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2月19日(月)
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「行ってきまーす」
玄関で声をかけたけど、誰からの反応もなかった。如月からも。
それにちょっとムッとしながら、外に出る。
昨日は、動物園が閉まる時間まで遊び尽くしてしまった。足は痛いし、体はダルいし、学校に行くのは憂鬱すぎる。
でも行かなきゃなんだよなぁ。単位がやばいわけじゃないけど、高校は休んだ分は自分でやっとけって感じだから、その日の授業内容とかを友達に聞かなきゃいけないのが面倒くさいんだよね。
ふと顔を上げた時に、右の視界に少しだけ映った人影。私は反射的に立ち止まった。
「……え、如月?」
「ん?」
彼はキョトンとして私を見つめている。そうして数秒間、見つめ合ったままでいた。
「なぁに? もしかして、オレの顔に見惚れちゃった?」
「そうじゃなくて、え、いつからいたの?」
「家からだよ?」
全然気づかなかった。如月は精霊だからか存在感が薄い……というか、気配なんて無いに等しい。だからこういうことはよくあるんだけど、今回は一層存在感が無い。
「てか、どこ行くつもり? 学校についてこようとしてないよね?」
「あ、それいいね!」
「よくないよ」
如月の反応から、学校に来る予定ではなかったようだ。じゃあ、どこに行くつもりなんだろう。おばあちゃん家とか?
「詩、早くしないと学校遅れるよ?」
「あー、うん。そうだね」
如月の行き先が気になるところではあるけど、ここはそこそこ人通りの多い道路。しかも、同じ学校の人たちが結構通る。如月の姿は私以外に見えてないだろうから、話すのは控えておく。
如月が向かっているのはたぶん、おばあちゃん家だな、と自分の中で結論づけた。
「そういえばさ、去年までのぶ枝さんが住んでた家ら辺で、良さそうなカフェ見つけたんだ」
「そうなんだ」
「美味しそうだったよ。今度行って見ない?」
「うん」
あんまり周りの人に私の声を聞かれなくないから、そっけない返事しかできない。本当は如月ともっと話したいのに。もどかしい。
「今日は忘れ物ない? 大丈夫?」
「うん」
「ならいいけど」
如月は、ぽん、と私の頭に手を置く。
顔赤くなっちゃうからやめて。と如月の手を払う。
「じゃあオレ、こっちだから」
「あ、うん」
軽く手を振る如月に、くるりと背を向けた。本当は手を振りかえしたいのに、できない自分が嫌になる。
あれ、おばあちゃん家ってそっちじゃなくない? じゃあ如月は、いったいどこに用事があるんだろう。
振り返ると、如月はもういなかった。
如月の用事って何なんだろう。如月は普通の人には見えないし、人間の知り合いはいなさそうだった。人に会いに行くんじゃないなら、行きたい場所があるとか? まさか、さっき彼が言っていたカフェに一人で行っちゃったとか……気になる。あー、聞いとけばよかった。
「詩、おっはよー」
「うわぁっ」
背後から肩に手を置かれて、びっくりして立ち止まる。
「里香。もう、びっくりしたじゃん」
「ごめーん」
反省していなさそうだ。これまでにも何度もやられているから、今後も直らないだろう。
「考え事? 眉間にシワ寄ってたけど」
「うそ、そんなにわかりやすかった?」
「詩はいつもわかりやすいよ」
それ、如月にも言われたなぁ。気持ちが全部顔に出るって、悪いことしかないじゃないか。
「で、何考えてたん? もしかして、親戚のお兄さんのこと?」
「親戚のお兄さん? ……ああ、如月のことか」
そういえば、そんな感じでごまかしてたな。
なんでわかったんだろう、私が如月のことを考えてたって。勘か。
「あれ、図星? 恋、煩ってんねー」
「恋じゃ……ないから」
「お?」
里香はニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。私は思わずたじろいでしまった。
「本当にそれ、恋じゃない?」
「じゃないよ」
如月に恋? だって相手は精霊だよ? 私が恋していい相手じゃないでしょ。
「親戚だから恋しちゃダメだって?」
「え?」
親戚……じゃないけど、考えていたことは大体合っている。
「でも、わざわざ親戚って言うわけだから、いとことか、はとことか、そういう名前がついてる関係じゃないんでしょ?」
「ん……うん、まあ、そうだね……」
如月は私と全く似ていないし、そもそも親戚っていうのも無理がある。親戚だという設定を続けるなら、すごーく遠い親戚ってことにしておこう。もう親戚と呼べるのか怪しいぐらいの、遠い遠い血縁の。
「近しい血縁関係じゃないなら、恋しちゃってもいいと思わない?」
「だから、そういうのじゃないから」
本当に遠い親戚だったら良かったんだけど、残念ながらそうじゃない。如月と私は、そもそも種族が違う。その壁は、さすがに越えられない。
「じゃあ、あたし如月さんのこと狙っちゃおっかなぁ」
「え、だめだよ」
「ほら好きじゃーん」
すぐに口を押さえる。思わず飛び出た言葉だった。
「違うって。如月は、ほら、ちょっと怪しいところあるからさ、あんな男やめときなって意味だから!」
「えー? 詩、前に如月さんはいい人だって言ってたのに?」
言葉に詰まる。そういえばそんなこともあったから、何も言い返せない。
「えっと、最近気づいたことなんだけど、如月はやっぱり怪しいんだよ」
「へぇ。どんなところが?」
「今日だって、行き先言わずに出かけたし!」
どうだ。嘘でもないし、如月のこの行動はかなり怪しいだろう。私はそう思ったけど、里香は信じてないようで、のんきに笑っている。
「大人なら行き先なんか言わずに出かけるっしょ」
「違うよ、聞いても教えてくれなかったの」
問い詰めたわけじゃないけど、軽く聞いたときにはうまくはぐらかされてしまった。
「あーね。ってことは、大人のお店じゃね?」
「大人のお店……って」
一緒に住んでいる女子高生には言えないような大人のお店。そこに入っていく如月を一瞬だけ想像してしまい、私はぶんぶんと首を振る。
「そんなわけないでしょ。だって如月、見えないし」
しかも今は朝。そういうお店って、普通は夜に行くものなんじゃないの?
「見えない? 何が?」
里香にそう聞かれて、一瞬何のことかよくわからなかったが、自分の発言を思い出してはっとした。
「あ、いや……目! 目が悪くてよく見えないって言ってたから。眼鏡買いに行かなきゃなーって、言ってて……」
めちゃくちゃ不自然になってしまった。ちらりと里香の様子を伺うと、彼女はじとーっと私を見ていた。ここは誤魔化すしかないから、私は軽く笑いながらだんまりを決め込んでおいた。
「でもねー詩さん。恋って、いいんだぜ?」
里香はそう言って、グッと親指を立てる。
「どこが。あとそのキャラ何?」
彼女は、周りに人がいても自分らしく振る舞える。それが羨ましくもあり、たまに迷惑でもある。
「わたくし、えー、今の彼と付き合って三か月なんですが」
「ほう」
「毎日楽しゅうございます」
「ほうほう」
里香はスマートフォンのメッセージアプリを開き、彼氏とのやり取りを私に見せつけてきた。
「ほら。今の彼氏、何回も好きって言ってくれるの。愛されてるわー」
「里香の方も好きっていいすぎ」
「このぐらいがちょうどいいんよ」
あまりにも好きって言われすぎると、それの価値がどんどん下がって言ってしまうような気がする。それに、好き好き言い合っているだけじゃあ気持ちが悪いだけだ。
「これ、デート後のメッセージ。『今日も可愛かった』って、もう本当、好きぃ」
里香は頬に手を当てて目をつぶる。
「デート中にも何回も言ってくれるんだけど、マジで心臓破裂しそう」
これは、なんだか共感できるぞ、と思ってしまって、頭を抱えた。
「可愛いって好きな人にしか言わんじゃん? だから特別感あるんだよね」
「好きな人……好きな、人……」
いやいや、如月の場合は違う。あれは恋愛的な好きとかじゃなくて、ペットとか小さな子どもとか、そういう愛らしいものに対しての「可愛い」だから。
「お? 詩、顔真っ赤だぞー?」
「えっ。ち、違うからね! 如月が好きとかじゃないから!」
「本当かなぁ?」
家では如月にからかわれ、学校に行くと里香にからかわれる。そんなに私、からかいやすいかな。
玄関で声をかけたけど、誰からの反応もなかった。如月からも。
それにちょっとムッとしながら、外に出る。
昨日は、動物園が閉まる時間まで遊び尽くしてしまった。足は痛いし、体はダルいし、学校に行くのは憂鬱すぎる。
でも行かなきゃなんだよなぁ。単位がやばいわけじゃないけど、高校は休んだ分は自分でやっとけって感じだから、その日の授業内容とかを友達に聞かなきゃいけないのが面倒くさいんだよね。
ふと顔を上げた時に、右の視界に少しだけ映った人影。私は反射的に立ち止まった。
「……え、如月?」
「ん?」
彼はキョトンとして私を見つめている。そうして数秒間、見つめ合ったままでいた。
「なぁに? もしかして、オレの顔に見惚れちゃった?」
「そうじゃなくて、え、いつからいたの?」
「家からだよ?」
全然気づかなかった。如月は精霊だからか存在感が薄い……というか、気配なんて無いに等しい。だからこういうことはよくあるんだけど、今回は一層存在感が無い。
「てか、どこ行くつもり? 学校についてこようとしてないよね?」
「あ、それいいね!」
「よくないよ」
如月の反応から、学校に来る予定ではなかったようだ。じゃあ、どこに行くつもりなんだろう。おばあちゃん家とか?
「詩、早くしないと学校遅れるよ?」
「あー、うん。そうだね」
如月の行き先が気になるところではあるけど、ここはそこそこ人通りの多い道路。しかも、同じ学校の人たちが結構通る。如月の姿は私以外に見えてないだろうから、話すのは控えておく。
如月が向かっているのはたぶん、おばあちゃん家だな、と自分の中で結論づけた。
「そういえばさ、去年までのぶ枝さんが住んでた家ら辺で、良さそうなカフェ見つけたんだ」
「そうなんだ」
「美味しそうだったよ。今度行って見ない?」
「うん」
あんまり周りの人に私の声を聞かれなくないから、そっけない返事しかできない。本当は如月ともっと話したいのに。もどかしい。
「今日は忘れ物ない? 大丈夫?」
「うん」
「ならいいけど」
如月は、ぽん、と私の頭に手を置く。
顔赤くなっちゃうからやめて。と如月の手を払う。
「じゃあオレ、こっちだから」
「あ、うん」
軽く手を振る如月に、くるりと背を向けた。本当は手を振りかえしたいのに、できない自分が嫌になる。
あれ、おばあちゃん家ってそっちじゃなくない? じゃあ如月は、いったいどこに用事があるんだろう。
振り返ると、如月はもういなかった。
如月の用事って何なんだろう。如月は普通の人には見えないし、人間の知り合いはいなさそうだった。人に会いに行くんじゃないなら、行きたい場所があるとか? まさか、さっき彼が言っていたカフェに一人で行っちゃったとか……気になる。あー、聞いとけばよかった。
「詩、おっはよー」
「うわぁっ」
背後から肩に手を置かれて、びっくりして立ち止まる。
「里香。もう、びっくりしたじゃん」
「ごめーん」
反省していなさそうだ。これまでにも何度もやられているから、今後も直らないだろう。
「考え事? 眉間にシワ寄ってたけど」
「うそ、そんなにわかりやすかった?」
「詩はいつもわかりやすいよ」
それ、如月にも言われたなぁ。気持ちが全部顔に出るって、悪いことしかないじゃないか。
「で、何考えてたん? もしかして、親戚のお兄さんのこと?」
「親戚のお兄さん? ……ああ、如月のことか」
そういえば、そんな感じでごまかしてたな。
なんでわかったんだろう、私が如月のことを考えてたって。勘か。
「あれ、図星? 恋、煩ってんねー」
「恋じゃ……ないから」
「お?」
里香はニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。私は思わずたじろいでしまった。
「本当にそれ、恋じゃない?」
「じゃないよ」
如月に恋? だって相手は精霊だよ? 私が恋していい相手じゃないでしょ。
「親戚だから恋しちゃダメだって?」
「え?」
親戚……じゃないけど、考えていたことは大体合っている。
「でも、わざわざ親戚って言うわけだから、いとことか、はとことか、そういう名前がついてる関係じゃないんでしょ?」
「ん……うん、まあ、そうだね……」
如月は私と全く似ていないし、そもそも親戚っていうのも無理がある。親戚だという設定を続けるなら、すごーく遠い親戚ってことにしておこう。もう親戚と呼べるのか怪しいぐらいの、遠い遠い血縁の。
「近しい血縁関係じゃないなら、恋しちゃってもいいと思わない?」
「だから、そういうのじゃないから」
本当に遠い親戚だったら良かったんだけど、残念ながらそうじゃない。如月と私は、そもそも種族が違う。その壁は、さすがに越えられない。
「じゃあ、あたし如月さんのこと狙っちゃおっかなぁ」
「え、だめだよ」
「ほら好きじゃーん」
すぐに口を押さえる。思わず飛び出た言葉だった。
「違うって。如月は、ほら、ちょっと怪しいところあるからさ、あんな男やめときなって意味だから!」
「えー? 詩、前に如月さんはいい人だって言ってたのに?」
言葉に詰まる。そういえばそんなこともあったから、何も言い返せない。
「えっと、最近気づいたことなんだけど、如月はやっぱり怪しいんだよ」
「へぇ。どんなところが?」
「今日だって、行き先言わずに出かけたし!」
どうだ。嘘でもないし、如月のこの行動はかなり怪しいだろう。私はそう思ったけど、里香は信じてないようで、のんきに笑っている。
「大人なら行き先なんか言わずに出かけるっしょ」
「違うよ、聞いても教えてくれなかったの」
問い詰めたわけじゃないけど、軽く聞いたときにはうまくはぐらかされてしまった。
「あーね。ってことは、大人のお店じゃね?」
「大人のお店……って」
一緒に住んでいる女子高生には言えないような大人のお店。そこに入っていく如月を一瞬だけ想像してしまい、私はぶんぶんと首を振る。
「そんなわけないでしょ。だって如月、見えないし」
しかも今は朝。そういうお店って、普通は夜に行くものなんじゃないの?
「見えない? 何が?」
里香にそう聞かれて、一瞬何のことかよくわからなかったが、自分の発言を思い出してはっとした。
「あ、いや……目! 目が悪くてよく見えないって言ってたから。眼鏡買いに行かなきゃなーって、言ってて……」
めちゃくちゃ不自然になってしまった。ちらりと里香の様子を伺うと、彼女はじとーっと私を見ていた。ここは誤魔化すしかないから、私は軽く笑いながらだんまりを決め込んでおいた。
「でもねー詩さん。恋って、いいんだぜ?」
里香はそう言って、グッと親指を立てる。
「どこが。あとそのキャラ何?」
彼女は、周りに人がいても自分らしく振る舞える。それが羨ましくもあり、たまに迷惑でもある。
「わたくし、えー、今の彼と付き合って三か月なんですが」
「ほう」
「毎日楽しゅうございます」
「ほうほう」
里香はスマートフォンのメッセージアプリを開き、彼氏とのやり取りを私に見せつけてきた。
「ほら。今の彼氏、何回も好きって言ってくれるの。愛されてるわー」
「里香の方も好きっていいすぎ」
「このぐらいがちょうどいいんよ」
あまりにも好きって言われすぎると、それの価値がどんどん下がって言ってしまうような気がする。それに、好き好き言い合っているだけじゃあ気持ちが悪いだけだ。
「これ、デート後のメッセージ。『今日も可愛かった』って、もう本当、好きぃ」
里香は頬に手を当てて目をつぶる。
「デート中にも何回も言ってくれるんだけど、マジで心臓破裂しそう」
これは、なんだか共感できるぞ、と思ってしまって、頭を抱えた。
「可愛いって好きな人にしか言わんじゃん? だから特別感あるんだよね」
「好きな人……好きな、人……」
いやいや、如月の場合は違う。あれは恋愛的な好きとかじゃなくて、ペットとか小さな子どもとか、そういう愛らしいものに対しての「可愛い」だから。
「お? 詩、顔真っ赤だぞー?」
「えっ。ち、違うからね! 如月が好きとかじゃないから!」
「本当かなぁ?」
家では如月にからかわれ、学校に行くと里香にからかわれる。そんなに私、からかいやすいかな。
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