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第6話 喧騒と胃袋
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高校の門を潜る。
その瞬間、肌を刺すような視線が四方八方から降り注いだ。
囁き声。
指を指す仕草。
昨日まで、如月リンという存在は、この学校において「透明な影」だったはずだ。
それが今や、全校生徒の好奇心の中心に立っている。
「あれ、如月さんだよね……?」
「嘘だろ、配信でオーガ斬ってたの、マジで本人?」
「加工じゃないの? あんな細い腕で、できるわけないじゃん」
疑念と羨望、そして得体の知れないものを見る恐怖。
俺はそれら全てを、そよ風程度に受け流して教室へと向かった。
教室の扉を開けた瞬間、喧騒が止まり、奇妙な静寂が訪れる。
自分の席に座ると、教科書を開いた。
内容など、今の俺には呪文のようにしか聞こえない。
古文ならまだしも、数学や物理など、何の役に立つのか。
いや、物理は剣の軌道計算に役立つか。……いや、やはり不要だ。俺の感覚の方が、計算よりも速い。
「……ねえ、リンちゃん」
声をかけてきたのは、派手なメイクを施した女子生徒だった。
名前は確か、佐藤美波。
かつて、如月リンを「病人扱い」して影で笑っていたグループのリーダー格だ。
「昨日の配信、見たよ! すごかったじゃん! あれ、どうやったの? やっぱり、どっかの事務所に所属して、演出とかしてもらってるの?」
美波は、さも仲が良かったかのように顔を寄せてくる。
その後ろでは、取り巻きの少女たちが期待に満ちた目でこちらを窺っていた。
「演出ではない。……ただ、振っただけだ」
「えー、またまた! あんなの、普通の女の子には無理だって。あ、もしかして特別なアビリティとか手に入れたの? 私たちにも教えてよ!」
美波の手が、俺の肩に触れようとした。
その指先が触れる直前。
俺はただ、視線を彼女に向けた。
「……っ!?」
美波は、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
彼女の指先が、微かに震えている。
俺は何もしていない。
ただ、彼女の「我」が、俺の「気」に触れただけだ。
泥水が澄んだ泉に触れれば、その汚れが際立つように、彼女は本能的に自分の矮小さを悟ったのだろう。
「触るな。……汚れる」
「な、……なによ、生意気な! ちょっと有名になったからって……!」
美波は顔を真っ赤にして叫び、そのまま教室を飛び出していった。
周囲の生徒たちが、さらにざわつき始める。
だが、俺は関心がない。
今の俺にとって、この学校という場所は、肉体を休めるための「鞘」でしかないのだ。
昼休み。
俺は屋上に上がり、昨日コンビニで買い込んだパンを口にしていた。
如月リンの肉体は、栄養を吸収するごとに、確実に密度を増している。
指先の震えが消え、視界がより鮮明になる。
「如月リンさん。……少し、お話いいかしら?」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには凛とした佇まいの少女が立っていた。
長い黒髪を真っ直ぐに下ろし、眼鏡の奥には鋭い知性が光っている。
生徒会長の九条沙織。
そして、この学校で唯一、本格的な「探索者科」に所属するエリートだ。
「……九条、か。何か用か」
「単刀直入に言うわ。昨日のあなたの動き、あれは独学で身に付くレベルではない。……どこの流派? それとも、異世界の記憶でも保持しているのかしら?」
沙織は俺の隣に座り、じっと俺の手を見つめた。
木刀を研いだ跡、そして、一振りの剣に魂を乗せた者特有の、独特の雰囲気。
彼女は「視える」側の人間らしい。
「流派などない。……ただ、剣の道を歩み続けただけだ。それ以外のことは、俺も知らん」
「……『俺』? ふふ、面白い口調ね。でも、今のあなたなら許されるわ。あのオーガの討伐、ギルドでも騒ぎになっているわよ。特に、あの木刀」
沙織は、自らの腰に下げられたレイピア――最新式の魔導武器――に手を置いた。
「私の剣は、三百万の魔導触媒を使っても、オーガの皮膚を裂くのが精一杯。なのに、あなたは安物の木刀で、その首を落とした。……それは技術ではなく、もはや『理』を超えた何か。私に、教えてくれないかしら?」
「教えを乞う者の態度ではないな。……それに、俺の剣は、他人に教えられるほど安くはない」
俺はパンの袋を丸め、立ち上がった。
沙織は不服そうに眉を寄せたが、俺の背中を追うことはしなかった。
彼女にはわかるのだろう。
今の俺に近寄ることは、抜き身の真剣に触れるのと同じくらい危険であると。
放課後。
俺は足早に校門を出た。
向かうは、昨日とは別のダンジョンだ。
ランクは少し上げ、Bランクの下位、「亡霊の森」を選んだ。
物理的な攻撃が効きにくい、アンデッド系の怪物が蠢く場所だ。
ドローンを起動し、二度目の配信を開始する。
タイトルは。
「木刀の限界テスト」
開始から数秒で、同接数は三千を超えた。
通知を待っていた視聴者たちが、一斉になだれ込んできたのだ。
:きたあああああ!
:今日はどこ行くんだ? 亡霊の森? 物理効かないだろ!
:木刀でゴーストと戦うつもりかよ。マジでイカれてる。
俺は森の入り口に立ち、腰の木刀を軽く叩いた。
確かに、通常の剣では幽霊を斬ることはできん。
だが、剣とは肉を断つための道具ではない。
それは、魂を通わせるための「導管」だ。
「物理が効かない、か。……ならば、魂ごと断ち切るまでのこと」
俺は薄く笑い、霧に包まれた森の中へと足を踏み入れた。
背後から、無数の冷たい視線を感じる。
死者たちの怨念。
だが、それら全てを飲み込むほどの、猛烈な「生」の輝きが、俺の内に宿っていた。
木刀を抜く。
まだ、一歩も踏み込んでいない。
だが、周囲の霧が、俺の気合だけで一瞬にして晴れ渡った。
「来い。……冥土の土産に、真の剣を見せてやろう」
その瞬間、肌を刺すような視線が四方八方から降り注いだ。
囁き声。
指を指す仕草。
昨日まで、如月リンという存在は、この学校において「透明な影」だったはずだ。
それが今や、全校生徒の好奇心の中心に立っている。
「あれ、如月さんだよね……?」
「嘘だろ、配信でオーガ斬ってたの、マジで本人?」
「加工じゃないの? あんな細い腕で、できるわけないじゃん」
疑念と羨望、そして得体の知れないものを見る恐怖。
俺はそれら全てを、そよ風程度に受け流して教室へと向かった。
教室の扉を開けた瞬間、喧騒が止まり、奇妙な静寂が訪れる。
自分の席に座ると、教科書を開いた。
内容など、今の俺には呪文のようにしか聞こえない。
古文ならまだしも、数学や物理など、何の役に立つのか。
いや、物理は剣の軌道計算に役立つか。……いや、やはり不要だ。俺の感覚の方が、計算よりも速い。
「……ねえ、リンちゃん」
声をかけてきたのは、派手なメイクを施した女子生徒だった。
名前は確か、佐藤美波。
かつて、如月リンを「病人扱い」して影で笑っていたグループのリーダー格だ。
「昨日の配信、見たよ! すごかったじゃん! あれ、どうやったの? やっぱり、どっかの事務所に所属して、演出とかしてもらってるの?」
美波は、さも仲が良かったかのように顔を寄せてくる。
その後ろでは、取り巻きの少女たちが期待に満ちた目でこちらを窺っていた。
「演出ではない。……ただ、振っただけだ」
「えー、またまた! あんなの、普通の女の子には無理だって。あ、もしかして特別なアビリティとか手に入れたの? 私たちにも教えてよ!」
美波の手が、俺の肩に触れようとした。
その指先が触れる直前。
俺はただ、視線を彼女に向けた。
「……っ!?」
美波は、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
彼女の指先が、微かに震えている。
俺は何もしていない。
ただ、彼女の「我」が、俺の「気」に触れただけだ。
泥水が澄んだ泉に触れれば、その汚れが際立つように、彼女は本能的に自分の矮小さを悟ったのだろう。
「触るな。……汚れる」
「な、……なによ、生意気な! ちょっと有名になったからって……!」
美波は顔を真っ赤にして叫び、そのまま教室を飛び出していった。
周囲の生徒たちが、さらにざわつき始める。
だが、俺は関心がない。
今の俺にとって、この学校という場所は、肉体を休めるための「鞘」でしかないのだ。
昼休み。
俺は屋上に上がり、昨日コンビニで買い込んだパンを口にしていた。
如月リンの肉体は、栄養を吸収するごとに、確実に密度を増している。
指先の震えが消え、視界がより鮮明になる。
「如月リンさん。……少し、お話いいかしら?」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには凛とした佇まいの少女が立っていた。
長い黒髪を真っ直ぐに下ろし、眼鏡の奥には鋭い知性が光っている。
生徒会長の九条沙織。
そして、この学校で唯一、本格的な「探索者科」に所属するエリートだ。
「……九条、か。何か用か」
「単刀直入に言うわ。昨日のあなたの動き、あれは独学で身に付くレベルではない。……どこの流派? それとも、異世界の記憶でも保持しているのかしら?」
沙織は俺の隣に座り、じっと俺の手を見つめた。
木刀を研いだ跡、そして、一振りの剣に魂を乗せた者特有の、独特の雰囲気。
彼女は「視える」側の人間らしい。
「流派などない。……ただ、剣の道を歩み続けただけだ。それ以外のことは、俺も知らん」
「……『俺』? ふふ、面白い口調ね。でも、今のあなたなら許されるわ。あのオーガの討伐、ギルドでも騒ぎになっているわよ。特に、あの木刀」
沙織は、自らの腰に下げられたレイピア――最新式の魔導武器――に手を置いた。
「私の剣は、三百万の魔導触媒を使っても、オーガの皮膚を裂くのが精一杯。なのに、あなたは安物の木刀で、その首を落とした。……それは技術ではなく、もはや『理』を超えた何か。私に、教えてくれないかしら?」
「教えを乞う者の態度ではないな。……それに、俺の剣は、他人に教えられるほど安くはない」
俺はパンの袋を丸め、立ち上がった。
沙織は不服そうに眉を寄せたが、俺の背中を追うことはしなかった。
彼女にはわかるのだろう。
今の俺に近寄ることは、抜き身の真剣に触れるのと同じくらい危険であると。
放課後。
俺は足早に校門を出た。
向かうは、昨日とは別のダンジョンだ。
ランクは少し上げ、Bランクの下位、「亡霊の森」を選んだ。
物理的な攻撃が効きにくい、アンデッド系の怪物が蠢く場所だ。
ドローンを起動し、二度目の配信を開始する。
タイトルは。
「木刀の限界テスト」
開始から数秒で、同接数は三千を超えた。
通知を待っていた視聴者たちが、一斉になだれ込んできたのだ。
:きたあああああ!
:今日はどこ行くんだ? 亡霊の森? 物理効かないだろ!
:木刀でゴーストと戦うつもりかよ。マジでイカれてる。
俺は森の入り口に立ち、腰の木刀を軽く叩いた。
確かに、通常の剣では幽霊を斬ることはできん。
だが、剣とは肉を断つための道具ではない。
それは、魂を通わせるための「導管」だ。
「物理が効かない、か。……ならば、魂ごと断ち切るまでのこと」
俺は薄く笑い、霧に包まれた森の中へと足を踏み入れた。
背後から、無数の冷たい視線を感じる。
死者たちの怨念。
だが、それら全てを飲み込むほどの、猛烈な「生」の輝きが、俺の内に宿っていた。
木刀を抜く。
まだ、一歩も踏み込んでいない。
だが、周囲の霧が、俺の気合だけで一瞬にして晴れ渡った。
「来い。……冥土の土産に、真の剣を見せてやろう」
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