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1 プニカメ大作戦
003 ぷにっぷに
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魔王軍四天王の執務室は個性的だ。
レインの執務室も例外ではなく、そこにはプニカメという名の魔物の水槽がたくさん置かれていた。どう見ても執務室には見えない。プニカメの飼育所だ。
グミみたいな見た目の、ぷにぷにした色とりどりのカメ。そのお世話が、私の仕事なのである。
水槽の掃除、餌やり、ぷにぷにする……。やることはたくさんあるが、そこまで大変ではない。
手に収まりきるぐらいの子を優しく包み、ぷにぷにする。気持ちよさそうに目を細めたプニカメは今日も可愛い。
平べったくなってしまうぐらいの力でぷにぷにするのがちょうど良いらしい。最初はそんなに潰して大丈夫かと心配になったが、プニカメはちゃんと元の形に戻り、嬉しそうに手をパタパタさせた。
レインはその触り心地と可愛らしい動きに虜になってしまったようで、彼の執務室はプニカメの飼育所になってしまったのだ。
私がぷにぷにに癒されていると、誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「はーい」
声をかけると、扉がゆっくりと開いた。
「やあ、シエル」
「カオスさん」
珍しい来訪者は、ギリギリ顔が見えるぐらいまで積まれた書類を、ふらつくことなくバランスを保ちながら抱えていた。
「あれ、レインは留守?」
「今は会議中ですね」
いつもなら数分、あるいは数秒で終わる魔王軍四天王会議。別名、魔王軍四天王が雑談する会。
でも今日は大事なことを決める会議らしく、会議が始まってもう二時間も経っている。奇跡ともいえる出来事だ。
「ああ、そっか。忘れてた」
魔王の側近すら忘れてしまうほどに意味をなしていない魔王軍四天王会議って何だよ。
楽しそうだから、私も会議(という名の雑談会)に参加してみたいと思ったこともある。人質である私に参加資格はないけれど。
「じゃあとりあえず置いておくから、レインに伝えておいて。……おっと」
カオスが一歩踏み出そうとしたところに、一匹のプニカメ。くりくりとした小さな黒い瞳を輝かせ、カオスの足を見上げていた。
カオスはプニカメをよけようと、地面から上げた足を動かす。それに合わせて、プニカメも動く。
「ぷにぷにしてほしいんですよ、その子」
「足で?」
彼はそっとプニカメに足を乗せて、優しくぷにぷにした。
「その子、いっつもレインくんの足元にいるんですよ」
「へぇー……」
カオスは腑に落ちない顔でプニカメから足を下ろす。
「プニカメ、増えた?」
「いつの間にか増えてました」
レインはダンジョンから度々プニカメを連れてくる。
可愛いのはわかるけど、もう少し自制してほしい。このままでは、執務室がプニカメに支配されてしまう。
そもそも弱い下級魔物であるプニカメを誇り高き魔王城に連れてくること自体おかしい。
一匹だけなら許されるかもしれないが、把握しきれないほどの数を連れてくるなんて、さすがに止めたほうが良い気がする。
「レインは本当にプニカメが好きだよね。ほら、二色のグラデーションの子なんて滅多に見ないよ」
「その子、柑橘類っていうんです」
カオスは柑橘類をぷにぷにする手を止める。
「え、じゃあ……あっちの飛び跳ねてる子は?」
「スーパーボール」
「甲羅に変な模様が入っている子は?」
「組長」
彼が顔をしかめただけで、危険信号を送るように空気が皮膚を逆撫でた。私は慌てて弁明する。
「私がつけたんじゃないです。レインくんです」
ごめん、レインくん。でも、私は本当のことを言っただけだ。
「……あの子、ネーミングセンス皆無だね……いやむしろ良いのか?」
確かに、覚えやすくはある。けど、もし私がそんな名前を付けられたとしたら、たまったもんじゃない。すぐにでも改名したいと思うだろう。
ちなみに一番ひどい名前を持つ子は、さっきカオスの足元をうろちょろしていた茶色のプニカメ。
その名は――泥。体の色と踏まれるのが好きだということから命名された。ひどい名前だと思う。泥って……。
「カオスさん、どうせならぷにぷにしていってください。癒されますよ」
レインが怒られてしまう未来を回避するため、私はカオスにプニカメを差し出す。
「じゃあそうしようかな」
ぷにっとした感触に、カオスは目を輝かせる。
「え、めっちゃ柔らか……」
ここにいるプニカメの中でも一番柔らかい、その子の名前は水まんじゅう。中にあんこが入っているような見た目の子だ。
「冷たっ。もう……可愛いな」
もう一匹、カオスの膝に乗ろうとしているプニカメ。冷たいから熱さましと命名された。
「え、何? ぷにぷにしてくれるの?」
いつの間にか彼の肩によじ登り、カオスのほっぺたをぷにっとした子。
あの子は自分がぷにぷにされるのが好きだから、他の子にもやってあげようとする優しい子だ。
ほっぺをぷにぷにしてくれるから、ほっぺたという名前だ。
「カオスさん、人気者ですね」
いつの間にか、カオスの周りにはプニカメたちが集まって来ていた。おかげで水槽の掃除が楽になった。
プニカメたちも可愛いけど、それに癒されているカオスも可愛く見える。怖いと思っていたから意外だった。
「レインに一匹くれないか頼んでみようかな……」
どうやら、カオスもプニカメの虜になったらしい。もしかすると、プニカメは世界を救うのかもしれない。
レインの執務室も例外ではなく、そこにはプニカメという名の魔物の水槽がたくさん置かれていた。どう見ても執務室には見えない。プニカメの飼育所だ。
グミみたいな見た目の、ぷにぷにした色とりどりのカメ。そのお世話が、私の仕事なのである。
水槽の掃除、餌やり、ぷにぷにする……。やることはたくさんあるが、そこまで大変ではない。
手に収まりきるぐらいの子を優しく包み、ぷにぷにする。気持ちよさそうに目を細めたプニカメは今日も可愛い。
平べったくなってしまうぐらいの力でぷにぷにするのがちょうど良いらしい。最初はそんなに潰して大丈夫かと心配になったが、プニカメはちゃんと元の形に戻り、嬉しそうに手をパタパタさせた。
レインはその触り心地と可愛らしい動きに虜になってしまったようで、彼の執務室はプニカメの飼育所になってしまったのだ。
私がぷにぷにに癒されていると、誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「はーい」
声をかけると、扉がゆっくりと開いた。
「やあ、シエル」
「カオスさん」
珍しい来訪者は、ギリギリ顔が見えるぐらいまで積まれた書類を、ふらつくことなくバランスを保ちながら抱えていた。
「あれ、レインは留守?」
「今は会議中ですね」
いつもなら数分、あるいは数秒で終わる魔王軍四天王会議。別名、魔王軍四天王が雑談する会。
でも今日は大事なことを決める会議らしく、会議が始まってもう二時間も経っている。奇跡ともいえる出来事だ。
「ああ、そっか。忘れてた」
魔王の側近すら忘れてしまうほどに意味をなしていない魔王軍四天王会議って何だよ。
楽しそうだから、私も会議(という名の雑談会)に参加してみたいと思ったこともある。人質である私に参加資格はないけれど。
「じゃあとりあえず置いておくから、レインに伝えておいて。……おっと」
カオスが一歩踏み出そうとしたところに、一匹のプニカメ。くりくりとした小さな黒い瞳を輝かせ、カオスの足を見上げていた。
カオスはプニカメをよけようと、地面から上げた足を動かす。それに合わせて、プニカメも動く。
「ぷにぷにしてほしいんですよ、その子」
「足で?」
彼はそっとプニカメに足を乗せて、優しくぷにぷにした。
「その子、いっつもレインくんの足元にいるんですよ」
「へぇー……」
カオスは腑に落ちない顔でプニカメから足を下ろす。
「プニカメ、増えた?」
「いつの間にか増えてました」
レインはダンジョンから度々プニカメを連れてくる。
可愛いのはわかるけど、もう少し自制してほしい。このままでは、執務室がプニカメに支配されてしまう。
そもそも弱い下級魔物であるプニカメを誇り高き魔王城に連れてくること自体おかしい。
一匹だけなら許されるかもしれないが、把握しきれないほどの数を連れてくるなんて、さすがに止めたほうが良い気がする。
「レインは本当にプニカメが好きだよね。ほら、二色のグラデーションの子なんて滅多に見ないよ」
「その子、柑橘類っていうんです」
カオスは柑橘類をぷにぷにする手を止める。
「え、じゃあ……あっちの飛び跳ねてる子は?」
「スーパーボール」
「甲羅に変な模様が入っている子は?」
「組長」
彼が顔をしかめただけで、危険信号を送るように空気が皮膚を逆撫でた。私は慌てて弁明する。
「私がつけたんじゃないです。レインくんです」
ごめん、レインくん。でも、私は本当のことを言っただけだ。
「……あの子、ネーミングセンス皆無だね……いやむしろ良いのか?」
確かに、覚えやすくはある。けど、もし私がそんな名前を付けられたとしたら、たまったもんじゃない。すぐにでも改名したいと思うだろう。
ちなみに一番ひどい名前を持つ子は、さっきカオスの足元をうろちょろしていた茶色のプニカメ。
その名は――泥。体の色と踏まれるのが好きだということから命名された。ひどい名前だと思う。泥って……。
「カオスさん、どうせならぷにぷにしていってください。癒されますよ」
レインが怒られてしまう未来を回避するため、私はカオスにプニカメを差し出す。
「じゃあそうしようかな」
ぷにっとした感触に、カオスは目を輝かせる。
「え、めっちゃ柔らか……」
ここにいるプニカメの中でも一番柔らかい、その子の名前は水まんじゅう。中にあんこが入っているような見た目の子だ。
「冷たっ。もう……可愛いな」
もう一匹、カオスの膝に乗ろうとしているプニカメ。冷たいから熱さましと命名された。
「え、何? ぷにぷにしてくれるの?」
いつの間にか彼の肩によじ登り、カオスのほっぺたをぷにっとした子。
あの子は自分がぷにぷにされるのが好きだから、他の子にもやってあげようとする優しい子だ。
ほっぺをぷにぷにしてくれるから、ほっぺたという名前だ。
「カオスさん、人気者ですね」
いつの間にか、カオスの周りにはプニカメたちが集まって来ていた。おかげで水槽の掃除が楽になった。
プニカメたちも可愛いけど、それに癒されているカオスも可愛く見える。怖いと思っていたから意外だった。
「レインに一匹くれないか頼んでみようかな……」
どうやら、カオスもプニカメの虜になったらしい。もしかすると、プニカメは世界を救うのかもしれない。
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