魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。

旅する書斎(☆ほしい)

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私が打った電信の音が、執務室にカチカチと響いた。
それは、アークライト王国すべてに向けた戦いの宣言だった。
王都を奪い取った宰相を、私たちが討つのだ。
そして、正しい王位の跡継ぎであるジークフリード王子を、私たちが王にすると知らせた。
それは、とても大胆な内容の宣言だった。

電信を打ち終えた私に、アルブレヒトが緊張した顔で尋ねてきた。

「先生、本当に、これで良かったのですか」

「この電信で、私たちは王国すべてを敵にしたかもしれません」

彼の心配は、当たり前だった。
私たちの村は、辺境にある小さな村にすぎない。
いくら科学の力があるとは言え、王国中の貴族たちが本気で私たちを攻撃してきたら無事ではすまないだろう。

「いいえ、アルブレヒト。私たちは敵を作ったのではありません」

私は、電信機から手を離して彼に向き直った。

「私たちが作ったのは、『選ぶ道』ですよ」

「選ぶ道、でございますか」

アルブレヒトが、私の言葉を繰り返した。

「ええ。王都の貴族たちは、今、とても混乱しています」

「国王陛下は亡くなり、オルデンブルク侯爵は捕らえられました」

「誰が味方で、誰が敵かもう分かりません」

「誰もが、次に罰せられるのは自分ではないかと怖がっているはずです」

私は、窓の外に広がるヴァイスランドの大地を見つめた。
私たちの村は、活気に満ちあふれている。
みんなが、希望を持って働いている。
王都の混乱した様子とは、まったく反対だった。

「そんな貴族たちに、私たちは新しい道を見せたのです」

「悪い宰相に従って、一緒に滅びの道を進むか」

「それとも、科学の力で新しい時代を作ろうとする私たちにつくか、と」

「……なるほど」

アルブレヒトは、私の考えを理解したようだ。

「これは、戦いを知らせるだけではないのですね」

「味方を集めるための、呼びかけの文章でもあるのですな」

「その通りよ。この電信を見た貴族たちの中には、必ず私たちの力に興味を持つ者が出てくるはずよ」

「宰相のやり方に、疑問を持つ者も現れるでしょう」

「私たちは、その者たちが連絡してくるのを待つのです」

私の説明を聞いて、アルブレヒトの顔から少し緊張がとれた。
だが、安心している時間はなかった。
やるべきことは、山のように積まれているのだ。

「さて、まずは戦いの後片付けから始めましょう」

「捕虜にした、ヴァルデック伯爵と彼の傭兵たちをどう扱いますか」

学校の建物の地下牢には、ヴァルデック伯爵や生き残った傭兵たちが閉じ込められている。
彼らは、私の使った炎の力にすっかり心を折られていた。
もう、逆らおうという気力もないようだった。

「彼らも、大切な働き手ですわ」

私は、はっきりと言った。

「ジークフリード殿下に従った兵士たちと、同じように働いてもらいます」

「この村が、もっと発展するために力を貸してもらいましょう」

「もちろん、ただ働きでね」

「しかし、彼らは傭兵です。いつ、裏切るか分かりませんぞ」

アルブレヒトが、心配そうに言った。

「だからこそ、彼らには私たちの力の『恐ろしさ』と『素晴らしさ』の両方を骨の髄まで分からせるのです」

私は、ギュンターさんを呼んだ。
彼には、捕虜たちを使った新しい計画を任せることにした。

「ギュンターさん、彼らに新しい道を作ってもらいます」

「道、でございますか」

ギュンターさんが、不思議そうに聞き返した。

「ええ。この村と、交易都市を結ぶまっすぐでじょうぶな石畳の道よ」

「私たちの軍隊が、王都へすばやく進むための道です」

私のその言葉に、ギュンターさんはにやりと笑った。

「へっへっへ、そいつは面白そうだ」

「伯爵様たちに、泥だらけになって石を運ばせるってわけですな」

「お任せください、最高の道路を作らせてみせますぜ」

こうして、ヴァルデック伯爵たちの新しい仕事が決まった。
彼らは、貴族も傭兵も関係なく扱われた。
同じ服を着せられ、同じ食事を与えられた。
来る日も来る日も、重い石を運び地面を固める重労働をさせられた。
最初は、不平や不満を口にしていた彼らだった。
「なぜ、貴族の俺がこんなことを」と泣き言を言う者もいた。

だが、この村の豊かな食事と安全な暮らしを知るうちに、彼らは少しずつおとなしくなっていった。
何よりも、リディア先生に逆らえばどうなるか。
あの恐ろしい炎の記憶が、彼らをまじめな働き手に変えていったのだ。
彼らは、科学の力の恐ろしさをまず知った。

一方、私はジークフリードの「再教育」にも取り組んでいた。
彼の体は、エリアーデの一生懸命な治療のおかげで、すばやく回復していた。
だが、その心はまだ深い絶望の中にあった。
希望を、失っていた。

「俺は、もう終わりだ」

小屋の寝台の上で、彼は天井を見つめたままつぶやいた。

「国を追われ、味方にも裏切られた」

「生きる意味など、もうない」

「あら、それは困りましたわね」

私は、彼の部屋に一冊の本を持って入ってきた。
それは、私がこの世界に来てから書きためていた科学の基礎知識ノートだ。
子供でも、分かるように書いたものだ。

「これから、あなたには王国の宰相を討ってもらわなければならないのに」

「そんな弱気では、困りますわ」

「……無理だ。俺には、そんな力はない」

「あいつは、王国すべてを思い通りに動かすような怪物だぞ」

「俺が、勝てるわけがない」

「ええ、今のあなたのままではね」

私は、ノートを彼の目の前に置いた。

「だから、あなたにも学んでもらうのです」

「この、科学という新しい力を」

「科学、だと」

ジークフリードが、怪訝そうな顔で私を見た。

「あの日、お前が使ったあの炎の力か」

「あんな化け物みたいな力を、俺が学べるとでも言うのか」

「ええ、もちろんですよ。力そのものではなく、その力の元になる『考え方』を学んでもらうのです」

私は、ノートの最初のページを開いた。
そこには、簡単な算数の数式が並んでいる。

「すべての基本は、これです。1+1=2」

「世界は、ごく単純な決まり事の積み重ねで成り立っています」

「馬鹿にするな、そんなことは子供でも知っている」

「では、これはどうです?」

私は、次のページを見せた。
そこには、原子と分子の簡単なモデル図が描かれていた。
丸や棒を使った、積み木のような絵だ。

「この世界にあるすべてのものは、目に見えないほど小さな『粒』から出来ています」

「あなたも、私も、この小屋も、そして空気さえも」

「……粒、だと?」

「ええ。その粒の名前を、私たちは『原子』と呼んでいます」

「そして、その粒の組み合わせ方を変えることで、私たちはまったく新しいものを生み出すことができるのです」

「鉄も、ガラスも、そして毒を消す薬さえも」

私のその説明に、ジークフリードは目を丸くしていた。
彼が、これまで信じてきた世界が音を立てて崩れ始めているようだった。
この世界は、神や魔力が支配するあいまいなものではない。
はっきりとした「決まり事」によって動いている、秩序ある世界なのだと。

「あなたが、これから戦う相手は『古い考え』そのものです」

私は、彼の目をまっすぐに見つめて言った。

「魔力こそが絶対であり、身分こそがすべてであるという、凝り固まった常識です」

「それに打ち勝つためには、あなた自身が誰よりも新しい考え方を身につけなければならないのです」

ジークフリードは、何も言わなかった。
だが、その目には今までとは違う色の光が宿り始めていた。
それは、彼の中に芽が生まれた小さな知りたいという気持ちの光だった。
彼は、おそるおそるそのノートを手に取った。
そして、そこに書かれた文字を読み始めた。
彼の、王としての本当の教育が始まった瞬間だった。

彼の教育係は、私だけではなかった。
エリアーデもまた、彼を支えた。
彼女は、ジークフリードの体のリハビリを手伝いながら、彼に薬学の基礎を教えた。
かつての婚約者と、偽りの聖女。
その二人が、今や「科学」という同じ言葉を通じて、新しい関係を築き始めている。
その光景は、とても不思議なものだった。

「ジークフリード様、この薬草は痛みを和らげる成分を含んでいます」

「ですが、こちらの薬草と混ぜると毒になるのです」

「物事には、必ず理由と組み合わせがあるのですよ」

「……ふむ、面白いものだな。魔法のように、ただ祈るだけではないのだな」

彼らの間には、もはや過去の憎しみや嫉妬はなかった。
あるのは、一緒に学ぶ者同士の尊敬の気持ちだけだ。
エリアーデは、ジークフリードを救ったことで、医療科学者としての自信を深めていた。
ジークフリードもまた、自分を救ってくれたエリアーдеの知識に、素直に敬意を払うようになっていた。

村の軍備の強化も、順調に進んでいた。
ギュンターさんの工房では、手榴弾をたくさん作る体制が整った。
火薬工場からは、毎日決められた量の火薬が生み出されていく。
アルブレヒトの防衛部隊は、その新しい兵器を使った訓練を繰り返していた。
最初は、その威力に腰を抜かしていた彼らだ。
今では、うまくそれを扱えるようになっていた。

「投げる準備!」

「火をつけろ!」

「投げろ!」

号令と一緒に、数十個の手榴弾が訓練場の的に向かって放り込まれる。
次の瞬間、大地を揺るがすほどの爆発音が続けて響き渡った。
土煙が晴れると、そこにあったはずのじょうぶな木の的は、あと形もなく消し飛んでいた。

「……すさまじい威力だ」

訓練を見ていた私は、その結果に満足してうなずいた。

「これだけの火力があれば、王都の重い鎧を着た騎兵が相手でも十分に戦えるわ」

「はい、先生。ですが、欲を言えばもっと遠くの敵を攻撃する方法も欲しいところです」

アルブレヒトが、真剣な顔で意見を言ってきた。
手榴弾は強力だが、投げる人間の腕力に頼るため、届く距離が短いのだ。

「もっと遠くへ、ですか。いいでしょう、それなら次は『大砲』を作りましょうか」

「大砲、ですと!?」

アルブレヒトが、驚きの声を上げた。

「ええ。火薬の力で、鉄の玉を音よりも速く撃ち出す究極の兵器よ」

私は、すでにその設計図を頭の中に描き上げていた。
ギュンターさんの製鉄技術と、火薬工場の生産力。
それらを組み合わせれば、この世界で初の大砲を作ることも夢ではなかった。

私たちの村が、新しい力を次々と手に入れていく。
その一方で、王都の混乱はますます深まっていた。
電信網が、毎日のように良くない知らせを運んでくる。
『新しい考えの貴族が、古い考えの貴族を次々と処罰。王都、恐怖政治が始まる』
『宰相、病気の国王に代わりすべての権力をにぎる。事実上の独裁か』
『民衆の不満、高まる。あちこちで小さな反乱が起きている』

私たちの流した偽の情報が、きっかけとなった。
王国の権力の仕組みは、すばやく崩れつつあった。
すべては、宰相の思い通りに進んでいるように見えた。
彼は、貴族たちがお互いに潰し合うのを待っているのだ。
そして、最後にすべての権力を手に入れるつもりなのだ。

だが、彼も一つだけ大きな計算違いをしていた。
それは、私たちの存在だ。
彼が「辺境の魔女」と見下していた私たちが、今や王国を揺るがすほどの力を持ち始めていることに、まだ気づいていない。
その油断が、彼の命取りになるだろう。

「アルブレヒト、王都へ向かう準備を本格的に始めます」

私は、決断を下した。

「これ以上、宰相の好きにさせるわけにはいかないわ」

「はっ、承知いたしました。兵士たちのやる気は、最高潮に達しております」

「ギュンターさんには、大砲の試作を急いでもらって」

「エリアーデには、戦場で使える救急医療キットをたくさん作ってもらうようお願いしましょう」

「そして、ジークフリード殿下には」

私は、小屋の方に視線を向けた。
そこでは、ジークフリードが難しい顔で私の科学ノートを読みふけっている。

「彼には、王都の民衆に向けた『演説』の原稿を考えてもらいます」

「私たちの戦いが、ただの反乱ではないことを」

「王国を救うための、正しい戦いであることを高らかに宣言してもらうのです」

私の言葉に、アルブレヒトは体を震わせた。

「ついに、始まるのですね。先生の、戦いが」

「ええ、そうよ。科学の光で、あの腐った王国を照らし出すの」

王都への進軍。
その目標が、ついに現実のものとして動き出した。
村全体が、これまでにない緊張と高揚感に包まれる。
誰もが、歴史の大きな変わり目に立っていることを感じていた。
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