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謁見の間には、不穏な空気が満ちていた。
サリスト王国から送られてきたのは、かつて私を「無能」と蔑み、地下室へと追いやったエルフレイド公爵家の執事、セバスだった。
彼は以前、あんなに私を冷遇していたというのに、今は顔色を青くし、必死に愛想笑いを浮かべている。
「……お久しぶりでございます、リアナお嬢様。こうして再びお目にかかれるとは、光栄の至りに存じます」
セバスが深々と頭を下げるが、その所作の一つ一つに「焦燥」という名の嫌な臭いが混じっている。
彼の足元の影から、ドロリとした粘着質の魔力が漏れ出しているのが見えた。
「挨拶はいいわ、セバス。私を捨てた実家が、今更何の用かしら?」
私はジークフリート様の隣に用意された、特等席に座りながら冷淡に問いかけた。
皇帝陛下の隣。それは本来、皇后にしか許されない地位だが、ジークフリート様が「ここに座らなければ話を始めない」と言い張ったため、やむなく座っている。
セバスがチラリとジークフリート様を伺い、そのあまりの威圧感に震え上がった。
「そ、それが……。お嬢様が去られてからというもの、公爵邸のあらゆる魔導具が機能を停止し、庭の草木は枯れ果て……。さらにはエリーゼ様の聖女としての力が、なぜか不浄なものに変化してしまったのです」
「それは大変ね。でも、私には関係のないことだわ」
「そうおっしゃらずに! 王家からも、リアナ様を連れ戻すようにとの厳命が出ております。今なら、婚約破棄を白紙に戻し、カイル王子の第二夫人として迎えてもよいと……」
「……第二夫人?」
私の隣で、パリン、と硬質な音が響いた。
ジークフリート様が手にしていた硝子の杯が、彼の握力だけで粉々に砕け散っていた。
「貴様。今、なんと言った?」
皇帝の声は、地獄の底から響いてくるような静かな怒りに満ちていた。
「サリストの腐れ王子が、私のリアナを『第二夫人』にするだと? 自分の汚れも落とせない分際で、天を仰ぐか」
「ひ、ひぃぃっ! も、申し訳ございません! 私はただ、伝言を……!」
セバスが床に額を擦り付けて震える。
私は溜息をつき、一歩前に出た。
「セバス。あなたは勘違いしているわ。私はもう、あなたたちの『便利な掃除道具』じゃないの」
私はカバンから、一振りの「雑巾」を取り出した。
それは今朝、私が浄化実験のついでに作成した、あらゆる魔術を吸収・無効化する「断罪の布」だ。
「この国に来て、私は学んだわ。本当に大切なのは、汚れを落とすことだけじゃない。汚れたものを『捨てる』勇気も必要だってことをね」
私はその雑巾を、セバスの足元に向かって軽く投げ捨てた。
バサッ。
布が床に触れた瞬間、セバスがサリスト王国から持ち込んできた「呪いの手紙」が、一瞬にして発火した。
「ぎゃああああああっ! 私の懐が! 熱い、熱いぃぃ!」
セバスが悶え苦しむ。
彼が懐に隠し持っていたのは、私を強制的に帰還させるための「拘束の契約書」だった。
それは大量の生贄と呪詛によって作られた、極めて悪質な魔導具だ。
だが、私の浄化された雑巾の前では、そんなものはただの「可燃ゴミ」に過ぎない。
「リアナ、私に断りもなくゴミを散らかすなと言ったはずだ」
ジークフリート様が立ち上がり、私の肩を抱き寄せた。
彼はセバスを見下ろし、冷酷に宣告する。
「その男を地下牢へ放り込め。サリスト王への返答は、この男の首……はリアナが嫌がるだろうから、奴の着ていた衣服をすべて灰にして送り返してやれ」
「そ、それは……、全裸で帰れということですか?」
アルベルトが困惑したように聞き返すが、皇帝の目は笑っていなかった。
「汚れをすべて剥ぎ取ってやるというのだ。感謝してもらいたいものだな」
衛兵たちに引きずられていくセバスの悲鳴が、謁見の間に響き渡る。
私はそれを見送りながら、少しだけ胸が空くのを感じた。
「スッキリしましたか? リアナ」
「ええ、陛下。でも、まだ少しだけ空気の淀みが残っていますね」
私は窓を開け、帝都の空に向かって大きく腕を広げた。
「……【大気洗浄(エア・フレッシュ)】」
私の魔力が風に乗り、城下町全体へと広がっていく。
どんよりと曇っていた空が一気に晴れ渡り、見たこともないような鮮やかな青空が顔を出した。
街の人々が歓声を上げ、空を見上げる。
その光景を見ながら、ジークフリート様が私の腰を強く引き寄せた。
「サリストは、貴様という唯一無二の宝を手放した代償を、これから嫌というほど味わうことになるだろう」
「私はただ、綺麗にしたいだけなんですけどね」
「ならば、次は私の寝室を洗ってもらおうか。……今夜は、逃がさないぞ」
皇帝の熱い視線が私を射抜く。
その頃、サリスト王国の王宮では。
カイル王子の顔一面に、原因不明の「黒い斑点」が浮かび上がり、侍医たちが絶望の声を上げていた。
サリスト王国から送られてきたのは、かつて私を「無能」と蔑み、地下室へと追いやったエルフレイド公爵家の執事、セバスだった。
彼は以前、あんなに私を冷遇していたというのに、今は顔色を青くし、必死に愛想笑いを浮かべている。
「……お久しぶりでございます、リアナお嬢様。こうして再びお目にかかれるとは、光栄の至りに存じます」
セバスが深々と頭を下げるが、その所作の一つ一つに「焦燥」という名の嫌な臭いが混じっている。
彼の足元の影から、ドロリとした粘着質の魔力が漏れ出しているのが見えた。
「挨拶はいいわ、セバス。私を捨てた実家が、今更何の用かしら?」
私はジークフリート様の隣に用意された、特等席に座りながら冷淡に問いかけた。
皇帝陛下の隣。それは本来、皇后にしか許されない地位だが、ジークフリート様が「ここに座らなければ話を始めない」と言い張ったため、やむなく座っている。
セバスがチラリとジークフリート様を伺い、そのあまりの威圧感に震え上がった。
「そ、それが……。お嬢様が去られてからというもの、公爵邸のあらゆる魔導具が機能を停止し、庭の草木は枯れ果て……。さらにはエリーゼ様の聖女としての力が、なぜか不浄なものに変化してしまったのです」
「それは大変ね。でも、私には関係のないことだわ」
「そうおっしゃらずに! 王家からも、リアナ様を連れ戻すようにとの厳命が出ております。今なら、婚約破棄を白紙に戻し、カイル王子の第二夫人として迎えてもよいと……」
「……第二夫人?」
私の隣で、パリン、と硬質な音が響いた。
ジークフリート様が手にしていた硝子の杯が、彼の握力だけで粉々に砕け散っていた。
「貴様。今、なんと言った?」
皇帝の声は、地獄の底から響いてくるような静かな怒りに満ちていた。
「サリストの腐れ王子が、私のリアナを『第二夫人』にするだと? 自分の汚れも落とせない分際で、天を仰ぐか」
「ひ、ひぃぃっ! も、申し訳ございません! 私はただ、伝言を……!」
セバスが床に額を擦り付けて震える。
私は溜息をつき、一歩前に出た。
「セバス。あなたは勘違いしているわ。私はもう、あなたたちの『便利な掃除道具』じゃないの」
私はカバンから、一振りの「雑巾」を取り出した。
それは今朝、私が浄化実験のついでに作成した、あらゆる魔術を吸収・無効化する「断罪の布」だ。
「この国に来て、私は学んだわ。本当に大切なのは、汚れを落とすことだけじゃない。汚れたものを『捨てる』勇気も必要だってことをね」
私はその雑巾を、セバスの足元に向かって軽く投げ捨てた。
バサッ。
布が床に触れた瞬間、セバスがサリスト王国から持ち込んできた「呪いの手紙」が、一瞬にして発火した。
「ぎゃああああああっ! 私の懐が! 熱い、熱いぃぃ!」
セバスが悶え苦しむ。
彼が懐に隠し持っていたのは、私を強制的に帰還させるための「拘束の契約書」だった。
それは大量の生贄と呪詛によって作られた、極めて悪質な魔導具だ。
だが、私の浄化された雑巾の前では、そんなものはただの「可燃ゴミ」に過ぎない。
「リアナ、私に断りもなくゴミを散らかすなと言ったはずだ」
ジークフリート様が立ち上がり、私の肩を抱き寄せた。
彼はセバスを見下ろし、冷酷に宣告する。
「その男を地下牢へ放り込め。サリスト王への返答は、この男の首……はリアナが嫌がるだろうから、奴の着ていた衣服をすべて灰にして送り返してやれ」
「そ、それは……、全裸で帰れということですか?」
アルベルトが困惑したように聞き返すが、皇帝の目は笑っていなかった。
「汚れをすべて剥ぎ取ってやるというのだ。感謝してもらいたいものだな」
衛兵たちに引きずられていくセバスの悲鳴が、謁見の間に響き渡る。
私はそれを見送りながら、少しだけ胸が空くのを感じた。
「スッキリしましたか? リアナ」
「ええ、陛下。でも、まだ少しだけ空気の淀みが残っていますね」
私は窓を開け、帝都の空に向かって大きく腕を広げた。
「……【大気洗浄(エア・フレッシュ)】」
私の魔力が風に乗り、城下町全体へと広がっていく。
どんよりと曇っていた空が一気に晴れ渡り、見たこともないような鮮やかな青空が顔を出した。
街の人々が歓声を上げ、空を見上げる。
その光景を見ながら、ジークフリート様が私の腰を強く引き寄せた。
「サリストは、貴様という唯一無二の宝を手放した代償を、これから嫌というほど味わうことになるだろう」
「私はただ、綺麗にしたいだけなんですけどね」
「ならば、次は私の寝室を洗ってもらおうか。……今夜は、逃がさないぞ」
皇帝の熱い視線が私を射抜く。
その頃、サリスト王国の王宮では。
カイル王子の顔一面に、原因不明の「黒い斑点」が浮かび上がり、侍医たちが絶望の声を上げていた。
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