死に際の天才老剣士、現代でTS美少女配信者として転生無双する

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
1 / 7

第1話 剣聖の終焉と、最弱の産声

しおりを挟む
畳の焦げたような匂いと、線香の香りが混じり合う。
俺、上泉信綱の視界は、もはや墨を流したように暗い。
八十年の月日を剣に捧げ、辿り着いた境地。
だが、肉体という器が先に限界を迎えた。

「師匠! 師匠、しっかりしてください!」

枕元で喚いているのは、一番弟子の源蔵か。
還暦を過ぎた男が、人目も憚らず鼻水を垂らして泣き喚いている。
見苦しい。だが、その声もどこか遠い。

「騒ぐな、源蔵。……死ぬ時くらい、静かにさせろ」

「ですが! まだ我々は、師匠から教わるべきことの半分も……!」

「馬鹿者が。剣など、ただ振って斬るだけだ。それ以上の理屈など、後付けに過ぎん」

俺は絞り出すような声で、愛弟子を突き放した。
実際、その通りなのだ。
極めれば極めるほど、剣は簡素になる。
余計な動きを削ぎ落とし、ただ最短距離を、最速で、無心に駆け抜ける。
その究極の一撃を、もう一度だけ、最高の肉体で振るってみたかった。

「さらばだ。……後は、好きにしろ」

意識が急速に沈下していく。
源蔵の叫び声が、水の中に潜った時のように籠もっていく。
暗闇。
絶対的な無。
それが心地よいと思った瞬間、俺の意識は強烈な衝撃と共に、現実へと引き戻された。

「――あ、……う、……」

喉の奥から、自分でも驚くほど細く、高い声が漏れた。
同時に、肺を焼くような激痛。
何だ。死後の世界というのは、これほどまでに不快なものなのか。

「リンちゃん!? リンちゃん、気がついたのね! 先生、如月さんが目を覚ましました!」

耳元で、若い女の金切声が響く。
うるさい。
俺は眉を潜めようとしたが、顔の筋肉すら満足に動かない。
視界を覆っていた霞が徐々に晴れていく。
白。
目に飛び込んできたのは、無機質な白い天井だった。

「……ここ、は……」

「病院よ! もう、一週間も眠り続けてたんだから! 本当に、心臓が止まるかと思ったわよ」

視界の端に、白い衣を纏った女が映る。看護師、というやつか。
女は俺の手を握り、涙を流している。
記憶が、濁流のように脳内へ流れ込んできた。

如月リン。
十六歳の女子高生。
生まれつき心臓が弱く、人生の半分以上をこの病院で過ごしてきた少女。
両親は三年前、彼女の治療費を稼ぐための過労で他界している。
孤独。
そして、積み上がった莫大な未払いの入院費。

(なるほど。この娘の体に、俺が入り込んだというわけか)

俺はゆっくりと、左手を自分の顔の前に持ってきた。
細い。
あまりにも細い。
透き通るような白い肌。指先にはタコ一つなく、力強さの欠片も感じられない。
俺が知る「手」とは、剣を握るために岩のように硬く、節くれ立ったものだ。
この華奢な枝のような腕で、何ができるというのか。

「如月さん、気分はどうですか? 自分が誰かわかりますか?」

白衣を着た男――医師が、懐中電灯を俺の瞳に向けながら尋ねてくる。
眩しさに目を細めながら、俺は短く答えた。

「……如月、リンだ」

「よろしい。意識ははっきりしているようですね。しかし、奇跡だ。あの数値で、まさか自発呼吸が戻るとは」

医師は感心したようにタブレットを眺めている。
俺は上体を起こそうとした。
だが、腹筋に力が入らない。
まるで泥の中に体が埋まっているような、酷い倦怠感だ。

「無理をしてはいけません。君の心臓は、まだ……」

「鏡を。……鏡を見せてくれ」

医師と言葉を遮り、俺は命じた。
八十年、人を従えてきた威厳が、声の端に漏れたらしい。
医師と看護師が、一瞬だけ気圧されたように顔を見合わせた。
看護師が戸惑いながらも、手鏡を持ってくる。

そこに映っていたのは、絶世の美少女だった。
艶やかな黒髪。
憂いを含んだ大きな瞳。
病的なまでに白い肌が、かえって神秘的な雰囲気を醸し出している。
だが、その瞳の奥には、如月リンにはなかった鋭い光が宿っていた。

(ふん。皮肉なものだ。これほど脆い器に、俺の魂が宿るとはな)

俺は鏡を返し、天井を仰いだ。
絶望はない。
あるのは、奇妙な高揚感だ。
かつての俺は、剣の頂に立ち、これ以上の進化は望めない場所にいた。
だが、今の俺はどうだ。
歩くことすら覚束ない、マイナスからのスタート。
この最弱の肉体を鍛え上げ、再び剣の極致へと至る。
考えただけで、震えが止まらない。

「如月さん。落ち着いて聞いてください」

医師が、重苦しい口調で切り出した。
こういう時の顔は、どこの世界でも変わらない。
ろくでもない知らせの合図だ。

「君の病状は、一時的に安定していますが、完治したわけではありません。それから、……ご両親の残された債務と、今後の治療費についてですが、病院側としてもこれ以上の延納は難しく……」

「金、だろう。いくらだ」

「えっ? あ、いや……合計で、二千万円ほどになります」

二千万。
今の俺、如月リンが持っているのは、スマートフォンの電子決済残高にある数百円だけだ。
医師は気の毒そうに、だが現実を突きつける。

「現在の日本の法制度では、ダンジョン探索者としての適性がある場合、国からの補助金が出るケースもありますが。……君のその体では、審査を通るのは不可能でしょう」

「ダンジョン、だと」

俺は壁に設置されたテレビに目をやった。
そこでは、奇抜な鎧を纏った男たちが、巨大な獣を剣や魔法でなぎ倒す光景が映し出されていた。
人々はそれを熱狂的に見つめ、画面には「いいね」や「チップ」という文字が飛び交っている。

(配信。ダンジョン。……なるほどな)

今の時代、剣はもはや戦の道具ではない。
大衆に見せびらかし、金を稼ぐための娯楽だ。
ならば、話は早い。
俺は医師を見据え、薄く笑みを浮かべた。

「二千万だな。わかった。一月もあれば、返せるだろう」

「……如月さん? 何を言って……」

「退院の手続きをしてくれ。長居する場所ではない」

「そんな! 死にたいんですか!? 君はまだ、歩くことすら……!」

俺は点滴の針を、躊躇いなく引き抜いた。
血が滲むが、構わぬ。
ゆっくりとベッドから足を下ろし、床に立つ。
膝が震え、崩れ落ちそうになる。
だが、重心の置き所、骨の積み重ね方を瞬時に計算し、無理やり体を支える。

「止めるな。……俺の命をどう使うかは、俺が決める」

看護師の制止を振り切り、俺は病室を後にした。
足取りは危うい。
だが、その背中には、死を待つ病人のそれとは異なる、猛烈な「気」が立ち昇っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました

ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」 優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。 ――僕には才能がなかった。 打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

処理中です...