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1 プニカメ大作戦
010 勇者と厄病神
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レインの腕の中のぷにぷにが、もぞりと動いた。組長は眠たそうな目をぱちぱちさせると、レインを見上げる。
「おはようございます、組長さん」
組長は何かに気づいたように、目を輝かせて私のほうへ振り向いた。
「あ、もうごはんの時間だね」
私がプニカメたちのごはんを用意しに行こうとすると、後ろからレインに呼び止められた。
「魔王様がやってくださるそうなので、シエルさんは動かなくて大丈夫ですよ」
「ああ、そっか」
コスモにごはんの用意の仕方を教え、私はソファーに座った。
それにしても、ごはんの時間を感じ取って目を覚ますとは、組長は賢い。そして可愛い。
「組長さんは、勇者のところに行きたいのですか?」
組長は目をキリッとさせ、右手を挙げて答えた。おそらく、「そうだよ」と言いたいのだろう。
「でも、もしかすると勇者に怪我をさせられるかもしれませんよ?」
「「それはないと思うよ」」
私の声と、後ろからの声が重なる。
振り向くと、プニカメのごはんを持ったコスモが、足元にうろつくプニカメをよけながら歩いてきていた。
「勇者は優しいからね。可愛いプニカメを傷つけるようなことはしないよ」
彼は小さなお皿を水槽の中に置く。水槽の中にいた柑橘類は、目をキラキラさせながらごはんに飛びついた。
レインはコスモの言葉が信じられないのか、無表情のままコスモを見つめていた。
「信じられないなら、映像見る?」
プニカメたちのごはんを一通り配り終わったコスモは、ソファーに座ると、机の上に置かれていた花の置物に小さな白色の蝶を乗せた。すると、空中に映像が映し出される。
私が驚いてそれを眺めていると、レインが説明してくれた。
「この白色の蝶はカンシチョウという魔物で、映像を記録することができます。花の形をした置物は、カンシチョウが記録した映像を見るための魔道具です」
「へぇー。そんな魔物がいるんだ」
私たちは映像に目を向けた。
そこには勇者ともう一人。腰に短剣をさした、茶髪の少年が写っていた。
背も高くなっていたし、顔つきも変わっていたから、一瞬、誰だかわからなかった。
「あれ、アスト?」
「お知り合いですか?」
「うん。アストは私と勇者の幼馴染だよ」
アストは年齢にそぐわないほどの実力を持つ短剣使いで、五年前、彼は神童と呼ばれていた。
そんな彼ならば勇者と共に旅をしていてもおかしくはない。けれど、それは絶対ないと思っていた。
なぜならば――
『もうダメだって思った時、現れた騎士さんが蒼い炎で魔物の群れを全滅させたんだ。もう、本っ当にかっこよくってさぁ……』
『アスト、前見て、前。そこ崖――』
後ろ向きで歩いていたアストに、勇者が声をかけた、その直後。
『へ?』
アストは石に足を引っかけてバランスを崩した。彼の体は空中へと投げ出され、そのまま崖の下に落ちていった。
木霊する二人分の悲鳴が、周辺にいた魔物たちを騒がせる。
「あれ大丈夫ですか?」
映像を見ていたレインは呆れたように尋ねた。
「ああ、彼は無傷だったよ」
「え。無傷、ですか……?」
どうやら、崖はそう高くなかったらしい。私はほっと胸を撫でおろした。
アストは昔から、注意力散漫なところがある。棚にぶつかって花瓶を割ったり、魔物を捕獲するための罠に引っかかったり。
彼のせいで、私と勇者が何度、危険な目に逢ったことか。
アストが冒険者になるなんて、アストのことをよく知る人たちは止めるだろうと思っていた。
勇者も、アストと一緒に旅をするなんて厄病神を連れているのと同じだというのに、何故……。
「ほら、ここから。よく見といてね」
コスモの言葉で、私は映像に意識を向けた。
『な、何これ……魔物が、たくさん集まって……』
魔物たちは、さっきの悲鳴のせいで興奮しているようだ。
今にも倒れそうなほどに顔を真っ青にした勇者は、震える手で剣を抜いた。
彼の目の前には、眩暈がするほどのオーラを放つ魔物――プニカメがいた。
『そいつを斬れ! そいつが今回のターゲットだ』
崖のほうからアストの声がして、勇者は振り返った。
『でも……!』
勇者は、何もわかっていない無垢な目をしたプニカメを見つめた。しばらく逡巡したのち、彼は剣を下ろす。
『こんな可愛い生き物、オレは斬れない!』
そう言いきった勇者を見て、レインはハッとして目を見開いた。
『ばかっ、そのカメじゃなくて、後ろの……!』
『え?』
その途端、映像でもわかるぐらいの強風が吹いた。プニカメが飛ばされ、勇者の腕の中に納まった。
現れたのは、通常の十倍以上の大きさはある、コガラスという名の魔物。私も何度か目にしたことはあるが、この大きさは見たことがない。
『でたな、ボスコガラス。俺があいつを引き付けるから、お前は……って、あれ?』
アストが振り向いた先には、プニカメしか残っていなかった。状況を理解したアストは、その場で停止する。
それを好機だと勘違いしたボスコガラスは、アストへと襲い掛かった。その瞬間、ボスコガラスの黒い羽根が舞う。
間もなく、ボスコガラスの体は黒色の魔石へと姿を変えていた。
『おい、お前それでも勇者かぁぁぁ!』
アストの絶叫が響き渡ったと同時に、映像は途絶えた。
あの場から逃げた勇者は、あとからアストにこってりと絞られたことだろう。
コスモはこの映像を記録したカンシチョウを回収すると、満面の笑みをこちらに向けた。
「ね? 勇者って優しいら?」
「そう、ですね。情報量が多すぎてよくわかりませんが……」
何はともあれ、二人が元気そうで良かった。
「おはようございます、組長さん」
組長は何かに気づいたように、目を輝かせて私のほうへ振り向いた。
「あ、もうごはんの時間だね」
私がプニカメたちのごはんを用意しに行こうとすると、後ろからレインに呼び止められた。
「魔王様がやってくださるそうなので、シエルさんは動かなくて大丈夫ですよ」
「ああ、そっか」
コスモにごはんの用意の仕方を教え、私はソファーに座った。
それにしても、ごはんの時間を感じ取って目を覚ますとは、組長は賢い。そして可愛い。
「組長さんは、勇者のところに行きたいのですか?」
組長は目をキリッとさせ、右手を挙げて答えた。おそらく、「そうだよ」と言いたいのだろう。
「でも、もしかすると勇者に怪我をさせられるかもしれませんよ?」
「「それはないと思うよ」」
私の声と、後ろからの声が重なる。
振り向くと、プニカメのごはんを持ったコスモが、足元にうろつくプニカメをよけながら歩いてきていた。
「勇者は優しいからね。可愛いプニカメを傷つけるようなことはしないよ」
彼は小さなお皿を水槽の中に置く。水槽の中にいた柑橘類は、目をキラキラさせながらごはんに飛びついた。
レインはコスモの言葉が信じられないのか、無表情のままコスモを見つめていた。
「信じられないなら、映像見る?」
プニカメたちのごはんを一通り配り終わったコスモは、ソファーに座ると、机の上に置かれていた花の置物に小さな白色の蝶を乗せた。すると、空中に映像が映し出される。
私が驚いてそれを眺めていると、レインが説明してくれた。
「この白色の蝶はカンシチョウという魔物で、映像を記録することができます。花の形をした置物は、カンシチョウが記録した映像を見るための魔道具です」
「へぇー。そんな魔物がいるんだ」
私たちは映像に目を向けた。
そこには勇者ともう一人。腰に短剣をさした、茶髪の少年が写っていた。
背も高くなっていたし、顔つきも変わっていたから、一瞬、誰だかわからなかった。
「あれ、アスト?」
「お知り合いですか?」
「うん。アストは私と勇者の幼馴染だよ」
アストは年齢にそぐわないほどの実力を持つ短剣使いで、五年前、彼は神童と呼ばれていた。
そんな彼ならば勇者と共に旅をしていてもおかしくはない。けれど、それは絶対ないと思っていた。
なぜならば――
『もうダメだって思った時、現れた騎士さんが蒼い炎で魔物の群れを全滅させたんだ。もう、本っ当にかっこよくってさぁ……』
『アスト、前見て、前。そこ崖――』
後ろ向きで歩いていたアストに、勇者が声をかけた、その直後。
『へ?』
アストは石に足を引っかけてバランスを崩した。彼の体は空中へと投げ出され、そのまま崖の下に落ちていった。
木霊する二人分の悲鳴が、周辺にいた魔物たちを騒がせる。
「あれ大丈夫ですか?」
映像を見ていたレインは呆れたように尋ねた。
「ああ、彼は無傷だったよ」
「え。無傷、ですか……?」
どうやら、崖はそう高くなかったらしい。私はほっと胸を撫でおろした。
アストは昔から、注意力散漫なところがある。棚にぶつかって花瓶を割ったり、魔物を捕獲するための罠に引っかかったり。
彼のせいで、私と勇者が何度、危険な目に逢ったことか。
アストが冒険者になるなんて、アストのことをよく知る人たちは止めるだろうと思っていた。
勇者も、アストと一緒に旅をするなんて厄病神を連れているのと同じだというのに、何故……。
「ほら、ここから。よく見といてね」
コスモの言葉で、私は映像に意識を向けた。
『な、何これ……魔物が、たくさん集まって……』
魔物たちは、さっきの悲鳴のせいで興奮しているようだ。
今にも倒れそうなほどに顔を真っ青にした勇者は、震える手で剣を抜いた。
彼の目の前には、眩暈がするほどのオーラを放つ魔物――プニカメがいた。
『そいつを斬れ! そいつが今回のターゲットだ』
崖のほうからアストの声がして、勇者は振り返った。
『でも……!』
勇者は、何もわかっていない無垢な目をしたプニカメを見つめた。しばらく逡巡したのち、彼は剣を下ろす。
『こんな可愛い生き物、オレは斬れない!』
そう言いきった勇者を見て、レインはハッとして目を見開いた。
『ばかっ、そのカメじゃなくて、後ろの……!』
『え?』
その途端、映像でもわかるぐらいの強風が吹いた。プニカメが飛ばされ、勇者の腕の中に納まった。
現れたのは、通常の十倍以上の大きさはある、コガラスという名の魔物。私も何度か目にしたことはあるが、この大きさは見たことがない。
『でたな、ボスコガラス。俺があいつを引き付けるから、お前は……って、あれ?』
アストが振り向いた先には、プニカメしか残っていなかった。状況を理解したアストは、その場で停止する。
それを好機だと勘違いしたボスコガラスは、アストへと襲い掛かった。その瞬間、ボスコガラスの黒い羽根が舞う。
間もなく、ボスコガラスの体は黒色の魔石へと姿を変えていた。
『おい、お前それでも勇者かぁぁぁ!』
アストの絶叫が響き渡ったと同時に、映像は途絶えた。
あの場から逃げた勇者は、あとからアストにこってりと絞られたことだろう。
コスモはこの映像を記録したカンシチョウを回収すると、満面の笑みをこちらに向けた。
「ね? 勇者って優しいら?」
「そう、ですね。情報量が多すぎてよくわかりませんが……」
何はともあれ、二人が元気そうで良かった。
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