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風鳴きの谷は、その名の通り、絶えず強い風が吹き荒れる場所でした。
ゴウ、ゴウ、と岩肌を削る風の音が、まるで谷そのものが泣いているように聞こえます。
「うわっ……! 風が強くて、前に進むのが大変です……!」
私は、風に飛ばされないように、身をかがめながらゆっくりと進みました。
ナナさんは、その巨大な体のおかげで、全く意に介していない様子です。
『マスター、こちらへ』
ナナさんが、私を風上から守るようにして、前に立ってくれました。
おかげで、風の抵抗がかなり和らぎます。
「ありがとうございます、ナナさん」
『当然のことです。マスターの安全確保は、私の最優先事項ですから』
私たちは、風の壁を突き進むようにして、谷の奥へと進んでいきました。
谷底には、川が流れており、その周りには奇妙な形をした岩がいくつもそびえ立っています。
まるで、自然が作り出した巨大な彫刻のようです。
しばらく進むと、開けた場所に出ました。
そこは、風が比較的穏やかで、広場のようになっています。
そして、その広場の中央に、それはありました。
「あれは……!」
私の目に飛び込んできたのは、巨大な船の残骸でした。
全長は、百メートル以上はあるでしょうか。
流線型の美しいフォルムをしており、船体の側面には、大きな翼のようなものが付いています。
しかし、その船は、見るも無残な姿で地面に突き刺さっていました。
船体は真ん中から真っ二つに折れ、翼は片方が根元から無くなっています。
あちこちがひどく損傷しており、かつての美しい姿を想像するのは難しいほどでした。
「飛行艇……。これが……」
『……古代文明の高速輸送艇、コードネーム「シルフィード」です。間違いないでしょう』
ナナさんが、感慨深げに呟きました。
その赤い目が、目の前の残骸をじっと見つめています。
私たちは、飛行艇の残骸に近づきました。
近くで見ると、その巨大さと損傷のひどさが、より一層際立ちます。
船体の表面は、見たこともない滑らかな金属でできていましたが、そのほとんどが錆びつき、原型を留めていません。
「こんなにボロボロで……。本当に、また飛べるようになるのでしょうか?」
私の不安な問いに、ナナさんは静かに頷きました。
『可能です。マスターの『修復』スキルがあれば』
「私の、スキル……」
私は、ゴクリと唾を飲み込みました。
ナナさんを直した時とは、規模が違いすぎます。
こんなに大きなものを、本当に私一人で直せるのでしょうか。
『まずは、内部を調査しましょう。動力機関と、操縦系統が無事かどうかを確認する必要があります』
ナナさんの提案に、私は頷きました。
私たちは、船体の裂け目から、飛行艇の内部へと侵入します。
中は、真っ暗で、ひんやりとした空気が漂っていました。
私が、修復して作った永久のランプを取り出すと、周囲がぼんやりと照らし出されます。
内部も、外見と同じようにひどい状態でした。
床や壁は剥がれ落ち、あちこちに瓦礫が散乱しています。
私たちは、慎重に足元を確かめながら、船の中枢部を目指しました。
ナナさんのデータベースを頼りに、入り組んだ通路を進んでいきます。
「ここは……操縦室でしょうか?」
たどり着いたのは、比較的広い部屋でした。
部屋の前面は、巨大なガラスのようなもので覆われており、そこから外の景色が見えたであろうことが分かります。
部屋の中央には、いくつもの計器やレバーが付いた、操縦席のようなものがありました。
しかし、そのほとんどが壊れており、火花を散らしている配線も見えます。
『コントロールシステムの損傷が激しいですね。ですが、メインコンピューターはかろうじて生きているようです。修復は可能でしょう』
ナナさんが、操縦席のコンソールを調べながら言いました。
次に、私たちは船の動力機関がある、船底へと向かいます。
動力室は、船体の中央部分にありました。
そこには、巨大な球体の装置が設置されています。
おそらく、これがこの船の心臓部なのでしょう。
『……グラビティエンジン》。これも、エターナルコアの一種です。ですが、見ての通り、コアがひび割れ、完全に機能を停止しています』
ナナさんが指し示した先を見ると、球体の中心にあるはずの魔石が、粉々に砕け散っていました。
これでは、動くはずもありません。
「これも……直せるでしょうか?」
『マスターのスキルであれば、可能です。しかし、これほど大規模な修復には、相当な魔力を消費するでしょう。マスターの体に、大きな負担がかかる可能性があります』
ナナさんが、心配そうに私を見つめます。
確かに、ナナさんを直した時も、体中の魔力がほとんど空っぽになりました。
あの時よりも、さらに大きなこの飛行艇を直すとなれば、私の魔力が持つかどうか分かりません。
でも、私は首を横に振りました。
「やります。やってみたいです」
目の前に、壊れたものがある。
そして、私にはそれを直す力がある。
それなら、私がやるべきことは、もう決まっていました。
それに、この飛行艇が直れば、私たちは空を飛べるのです。
どこへでも、自由に行くことができる。
そう考えただけで、胸が高鳴りました。
追放された私には、想像もできなかった未来です。
「大丈夫です、ナナさん。私、やります!」
私の決意の籠もった目に、ナナさんは静かに頷きました。
『……分かりました。では、修復作業を開始しましょう。私が全力でサポートします』
「はい!」
私たちは、まず動力機関の修復から取り掛かることにしました。
私が砕け散ったコアの前に立つと、ナナさんが私の背後で警護するように立ちます。
「よし……!」
私は、深呼吸を一つして、両手を前に突き出しました。
そして、意識を集中させ、スキルを発動させます。
「『修uperior Repair(上位修復)』!」
私がそう唱えたのは、全くの無意識でした。
今まで使っていた『修復』とは、違う言葉。
でも、今なら、これが私のスキルの本当の名前なのだと、なぜか確信できました。
私の手のひらから、今までとは比べ物にならないほど、眩い緑色の光が放たれました。
その光は、まるで意思を持っているかのように、砕け散ったコアの破片へと集まっていきます。
破片が、一つ、また一つと元の場所に戻り、パズルのピースが埋まるように結合していきました。
私の体から、魔力が凄まじい勢いで吸い上げられていきます。
立っているのがやっとで、目の前がくらっとしました。
「くっ……!」
『マスター! 無理はしないでください!』
ナナさんの声が、遠くに聞こえます。
でも、私はここで止めるわけにはいきません。
あと少し。
あと少しで、コアが元の姿に戻る。
私は、最後の力を振り絞って、さらに魔力を注ぎ込みました。
すると、緑色の光が一層強く輝き、コアの最後のひび割れを完全に塞ぎます。
そして。
ドクンッ!!
まるで、巨大な心臓が鼓動を再開したかのように、修復されたコアが力強く脈打ちました。
青白い光が、コアから溢れ出し、動力室全体を照らし出します。
それと同時に、飛行艇全体が、ゴゴゴゴ……と微かに震え始めました。
「やった……! 動いた……!」
安堵した瞬間、私の体から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになりました。
それを、ナナさんの大きな腕が、優しく支えてくれます。
『マスター! よくやりました。ですが、ひどい魔力欠乏です。すぐに休息を』
「はい……。ありがとう、ナナさん……」
私は、ナナさんにもたれかかりながら、荒い息を整えました。
体は鉛のように重いですが、心は達成感で満たされています。
『動力機関、再起動を確認。エネルギー供給率、3パーセント。まだ不安定ですが、各システムが目覚め始めています』
ナナさんの言葉通り、船内のあちこちで、小さな明かりが灯り始めました。
沈黙していた機械が、低い唸り声を上げて、再び動き出そうとしています。
数千年の時を超えて、この空飛ぶ船が、今、再び目覚めようとしていました。
その光景は、とても幻想的で、私は疲れも忘れて、ただじっと見つめていました。
ゴウ、ゴウ、と岩肌を削る風の音が、まるで谷そのものが泣いているように聞こえます。
「うわっ……! 風が強くて、前に進むのが大変です……!」
私は、風に飛ばされないように、身をかがめながらゆっくりと進みました。
ナナさんは、その巨大な体のおかげで、全く意に介していない様子です。
『マスター、こちらへ』
ナナさんが、私を風上から守るようにして、前に立ってくれました。
おかげで、風の抵抗がかなり和らぎます。
「ありがとうございます、ナナさん」
『当然のことです。マスターの安全確保は、私の最優先事項ですから』
私たちは、風の壁を突き進むようにして、谷の奥へと進んでいきました。
谷底には、川が流れており、その周りには奇妙な形をした岩がいくつもそびえ立っています。
まるで、自然が作り出した巨大な彫刻のようです。
しばらく進むと、開けた場所に出ました。
そこは、風が比較的穏やかで、広場のようになっています。
そして、その広場の中央に、それはありました。
「あれは……!」
私の目に飛び込んできたのは、巨大な船の残骸でした。
全長は、百メートル以上はあるでしょうか。
流線型の美しいフォルムをしており、船体の側面には、大きな翼のようなものが付いています。
しかし、その船は、見るも無残な姿で地面に突き刺さっていました。
船体は真ん中から真っ二つに折れ、翼は片方が根元から無くなっています。
あちこちがひどく損傷しており、かつての美しい姿を想像するのは難しいほどでした。
「飛行艇……。これが……」
『……古代文明の高速輸送艇、コードネーム「シルフィード」です。間違いないでしょう』
ナナさんが、感慨深げに呟きました。
その赤い目が、目の前の残骸をじっと見つめています。
私たちは、飛行艇の残骸に近づきました。
近くで見ると、その巨大さと損傷のひどさが、より一層際立ちます。
船体の表面は、見たこともない滑らかな金属でできていましたが、そのほとんどが錆びつき、原型を留めていません。
「こんなにボロボロで……。本当に、また飛べるようになるのでしょうか?」
私の不安な問いに、ナナさんは静かに頷きました。
『可能です。マスターの『修復』スキルがあれば』
「私の、スキル……」
私は、ゴクリと唾を飲み込みました。
ナナさんを直した時とは、規模が違いすぎます。
こんなに大きなものを、本当に私一人で直せるのでしょうか。
『まずは、内部を調査しましょう。動力機関と、操縦系統が無事かどうかを確認する必要があります』
ナナさんの提案に、私は頷きました。
私たちは、船体の裂け目から、飛行艇の内部へと侵入します。
中は、真っ暗で、ひんやりとした空気が漂っていました。
私が、修復して作った永久のランプを取り出すと、周囲がぼんやりと照らし出されます。
内部も、外見と同じようにひどい状態でした。
床や壁は剥がれ落ち、あちこちに瓦礫が散乱しています。
私たちは、慎重に足元を確かめながら、船の中枢部を目指しました。
ナナさんのデータベースを頼りに、入り組んだ通路を進んでいきます。
「ここは……操縦室でしょうか?」
たどり着いたのは、比較的広い部屋でした。
部屋の前面は、巨大なガラスのようなもので覆われており、そこから外の景色が見えたであろうことが分かります。
部屋の中央には、いくつもの計器やレバーが付いた、操縦席のようなものがありました。
しかし、そのほとんどが壊れており、火花を散らしている配線も見えます。
『コントロールシステムの損傷が激しいですね。ですが、メインコンピューターはかろうじて生きているようです。修復は可能でしょう』
ナナさんが、操縦席のコンソールを調べながら言いました。
次に、私たちは船の動力機関がある、船底へと向かいます。
動力室は、船体の中央部分にありました。
そこには、巨大な球体の装置が設置されています。
おそらく、これがこの船の心臓部なのでしょう。
『……グラビティエンジン》。これも、エターナルコアの一種です。ですが、見ての通り、コアがひび割れ、完全に機能を停止しています』
ナナさんが指し示した先を見ると、球体の中心にあるはずの魔石が、粉々に砕け散っていました。
これでは、動くはずもありません。
「これも……直せるでしょうか?」
『マスターのスキルであれば、可能です。しかし、これほど大規模な修復には、相当な魔力を消費するでしょう。マスターの体に、大きな負担がかかる可能性があります』
ナナさんが、心配そうに私を見つめます。
確かに、ナナさんを直した時も、体中の魔力がほとんど空っぽになりました。
あの時よりも、さらに大きなこの飛行艇を直すとなれば、私の魔力が持つかどうか分かりません。
でも、私は首を横に振りました。
「やります。やってみたいです」
目の前に、壊れたものがある。
そして、私にはそれを直す力がある。
それなら、私がやるべきことは、もう決まっていました。
それに、この飛行艇が直れば、私たちは空を飛べるのです。
どこへでも、自由に行くことができる。
そう考えただけで、胸が高鳴りました。
追放された私には、想像もできなかった未来です。
「大丈夫です、ナナさん。私、やります!」
私の決意の籠もった目に、ナナさんは静かに頷きました。
『……分かりました。では、修復作業を開始しましょう。私が全力でサポートします』
「はい!」
私たちは、まず動力機関の修復から取り掛かることにしました。
私が砕け散ったコアの前に立つと、ナナさんが私の背後で警護するように立ちます。
「よし……!」
私は、深呼吸を一つして、両手を前に突き出しました。
そして、意識を集中させ、スキルを発動させます。
「『修uperior Repair(上位修復)』!」
私がそう唱えたのは、全くの無意識でした。
今まで使っていた『修復』とは、違う言葉。
でも、今なら、これが私のスキルの本当の名前なのだと、なぜか確信できました。
私の手のひらから、今までとは比べ物にならないほど、眩い緑色の光が放たれました。
その光は、まるで意思を持っているかのように、砕け散ったコアの破片へと集まっていきます。
破片が、一つ、また一つと元の場所に戻り、パズルのピースが埋まるように結合していきました。
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「くっ……!」
『マスター! 無理はしないでください!』
ナナさんの声が、遠くに聞こえます。
でも、私はここで止めるわけにはいきません。
あと少し。
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そして。
ドクンッ!!
まるで、巨大な心臓が鼓動を再開したかのように、修復されたコアが力強く脈打ちました。
青白い光が、コアから溢れ出し、動力室全体を照らし出します。
それと同時に、飛行艇全体が、ゴゴゴゴ……と微かに震え始めました。
「やった……! 動いた……!」
安堵した瞬間、私の体から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになりました。
それを、ナナさんの大きな腕が、優しく支えてくれます。
『マスター! よくやりました。ですが、ひどい魔力欠乏です。すぐに休息を』
「はい……。ありがとう、ナナさん……」
私は、ナナさんにもたれかかりながら、荒い息を整えました。
体は鉛のように重いですが、心は達成感で満たされています。
『動力機関、再起動を確認。エネルギー供給率、3パーセント。まだ不安定ですが、各システムが目覚め始めています』
ナナさんの言葉通り、船内のあちこちで、小さな明かりが灯り始めました。
沈黙していた機械が、低い唸り声を上げて、再び動き出そうとしています。
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些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。
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