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3 勇者に試練を与えよう(仮)
049 異名ってかっこいいよね
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船旅二日目。今日、作戦名「勇者に試練を与えよう!」を決行することとなった。
昨日の夜の、雰囲気の欠片もない微妙な空気の中での、告白じみた発言を、レインはすでに忘れているようだった。彼のことだから、アイレかコスモに流されて言ったのだと思う。だから、私もひとまず忘れることにした。
レインが空に向かって、すっと手を挙げた。ティフォーネへの、「嵐を起こせ」という合図だ。
空の上のほうに見える、黒い小さなコガラスが、どこかへ飛んでいくのが見えた。
「天候が荒れる前に、準備を済ませますよ」
私は頷く。
「シャインには、話をしたいから部屋にいてください、という旨の手紙を渡しておきました。今は部屋にいるはずです」
「蒼炎の騎士さんを、部屋に閉じ込めればいいんだよね」
「はい。よろしくお願いします」
蒼炎の騎士シャインの部屋に、結界を張って、彼を閉じ込める。それが私の役目だ。
蒼炎の騎士はすごく強い人らしいが、実際はどれほどの力を持っているのか、私にはわからない。結界はすぐに破られてしまうのではという不安もある。
でも、私の結界は、魔王軍四天王に認められているのだ。私すごい。
後ろから、誰かが走ってくる音が聞こえた。振り向くと、ローブで全身を覆い隠した人物――マリーナだった。
『こちらは準備できています。いつでも合図してください』
「わかりました。昨日ぼくが言ったことは覚えていますね?」
『もちろんです。すでにクララちゃんにも伝えてあります』
マリーナは自分が書いた文章を読み、はっとして新たな文章を書いた。
『失礼しました。クララちゃんというのは、船を襲わせるクラーゲンのことです』
可愛い名前だ。どうやってその名前を付けたのか、ネーミングセンスが壊滅的なレインに教えてあげてほしい。
『頑張ろうね、シエルちゃん』
マリーナは私のほうを向き、そう書かれた紙を見せた。ローブの下で、彼女が微笑んでいるのが見えた。
「うん!」
私はマリーナに手のひらを見せた。マリーナは一瞬戸惑って、私の顔を見たが、そののちに軽く私の手とハイタッチした。
レインはその横で、無表情のまま突っ立っていた。マリーナには「いいから早くしろ」と怒っているように見えたらしく、レインを見て固まってしまった。
「レインくんはね、いつもあんな感じだから。マリーナに怒ってるわけじゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」
私はマリーナへ、そっと耳打ちをした。彼女はしばらく足元を見ていた。本当にレインは怒っていないのか、そうは見えないけれど、と不思議に思っているのだろう。
『それでは失礼します』
マリーナはそう書くと、小走りで私たちから離れて行った。もたもたと走るマリーナを見ながら、危なっかしいなと思った。
レインはそんなマリーナの様子を気に留めることなく、蒼炎の騎士の部屋に向かって歩き始めた。慌てて私もそれに続く。
「蒼炎の騎士ってどんな人なの?」
私が尋ねると、レインは少し考え込んだのち、口を開いた。
「一言でいうのなら、真面目な優等生ですね」
たしかに、蒼炎の騎士の話し方や立ち振る舞いからは、レインの言ったとおりの印象を受ける。
「騎士としての実力、社交界の場での振る舞いも完璧です。ぼくとは大違いな……」
「ん?」
最後のほうが聞き取れず、私が聞き返すと、レインははっとして顔を上げた。
「いえ、何でもありません」
レインはそう言うと、視線を右へ逸らした。
「蒼い炎を操って戦うことから、蒼炎の騎士という異名がついたそうです」
「へぇー。異名ってなんか、かっこいいよね!」
実力を世間に認められたという感じがして、とても名誉なものに思える。
「そういえば、レインくんにも異名があるの?」
レインは魔王軍四天王だから、異名を持っていてもおかしくはないはずだ。アイレなら「白魔女」、ランドはたしか「大地の化身」だった気がする。
「さあ。どこかでは異名で呼ばれているかもしれませんが、ぼくの場合は、本名のほうが知れ渡っているでしょう」
「そうなんだ」
水魔法使いである彼は、雨という意味を持つ「レイン」という名前だ。下手な異名をつけるよりも、そのままのほうが覚えやすいのかもしれない。
「着きましたよ」
レインは右手側にある扉の前で足を止めた。ここが蒼炎の騎士の部屋らしい。
「蒼炎の騎士さん、中にいるんだよね?」
物音一つしない部屋に、不信感を覚える。
「警戒されているのでしょう。シャインは約束を放っておくような性格ではありませんから、確実に部屋にいます」
レインが断言するのであれば、それを信じるしかない。
私が結界を張ろうと、息を吸った、その時だった。
「誰ですか?」
扉の向こうから、蒼炎の騎士の声がした。
「えっ……あ、え?」
隣にいたはずのレインがいない。探すと、彼は角の壁に隠れて、こちらの様子を窺っている。こんな時に人見知りを発動しなくても……。
私はレインを手招きしたが、彼は首を横に振るだけだった。
「私に手紙を渡したのは、貴方ですか?」
どうすりゃいいんだよ。というか、蒼炎の騎士はどうして扉の前にいる人影に気づいたのだろう。いっそ、一度撤退して、本当は誰もいなくて蒼炎の騎士の勘違いだったということにできないだろうか。
昨日の夜の、雰囲気の欠片もない微妙な空気の中での、告白じみた発言を、レインはすでに忘れているようだった。彼のことだから、アイレかコスモに流されて言ったのだと思う。だから、私もひとまず忘れることにした。
レインが空に向かって、すっと手を挙げた。ティフォーネへの、「嵐を起こせ」という合図だ。
空の上のほうに見える、黒い小さなコガラスが、どこかへ飛んでいくのが見えた。
「天候が荒れる前に、準備を済ませますよ」
私は頷く。
「シャインには、話をしたいから部屋にいてください、という旨の手紙を渡しておきました。今は部屋にいるはずです」
「蒼炎の騎士さんを、部屋に閉じ込めればいいんだよね」
「はい。よろしくお願いします」
蒼炎の騎士シャインの部屋に、結界を張って、彼を閉じ込める。それが私の役目だ。
蒼炎の騎士はすごく強い人らしいが、実際はどれほどの力を持っているのか、私にはわからない。結界はすぐに破られてしまうのではという不安もある。
でも、私の結界は、魔王軍四天王に認められているのだ。私すごい。
後ろから、誰かが走ってくる音が聞こえた。振り向くと、ローブで全身を覆い隠した人物――マリーナだった。
『こちらは準備できています。いつでも合図してください』
「わかりました。昨日ぼくが言ったことは覚えていますね?」
『もちろんです。すでにクララちゃんにも伝えてあります』
マリーナは自分が書いた文章を読み、はっとして新たな文章を書いた。
『失礼しました。クララちゃんというのは、船を襲わせるクラーゲンのことです』
可愛い名前だ。どうやってその名前を付けたのか、ネーミングセンスが壊滅的なレインに教えてあげてほしい。
『頑張ろうね、シエルちゃん』
マリーナは私のほうを向き、そう書かれた紙を見せた。ローブの下で、彼女が微笑んでいるのが見えた。
「うん!」
私はマリーナに手のひらを見せた。マリーナは一瞬戸惑って、私の顔を見たが、そののちに軽く私の手とハイタッチした。
レインはその横で、無表情のまま突っ立っていた。マリーナには「いいから早くしろ」と怒っているように見えたらしく、レインを見て固まってしまった。
「レインくんはね、いつもあんな感じだから。マリーナに怒ってるわけじゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」
私はマリーナへ、そっと耳打ちをした。彼女はしばらく足元を見ていた。本当にレインは怒っていないのか、そうは見えないけれど、と不思議に思っているのだろう。
『それでは失礼します』
マリーナはそう書くと、小走りで私たちから離れて行った。もたもたと走るマリーナを見ながら、危なっかしいなと思った。
レインはそんなマリーナの様子を気に留めることなく、蒼炎の騎士の部屋に向かって歩き始めた。慌てて私もそれに続く。
「蒼炎の騎士ってどんな人なの?」
私が尋ねると、レインは少し考え込んだのち、口を開いた。
「一言でいうのなら、真面目な優等生ですね」
たしかに、蒼炎の騎士の話し方や立ち振る舞いからは、レインの言ったとおりの印象を受ける。
「騎士としての実力、社交界の場での振る舞いも完璧です。ぼくとは大違いな……」
「ん?」
最後のほうが聞き取れず、私が聞き返すと、レインははっとして顔を上げた。
「いえ、何でもありません」
レインはそう言うと、視線を右へ逸らした。
「蒼い炎を操って戦うことから、蒼炎の騎士という異名がついたそうです」
「へぇー。異名ってなんか、かっこいいよね!」
実力を世間に認められたという感じがして、とても名誉なものに思える。
「そういえば、レインくんにも異名があるの?」
レインは魔王軍四天王だから、異名を持っていてもおかしくはないはずだ。アイレなら「白魔女」、ランドはたしか「大地の化身」だった気がする。
「さあ。どこかでは異名で呼ばれているかもしれませんが、ぼくの場合は、本名のほうが知れ渡っているでしょう」
「そうなんだ」
水魔法使いである彼は、雨という意味を持つ「レイン」という名前だ。下手な異名をつけるよりも、そのままのほうが覚えやすいのかもしれない。
「着きましたよ」
レインは右手側にある扉の前で足を止めた。ここが蒼炎の騎士の部屋らしい。
「蒼炎の騎士さん、中にいるんだよね?」
物音一つしない部屋に、不信感を覚える。
「警戒されているのでしょう。シャインは約束を放っておくような性格ではありませんから、確実に部屋にいます」
レインが断言するのであれば、それを信じるしかない。
私が結界を張ろうと、息を吸った、その時だった。
「誰ですか?」
扉の向こうから、蒼炎の騎士の声がした。
「えっ……あ、え?」
隣にいたはずのレインがいない。探すと、彼は角の壁に隠れて、こちらの様子を窺っている。こんな時に人見知りを発動しなくても……。
私はレインを手招きしたが、彼は首を横に振るだけだった。
「私に手紙を渡したのは、貴方ですか?」
どうすりゃいいんだよ。というか、蒼炎の騎士はどうして扉の前にいる人影に気づいたのだろう。いっそ、一度撤退して、本当は誰もいなくて蒼炎の騎士の勘違いだったということにできないだろうか。
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