浮気刀と忍法帖:聳え立つのは密室城

ヤマモトユウスケ

文字の大きさ
18 / 37

《密室城》 その八

しおりを挟む

 ともあれ、これで四人全員から当日の話を聞き終わった。これ以降は、どうすべきなのだろうか。あてどなく歩き出しつつ、思案する。

「自分には、誰が怪しいとも言えない気がする。というか、全員が怪しいんだ。怪しすぎる。胡散臭いんだよな、みんな」
「やつがれも、同意見でございます」

 あおばが懐から紙を取り出し、広げた。

 一、どうやって、やったのか。
  一の一、どうやって、兵が取り囲む無人の来栖城に出入りしたのか。
  ――解、秘密の地下道があった。
  一の二、どうやって、黒勝様が閉じこもる黒鉄庵に出入りしたのか。

 二、なんのために、やったのか。
 三、だれが、やったのか。

 未だ、一の一しか、わかっちゃいない。

「そも、彼らは全員、一の二を解決できそうにない方々でございます。なにか、黒勝様によほど信用されるような所縁があれば、黒勝様に内側から開けていただけるかもしれませんが……」

 黒勝様が、扉を開けてくれるような人。ふうむ。

「……まだ、話を聞いていない誰かが、いるのかもしれないね。正念の見ていない侵入者が。そいつが下手人で、自白とかしてくれたら、これほど楽な話はないんだけど」
「御曹司、楽が出来ればなんでもよいという考え方は――」

 おあばが、はっ、と顔を上げて、自分を凝視した。

「……どうした?」
「御曹司、その通りでございます。正念様に見ることが出来ず、その上で、あの夜、黒勝様にお会いしたはずの人物が、もう一名いらっしゃいました」


 芥川屋敷に戻った自分は、夕餉の支度をした。
 朝炊いた米の残りと、おかずは路上で買ったうなぎだ。年端も行かない子供達が、川で獲ったうなぎを水桶に入れて、売っていた。うなぎの旬は秋の終わりごろで、春過ぎから獲れはするのだが、冬眠明けで痩せがちなものが多い。ところが、珍しく肥えたうなぎを見つけたので、つい買ってしまった。良いものがあったから、一緒にどうか……、という口実にも使えるし。

 背から開いて肝を取り、中骨を包丁で削るように抜き、ひれを落とし、血を洗い……、と工程を踏んで捌き、串を打って蒲焼にした。肝は昆布で引いた出汁で肝吸いに。
 離れの座敷に膳を出すと、待っていた芥川様が嬉しそうに目を細めた。

「いや、ありがたいことですな。夕餉を馳走していただけるとは。うなぎの蒲焼は、以前、江戸の参勤で藩邸に勤めた折、いただいて以来です」
「なんの。泊まらせていただいているのです、ささやかなお礼とお考えいただければ」

 自分の言に「ふん」と鼻を鳴らしたものがいた。上座にて膳を待つ、黒姫様だ。

「江戸の者は、江戸前以外のうなぎを『旅うなぎ』と見下すそうじゃが、行燈男よ。貴様の腕が悪くとも、来栖のうなぎのせいにはするでないぞ」
「料亭が出すような蒲焼とは参りませんが、季節外れとは思えないほど、腹がまるまるとした立派なうなぎを使っておりますし、来栖の醤油は味が良いですから。おいしいと思いますよ。ほら、こんなに良い香り」

 蒲焼から上がる湯気に、黒姫様はひくひくと鼻腔を動かした。

「よし。毒見をせい、じい」
「は。ただちに」

 芥川様が、黒姫様の膳に手を付け、切り分け、食う。肝吸いも小鉢に取り分けて毒見をした。

「大変、おいしゅうございます。いや、実に見事な料理の腕ですな。黒姫様も、どうぞお召し上がりくだされ」

 本来、毒見は時間を置いたり、複数人で確かめたりするものだが、この屋敷ではそこまではしないようだ。……当然か。黒姫様が毒見にこだわっているのは、おそらく、黒忠様と義黒様の件があったからだろうが、もはや、黒姫様に毒を盛って得する者はいないはず。
 すでに改易が決まった国の姫だ。目黒のさんまの二の舞にならないのは、いいことだと考えよう。せっかくだから、熱々で食ってほしい。

「……根暗女は食わんのか」
「やつがれは、のちほどいただきます」

 座敷の外、廊下からあおばが返事をする。隠密という立場上、外で待つしかないのだ。

「おい、行燈男。普段は二人、一緒に食っておるのじゃろう。昨日も、そうであったと見受けたが」
「あれは……、まあ、二人のときは、はい。後片付けとか面倒ですから、一緒に済ましてしまうことが多いです」
「ふん。隠密だけ別とは、なにか企んでいるのではあるまいな」

 じろじろと自分を見る黒姫様。疑り深いことだ。

「……あの、黒姫様。拙者の料理がお嫌なら、無理して食べなくてもいいですよ。残しても、拙者が食べますので」
「いらんとは言うておらん! たわけ!」

 黒姫様は箸を取り、乱暴にうなぎに突き刺し、口に運んだ。

「む! うま――まあまあだな、うむ」

 作法はともあれ、子供はこれくらい元気よく食べたほうがいいと思う。

「で? わたくし達と夕餉を共にしたい、などと申したのじゃ、なにか話があるのじゃろう。さっさと言え」
「あ、いや、どちらかというと芥川様とお話の席を設けたかっただけで、黒姫様は……」

 おまけというか、邪魔というか。会話の内容が事件のことなので、親を殺された童女に聞かせるのは少しはばかられる……、と思ったものの。

「馬鹿を申せ。わたくしの父が殺されたのじゃ、わたくしが話を聞かずして、いかがする」

 昨夜、泣き疲れて寝てしまった童女は、胸を張って――小さいから、太くて黒い帯を見せつけているだけみたいにも見えるが――堂々と言った。

「これは、わたくしの事件じゃ。貴様ら江戸の者の事件ではない。根暗女、どうせ話をするのは貴様じゃろ。食いながら聞く、中に入って参れ」
「……御曹司、よろしいでしょうか」

 芥川様に目配せすると、うなずきが返ってきた。

「いいよ、あおば。頼む」

 すっと襖が引かれ、あおばが座敷に入ってくる。

「では、僭越ながらやつがれから、本日調べて参りましたことを――」

 と、あおばが滔々と話を始める。来栖城に行ったこと。井戸の道を見つけたこと。正念が、事件当日に通ったものを目撃していたこと。赤龍法師の、おみつさんの、やちよ婆の、そして笹木小四郎の証言。すべてを語り終えるころには、全員の膳は、きれいに空になっていた。
 黒姫様は箸をおき、きちんと「馳走であった」と言ってから、下座に座る芥川様に七つの童子とは思えない、鋭い眼光を向けた。ぎらりと。

「じい。井戸の抜け道のこと、知っておったな?」
「……さようにございます」

 頭を下げる芥川様に、黒姫様は詰問する。

「なぜ言わなんだ。井戸の守りを固めなかったのは、なぜじゃ」
「恥に、ございますゆえ。あれは……、情婦が通る道ですから。誰にも言えません。たとえあのような日であっても、雑兵に守らせるなど、とても……」

 やはり、知っていたのか。隠した理由も、おおむね予想通りだ。
 やちよ婆の言葉が真実ならば、おそらくおとよさんは黒勝様の前の情婦だろう。……黒勝様は、その情婦を殺してしまっていることになる。お家の恥部であるとして、黒姫様や自分達に隠すのも無理はない。

「じい、そんな矜持は捨てよ。恥もな。どうせ、もう黒葛家は再興できん。わたくしの子を待つつもりかもしれんが、子が生まれて元服する頃には、じいはもう九十じゃろ。見届けることもできん夢を、いつまで見るつもりじゃ」

 黒姫様は辛辣なことを言いながら、帯の上から腹をぽんぽんと叩く。満腹なのだろう。あおばに向き直って、「それで?」と鷹揚に問いかける。

「結局、貴様は誰が下手人だと考えておる?」
「まだ、断定はできかねます。それぞれの証言が、食い違っておりますゆえ」

 そうなのである。証言がぐちゃぐちゃだ。

 赤龍法師は『臣民が信じられないから自分が雇われた』と言い、
 おみつさんは『あの夜も情婦として呼ばれたから行っただけ』と言い、
 やちよ婆は『町一番の巫女である自分にも声がかかった』と言い、
 笹木は『用心棒として密約を結んでいたから』と言った。

 これはおかしな話で、臣民が信用できないなら、町の情婦を呼んだり、町の巫女に頼んだりするとは思えない。国外の者である赤龍法師と笹木小四郎を同じ側だと考えても、少なくともおみつさんとやちよ婆、赤龍法師と笹木小四郎、この二人組のどちらかがうそを吐いている……、ということになる。
 最低でも半数は嘘吐きだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。 荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...