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「…ん」
瞼の裏に差し込む朝の光を感じて、私はゆっくりと目を開けた。
見慣れた陽だまりカフェの天井ではなく、真新しい木の天井がそこにある。
そうだ、ここは私たちの新しい家なんだった。
隣に目をやると、ルゥフが穏やかな寝顔で眠っていた。
銀色の髪が枕に広がり、規則正しい寝息が聞こえてくる。
彼の大きな手が、私の手を優しく握っていた。
眠っている間も、ずっとこうしてくれていたのだろうか。
その温かさに、胸の奥がきゅんとなる。
結婚式の賑わいが、まだ昨日のことのように思い出される。
たくさんの人に祝福されて、私たちは夫婦になった。
この腕の中にある温もりと、窓から差し込む陽光が、その事実を静かに告げているようだった。
そっとベッドを抜け出し、新しいキッチンに立つ。
全てがぴかぴかで、自分のために作られたこの場所は、何度見ても嬉しくなる。
私は鼻歌交じりでパン生地を捏ね始めた。
今日の朝食は、ルゥフの大好きなシンプルなミルクパンにしよう。
パンが焼きあがる香ばしい匂いが家中に満ちる頃、ルゥフが起きてきた。
「おはよう、ユイ。いい匂いだ」
「おはようございます、ルゥフさん。朝食、もうすぐできますよ」
私たちは二人でテーブルにつき、焼きたてのパンと庭で採れたハーブのスープで朝食をとった。
何気ない会話を交わしながら、同じものを「美味しいね」と言い合える。
そんな日常が、今は何よりも愛おしく感じられた。
私たちの新婚生活は、穏やかに始まった。
ルゥフは森の警備の仕事へ、私は陽だまりカフェの営業へ。
それぞれの日々の役割を果たしながら、夜にはこの温かい家に帰ってくる。
その繰り返しが、心地よいリズムを刻んでいった。
結婚式をきっかけに、コリコの町には嬉しい変化が訪れていた。
ルゥフの兄であるガルフさんが、銀狼族の里との交易路を開いてくれたのだ。
月に一度、彼は北の森でしか採れない珍しい特産品を、町の市場まで運んでくれるようになった。
「ユイ殿、これが例の『銀の実』だ。それから、こっちはピリリと辛い『霜降り茸』の干したもの。料理のアクセントになるはずだ」
ガルフさんは来るたびに、私に新しい食材を教えてくれた。
エルフの都からも、フィン様が時々、美しい鳥に託して贈り物を届けてくれる。
光を浴びると輝く花の蜜や、食べたことのない甘酸っぱい果物。
私のパン職人としての好奇心は、それらの未知の食材を前に燃え上がった。
「新しいパンを作ろう!」
そう思い立ってからの日々は、試行錯誤の連続だった。
まずは、ガルフさんが持ってきてくれた『銀の実』を使ったパンからだ。
この実は栄養価が高く、ほんのりとした甘みとナッツのような香ばしさがある。
コリコの町で採れるくるみと合わせれば、きっと美味しいに違いない。
生地はライ麦を少し混ぜて、素朴で力強い味わいのカンパーニュにした。
銀の実と粗く砕いたくるみをたっぷりと練り込み、じっくりと時間をかけて発酵させる。
焼き上がったパンをルゥフとガルフさんに試食してもらうと、二人は目を丸くした。
「うまい…!これは、故郷の森の味がする」
「ああ、懐かしい味だ。それに、ユイ殿のパンの優しさが加わって、もっと美味しくなっている」
二人の言葉に、私は胸を撫で下ろした。
このパンは「銀の実とくるみのカンパーニュ」として、陽だまりカフェの新しい看板商品になった。
特に、森で働く男の人たちに大人気だった。
次に挑戦したのは、フィン様から頂いた『光花』の蜜を使ったパンだ。
この蜜は、それ自体がほのかに光を放つ不思議なもので、とても上品で繊細な甘さを持っている。
この甘さを最大限に生かすには、リッチな生地のデニッシュがぴったりだと思った。
バターをたっぷりと折り込んだ生地を、花の形に成形する。
そして、焼き上がったデニッシュの中心に、光花の蜜をそっと垂らした。
蜜はまるで朝露のようにきらきらと輝き、見た目にも美しいパンが完成した。
「まあ、きれい!宝石みたい!」
この「エルフの蜜花デニッシュ」を最初に食べたエララちゃんは、うっとりとした表情でそう言った。
「甘さもくどくなくて、いくらでも食べられちゃうわ!これは、女性のお客さんが絶対に好きになるわよ!」
彼女の予想通り、このデニッシュは町の女性たちの心を鷲掴みにした。
陽だまりカフェには、この二つの新しいパンを求めて、以前にも増して多くのお客さんが訪れるようになった。
時には、噂を聞きつけた遠くの町から、わざわざ馬車を乗り継いで買いに来てくれる人まで現れた。
お店は忙しくなったけれど、私の毎日は充実していた。
新しいパンを考えるのは楽しいし、何より、お客さんたちが「美味しい」と笑顔になってくれるのが一番の喜びだ。
もちろん、ルゥフとの二人だけの時間も大切にしていた。
仕事が終わると、二人で庭に出て、フェンウィック先生に教わったハーブの手入れをする。
私が雑草を抜き、ルゥフが水を撒く。
そんな共同作業も、二人でやると楽しいものに変わる。
夜、暖炉に火を入れる季節になると、私たちはその前に大きなクッションを置いて寛ぐのが日課になった。
私が編み物をしていると、ルゥフは時々、大きな狼の姿になって私の膝にそっと頭を乗せてくる。
私は彼のふかふかの毛並みを撫でながら、その日にあった他愛ない出来事を話す。
彼は気持ちよさそうに目を細めて、私の話に耳を傾けてくれる。
その時間が、私にとっては何よりの癒やしだった。
「ユイの撫で方は、一番落ち着く」
「ふふ、もふもふで気持ちいいから、私も好きだよ」
そんな穏やかで幸せな日々が、ゆっくりと、でも確実に積み重なっていく。
ある晴れた日の午後、カフェの営業も終わり、私はリビングの窓から庭を眺めていた。
フェンウィック先生が植えてくれたラベンダーが、紫色の小さな花を咲かせている。
その向こうでは、ルゥフが薪を割っていた。
規則正しく響く音と、彼の真剣な横顔。
この家に越してきて、もうすぐ半年が経とうとしていた。
この何でもない、けれどかけがえのない日常。
その全てが愛おしくて、私はふと、この気持ちを何か形にして残しておきたいと思った。
未来の自分たちのために。
そして、まだ見ぬ、いつか生まれてくるかもしれない私たちの子供のために。
私は机に向かうと、上質な羊皮紙とインクを取り出した。
ペン先をインクに浸し、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
『未来の私たちへ』
書き出しは、少し照れくさかった。
『この手紙を読んでいるあなたたちは、元気にしていますか?隣には、愛する人がいますか?今、私はとても幸せです。愛するルゥフさんと結婚し、コリコの町の皆に祝福され、この陽だまりの家で、穏やかな毎日を送っています』
私は、今の幸せな気持ちを、一つ一つ言葉にしていった。
ルゥフへの尽きない愛情。
ボルギンさんやエララちゃん、フェンウィック先生をはじめとする、町の仲間たちへの感謝の気持ち。
『この幸せが、当たり前ではないことを、時々忘れてしまいそうになります。だから、この手紙を読んで、今日の日の気持ちを思い出してください。たくさんの人に支えられて、愛されて、私たちの今があることを』
そして、私はもう一枚の羊皮紙に、陽だまりカフェの代表的なパンのレシピを書き記し始めた。
シンプルなミルクパン、銀の実とくるみのカンパーニュ、そして、私たちの結婚式を彩ってくれた、太陽と月のウェディングパン。
材料の分量だけでなく、生地を捏ねる時の気持ちや、発酵を見守る時のコツまで、思いつくままに書き連ねた。
『このパンたちが、未来のあなたたちや、あなたたちの大切な人たちを、笑顔にしてくれますように。愛情という最高の魔法をかけることを、忘れないでくださいね』
書き終えた手紙を読み返していると、薪割りを終えたルゥフが部屋に入ってきた。
「何を書いているんだ?」
「あのね…未来への手紙」
私は少し恥ずかしかったけれど、正直に話して、書き上げたばかりの手紙を彼に見せた。
ルゥフは私の隣に座り、その大きな手で羊皮紙を受け取ると、そこに書かれた文字を一つ一つ、真剣な目で追っていった。
読み終えた彼は、何も言わなかった。
ただ、静かに私を抱きしめてくれた。
その腕の力強さが、彼の感動を物語っているようだった。
「…俺も、書こう」
しばらくして、ルゥフはそう言うと、ペンを手に取った。
彼は、私の手紙の余白に、力強い文字を書き加えていく。
『未来の俺へ。隣にいるユイを、変わらず大切にしているか。家族を、この町を、お前の全てで守っているか。森で生きるための知恵を、子供たちに伝えているか。誓いを、忘れるな』
短いけれど、彼の誠実な人柄がにじみ出た、ルゥフらしい言葉だった。
私はその言葉を読んで、また胸が熱くなった。
私たちは二枚の手紙を丁寧に重ねて丸めると、エララちゃんがくれた綺麗な青いリボンで結んだ。
「これを、どこかにしまっておこう」
「そうだね。家の、どこか特別な場所に」
私たちは顔を見合わせて、同じ場所を思い浮かべた。
リビングの中央に立つ、この家を支える一番太い柱だ。
翌日、私たちはボルギンさんの工房を訪ねて、事情を話した。
「ほう、未来への手紙か。面白いことを考えるもんだ!」
ボルギンさんはにかりと笑うと、すぐに道具箱を手に私たちの家に来てくれた。
そして、リビングの柱を傷つけないように、慎重に、けれどあっという間に、小さな隠し戸を取り付けてくれた。
それは、注意して見なければ誰も気づかないような、精巧な作りだった。
「よし、これで完璧だ。何十年、何百年経っても、この手紙はここで静かにお前さんたちを待ってるだろうぜ」
ボルギンさんにお礼を言うと、私たちは二人きりになって、改めて隠し戸の前に立った。
「いつか、この手紙を開ける日が来るのが楽しみだね」
「ああ。その時も、隣にユイがいてほしい」
「もちろんいるよ。ずっと、一緒だよ」
私たちはそっと扉を開け、リボンで結ばれた手紙を柱の空洞の中へと納めた。
瞼の裏に差し込む朝の光を感じて、私はゆっくりと目を開けた。
見慣れた陽だまりカフェの天井ではなく、真新しい木の天井がそこにある。
そうだ、ここは私たちの新しい家なんだった。
隣に目をやると、ルゥフが穏やかな寝顔で眠っていた。
銀色の髪が枕に広がり、規則正しい寝息が聞こえてくる。
彼の大きな手が、私の手を優しく握っていた。
眠っている間も、ずっとこうしてくれていたのだろうか。
その温かさに、胸の奥がきゅんとなる。
結婚式の賑わいが、まだ昨日のことのように思い出される。
たくさんの人に祝福されて、私たちは夫婦になった。
この腕の中にある温もりと、窓から差し込む陽光が、その事実を静かに告げているようだった。
そっとベッドを抜け出し、新しいキッチンに立つ。
全てがぴかぴかで、自分のために作られたこの場所は、何度見ても嬉しくなる。
私は鼻歌交じりでパン生地を捏ね始めた。
今日の朝食は、ルゥフの大好きなシンプルなミルクパンにしよう。
パンが焼きあがる香ばしい匂いが家中に満ちる頃、ルゥフが起きてきた。
「おはよう、ユイ。いい匂いだ」
「おはようございます、ルゥフさん。朝食、もうすぐできますよ」
私たちは二人でテーブルにつき、焼きたてのパンと庭で採れたハーブのスープで朝食をとった。
何気ない会話を交わしながら、同じものを「美味しいね」と言い合える。
そんな日常が、今は何よりも愛おしく感じられた。
私たちの新婚生活は、穏やかに始まった。
ルゥフは森の警備の仕事へ、私は陽だまりカフェの営業へ。
それぞれの日々の役割を果たしながら、夜にはこの温かい家に帰ってくる。
その繰り返しが、心地よいリズムを刻んでいった。
結婚式をきっかけに、コリコの町には嬉しい変化が訪れていた。
ルゥフの兄であるガルフさんが、銀狼族の里との交易路を開いてくれたのだ。
月に一度、彼は北の森でしか採れない珍しい特産品を、町の市場まで運んでくれるようになった。
「ユイ殿、これが例の『銀の実』だ。それから、こっちはピリリと辛い『霜降り茸』の干したもの。料理のアクセントになるはずだ」
ガルフさんは来るたびに、私に新しい食材を教えてくれた。
エルフの都からも、フィン様が時々、美しい鳥に託して贈り物を届けてくれる。
光を浴びると輝く花の蜜や、食べたことのない甘酸っぱい果物。
私のパン職人としての好奇心は、それらの未知の食材を前に燃え上がった。
「新しいパンを作ろう!」
そう思い立ってからの日々は、試行錯誤の連続だった。
まずは、ガルフさんが持ってきてくれた『銀の実』を使ったパンからだ。
この実は栄養価が高く、ほんのりとした甘みとナッツのような香ばしさがある。
コリコの町で採れるくるみと合わせれば、きっと美味しいに違いない。
生地はライ麦を少し混ぜて、素朴で力強い味わいのカンパーニュにした。
銀の実と粗く砕いたくるみをたっぷりと練り込み、じっくりと時間をかけて発酵させる。
焼き上がったパンをルゥフとガルフさんに試食してもらうと、二人は目を丸くした。
「うまい…!これは、故郷の森の味がする」
「ああ、懐かしい味だ。それに、ユイ殿のパンの優しさが加わって、もっと美味しくなっている」
二人の言葉に、私は胸を撫で下ろした。
このパンは「銀の実とくるみのカンパーニュ」として、陽だまりカフェの新しい看板商品になった。
特に、森で働く男の人たちに大人気だった。
次に挑戦したのは、フィン様から頂いた『光花』の蜜を使ったパンだ。
この蜜は、それ自体がほのかに光を放つ不思議なもので、とても上品で繊細な甘さを持っている。
この甘さを最大限に生かすには、リッチな生地のデニッシュがぴったりだと思った。
バターをたっぷりと折り込んだ生地を、花の形に成形する。
そして、焼き上がったデニッシュの中心に、光花の蜜をそっと垂らした。
蜜はまるで朝露のようにきらきらと輝き、見た目にも美しいパンが完成した。
「まあ、きれい!宝石みたい!」
この「エルフの蜜花デニッシュ」を最初に食べたエララちゃんは、うっとりとした表情でそう言った。
「甘さもくどくなくて、いくらでも食べられちゃうわ!これは、女性のお客さんが絶対に好きになるわよ!」
彼女の予想通り、このデニッシュは町の女性たちの心を鷲掴みにした。
陽だまりカフェには、この二つの新しいパンを求めて、以前にも増して多くのお客さんが訪れるようになった。
時には、噂を聞きつけた遠くの町から、わざわざ馬車を乗り継いで買いに来てくれる人まで現れた。
お店は忙しくなったけれど、私の毎日は充実していた。
新しいパンを考えるのは楽しいし、何より、お客さんたちが「美味しい」と笑顔になってくれるのが一番の喜びだ。
もちろん、ルゥフとの二人だけの時間も大切にしていた。
仕事が終わると、二人で庭に出て、フェンウィック先生に教わったハーブの手入れをする。
私が雑草を抜き、ルゥフが水を撒く。
そんな共同作業も、二人でやると楽しいものに変わる。
夜、暖炉に火を入れる季節になると、私たちはその前に大きなクッションを置いて寛ぐのが日課になった。
私が編み物をしていると、ルゥフは時々、大きな狼の姿になって私の膝にそっと頭を乗せてくる。
私は彼のふかふかの毛並みを撫でながら、その日にあった他愛ない出来事を話す。
彼は気持ちよさそうに目を細めて、私の話に耳を傾けてくれる。
その時間が、私にとっては何よりの癒やしだった。
「ユイの撫で方は、一番落ち着く」
「ふふ、もふもふで気持ちいいから、私も好きだよ」
そんな穏やかで幸せな日々が、ゆっくりと、でも確実に積み重なっていく。
ある晴れた日の午後、カフェの営業も終わり、私はリビングの窓から庭を眺めていた。
フェンウィック先生が植えてくれたラベンダーが、紫色の小さな花を咲かせている。
その向こうでは、ルゥフが薪を割っていた。
規則正しく響く音と、彼の真剣な横顔。
この家に越してきて、もうすぐ半年が経とうとしていた。
この何でもない、けれどかけがえのない日常。
その全てが愛おしくて、私はふと、この気持ちを何か形にして残しておきたいと思った。
未来の自分たちのために。
そして、まだ見ぬ、いつか生まれてくるかもしれない私たちの子供のために。
私は机に向かうと、上質な羊皮紙とインクを取り出した。
ペン先をインクに浸し、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
『未来の私たちへ』
書き出しは、少し照れくさかった。
『この手紙を読んでいるあなたたちは、元気にしていますか?隣には、愛する人がいますか?今、私はとても幸せです。愛するルゥフさんと結婚し、コリコの町の皆に祝福され、この陽だまりの家で、穏やかな毎日を送っています』
私は、今の幸せな気持ちを、一つ一つ言葉にしていった。
ルゥフへの尽きない愛情。
ボルギンさんやエララちゃん、フェンウィック先生をはじめとする、町の仲間たちへの感謝の気持ち。
『この幸せが、当たり前ではないことを、時々忘れてしまいそうになります。だから、この手紙を読んで、今日の日の気持ちを思い出してください。たくさんの人に支えられて、愛されて、私たちの今があることを』
そして、私はもう一枚の羊皮紙に、陽だまりカフェの代表的なパンのレシピを書き記し始めた。
シンプルなミルクパン、銀の実とくるみのカンパーニュ、そして、私たちの結婚式を彩ってくれた、太陽と月のウェディングパン。
材料の分量だけでなく、生地を捏ねる時の気持ちや、発酵を見守る時のコツまで、思いつくままに書き連ねた。
『このパンたちが、未来のあなたたちや、あなたたちの大切な人たちを、笑顔にしてくれますように。愛情という最高の魔法をかけることを、忘れないでくださいね』
書き終えた手紙を読み返していると、薪割りを終えたルゥフが部屋に入ってきた。
「何を書いているんだ?」
「あのね…未来への手紙」
私は少し恥ずかしかったけれど、正直に話して、書き上げたばかりの手紙を彼に見せた。
ルゥフは私の隣に座り、その大きな手で羊皮紙を受け取ると、そこに書かれた文字を一つ一つ、真剣な目で追っていった。
読み終えた彼は、何も言わなかった。
ただ、静かに私を抱きしめてくれた。
その腕の力強さが、彼の感動を物語っているようだった。
「…俺も、書こう」
しばらくして、ルゥフはそう言うと、ペンを手に取った。
彼は、私の手紙の余白に、力強い文字を書き加えていく。
『未来の俺へ。隣にいるユイを、変わらず大切にしているか。家族を、この町を、お前の全てで守っているか。森で生きるための知恵を、子供たちに伝えているか。誓いを、忘れるな』
短いけれど、彼の誠実な人柄がにじみ出た、ルゥフらしい言葉だった。
私はその言葉を読んで、また胸が熱くなった。
私たちは二枚の手紙を丁寧に重ねて丸めると、エララちゃんがくれた綺麗な青いリボンで結んだ。
「これを、どこかにしまっておこう」
「そうだね。家の、どこか特別な場所に」
私たちは顔を見合わせて、同じ場所を思い浮かべた。
リビングの中央に立つ、この家を支える一番太い柱だ。
翌日、私たちはボルギンさんの工房を訪ねて、事情を話した。
「ほう、未来への手紙か。面白いことを考えるもんだ!」
ボルギンさんはにかりと笑うと、すぐに道具箱を手に私たちの家に来てくれた。
そして、リビングの柱を傷つけないように、慎重に、けれどあっという間に、小さな隠し戸を取り付けてくれた。
それは、注意して見なければ誰も気づかないような、精巧な作りだった。
「よし、これで完璧だ。何十年、何百年経っても、この手紙はここで静かにお前さんたちを待ってるだろうぜ」
ボルギンさんにお礼を言うと、私たちは二人きりになって、改めて隠し戸の前に立った。
「いつか、この手紙を開ける日が来るのが楽しみだね」
「ああ。その時も、隣にユイがいてほしい」
「もちろんいるよ。ずっと、一緒だよ」
私たちはそっと扉を開け、リボンで結ばれた手紙を柱の空洞の中へと納めた。
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