左遷された筆頭家老、城下の酒蔵で再起を図る~戦国の地方都市を支配した“酒”と経済と女たち~

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数日後、俺は再び城に上がった。そして、殿に、ある提案をしたのだ。

「殿。この度の松永の件、もとをただせば、権力が一人に集中しすぎたことが原因にございます。同じ過ちを繰り返さぬため、新たな仕組みをお作りになられては、いかがでしょうか」

「新たな仕組み、だと?」

「はい。家老たちの合議制を導入し、さらに、町の商人たちの代表を、その議論の場に加えるのです。名を、『越前衆』と。武士の論理だけでなく、民の、商いの論理を取り入れることで、この国は、より強く、豊かになりましょう」

それは、この時代の常識を覆す、画期的な提案だった。武士と商人が、対等な立場で国の行く末を議論するなど、誰も考えたことすらなかった。

家臣たちからは、当然、猛反対の声が上がった。だが、殿は、俺の提案に、強い興味を示した。

「面白い。実に、面白いではないか、貞吉。商人たちの声を、政治に反映させる……。そなたらしい、大胆な発想よ」

「恐れ入ります。そして、その『越前衆』の取りまとめ役として、私、佐竹貞吉を、お使いいただきたいのです」

「ほう。お前が、再び城に戻ると申すか」

「いいえ。私は、あくまで町の人間、酒屋の主人として、その役に就きたいのです。城と町を繋ぐ、架け橋として」

俺の言葉に、殿は、しばし黙考した後、大きく頷いた。

「よかろう。そなたの好きにやってみるがよい。この越前の未来を、そなたに託す!」

こうして、俺は、家老の職に返り咲くことなく、しかし、それ以上の影響力を持つ立場、『越前衆筆頭』として、国の改革に乗り出すことになった。左遷された家老が、今や、国の未来そのものを、その手に握ったのだ。

蔵に戻り、皆にそのことを報告すると、沙夜が、少しだけ寂しそうな顔で言った。

「……佐竹様、なんだか、どんどん遠い人になっていっちゃうみたい」

俺は、彼女の頭に、ぽんと手を置いた。

「馬鹿を言え。俺の居場所は、今も昔も、この蔵だ。お前たちがいなければ、俺は何もできん」

「……ほんと?」

「ああ、本当だ。それに、越前衆の仕事が始まれば、これまで以上に、お前たちの力が必要になる。沙夜、お前には、商人たちの声をまとめる役を。庄三、お前には、諸国の情報を統括する役を。そして源十、お前には、この国の産業の基盤となる、最高の酒を造り続けてもらう。いいな?」

俺の言葉に、三人の顔が、ぱっと輝いた。

「はいっ!」

「お任せを!」

「おうよ!」

俺たちの革命は、まだ終わらない。いや、本当の戦いは、ここから始まるのだ。酒と、銭と、そして最高の仲間たちと共に、俺は、この国に、誰も見たことのない、新たな時代を築き上げてみせる。

その第一歩として、俺はまず『越前衆』の拠点を、城内ではなく、俺たちの蔵の隣に新設することにした。武士が町に下り、商人と膝を突き合わせて語り合う。その光景こそが、新しい越前の象徴となると考えたからだ。

建設は、還山衆の商人たちが、競うように協力してくれたおかげで、瞬く間に進んだ。立派だが、華美ではない。実用性を重んじたその建物は、『越前会館』と名付けられた。

最初の会合の日、居並ぶ家老たちと商人たちを前に、俺は口火を切った。

「本日より、この越前会館が、この国の新たな心臓となる。身分や家柄は、ここでは一切関係ない。求められるのは、この国を豊かにするための、知恵と熱意のみである!」

その言葉を皮切りに、活発な議論が始まった。商人たちは、これまで胸の内に秘めていた様々な提案を、物怖じすることなく家老たちにぶつけ、家老たちもまた、初めは戸惑いながらも、その斬新な発想に真剣に耳を傾け始めた。

俺は、その議論を巧みに導きながら、次々と改革案をまとめていく。新しい街道の整備、港の拡張、特産品の開発と新たな販路の開拓……。それらはすべて、還山の成功で得たノウハウが活かされたものだった。

もちろん、改革は、常に順風満帆というわけではなかった。古くからの慣習に固執する保守的な武士たちや、既得権益を失うことを恐れる一部の商人たちからの反発もあった。

だが、俺には、殿という絶対的な後ろ盾と、『天下一酒司』という誰もが認めざるを得ない名声、そして何より、還山衆という強力な経済的基盤があった。

俺は、反対勢力に対して、決して力でねじ伏せることはしなかった。時間をかけて対話し、彼らの言い分にも耳を傾け、そして、改革がいかに彼ら自身にとっても利益となるかを、具体的な数字と実績で示していったのだ。

例えば、新しい街道の建設に反対する地元の豪族に対しては、街道が完成すれば、彼らの領地で取れる産物を、より高く、より速く、京の都で売ることができると説いた。そして、そのための販路として、還山衆が全面的に協力することを約束した。

最初は疑心満々だった彼らも、実際に街道が通り、自分たちの蔵にこれまで見たこともないような銭が舞い込んでくるようになると、手のひらを返したように、俺の熱心な支持者へと変わっていった。
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