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《鳥の一党、あおばずく》 その四
しおりを挟む「そうだ……、と思う。父上や兄上達なら、帳簿からもう少し読み取れるかもしれないけれど、拙者にはそれくらいしかわからん」
黒姫様が「ふん」と鼻を鳴らした。
「では、来栖の金が、どこぞの誰かに吸い取られていたわけじゃな。白河の清き御世を改めたい馬鹿が、田や沼や以上の濁りを求めたか」
よくわからないけど、おそらく、また狂歌か川柳の引用だろう。
「じゃが、ひとつは確定した。じいがかばっておるのは、賄賂を受け取っていた者じゃ。とすれば、その理由はまず間違いなく、黒葛家を守るためじゃな。賄賂の関係があったと知れればお家再興など夢のまた夢じゃ。つまり……」
嘆息が、童女の口から漏れた。
「阿呆が。夢など見るなと、申しておるのに」
芥川様はなにも言わず……、けれど、ゆっくりと首を横に振った。もはや、夢とか現実とかではないのだろう。黒葛家に尽くし、仕え、その命すらも捧げて存続を願う。ただ、それだけ。それだけなのだ。彼にあるものは。
武士だ。まごうことなき、侍の在り方。
自分には理解できないけれど、尊い武士の一分が、そこにある。己がどれだけ汚れても、主家さえ無事ならそれでいいという、覚悟。
そんなお方だからこそ、黒幕に使い潰されて終わりだなんて、見過ごしてはいけない気がする。この絵図を描いた、賄賂を受け取るものがいたはずなのだ。
そいつをこそ、裁かねばならないんじゃないのか?
……ともあれ。
二の四、なんのために、芥川様は「己が下手人だ」と虚偽の自白をするのか。
――解、黒幕をかばって賄賂の事実を隠し、黒葛家再興の夢を見続けるため。
新たな答えが、追加された。
「しかし、十年間も賄賂を送る代償は、なんだったのでございましょうか。情報がなにもなく、推論を語ることすらできません」
「……ひょっとして」
自分は、もう一枚の紙を指さした。
「十年前の、黒忠様と義黒様の暗殺がきっかけなんじゃない?」
「と、言われますと?」
「時期が合うだろう。暗殺によって代替わりし、賄賂を送り出した。とすれば、その暗殺を後押ししたのが、黒幕だったとか」
「……筋は通りますが、証拠がございませんでしょう」
その通り、証拠はない。ただの想像に過ぎないが、意外にも黒姫様が「で、あれば」と乗ってきた。
「父上が殺された理由は、数多に背負った恨み辛みではなく、口封じの可能性もあるのじゃな? 賄賂に暗殺。この二つの関係性と負い目が、父上に凶兆の夢を見せ、乱心させてしまったのだとすれば、黒幕はこう思うのではないか。――来栖はもうよい、と」
つまり、御用金を受け取っていた黒幕が、黒勝様を暗殺することで尻尾を切った可能性もある、と。
「そちらも、確証がございませんが」
「わかっておる。じゃが、根暗女。確証を探していては、時間が足りんじゃろ。仮の答えとして、このまま考えてみるのはどうじゃ」
「おおせのままに」
鳥の一党の、証拠と証言を列挙するやり方ではないけれど、あおばは筆を執った。
二の一、なんのために、黒勝様は殺されたのか。
――解、賄賂を受け取っていた黒幕による口封じ。
そこで、小四郎がぽつりとつぶやいた。
「だが、これじゃ、黒幕には一向に辿り着けんぜ」
はっとする。そうだ。結局、黒幕がいる――、とはわかっても、それが誰かは、わからないのだ。芥川様も口を開くつもりは一切ないらしい。
帳簿を洗い、細かく割られた御用金の行方を追ったとしても、黒幕に辿り着けるかどうかわからないし……、そんな時間は、やっぱりない。
「帳簿がないなら、書簡はどうだろう」
とりあえず、思いついたことを言ってみる。
「黒勝様と黒幕は、十年間、連絡を取り合っていたはずだ。遣り取りを記した書簡が、どこかに残っているんじゃないかい」
「もし、御曹司が黒勝様と同じ立場でございましたら、そのような書簡を手元に残しておかれますか」
「……いや、燃やす。残しておく意味がないし。ごめん、浅慮だった」
「いえ、発案自体は、悪くはなかったかと。……ただ、手詰まりでございます」
全員、黙り込む。
ややあって、あおばが口を開いた。
「……そも、暗殺が恨みゆえではなく、黒幕の仕業だとすれば。成功した時点で、来栖を去るのではないでしょうか。いま、御曹司の言を聞いて思ったのでございますが」
紙に記した、二の三の項目を指さす。
「あの日、城内は荒らされていたのでございます。時系列から言って、井戸を通った四名ではなく、芥川様でもないでしょう。つまり、井戸以外から入り込んだ何者かが、密約の証拠を持ち去るか、あるいは処分するために、探し回ったのではないでしょうか」
仮説、ではあるが。それが一番、筋が通るように思う。
「仮定の仮定は、鳥の一党のやり方ではございませんが、あえて追記するとすれば、こうでございます」
二の三、なんのために、城内を荒らしたのか。
――解、証拠を持ち去るため。
仮の解答で埋め、残ったのは黒幕が不明だという事実と、謎が二つ。
一の二、どうやって、黒勝様が閉じこもる黒鉄庵に出入りしたのか。
二の二、なんのために、かんぬきを閉めたのか。
かんぬき絡みの謎が、一切、わかっていない。類推すらできない。
……ついでに言えば、下手人が口封じをもくろむ黒幕の手の者であれば、あおばが可能性のひとつとして挙げた「黒鉄庵に籠る黒勝様に声をかけ、内側からかんぬきを外させた」という推理も、成り立たなくなっている。
仮定の話で推理は進んだように見えるが、また止まってしまった。
万事休す。あるいは八方塞がりか。唸りながら、ふと、庭に差す日が赤いことに気づく。もう、夕暮れ時にさしかかっていた。
「……よし。休憩にしましょう」
そう音頭を取ると、黒姫様に睨まれた。
「たわけ。時間がないのじゃぞ」
しかし、このまま考え続けても、答えは出ない。
「だからこそ、です。江戸のある道場で、師範が言っておられました。試合までの期限が迫る中で、しかし、思うように鍛錬が進まないときは、あえて寝るのがよいと」
童女は怪訝な顔で首をかしげた。
「あえて寝る……? それは逃げではないのか」
「逃げではなく、より高く跳ぶための助走だとお考え下さい」
休息は、非常に大事なのだ。あおばも頷いている。
「よくよく考えれば、やつがれ達は、昼餉も食べておりません。なにか簡単に食べられるものを買いに出て、ついでに夕餉も都合するといたしましょう。頭を休ませ、体を休ませ、しっかり食べて力を蓄えれば、明日はまた違う話ができるのではないかと」
「わたくしは別に疲れておらん」
黒姫様は不満そうに言うが、小四郎は笑った。
「そりゃそうだ、七歳が疲れを自覚するかよ。子供ってのは、力いっぱい動き回ったあと、気を失うみたいに寝て、起きたらまた力いっぱい動き回るもんだからな」
「……いちおう聞いておくが、暗愚兄。どこぞで子など作っておらんじゃろうな」
「そこまで考えなしじゃねえよ。さて、そうと決まれば、十一郎。俺はじじいを見てなきゃならんから、あんたらで行ってきてくれるかい。俺は、おみっちゃんの団子がいい」
「わたくしは食えればなんでもよい。毒が入っていなければ、な」
そういうわけで、自分とあおばが町に出た。
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