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《鳥の一党、あおばずく》 その二
しおりを挟む「殺されかけたのには同情するが、それで逃げてどうする。家臣を味方につけて、家督を奪い取ることだってできただろうに」
「いや、俺だってその気概はあったさ。だがな、江戸屋敷にいた俺の飯に、毒を盛れるんだぜ? 絶対、忍びの者とか雇っていたんだ、黒勝の野郎は。決起してから暗殺されるならともかく、決起する前に暗殺されかけちゃ、もう逃げるしかねえだろ」
小四郎は決起を決意していたのか。いつ決起するのか、誰を味方につけるか……、と思案しているときに、毒を盛られたと。しかし、命までは失っていないなら。
「……警告だったのか? 反逆の意思を見せれば殺されると思い、飼い殺されるくらいなら、いっそ……、と逃げたのか」
「そうだ。忍びの者には勝てねえしよ。江戸には、鳥の一党つう、恐ろしい奴らがいてだな。金さえ払えば、誰でも暗殺しちまうそうだ」
あおばを横目で見ると、すまし顔で「それは裏隠密の話でございます。我が鳥の一党は、百年以上前よりすでに公的な間諜と護衛を主業務に切り替えておりますので」と訂正した。公的な間諜って、なんだろうね。そっちもそっちで恐ろしいと思うが。
「ちなみにだけど、あおば。江戸でそういうことをしそうな派閥はどこだい?」
「虫の一党にございます。彼らは身体奇術と毒術を扱いた暗殺を生業としておりますゆえ。おそらく、幕府高官のどなたかと手を組んでいるのでしょうが、虫の一党も高官も狡猾なようで、なかなか尻尾を出さないそうでございます」
江戸は恐ろしいところだな、と他人事のように思う。旗本十一男の自分など、普通に生きているからか、巻き込まれることはないのだが。……いや、今回に限っては、巻き込まれているが。大名殺人事件などという大ごとに。
「……もしかして、そちらの隠密の嬢ちゃんは」
「鳥でございます」
慌てる小四郎を放って、視線を戻す。
芥川様の頭が上がり、黒姫様を見つめていた。
「黒姫様。儂が、仇でございます。じいの言うことが、信じられんとおおせですか」
「あのな、本当に仇であれば、そんなに懇願するように言わんだろう。真面目か」
黒姫様は、もう完全に信じていない様子で、脇息に肘をついて頬を支えた。左手で帯を撫でる。父親から遺された、ただ一つの形見を。
「じい。わたくしを守ると誓ったであろう。投げ出すのか」
「……もはや、その役にあらず」
「そうか。では、任を解く。そして、芥川三茶、貴様を謹慎とする」
芥川様が「は?」と素っ頓狂な声を上げるが、黒姫様は止まらない。
「おい、暗愚兄。貴様が見張れ。自刃できんよう、刀は取り上げておけ。今すぐやれ」
「俺が? ……俺しかいねえか。そりゃそうだ」
よっこらせ、と小四郎が立ち上がり、芥川様に笑いかけた。
「そういうわけだ。刀、預かるぜ。舌を噛んだりするなよ、見張っていた俺の責任になるからよ」
「……儂は大名殺しを自白したのですぞ。謹慎で済むはずがありません」
「謹慎は、わたくしを守ると言ったくせに、背いた件についての処罰だ。自白については、謹慎が明けた後、江戸から来た行燈男が判断する」
黒姫様が、ぎろりと目を剥いて自分とあおばを交互に睨んだ。
「行燈男。じいはやっていない」
「……ええと、そういうわけには。自白されていますし、他の自白した三人は黒鉄庵に閉じこもる黒勝様を傷つける手段がないのです。ただ、扉が閉じる前にお会いした芥川様だけに、機会があったわけですから……」
「わかっておる。だが、それでも、じいはやっておらんのだ」
自分を睨みつけたまま、小さな頭が下がった。
「……頼む。もう少しでいい、調べてはくれんか」
「黒姫様、なりません。どうか儂を斬ってくだされ。さすればすべてが丸く収まるのです」
小四郎が、芥川様に猿ぐつわをはめた。
「少し、黙っていてくれ、じじい」
こっそりと、あおばを見る。彼女はすまし顔でなにも言わず、微動だにしない。わかっている。これは、自分が任じられたお勤めだ。仕方あるまい。
「……承りました、黒姫様。ですが、江戸に帰り、力原様に報告する日が決まっている以上、引き伸ばすことはできません。また、芥川様は自白をしておいでです。自白は証拠の大王、江戸に帰って報告すれば、その時点で芥川様への沙汰が決まります」
沙汰の内容は斬首以外考えられない。自分が帰る日を、逆算すると。
「今日を含めて、あと二日。明後日の早朝には、来栖を発たねばなりません。それまでは捜査を続けさせていただきますが、それ以降は、その……」
黒姫様は、ぎゅっとこぶしを握って、脇息を叩いた。
「それで構わん。わたくしも協力する。なんでも申せ」
そっと息を吐く。あと一日ちょっとの追加調査で、芥川様が死ぬかどうかが、決まる。そして自分は、猿ぐつわをされて呻く老人に死んでほしくないと思っている。
正直、他に下手人がいる可能性は低いと思う。あおばはかんぬきが閉められていたことが引っかかっているようだけれど、自分にはそれがさほど重要なことだとは思えない。
これ以上調べても、芥川様がやった証拠が出てくるだけかもしれない。でも、それでも、やれるだけのことをやろうと思った。
「……あおば、さっそくだけど、どう整理すればいい?」
「承知いたしました。では……、一番については、これ以上は、新しい答えが出ないのではないかと思います」
あおばは懐から紙を取り出した。
「すでに、赤龍法師様、おみつ様、やちよ婆様、笹木様は嘘を吐く必要がなく、下手人を自称する芥川様は、黒鉄庵に忍び込む方法をご存じないようでございますゆえ、かんぬきの謎については、ひとまず置いておくしかないかと」
「え? かんぬきの謎が引っかかっていたんじゃないの?」
「引っかかっております。ですが、正面から考えても答えが出ない以上、迂回するしかないかと思いまして」
座敷の床に紙を広げ、確認する。
一、どうやって、やったのか。
一の一、どうやって、兵が取り囲む無人の来栖城に出入りしたのか。
――解、秘密の地下道があった。
一の二、どうやって、黒勝様が閉じこもる黒鉄庵に出入りしたのか。
――現状不明。
二、なんのために、やったのか。
三、だれが、やったのか。
一の一の解と正念の証言から謎を解いたつもりではいた。しかし、こうして見ると、穴が全然埋まっていないと気づく。
「一の一の解は出ましたが、一の二は不明でございます。真相に辿り着くため、道を迂回して考えるならば、ここで考えるべきは二の問いでしょう」
さらさらと筆が走り、二番の下に、文言が追加されていく。
二、なんのために、やったのか。
二の一、なんのために、黒勝様は殺されたのか。
二の二、なんのために、かんぬきを閉めたのか。
二の三、なんのために、城内を荒らしたのか。
二の四、なんのために、芥川様は「己が下手人だ」と虚偽の自白をするのか。
ずらりと並んだ、四つの疑問。
「以下、四つ。現在、残っている疑問でございます」
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