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第2話 竹光一本、数千円の覚悟
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病院を出た俺を待っていたのは、むせ返るような都会の熱気だった。
如月リンの記憶にある住所を頼りに、電車を乗り継いでアパートへと向かう。
電車の中で、人々はスマートフォンという小さな板を食い入るように見つめていた。
誰もが、他人の人生に、他人の戦いに飢えている。
アパートは、古びたワンルームだった。
両親がいた頃の形跡はほとんどなく、ただ生活に必要な最小限の物だけが置かれている。
俺は押し入れの中から、一振りの「刀」を見つけ出した。
いや、刀と呼ぶにはあまりに無惨な、模造刀だ。
如月リンが、かつて時代劇のファンだった父親に買ってもらったものらしい。
樫の木に銀色の塗装を施しただけの、いわゆる竹光。
本来なら、壁の飾りにすらならん代物だ。
「ふむ。……重心が狂っておるな」
俺は模造刀を振り下ろした。
ヒュン、と情けない音が鳴る。
今の肉体では、これ以上の速度は出ない。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、心臓がバクバクと不快なリズムを刻む。
「まずは、食わねばならん。話はそれからだ」
冷蔵庫の中は空。
財布の中身も空。
俺は溜息をつき、スマートフォンの画面を操作した。
「配信アプリ」というアイコンをタップする。
ここで注目を集め、投げ銭という施しを受けねば、今日の飯すらままならない。
探索者ギルドの支部は、街の目抜き通りに堂々と鎮座していた。
ガラス張りの巨大なビル。
そこへ、ボロボロのパーカーを着て、背中に模造刀を背負った少女が入っていく。
周囲の視線が刺さる。
軽蔑。嘲笑。あるいは、ただの無関心。
「あのー、すいません。登録、お願いしたいんですけど」
受付の男は、俺の顔を見るなり、あからさまに嫌そうな顔をした。
名札には「佐藤」とある。
佐藤は俺のデータを確認すると、鼻で笑った。
「如月さんね。……君、ふざけてるの? 心疾患の既往症、それにこの筋力数値。登録以前の問題だよ。死にに来たの?」
「適性検査は受けられるはずだ。違うか」
「ルール上はね。でも、時間の無駄だよ。そんなおもちゃの刀で何ができる? ダンジョンの入り口にある売店で、初心者用セットでも買ってきな。あ、君にはそのお金もないか」
佐藤の背後にいた同僚たちが、クスクスと笑い声を漏らす。
俺は無表情のまま、佐藤の瞳をじっと見つめた。
ただ、見つめるだけだ。
「……っ!? な、なんだ……」
佐藤の顔から血の気が引いていく。
俺が放ったのは、殺気ですらない。
ただ、何万人もの敵を斬り捨ててきた「眼力」だ。
男の脳裏に、自分が真っ二つにされる幻影が過ったのだろう。
「検査を受けさせろ。それとも、ここで俺が、お前たちに剣の指南でもしてやろうか?」
「い、いや……わかりましたよ! 死んでも文句言わないでくださいね!」
佐藤は震える手で、登録証を俺に投げつけた。
鉄の板。これが、ダンジョンへの入場許可証だ。
俺はそれを拾い上げると、迷わず売店へと向かった。
売店には、最新式の魔導刀や、チタン製の防具が並んでいる。
価格はどれも数百万円。
俺はそれらを一瞥し、一番安物のコーナーへ足を運んだ。
そこで見つけたのは、配信者用の「初心者ドローンセット」。
型落ちで、画質も悪い。
だが、三千円という破格の値段で売られていた。
「これと、あとは……この研石を一つ」
「お嬢ちゃん、そんなドローンじゃ、誰も見てくれないよ。もっと派手なエフェクトが出る最新型じゃないと」
店主の言葉を無視し、俺は最後の手持ち資金を叩いてそれらを購入した。
手元に残ったのは、十円玉が数枚。
これで、退路は断たれた。
飯を食うか、野垂れ死ぬか。
勝負は、今夜の初配信で決まる。
俺はアパートに戻り、夜が来るのを待った。
その間、俺はひたすら模造刀を研ぎ続けた。
木刀を研ぐなど、常識では考えられない。
だが、俺は木の繊維を一本一本、気の力で整えていく。
表面の銀色の塗装を剥ぎ、ただの樫の棒を、魂を宿した「刃」へと変容させていく。
「よし。……行くか」
深夜。
俺は最もランクの低い、いわゆる「雑魚ダンジョン」の入り口に立っていた。
公園の裏庭に出現した、青白く光る亀裂。
そこから、獣の唸り声が聞こえてくる。
ドローンを起動する。
タイトル入力欄。
俺は一瞬考え、簡潔に打ち込んだ。
「リハビリ」
配信開始のボタンを押す。
視聴者数、ゼロ。
当然だ。
俺は深呼吸をし、薄い胸を張って、光の向こう側へと足を踏み入れた。
如月リンの記憶にある住所を頼りに、電車を乗り継いでアパートへと向かう。
電車の中で、人々はスマートフォンという小さな板を食い入るように見つめていた。
誰もが、他人の人生に、他人の戦いに飢えている。
アパートは、古びたワンルームだった。
両親がいた頃の形跡はほとんどなく、ただ生活に必要な最小限の物だけが置かれている。
俺は押し入れの中から、一振りの「刀」を見つけ出した。
いや、刀と呼ぶにはあまりに無惨な、模造刀だ。
如月リンが、かつて時代劇のファンだった父親に買ってもらったものらしい。
樫の木に銀色の塗装を施しただけの、いわゆる竹光。
本来なら、壁の飾りにすらならん代物だ。
「ふむ。……重心が狂っておるな」
俺は模造刀を振り下ろした。
ヒュン、と情けない音が鳴る。
今の肉体では、これ以上の速度は出ない。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、心臓がバクバクと不快なリズムを刻む。
「まずは、食わねばならん。話はそれからだ」
冷蔵庫の中は空。
財布の中身も空。
俺は溜息をつき、スマートフォンの画面を操作した。
「配信アプリ」というアイコンをタップする。
ここで注目を集め、投げ銭という施しを受けねば、今日の飯すらままならない。
探索者ギルドの支部は、街の目抜き通りに堂々と鎮座していた。
ガラス張りの巨大なビル。
そこへ、ボロボロのパーカーを着て、背中に模造刀を背負った少女が入っていく。
周囲の視線が刺さる。
軽蔑。嘲笑。あるいは、ただの無関心。
「あのー、すいません。登録、お願いしたいんですけど」
受付の男は、俺の顔を見るなり、あからさまに嫌そうな顔をした。
名札には「佐藤」とある。
佐藤は俺のデータを確認すると、鼻で笑った。
「如月さんね。……君、ふざけてるの? 心疾患の既往症、それにこの筋力数値。登録以前の問題だよ。死にに来たの?」
「適性検査は受けられるはずだ。違うか」
「ルール上はね。でも、時間の無駄だよ。そんなおもちゃの刀で何ができる? ダンジョンの入り口にある売店で、初心者用セットでも買ってきな。あ、君にはそのお金もないか」
佐藤の背後にいた同僚たちが、クスクスと笑い声を漏らす。
俺は無表情のまま、佐藤の瞳をじっと見つめた。
ただ、見つめるだけだ。
「……っ!? な、なんだ……」
佐藤の顔から血の気が引いていく。
俺が放ったのは、殺気ですらない。
ただ、何万人もの敵を斬り捨ててきた「眼力」だ。
男の脳裏に、自分が真っ二つにされる幻影が過ったのだろう。
「検査を受けさせろ。それとも、ここで俺が、お前たちに剣の指南でもしてやろうか?」
「い、いや……わかりましたよ! 死んでも文句言わないでくださいね!」
佐藤は震える手で、登録証を俺に投げつけた。
鉄の板。これが、ダンジョンへの入場許可証だ。
俺はそれを拾い上げると、迷わず売店へと向かった。
売店には、最新式の魔導刀や、チタン製の防具が並んでいる。
価格はどれも数百万円。
俺はそれらを一瞥し、一番安物のコーナーへ足を運んだ。
そこで見つけたのは、配信者用の「初心者ドローンセット」。
型落ちで、画質も悪い。
だが、三千円という破格の値段で売られていた。
「これと、あとは……この研石を一つ」
「お嬢ちゃん、そんなドローンじゃ、誰も見てくれないよ。もっと派手なエフェクトが出る最新型じゃないと」
店主の言葉を無視し、俺は最後の手持ち資金を叩いてそれらを購入した。
手元に残ったのは、十円玉が数枚。
これで、退路は断たれた。
飯を食うか、野垂れ死ぬか。
勝負は、今夜の初配信で決まる。
俺はアパートに戻り、夜が来るのを待った。
その間、俺はひたすら模造刀を研ぎ続けた。
木刀を研ぐなど、常識では考えられない。
だが、俺は木の繊維を一本一本、気の力で整えていく。
表面の銀色の塗装を剥ぎ、ただの樫の棒を、魂を宿した「刃」へと変容させていく。
「よし。……行くか」
深夜。
俺は最もランクの低い、いわゆる「雑魚ダンジョン」の入り口に立っていた。
公園の裏庭に出現した、青白く光る亀裂。
そこから、獣の唸り声が聞こえてくる。
ドローンを起動する。
タイトル入力欄。
俺は一瞬考え、簡潔に打ち込んだ。
「リハビリ」
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視聴者数、ゼロ。
当然だ。
俺は深呼吸をし、薄い胸を張って、光の向こう側へと足を踏み入れた。
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