考回路をしているんだろう。別に否定してるわけじゃないんだけど、どうにも私は理解できない。

「怖がってる詩ちゃん、可愛いなぁ」

 少し震えている私を、如月はじっと見つめてくる。

「ずっと思ってたんだけど、如月って性格悪いよね」

「へ?」

 如月はきょとんとして、首を傾げた。自覚はないらしい。

「だって、この前やったババ抜きでもからかってきたし」

「あー……ね。あれは半分ぐらい詩ちゃんのせいっていうか、詩ちゃんが可愛いからいけないんだよ」

「そういうとこ。そうやってからかうの、よくない」

 しかもコイツは、私が困っているときとか、怖がっているときに「可愛い」と言ってくるのだ。趣味が悪い。何か食べてるときもずっと視線を感じるし、誰かが近くにいて私が如月に何も言えないときにじーっと見つめてくるから、タチが悪い。

「本心なんだけどな」

 如月は口を尖らせた。
 たぶん、可愛いっていうのは嘘じゃないのだろう。例えるなら、ペットを可愛がっているような、そんな感覚な気がする。

「はは、その顔はわかってないな?」

「何が」

「いや、何でもないよ」

 そんなこと言われると何のことだか気になってしまう。

 如月はふっと遠くに意識をやった。どこか寂しそうな表情。

「如月って、時々そういう顔するよね」

「そういう顔って?」

「なんか、寂しそうな」

 如月は自分の頬を掴んで、少しほぐした。それがおかしな顔だったから、思わず笑ってしまった。

「だってさ、二月が終わったら、オレ帰らなきゃだから」

「そういえば、そうだっけ」

 出会って最初の頃に、そんなことを言っていたような気がする。如月があまりにも私の生活に馴染んでいたから、出会ったのはつい最近だってことすら、忘れかけていた。

「オレは二月担当だからね。三月にバトンタッチしないと」

 三月になってもらわないと、二月のままでは寒いから嫌だ。でも、如月がいなくなるのは、ちょっと寂しい。
 私の中で如月は、結構大事な存在になっていたんだと気づいた。最初は不審者かと思って怖かったのに、今ではこんなにも彼と離れたくないと思っている。自分でもびっくりだ。

「二月が過ぎたら、また来年。あのネックレスを持っていてくれたら、オレは君のところに迷わず行けるから」

 アメジストのネックレスは、如月にとって、目印みたいなものなんだろうか。あのネックレスって、いつからあるんだろう。

「まあでも、まだ十一日だからね。お別れの雰囲気にするのは早いよ」

 でも、二月は一年の中で最も短い月。二十八日しかないのだ。あっという間に過ぎて行ってしまうことは、わかりきっていることだった。

「もしかして、オレがいなくなるの、寂しい?」

「……うん」

 如月がニヤニヤと私を覗き込んだ。頬が少し赤い。嬉しかったらしい。

「オレも、詩と会えなくなるのは寂しいよ」

 如月に頭を撫でられる。ぞわぞわして落ち着かなくて、ふいっと違う方向に顔を動かした。私の反応に、如月は愉快そうに笑う。

「ねぇ、明日は何する?」

「明日? 明日は、ちょっと行きたいところがあるから、出かける」

「オレもついて行っていい?」

「うん。如月と一緒に行きたいって思ってた」

 如月は赤くなって、へにゃりと笑う。あーこれは、めっちゃ嬉しいんだろうな。

「デートってこと?」

「デートじゃなくて、ただのお出かけ」

 デートというのは、交際中の関係にある二人が一緒に出かけることだと思う。私と如月はそんな関係じゃないから、デートには当てはまらない。

「つれないなぁ」

 如月は優しく笑った。
 
 彼と話していたら、恐怖心が薄れてきた。如月がそばにいてくれるから、大丈夫な気がした。
 明日はどんな話をしよう。如月とのお別れまでの間、どんな思い出を作ろうか。きっと、如月と一緒にやりたいことは、二月という短い時間の中では収まりきらない。

 話しているうちにだんだん瞼が重くなって、如月の言葉が遠のいていって――いつの間にか、眠ってしまっていた。
しおりを挟む

処理中です...