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+++ 冷黒王子セノヴァス視点です。+++
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─────‥今、何が起きた・・・?



あの女が俺に向かって倒れそうになった所までは見えていたから理解が及ぶが…。


「──────っっ殿下!!!」


先程まで俺と一緒にあの女の場所に居た護衛のイーギルが、今は10メートル先のクリスと俺が居る場所まで駆け寄ってくる。

───10メートル・・・

あの女は、この離れた距離を一瞬で、しかも魔術防御に特化した装備を付けている俺を、弾き飛ばしただと…?

だが俺は、ふらつく身体を駆け寄ったイーギルに支えられて、すぐに違和感を覚えた。

これが弾き飛ばされた状況ならば何らかの痛みは伴うはずだが、それらしき痛みが全く無いのだ。

まるでかのような────‥。

「───殿下っっお怪我は?!」

「‥あぁ‥大丈夫だ。」

「良かった…。────殿下、あの女性のは危険です。ここへ来るまでに殿下が仰っていたように、やはり彼女はすぐにでも対処した方が宜しいかと。」

あぁ、そうだった。

俺はあの女の所持能力がからこそ、あの女を捕え調べる為にわざわざここまで足を運んだのだった。

だが、今の現象を鑑みるに、ここですぐに捕らえる行動に移るのは暴挙と言える。

「───まぁ待てイーギル。お前の〔危険感知〕に反応がなかったからこそ今の静観できる状況があるんだ。それに…。」

目線だけを動かし、イーギルに伝える。

「…なるほど。彼女の側には殿下の婚約者であり、王家を守り見定めもする三柱の公爵家、アストリア公爵令嬢様がいらっしゃいますね…。」

「そういうことだ。事を荒立てたくはないからな。───今は警戒だけに留めておけ。」

「…畏まりました。」

あからさまに俺を守れなかったことに落ち込む様子のイーギルに苦笑が漏れる。

「まぁそう落ち込むな。お前が持つ特殊能力スキル───〔危険感知〕に反応が無かったということは、つまり安心していいってことだろう?」

「────っっですが…。」

「イーギル、お前は一瞬でも自身の〔危険感知〕に反応があれば反射的に抜刀するよう訓練を受けた、王族守衛の中でもトップの力を誇る[護衛騎士長]だ。俺はお前の力を信頼しているんだから反省は無しだ、俺は受け入れないぞ。」

「───…ありがとう‥ございます…。」

まだイーギルは複雑そうな顔をしているが、これだけ言えば大丈夫だろう。

イーギルは俺を守る為なら見境なく手が出るからな…。

駄目押しにポンとイーギルの肩を叩いて、俺は正面へと視線を戻した。

さきほどイーギルに言ったとおり、目を細めてあの女の魔力の動きをれば大体は分かる。

あの動きは‥類だ。

この俺を欺くとは中々にやるじゃないか。

思わず口が弧を描く。

俺はあの女の技量を少々めていたかもしれない事に気づき、自嘲とともに高揚を感じた。

…ふ‥まぁいい。

あの女の魔力は今はほとんど揺らぎがないから、いずれにせよ、この状況を分析するだけの余裕はあると判断できる。

────さて、どうするか…まずは俺の見解が正しいか確認してみるか。

イーギルがピリピリした空気を放ちながら警戒態勢でいるのを横目に、俺は傍らに立つ人物へと声をかけた。

「───クリス、お前は今の現象をどう見る?」

「‥あれは多分、物質を瞬間的に移動させたんだ。エーテルに付随する魔法だと思う。…でもまさかエーテル魔法を使えるなんて…あのコは一体何者なの?」

「…それは俺もまだ分からん。…だがやはりそうか。王家に仕える大魔術師のクリスが俺と同じ見解なら───間違いないな。あの女のは[宮廷魔導士]のお前に匹敵する‥いや、それ以上の素質を持っている───…そうだな?」

俺の問いに短くうなずきを返したクリスは、フードの影から見える眼光は鋭く片時も目を離すまいと、あの女を見つめたままだ。

王立アカデミー学院長の息子であるクリスと俺は、年が同じこともあり幼い頃から付き合いがある。

だからこそ分かる。

こいつは昔から本と魔術や魔法以外には全く興味を示さなかった。

そんな奴が、俺が知る限りのだ。

…面白い。面白いじゃないか。

「──‥クリス、はまだ魔力が残っているか?」

「うん。あのコの魔力をまとったまま‥ほら。まだ動いてるよ。」

チラりとクリスの手元に目線だけを移せば、例の物──あの女が俺に渡してきた〈学院内の見取り図〉を鳥型に折ったくちばしの紙先が、クリスの手からあの女が居る方角へ向いている。

それを見た俺は、自分の僥倖ぎょうこうにほくそ笑んだ。

あの女が〈自動万年筆〉で書いた文字は、使用者が魔力を流して使う筆記具なのだから、土台となる紙には当然、使

〈自動万年筆〉は法的効力を持たせる文書にも使える便利な反面、辿、謂わば一得一失の代物だ。

あの女は思い至らなかったと見える。

王家に仕える稀代の大魔術師と名高いクリスの手にかかれば、使用者の魔力が微細でも有れば、本人が居る場所を辿ることなど造作もないということに。

まぁクリスほどの技術者はそうは居ないから、思い至らないのは当然とも言えるが。

クリスの魔力はエーテル以外の四元素[火][風][水][土]を全て扱える無属性ということもあり、残された魔力が四元素ならば何属性であるかも判別できる。

ここへ向かう道中でクリスから聞いたあの女の属性は、『四元素の』だった。

成る程、先刻の魔法も然り。

あの女は『エーテルに付随する属性の魔力』を持っているのか。

ならば希少価値が高い〔読心〕の能力スキルを所持しているのも納得できるというものだ。

四元素と別格であるエーテル元素を扱える[光]や[闇]属性は、創世神グラディエラに愛された者に宿る魔力なのだから。

そして〔読心〕の能力スキルは、創世神にであり、王家が保有している禁書にのみ伝承されている、だ。

その希少度は数百年に一度、この世界に所持者が発現するかしないか───。

加えて今し方に体現してみせたエーテル魔法。

この現象を受けたことで、あの女が確実に“膨大な魔力所持者”であることが判明した。

王族貴族ではない庶民階級の者が “膨大な魔力所持者”となれば、あの女は〔先祖返り〕である可能性が濃厚だ。

そう考えた俺は、先程イーギルの肩を叩きなだめた後で、目を細め意識的にあの女をて、あの女のまとうオーラにことに興奮を覚えたのだ。

生きている者なら当然あるべき魔力の揺らぎが一切無いということは、調ことを意味するからな。

先刻から注意深く観察しているクリスを見ると、目線は正面から逸らさずに声だけで「セノも気づいてるよね?」と言われ、「あぁ」と短く肯定を返した。

ついでクリスは「あのコ、高位魔法のたぐいで魔力量を抑えているみたいだけど、どんな原理だろう‥セノは分かる?」と問いを投げかけてきた。

ハハッ‥[宮廷魔導士]のクリスでさえ不思議がるとは…。

これは絶対に野放しにすることはできない‥いや、違うな。

ティタ二ア王国の将来の執政を担う俺にとって、
あの女は『是が非でも側近として取り込むべき者である』ということが確定したのだ。

あの時、渡り廊下で俺の前から逃げたあの女は、嘆願書とでも言いたげにこの紙を渡してきたが、『今後一切、王太子殿下には近づかない』と書かれた嘆願など、この国を守る責務を負う王族が聞き入れられる訳ないだろうが。

“打首”についてもそうだ。心では何とでも言うが、王族の俺が実際に命を軽んじる行為などするはずないだろうに…。

しかし、自ら『“打首”だけはご勘弁ください』と希少な〔読心〕の能力者であることを暴露しておきながら、堂々と『近づかない』宣言を俺に渡してくるとはどういう了見だ?

この俺を王太子だと知った上で、“この国を揺るがす脅威を放置しろ”と言っているも同義だぞ…。

…まさかあの女、あのような大勢の前で全く意に介さず自分の魔力を使っていたし…自分がどれだけ希少な能力スキル持ちか分かっていないのか?

この国では12歳で受ける“魔力判別の儀”で、特殊な能力スキル持ちはその価値や危険性をしっかりと教わることになっているはずだが…どういうことだ?

疑問が浮かび、クリスとは反対側に立っている護衛のイーギルを見ると、複雑そうな顔であの女を注視していた。

この顔は‥俺と同じく気づいたな。

「…イーギル、あの女の出自を調べろ。」

短く指示を出すと、案の定イーギルは思慮深い表情で頷いてみせた。

‥これは『暗部』を使うつもりだな。

イーギルとは長年連れ添ってきた経験から、それだと分かる。

であれば出自の方は───‥あぁ、エステルがこちらを気にしているな…口の動きで会話を読まれたか。

イーギルをチラりと横目で見ると視線が合い、イーギルも気づいたようで、口頭ではなく左の親指と人差し指をさり気なく剣帯に当てた。

‥成る程、調べ上げるのに2日かかるか。

俺は問題ないという意味でイーギルへ頷きを返す。

あとは─────。

「クリス‥は、俺の言わんとしていることが分かっているみたいだな。」

クリスへ視線を移すと、フードにすっぽりと隠れた口元がニヤリと笑ったので続く言葉を切った。

「うん、あのコに──」

クリスはクリスで、しっかりと手で口元を隠して『“マーキングしておけ”ってことでしょ?』と囁いてきた。

「察しが良いな。その通りだ。」

「まぁね。この紙有りきの振りだし、まぁこれが無くてもセノとは長年の付き合いだから分かるよ。‥それに僕もあのコが持つはすごく魅力的だしね、フフ…。」

そう言うと、クリスは手元の鳥型の紙に向けて、早口で固定化の魔術を詠唱する。

既にクリスにより探知の魔術が掛けられた紙は、固定化を重ねがけされることにより、淡く光った後、クリスの手元から消滅した。

「‥どうだ?」

「───うん。これで(あのコが)ようになったよ。」

流石は[宮廷魔導士]だ。仕事が早い。

俺に“近づかない”やら“打首はご勘弁”やら無意味な御託を並べた紙が、これで有用化された訳だ。

俺が「よくやった」と声をかけると、「はいこれ。」とクリスから無色透明な小石を渡される。

「僕の魔力から作った魔導石コレを持ってれば、セノにも(あのコの)居場所が分かるから。」

そのクリスの言葉に、思わずフッと笑みが漏れた。

俺が何も言わずとも、俺が欲しい情報を察知して手段を提供してくれるのだ。

全く、クリスは幼少期の頃から打てば響く小気味好い奴だよ。

俺が笑ったことで、クリスからは「満足?」と返される。

「あぁ、充分だ。」

「良かった。なら後はセノ次第ってことになるんだろうど…。僕も(あのコのことは)すごく気になるからさ。‥なるべく早めに(引き込む)手を打って欲しいかな?」

小首を傾げてみたのか、クリスのフードから少しだけのぞく白銀から洋紅色の髪束がサラリと揺れた。

「ハハッ‥厄介な奴に目をつけられたな。」

「何言ってるのさ。僕の能力ことを使ってる諸悪の根源はセノなんだから、人のこと言えないでしょ。」

それもそうだとクリスの揶揄やゆを聞き流した俺は、クリスから渡された魔導石を右のふところにしまった。


…さて。

「────(あの女を手に入れる)交渉を始めるとするか。」
 
 
 
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