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《密室城》 その四
しおりを挟む「あの夜……? ちょ、ちょっと待ってください。殺されたのですか? 黒勝様が?」
……知らないのか? もう二週間も前の出来事だ、と伝えると、険しい表情になる。
「私が不寝番の日です。亡くなっていたとは、まったく知りませんでした。毎日、修行や掃除や、年下の坊主達の世話や、あとは御師様のお相手で……」
なるほど、そりゃそうか。古ぼけた寺であっても、彼らにとっては修行場。世俗とは距離を取るものだろうし……、特に、住職がこの状況では葬式の手配も頼まれまい。自らの生活を保つだけで、精いっぱいだったはずだ。
正念は、険しい表情のまま、ちらりと赤龍を見上げる。
「赤龍法師様。どうして教えてくださらなかったのですか。あなたは日中、町へ出かけているのですから、知っていたはずでしょう。それに、あの夜は、あなたも……」
赤龍法師は微笑んだ。
「ええ、知っていましたが、あえて黙っておりました。それも事情あってのこと。止めはしませんよ、正念。ありのままに語りなさい」
「……では、語りますけど」
正念は呟くように告げる。
「……あの夜は、特に多く。都合、四人が出入りを」
思わず顔をしかめてしまった。
「四人も? さすがに多すぎない?」
「普段は、通っても一人なので、特に多い日でしたね」
普段から通っている奴がいる時点でおかしいのだ。城だぞ。
「では、来栖城は、まったく密室ではなかったのでございますね」
とはいえ、謎解きが不得手な自分でも、さすがにわかる。
その四人のうちの誰かが、下手人だ。農民全員を手当たり次第に捕らえるよりも、その四人を取り調べたほうが早いのは瞭然である。
「誰だったのでございますか? 名前はおわかりに?」
正念がうなずいて、指を折りながら名を告げる。
「ええと、入った順番で、まずは赤龍法師が。それから、町茶屋のおみつさん、ほら吹き巫女のやちよ婆さん、浪人の笹木小四郎さんでした」
「そう、実は拙僧もあの夜、城に赴いたのです! 驚きましたか?」
赤龍法師が、笑顔で自白した。なんだって?
「……正念様に黒勝様が亡くなられたと伝えられないはずでございますね。自分が疑われてしまいますから」
「いやいや、それが理由ではございませんよ、もちろん。いずれ、耳には入ったでしょうし。正念に黒勝様の死を教えなかったのは、住職のこともあって、心労をかけたくなかったからです」
あおばが半目で「では」と追加で質問を投げかける。
「ご家老の芥川様達、来栖家の家臣にも伝え出ていないのは、なぜでございますか」
「黙っているよう、黒勝様より命じられておりましたから。死後も約束を守っていたと、それだけの話でございます」
本当か? あおばと二人して、じっと見つめてみる。赤龍法師はすぐに目を逸らした。
「……そんなに疑わしい目で見ないでくださいよ。そうですよ、口止めもされておりましたけど、それ以上に疑われるのが嫌で、黙っていたのです。……言っておきますが、拙僧は殺しておりませんからね。仏門の者が、殺生などするわけないじゃないですか」
「じゃ、なんで黒勝様の元に行ったのさ。しかも、隠し通路なんて通って」
問うと、赤龍法師は観念したように肩をすくめた。
「黒勝様は呪いを恐れておられましたが、同時に臣民も信じてはおられなかったのです。ですから、外から来た法師である拙僧に声をおかけになった。凶兆の悪夢が来たる夜、拙僧の術にて守護をせよ、と」
ぽりぽりと頬を掻いて、赤龍が続ける。
「拙僧が思うに、黒勝様が連日、悪夢を見ていたのも、疑心暗鬼が過ぎたからでしょうね。守護の祈祷は後払いの予定でしたから、受け取れませんでしたが……、ま、守護もできませんでしたし、おあいこです」
……なまぐさ坊主め。なんてやつだ。
「赤龍法師様がお会いに行ったときは、まだ生きておられましたか」
「え? はい、生きておられましたよ、もちろん」
「どこにおられました?」
「黒鉄庵にて。戸は開いておりませんでしたので、外から話しかけ、祈祷を」
「それだけでは、生きているとは限らないのではございませんか。お姿を見ていないのでしょう?」
「ええ。ですが、声はお聞きしましたから、生きていたはずです」
「声だけで、ご本人だと判断を?」
「ええ、ご本人でしたよ。間違いなく。拙僧、声をおぼえるのは得意ですので」
あおばが、顎に指を当てて思案し始める。赤龍法師が下手人かどうかは、まだ判断しかねるのだろう。
「わかった。赤龍法師、一旦は、あなたの言葉を信じよう。だが、疑いが晴れたわけではないからな。町から出るなよ、出れば、下手人ゆえに逃げたと判断し、手配する。あと、このことは芥川様にもご報告する」
「……町でお札を売るのは、続けてもかまいませんか? ご利益あるんですよ、本当に」
無視する。考え込んでいたあおばが、正念に顔を向けた。
「正念様。それぞれが井戸に入った時刻も、おぼえておられますか」
「時刻ですか。ええと……、まず、赤龍法師が子の刻ごろに。その半刻ほどあと、おみつさんが。丑の刻ごろになって、やちよ婆が入って、またその半刻のちに笹木小四郎さん……、だったと思います」
深夜、およそ半刻ごとに、誰かが城に入ったのだ。
「あおば、どうする?」
「順番通りに話を聞きに行くのがよいかと」
では、そうしよう。御住職も大いびきを掻き始めたし。
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