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《鳥の一党、あおばずく》 その三
しおりを挟む小四郎が興味深そうに紙を覗き込んだ。
「手段がわからねえなら、動機がわかれば、おのずと下手人もわかる、って理屈かい。で、どれから考えりゃいいんだ?」
「四じゃろ」
黒姫様が即答した。自分もそう思う。二の一については、十中八九、怨恨の線だろう。二の二は考えてもよくわからないし、二の三はまあ、金目の物を物色するとか、いろいろ理由は考えられる。なにも盗っていないにしても。
でも、二の四は簡単だ。
「拙者が考えるに、仮に芥川様が下手人じゃないのに、あえて虚偽の自白をするなら、それは誰かをかばうため以外の理由はないんじゃないか? 小四郎殿達が、芥川様をかばっていたみたいに、さ」
それに、芥川様本人が同じ場所にいるから、反応も見やすい。この場で正誤の判断がつけられそうな、唯一の問いだ。
あおばもうなずく。
「かばっているとすれば、芥川様は真の下手人の正体をご存知である可能性もございます」
芥川様が、むう、と唸った。
「そういうわけじゃ、じい。わたくしの目を見よ。じっと、見よ」
童女と老爺は、数呼吸のあいだ見つめ合って、ふいに黒姫様が目を逸らした。
「駄目じゃな、じいは知らんそうじゃ。……まあ、知っていても言わんじゃろうが」
「知らない相手を、かばっているのか? なんで?」
「それを考えとるんじゃろうが、暗愚兄」
小四郎が「へへへ」と頭を掻いた。
「……実は、やつがれには不思議に思っていることが、かんぬき以外にもございまして」
あおばは懐から追加の紙を取り出し、座敷に広げて筆を執った。
「黒勝様について時系列でまとめると、こうなるのでございます」
三十年前、黒康様こと笹木小四郎様を授かる。以降は子に恵まれず。
十年前、黒勝様は先代と兄君を謀殺して跡を継ぐ。御用金の拡大を開始。
九年前、笹木小四郎様が逐電。
七年前、黒姫様を授かると同時に奥方様を失う。天守に黒鉄庵を作らせ始める。
五年前、資金不足で完成が一年以上遅れたものの、黒鉄庵が完成する。
そして先日、来栖城天守黒鉄庵にて死亡。
「……御曹司、不思議に思う点はございませんか」
不思議に思う点? 首をかしげる自分に、あおばは「資金不足でございます」と告げた。
「鉄は貴重でございますが、金や銀に比べれば、さほど高いとは言えません。なのに、あの茶室ひとつ作るための資金すら、不足したのでございます。御用金を拡大し、ふところにたんまりと溜め込んでいたはずでございますのに」
眉を顰める。たしかに言われてみればおかしい。
「それじゃ、その御用金はいったい、どこに行ったっていうんだい。黒姫様、ご存知でしょうか」
童女は首を横に振った。
「わたくしは知らん。書物には触れていたが、帳簿には……、というか、政には、かかわることが許されなかったからな」
そりゃそうか。七歳の姫には、まだ早い。
「となると、役方……、来栖の勘定方にお話を聞くのが良いでしょう」
「かような小国じゃ、勘定方も多くはない。勘定の全体を把握していたものがいるとすれば、二人だけじゃな。ひとりは父上、黒葛黒勝。もうひとりは勘定を統括し、帳簿をつけていた本人である芥川三茶……じいじゃ」
全員の視線が、老人に向いた。小四郎が猿ぐつわを外す。
「さ、じじい。教えてくれ、御用金はどこに行ったんだ? それくらいは話してくれても、いいんじゃないか?」
芥川様は、目を逸らした。あ、これは知ってるんだな。
「……御用金の使途は、もちろん、黒勝様の放蕩です。黒鉄庵以外にも、たいそう使い込んでおられましたからな」
「帳簿を見せていただけますか。まだ残っているはずでございましょう」
「はて。失くしてしまった気がしますな」
「そうなのか? 帳簿って、案外、管理が雑なんだな」
「そんなわけないだろ、小四郎殿。改易で天領になるんだぞ、幕府の総監殿……、大目付と勘定奉行には渡さねば、引継ぎが杜撰になる。どこかに隠しているんじゃないか?」
浮気刀とはいえ、勘定の名家、榊原の息子である。それくらいの流れはわかる。
「榊原殿、ほら、言ったではありませんか。二の丸が荒らされていた、と。勘定所が荒らされたもので、帳簿を紛失してしまったのですよ」
「嘘でしょ。特に盗られたものはなかったと、言っていたじゃないですか」
芥川様は、そっぽを向いて黙ってしまった。
「御曹司、芥川様は改易の準備を滞りなく進めたともおっしゃっておりました。そちらの荷物にあるのでは? 女房様方に聞いてみるのはいかがでございましょうか」
黒姫様が、すぐに手を叩いて女房を呼び、荷物を運ばせる。帳簿をまとめた紐をほどき、多少は算術の心得がある自分が、ここ十年間の支出を洗い直すが……。
あおばが、自分の顔を覗き込む。
「御曹司、いかがでございますか」
「そうだな、結論から言えば、父上や兄上達のように、勉強しておけばよかったと思う」
「頼りねえな、十一郎。……俺もわからんがよ」
じゃあ黙っていてくれ。黒姫様も帳簿とにらめっこしているが、さすがに専門外か。
「ただ、かなりうまい帳簿だってことは、わかる。見てこれ、毎年、道や橋の普請と修繕の件数が多いんだ。内容を見るに、おそらく、実際に行われた普請だけど……、その全てで、少しずつかさましされているっぽい感じがする」
疑ってかからなければ、不正があるとは見抜けないだろう。それほど、一見して問題ない帳簿なのだ。
「じい、貴様、そんなに帳簿付けが得意だったのか」
芥川様は、なにも言わない。肯定も否定もしないのが、一番いいとわかってきたらしい。だが、すでに遅い。自分にだって、察せることがある。
「芥川様は、不正を知っていただろうけど、御用金が流れる先……、すなわち黒幕までは、知らないんだ。真の下手人が誰かを知らないように」
その二名が同一人物か、あるいは仲間であることは、ほぼ確定的だ。
正直、芥川様が下手人でもおかしくはないと思っていたが……。どうやら、真相は別にある、らしい。その筋道が見えてきたことに、少し安堵する。
「じゃが、そんなことがあるか? じいは帳簿をつけていたのじゃぞ」
「指定された普請の業者や寄付先の寺に、少額ずつかさましする形で送るだけでいいんです。そこから先は、黒幕側の手引きでまた別のところに移し、何度もいろんなところを経由させて、御用金を回収していたんじゃないかと」
帳簿をつける者は、金が最後に辿り着く場所を知らないまま。
自分で口にしつつ、半信半疑だ。そんなことが出来るのか? とも思う。ようは、来栖国の御用金を、そうとは見えないように国外へ運び出すため、様々なところをぐるぐると回して、来栖の土が付いていない、きれいな金に見せかけているわけだ。
いわば、これは。
「資金洗浄。この帳簿の記入法を考え、指示した人間は天才ですよ。江戸の勘定だって、こんな面倒な帳簿、なかなか精査しきれない。洗い直したところで、最終的に誰の懐に入っているかは、わからないようになっているんじゃないかと思います」
帳簿をぱらぱらとめくるだけで、眉にしわが寄ってしまう。規模が大きすぎる。
「小国とはいえ、一万石ある来栖国の三割だぞ? 雑な計算だけど、年間三千石ぶんの御用金が、ばらばらにされて、いろんなところを経由して、誰かの所に流れて……」
三千石となれば、将軍家から領地を与えられた旗本と同等。総じて五千家以上ある旗本の中で三百家もない、上流の旗本だ。ちなみに我が榊原家は一千石級。当家の三倍である。
「……いずれにせよ、付け届けというには巨額すぎることだけは、たしかです。増やされた御用金は、来栖国にはほとんど回収されていない。普請にかかった幻の費用に回されて、鉄の茶室すら作れないほどしか手元に残らなかった、と」
付け届け――与力や同心が、町人から小銭を貰って見回りを増やしたり賭博場を見逃したりするのとは、わけが違う。あおばが目つきを鋭くした。
「つまり、国ぐるみの賄賂でございますか」
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