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1 プニカメ大作戦

012 正しい人質の使い方

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 レインはきょろきょろと辺りを見回した。万が一の可能性も考え、建物の窓や屋根の上まで確認すると、ようやくこちらへと振り返った。

「勇者はいないようです」

 私は建物の陰から出てレインの側へ駆け寄る。

「久しぶりの人間界! ……って言っても、この町に来たことはないんだけどね」

 そう、私たちは人間界に来ていた。

 私に抱えられている組長は初めての場所に興味津々で、目を輝かせながら行き交う人々を観察していた。

「ここが前言ってた?」

「はい。ぼくが支配しているダンジョンから一番近い町です」

 そのこともあってか、腰に剣をさしていたり、靴が汚れていたり、いかにも冒険者っぽい人がたくさんいる。

 立ち並ぶお店は、武器屋に防具屋、宿屋など、冒険者向けのお店ばかりだ。

 この町には冒険者協会――ギルドがある。ダンジョンが近いこともあって、ほかの町よりも大きいギルドらしく、冒険者なら一度は訪れるべき町の一つだ。

『ミナモの町にはたどり着けた?』

「はい。今日は少し人が多いですね」

 脳内に直接響くようにして魔王コスモの声が聞こえる。まるで、コスモに体を乗っ取られているような気分になり、私は耳を抑えた。

「これは通信の魔法です。今は違和感しかないと思いますが、そのうちなれますよ」

 そのうち頭が痛くなってきそうなほど気持ちが悪いというのに、レインが平然としているのは普段から通信魔法を使っているからだろうか。こんな魔法を普段から使うなんて、私には考えられない。

「それにしても、魔界から人間界につなげるとは。やはり、魔王様の技術には敵いません」

 私たちのすぐ近くに、白い蝶がひらひらと舞っていた。近づいてきたそれを、私は指にとまらせた。

『そのカンシチョウから二人の様子は見えているよ。それと、町のいたるところにカンシチョウを置いたから、そこに勇者が映ったら教えるね』

 カンシチョウは私の指から離れ、空から私たちの様子を映した。

『ちょっと待って、なんでシエルはそっちにいるの!?』

 遠くから、カオスの焦った声が聞こえた。

『人質だから』

『うん、人質だよ? え、人質の意味わかってる?』

 私とレインは顔を見合わせた。本当、なんで私はここにいるんだろう。

 組長の安全を考えた結果、コスモの案――組長を手渡しすることに決まった。

 そして組長を勇者に渡す謎の人物役は、人間に紛れ込めるひとでないといけない。

 魔王コスモは常に魔力がダダ漏れだから、魔族だとすぐにばれてしまう。

 カオスはどうやら方向音痴らしく、そもそも町にたどり着けない。

 ほかは人間からかけ離れた姿をしていて、人間に紛れ込むことは不可能。

 そんなわけで、人間であるレインが選ばれたのだ。

 今日が決行の日だということは聞いていて、私は転移魔法で人間界へ向かうレインを見送るだけのはずだった。

 だが、なぜかコスモは私まで一緒に転移させ、戻されもせずに、今に至る。

『レインが初対面の人と話せないってなったら、最悪シエルにやってもらえばいいでしょ?』

 レインは初対面の相手に対して、無口になることがある。

 そういえば、出会ってすぐのことは私ともあまり口を利いてくれなかった。初対面で一言二言でも話せたのは私だけらしく、コスモやカオスから「レインの話し相手になって」と頼まれたことが何度かあった。

『そうかもしれないけど……シエルだってばれたらどうするの?』

『ねー。レインができなかったら、シエルが連れ戻されちゃうかもねぇ』

 私からコスモの姿は見えないが、彼が今、意地の悪い笑みを浮かべていることは容易に想像できた。

「それは……困ります」

『じゃあ、レインが頑張ればいいんだよ』

 レインは私から組長を奪う。なんだよ、ぷにぷにを堪能しているところだったのに。彼は組長を抱きかかえた。

「わかりました。やります」

『うんうん、頑張れー』

『攫ってきた人質をさらに人質に取ってる……?』

 カオスが困惑した声でつぶやくのを、コスモは聞こえないふりをした。通信魔法で私たちにも聞こえているぐらいだから、コスモに聞こえていないのはおかしい。

『作戦について説明するね。まず、勇者が来るのを待って、カンシチョウで姿が確認できたら、二人はその場所に向かってね。シエルは見つからないように!』

 どこにいるかわからない勇者から隠れるのは難しいが、カンシチョウで勇者の居場所がわかるのなら隠れやすい。もっとも、コスモが勇者の居場所をしっかり説明してくれれば、の話だが。

『勇者と会えたら、組長を渡して、それで終了。くれぐれも、シエルは見つからないようにね!』

 そんなに言うのであれば、最初から行かせなければいいのに。

「あ、そっか。逃げるなら今――」

 腕ががっしりと掴まれ、私は振り向いた。焦った表情をしたレインが、じっと私を見つめていた。

 こんな風に動揺するレインは初めて見たから、私は続きの言葉が発せなくなるほどに驚いた。

「だ、だめです……」

 そんなに焦るほど、人質は重要なのだろうか。正直、勇者は五年経っても来ないし、そんなに効果はないと思うのだけれど。

 もしも今私が逃げたとしても、別に何の問題もないのでは。そう思ったら、囚われていた五年間がむなしくなってきた。

「逃げても、そこら中にカンシチョウがいるので無駄ですよ」

 レインはいつもの調子を取り戻すと、心配そうに、恐る恐る私の腕から手を離した。

『やっぱ二人で行かせたの正解だった……』

 そんなコスモの小さな声が聞こえた気がするが、一体何のことだろう。
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