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《鳥の一党、あおばずく》 その五
しおりを挟む歩けば凝り固まった体もほぐれるというものだ。両腕を上に延ばしたり、一歩ずつすねを延ばしたりしていると、魚籠をぶらさげた子供達に「変なのー」と大笑いされた。気恥ずかしく思いながら、「変だろー」と笑い返す。
通り過ぎて行った子供達を見送り、思う。
「……黒姫様は、いまの子達と同じくらいの年齢なんだよな。駆け回って遊んで、食べて寝て、そういう歳ごろだ」
なんというか、やはり納得できないな、黒姫様がこのまま出家して終わるのは。
「大名の姫に生まれたからには、それ相応の生き方をせねばならないのでございましょう」
けれど、あおばはすまし顔でそう言った。
黒姫様を哀れに思わないのか? むっとして、こんな質問をしてしまう。
「生まれによって、生き方まで決めつけられるのは、辛いことじゃないのかな」
「御曹司は恵まれておいででございますゆえ、いろいろな生き方を模索できるでしょうが」
対して、女隠密は冷たく言葉を並べた。
「世の中には、生き方を選べない者のほうが、よほど多くいるのでございます。先の子供達であっても、朝昼は田畑を手伝い、空いた時間で魚を取って売っているのでございましょう。昨日、うなぎを買ったでしょう。あれもまた、生きるための勤めなのでございます」
そこで、あ、と己の不人情に気づく。
あおばは孤児で、生まれてすぐ鳥の一党に引き取られ、幼少のころから、修行と護衛業にいそしんできた。彼女もまた、生き方を選べなかった者だ。
「すまない、あおば。拙者は……」
「よいのでございます。謝らないでくださいませ。……慣れておりますゆえ」
慣れている。その言葉が、なにより、胸に刺さった。
その後、なんと言っていいかわからず、あおばもなにも言わず、気まずい空気を纏ったまま、自分達は茶屋に着いた。
「おみつ様、団子をいただけますか。ひとまず、女房様方のぶんも入れて、十人前ほど」
あおばが声をかけると、町娘は目を吊り上げた。
「ふーんだ。芥川様を捕えたお役人さんに売る団子はないよ! 江戸に帰りな!」
奥の座敷から、のそりとやちよ婆も顔を出す。
「そうだ、帰れ帰れ! もうこの町に、あんたらの味方はいやしないのさ! みんな、知ってんだからな! あんたらが、芥川様を捕えて連れて行くんだって!」
みんなが知っているなら、言いふらしたのはあなた達しかいないだろう。余計なことをしてくれたな。
「あたしゃの占いによれば、あんたら、ろくな死に方しないよ!」
「はあ、まあ、そうですか……。占いで……」
ろくな生き方もしていないから、仕方ないかなぁ。……駄目だ、気の抜けた言葉しか出てこない。あおばとの遣り取りが、尾を引きすぎている。自分が情けなくて、仕方がなかった。
と、そこで長椅子に座って団子を食べている、くたびれた僧衣の美丈夫と目が合う。
「おや? まだ来栖にいらっしゃったのですか」
赤龍法師が、少し驚いたように言った。
「てっきり、芥川様を連れて、すぐに江戸に発つのかと思っておりましたが」
「まだ謎が残っているし、芥川様はおそらく殺していない。たぶん、黒幕がいるんだ……、そこを暴かないことには、帰れないよ」
まあ、暴けなくても明後日の朝には帰らなくてはいけないのだが、そこまで言う必要はないだろう。
赤龍法師は目を丸くした。
「ほほう。それはそれは、ご苦労なことですねぇ。しかし、たしかにあの忠義に厚い芥川様が殺したとは、拙僧も思えませんでしたとも。拙僧は、お二人を応援しておりますよ。そうだ、真相解明に効くお札はいかがでしょうか」
いらねえよ。手を振って、にじり寄ってくる似非法師を追い払う。
会話を聞いていた茶屋の娘は、さっきとは一転してにっこり笑った。
「へえ、そうだったの。そういうことなら、団子を売ってあげてもいいよ」
「占いもしてやろう。おい、陰湿なおなごよ。恋占いとか、どうじゃ? 都合のよい結果を出してやれるが」
それはもう占いじゃないだろう。
「……。遠慮しておきます。それより、このあたりで総菜を買える店はございませんか」
「では、煮売り屋占いじゃな。占うぞ占うぞ……、カーッ! そこの角の井熊屋。特におすすめは煮魚じゃな、酒も売っておる」
やっぱりそれは占いじゃないだろう。ただのお得情報だ。
団子を焼いてもらっているあいだに、井熊屋へ。煮魚以外にも、焼いた山女魚の押し寿司があったから、そちらも買っておく。小四郎はよく食いそうだから、多めに。
団子を受け取るため、茶屋に戻ると、赤龍も一人分とは思えない団子を抱えていた。
「正念達、小坊主にやるのですよ。彼らはみな、苦労していますからねぇ。拙僧のような無責任な者が甘やかしてやらねば」
自分で無責任と言うか……、と呆れてしまう。やはり、この男は信用ならない。
「それに、芥川様が下手人として連行されれば、拙僧も容疑が晴れ、町から出ていいわけでしょう? また、流浪の旅に出るつもりですから、世話になったぶんくらいはね。実は拙僧、子供好きなんですよ」
笑って、赤龍は黒墨寺のほうへ歩いて行った。
おみつさん達に礼を言って銭を支払い、屋敷に戻る。
案の定、小四郎はよく食った。黒姫様の毒見役は、依然、見張られたままの芥川様の役目だった。ご家老がなにを言おうと、信じ続ける覚悟を決めておられるのだ。
……なお、黒姫様は二本目の団子の串を持ったまま寝た。その子供らしい姿が、いっそ痛々しい。
そういえば、自分はこの姫が笑っているところを見ていないと気づく。
この小さな寝姿に、どれほどの矜持が詰まっているのか、どれほどの重圧がかかっているのか。ただ、黒葛の家に生まれたばかりに。
翻って――、さて、自分はどうだろう、と考えてしまう。
榊原の十一男、浮気刀の十一郎こと榊原謎時は、どうなんだろう。このお勤めはやり遂げるつもりだ。だけど、それ以降、どう生きていくのかについては、あまり想像できなかった。
ただ、先日までのような自堕落な生き方は、たぶんもう、できない。あまりにもたくさんの恵まれない人々を、目にしてしまったから。
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