婚約破棄された【洗濯侍女】、実は汚れではなく呪いを落とす【因果浄化】の聖女でした。

旅する書斎(☆ほしい)

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謁見の間には、不穏な空気が満ちていた。

サリスト王国から送られてきたのは、かつて私を「無能」と蔑み、地下室へと追いやったエルフレイド公爵家の執事、セバスだった。

彼は以前、あんなに私を冷遇していたというのに、今は顔色を青くし、必死に愛想笑いを浮かべている。

「……お久しぶりでございます、リアナお嬢様。こうして再びお目にかかれるとは、光栄の至りに存じます」

セバスが深々と頭を下げるが、その所作の一つ一つに「焦燥」という名の嫌な臭いが混じっている。

彼の足元の影から、ドロリとした粘着質の魔力が漏れ出しているのが見えた。

「挨拶はいいわ、セバス。私を捨てた実家が、今更何の用かしら?」

私はジークフリート様の隣に用意された、特等席に座りながら冷淡に問いかけた。

皇帝陛下の隣。それは本来、皇后にしか許されない地位だが、ジークフリート様が「ここに座らなければ話を始めない」と言い張ったため、やむなく座っている。

セバスがチラリとジークフリート様を伺い、そのあまりの威圧感に震え上がった。

「そ、それが……。お嬢様が去られてからというもの、公爵邸のあらゆる魔導具が機能を停止し、庭の草木は枯れ果て……。さらにはエリーゼ様の聖女としての力が、なぜか不浄なものに変化してしまったのです」

「それは大変ね。でも、私には関係のないことだわ」

「そうおっしゃらずに! 王家からも、リアナ様を連れ戻すようにとの厳命が出ております。今なら、婚約破棄を白紙に戻し、カイル王子の第二夫人として迎えてもよいと……」

「……第二夫人?」

私の隣で、パリン、と硬質な音が響いた。

ジークフリート様が手にしていた硝子の杯が、彼の握力だけで粉々に砕け散っていた。

「貴様。今、なんと言った?」

皇帝の声は、地獄の底から響いてくるような静かな怒りに満ちていた。

「サリストの腐れ王子が、私のリアナを『第二夫人』にするだと? 自分の汚れも落とせない分際で、天を仰ぐか」

「ひ、ひぃぃっ! も、申し訳ございません! 私はただ、伝言を……!」

セバスが床に額を擦り付けて震える。

私は溜息をつき、一歩前に出た。

「セバス。あなたは勘違いしているわ。私はもう、あなたたちの『便利な掃除道具』じゃないの」

私はカバンから、一振りの「雑巾」を取り出した。

それは今朝、私が浄化実験のついでに作成した、あらゆる魔術を吸収・無効化する「断罪の布」だ。

「この国に来て、私は学んだわ。本当に大切なのは、汚れを落とすことだけじゃない。汚れたものを『捨てる』勇気も必要だってことをね」

私はその雑巾を、セバスの足元に向かって軽く投げ捨てた。

バサッ。

布が床に触れた瞬間、セバスがサリスト王国から持ち込んできた「呪いの手紙」が、一瞬にして発火した。

「ぎゃああああああっ! 私の懐が! 熱い、熱いぃぃ!」

セバスが悶え苦しむ。

彼が懐に隠し持っていたのは、私を強制的に帰還させるための「拘束の契約書」だった。

それは大量の生贄と呪詛によって作られた、極めて悪質な魔導具だ。

だが、私の浄化された雑巾の前では、そんなものはただの「可燃ゴミ」に過ぎない。

「リアナ、私に断りもなくゴミを散らかすなと言ったはずだ」

ジークフリート様が立ち上がり、私の肩を抱き寄せた。

彼はセバスを見下ろし、冷酷に宣告する。

「その男を地下牢へ放り込め。サリスト王への返答は、この男の首……はリアナが嫌がるだろうから、奴の着ていた衣服をすべて灰にして送り返してやれ」

「そ、それは……、全裸で帰れということですか?」

アルベルトが困惑したように聞き返すが、皇帝の目は笑っていなかった。

「汚れをすべて剥ぎ取ってやるというのだ。感謝してもらいたいものだな」

衛兵たちに引きずられていくセバスの悲鳴が、謁見の間に響き渡る。

私はそれを見送りながら、少しだけ胸が空くのを感じた。

「スッキリしましたか? リアナ」

「ええ、陛下。でも、まだ少しだけ空気の淀みが残っていますね」

私は窓を開け、帝都の空に向かって大きく腕を広げた。

「……【大気洗浄(エア・フレッシュ)】」

私の魔力が風に乗り、城下町全体へと広がっていく。

どんよりと曇っていた空が一気に晴れ渡り、見たこともないような鮮やかな青空が顔を出した。

街の人々が歓声を上げ、空を見上げる。

その光景を見ながら、ジークフリート様が私の腰を強く引き寄せた。

「サリストは、貴様という唯一無二の宝を手放した代償を、これから嫌というほど味わうことになるだろう」

「私はただ、綺麗にしたいだけなんですけどね」

「ならば、次は私の寝室を洗ってもらおうか。……今夜は、逃がさないぞ」

皇帝の熱い視線が私を射抜く。

その頃、サリスト王国の王宮では。

カイル王子の顔一面に、原因不明の「黒い斑点」が浮かび上がり、侍医たちが絶望の声を上げていた。
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