写真家さんの異世界生物記

えろいむえっさいむ

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キアラヒ

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「さすがに今度こそ死んじゃう気がするんですが、ヤバイかな? ヤバイよね?」

『なお、ご使用の際には医師の診断を受けてください。この商品は医療用薬品です』

 私は現在、密林の地面を這いつくばっている。匍匐前進でのそり、のそりと前へ進んでいた。

 今回はいつもの写真家業ではなく、ある依頼を受けてやってきている。目玉が飛び出るほど良い報酬だったので思わず飛びついてしまったが、冷静に考えると失敗だったかもしれない。
 私が何度目かわからない深いため息をつくと、カメラが明後日の方向を向いて今日の天気について語りだした。

『セヌイ川の近くでは雨水により増水しており、非常に危険です。近くを通られる方や川遊びをされるご家族は十分にご注意ください』

「鉄砲水なんかより危険な奴がいるんだけどね。まだ姿は見えないけどさ……」

 カメラの言葉にツッコミをいれつつ、地面の土を少し掘り返して確かめる。うん、まだ目的の奴は近くにはいない。
 川辺で少し蒸し暑い空気の中、全身泥だらけになってノソリノソリと前進していく。その姿はまさにイモムシが如くであった。
 ちなみにカメラは平然と立って移動していた。カモフラージュのため茶色に染めた布を頭からかぶっているが、特に周囲を気にしていないようで写真に撮れそうなものを物色している。その姿はまさに気楽な観光客が如く、なんとなく腹が立って足を蹴ってやった。

 カメラがタイツの商品販売で苦情を言ってくるのを聞き流しつつ、私はまたもため息をついた。

「いくら金欠だからって、なんでキアラヒの処分なんて依頼を受けちゃったのかなぁ……。気が重い」

 危険な生物が多くいるこの世界では、旅をする者が覚えておかなければならない格言はたくさん存在する。
 例えば「森にいるときは夜眠ってはならない」とか「ミョウホウ山脈に立ち入る場合は鈴が必須である」とか「不思議な光を見つけた場合、水辺だったらその場を動くな。草原だったら全力で近づけ」とかである。
 どれもきちんと守らないと生死にかかわる格言ばかりなので、基本的にたくさん格言を覚えておいた方が身の安全に繋がる。その中にキアラヒに係る格言もあるのだ。
 それが「地面に虫がいなくなったら全力で逃げろ」であった。

 私は立って歩いたら数歩分の距離を5分くらいかけて進み、そしてまた近くの地面を探る。普段は地面にウジャウジャ動いているアリやキシの巣穴は見かけるのに、虫の姿は見当たらず。完全に近くにキアラヒがいる。
 私は危険地帯ど真ん中にいることを実感してまたため息をついた。

 不安を紛らわすため、キアラヒの生態を確認する。

「キアラヒは虫を食べない鳥である。特殊な匂いと光を利用して、虫を操る鳥だ。基本的には待ち伏せで広く浅くテリトリーを作ってそこを狩場とする。ただし産卵期に巣を作った場合、その狩場は狭く深くに変化し、一歩でも外敵が入ったらその瞬間アウトになる……」

 私は再確認して、自分の身の安全を確認する。
 キアラヒの産卵期はちょうど今頃の春先、しかも巣に近づきすぎて散々な目に遭って逃げかえってきた人の証言もある。さらに言えば、キアラヒといえど全ての虫を集めるほど匂いが強い時期は産卵期だけで、小さな昆虫までいなくなっているのは卵を産む直前か産んだ直後の証拠だと断定できる。
 自分の周辺には本当に虫一匹いない。つまりまだテリトリーに入っていない。だから安全。三段論法で自信の安全を確認した後、また匍匐前進でノソノソと移動し始めた。

『この空気清浄機は凄いんです。なんとPM2.5だけでなく、PM1.5まで吸い取ってしまうんですよ!』

 なんといっても腹が立つのが、このカメラの能天気さだ。機械に虫は関係ない。毒は効かず齧られることもなく体内に入ってくることもないからだ。
 人間を含め普通の動物だと、毒虫に全身をたかられ動けなくなり、意識が残ったまま体を少しずつ齧られていき、最後に死体になってから虫ごとキアラヒに食われるのだ。こちとら命がけなのである。

 結構長い距離探索したけれど、なかなか見つからない。川沿いに沿って下っているのが間違っているのだろうか。上流だったのだろうか。
 不安と恐怖と警戒心の次に疑念が湧いてくる。その時、私の耳は何かの羽音をキャッチした。大きな鳥が羽ばたくような空気を叩く音。
 そちらを見やると、キアラヒの巣がすぐに見つかった。

「川の対岸にありましたか……」

 道理で、いくら川沿いを匍匐前進しながら探しても見つからないはずである。対岸にあるとは思っていなかった。情報が逃げ帰った人のものだから、少しズレがあったらしい。
 増水している川の向こう側に森があって、昼だというのに森の中は薄暗かった。それもそのはず、森の木々の間からものすごい大量の黒い何かが蠢いていた。あのすべてが虫だという事実に怖気が走る。

 私は姿勢を低くして、キアラヒの巣を探す。虫の密集地さえ見つけられれば巣を見つけるのは簡単だ。とにかく高いところを探せばいい。
 キアラヒは虫を集めてある程度操れるが、完全に支配化においているわけではない。毒虫にやられたらキアラヒだって無事では済まず、眠っているときに襲われたら死ぬこともあるだろう。
 だからこそ、キアラヒは高いところに巣を作る。虫が飛んでこられないほど高い場所に巣を作って、そこで大半の時間を過ごす。なので私は森の木々より高い場所を探す。あった。

 ここから少し下流に行ったところの対岸に、巨大な鉄塔が建っていた。高さは木々の高さの1.5倍ほど。その鉄塔の鉄片に、キアラヒの巨大な巣が作られていた。
 そしてその巣に近づく羽ばたきの主こそ、キアラヒ当人であった。私はその威容に思わず舌を巻く。

「聞いてはいたけど、綺麗な鳥だね……」

『暗い夜道を歩いていると、後ろからコン、コンという足音が響いてきて……』

 さすがに解読不可能だったが、カメラはカメラで何か感じ入るものがあったらしい。キアラヒの滑空する姿を見て、カニ歩きで細かく位置調整しながら何度もシャッターを切っている。
 キアラヒは銀色の鳥である。嘴と足以外の羽毛はすべて銀の輝きを放ち、太陽光を反射して七色に輝いていた。
 ちなみにその銀色の羽は価値がありそうだが、実は抜け落ちるとただの黒色の羽になってしまうため、価値はない。興奮したり威嚇したりする際に色が変わり、その色に応じて虫を近寄らせたり、またくっついてくる虫を太陽熱で焼き殺したりするらしい。

 銀色の体躯が巣穴に近づき、わずかにホバリングしながら巣の中に入る。一匹だけかと思ったが、巣の中にはもう一匹いて、嘴をくっつけて餌のやり取りをしていた。おそらく飛んできたのがオスで、巣の中に隠れていたのがメスだろう。一見微笑ましいやり取りである。
 しかし、キアラヒの主食は虫でも蜜でもない。肉だ。おそらく縄張りに入った動物の死骸を食わせているのだろう。鳥が生肉を食べる光景というのは、どうも生理的嫌悪感を催す。
 さっさと仕事を終わらそうと思って、私はカメラのバックパックを開ける。

「はぁ、気が滅入るなぁ」

 言葉とは裏腹に、手はキビキビと動いた。それほど荷物が入るわけではない小さなバックパックから部品を取り出して組み立てる。手慣れたもので、ものの数十秒で完成した。
 BSP‐20。口径は20。軍事大国リュメレンで正式採用されているスナイパーライフルである。
 特に秀でた性能はないが、とにかく頑丈でメンテナンスがしやすく、古い部品も調達しやすい汎用性の高いライフルである。

 慣れた手つきでライフルを抱える。鉄塔は高すぎるため、伏せたままだと狙えなかった。三角座りの態勢でライフルを構えた。スコープでキアラヒの巣を狙う。

「キアラヒ処理の証拠写真よろしく。ついでに虫の種類も記録したいから、何枚か撮っといて」

『近年、過重労働とサービス残業により、労働環境の悪化を懸念する声が上がっております。場合によっては過労死するケースも見られており、事態は深刻になっております』

「そんな人使いが荒い人みたいに言わないでよね」

 ゴン。

 隣で響くシャッター音を無視して狙いを定める。スコープ越しにキアラヒの様子を覗き見する。
 キアラヒは外敵を全く気にせず、巣の中で優雅に過ごしていた。オスの銀色の羽をメスが毛づくろいしている。
 餌のお礼だろうか、それとも虫が羽の間に紛れていたのだろうか。ここからだとさすがに遠すぎてよくわからない。私は少し嫌な気持ちになった。

 キアラヒは人間にとって害獣である。しかしキアラヒ自体が悪いわけではない。
 虫が寄ってくる性質は生まれ持った性質だ。巣を作り繁殖することも生物なら当たり前にすることだ。ただ、寄ってくる虫が危険なものも含まれていることと、人里が近くて危険だからという理由で処理されるだけに過ぎない。
 言ってしまえば、これから殺されるキアラヒもまた被害者である。

「……でもあなたと共存はできないんだ」

 私は狙いを定める。せめて苦しまないように、頭を直接狙う。まさか殺気を察したのか、オスが周囲を見回している。体毛の銀色に少し赤みが混じって警戒色になる。
 でも、もう遅い。

「ごめんね」

 銃声は2発。カメラのシャッター音は4回。遅れて何かが地面に墜落する音が2回。



…………



「ありがとうございます。助かりました」

 村長がお礼を言ってくる。証拠写真と、大量の虫の写真を見ながら、村の危機が去ったと喜んでいた。
 しかし私は機嫌悪く、ぶっきらぼうに言うべきことだけを伝えた。

「キアラヒはきちんと処分しましたが、集まっていた虫にはショウジョウやミドリスジチョウもいました。幸い川向うですし、今は雨水で増水しているようです。森を焼いてしまえば安全になると思います」

「おお、そうですか。わざわざ心配していただき感謝の気持ちでいっぱいです。そちらは村の者で上手くやっておきます」

「範囲はこれくらいですが、キアラヒの死骸が腐ったら虫が散りだすかもしれません。手早く済ませることをお勧めします」

 私はそれだけ伝えると、報酬の入っている小袋を受け取って、そのまま足早に去った。
 後ろからついてくるカメラが『別れは一時のモノ、恐れる必要はない』と独り言のように呟いていた。





今日の豆知識「キアラヒの肉は淡泊な味がする。しかし大抵は先に虫に食われてしまう」
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