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第5話 絶望の査定、驚愕の対価
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ダンジョンの出口を抜けると、まだ夜の静寂が支配していた。
だが、ギルド支部の建物だけは、昼間と変わらぬ光を放っている。
二十四時間営業の換金所。
そこには、夜通し獲物を求めていた探索者たちが疎らに集まっていた。
俺が受付に向かうと、そこには昼間の受付男、佐藤が欠伸をしながら立っていた。
彼は俺の姿を見止めるなり、鼻で笑って肩を竦めた。
「おや、如月さん。生きて帰ってこれたんだ。おめでとう。……で、成果は? アイアンラットの毛皮一枚でも拾ってきたかな?」
俺は何も答えず、カウンターの上にオーガの魔石を置いた。
ゴトリ、と重厚な音が響く。
佐藤の目が点になり、突き出た顎が止まった。
「……は?」
「査定しろ。急いでいる」
佐藤の手が震えながら魔石に伸びる。
彼はそれを信じられないといった様子で手に取り、ルーペを覗き込んだ。
周囲にいた探索者たちも、その異様な大きさの魔石に気づき、一人、また一人と足を止める。
「これ……Cランク、いや、最上位個体のオーガの魔石じゃないか! なんで、君が……」
「拾ったとでも言いたいのか。……ならば、返せ。他で売る」
「ま、待ってください! 査定します! 今すぐ、ギルドマスターにも報告を……!」
佐藤の態度が、一瞬で豹変した。
昼間のあの横柄な態度はどこへやら、彼は揉み手をするようにして俺に椅子を勧めてきた。
だが、俺はそれを断り、壁に寄りかかって目を閉じた。
如月リンの肉体が、急速に休息を求めている。
数分後、奥の部屋から恰幅の良い中年の男が、慌てた様子で現れた。
ギルド支部長、高橋だ。
彼は魔石を一目見るなり、額に脂汗を浮かべて俺に歩み寄ってきた。
「如月リンさん……ですね。本日の配信、見させていただきました。信じられない、と言いたいところですが、証拠はこの通りだ」
「金になれば、それでいい」
「もちろんです! この魔石、純度が極めて高い。市場価格では通常三百万ですが、ギルドとしてはこの異例の事態を重く受け止め、特別ボーナスを上乗せして五百万で買い取りたいと考えています」
五百万。
病室で聞いた二千万という数字を思えば、四分の一だ。
たった一晩。たった一振りの剣。
それだけで、一人の少女の人生を縛り付けていた鎖が、音を立てて崩れていく。
「それから、如月さん。……もしよろしければ、当ギルドの専属探索者として、正式な契約を結びませんか? 装備の提供から、専属マネージャーの配置まで、最高条件を約束します」
周囲の探索者たちから、どよめきが上がった。
専属契約。それはトップクラスの配信者にしか許されない、特権階級の証だ。
だが、俺は目を開けることすら億劫だった。
「断る。……束縛されるのは、性分ではない」
「そ、そんな!? これほどの才能を、野に放っておくのは……」
「金は、今の口座に振り込んでおけ。……手続きは終わりか」
俺は高橋の返事を待たず、換金所を後にした。
後ろから「如月さん!」「待ってください!」という声が聞こえてくるが、無視だ。
今の俺にとって、ギルドの権威などというものは、古びた道場の看板よりも価値がない。
外に出ると、既に東の空が白み始めていた。
深夜の冷たい空気が、熱を持った体に心地よい。
俺はスマートフォンの画面を操作し、通知を確認した。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
さっきの配信の切り抜き動画が、既に各SNSで数万件のリポストを記録している。
「女子高生剣聖」「現代の宮本武蔵」「木刀一閃」
そんなタグが踊り、俺のフォロワー数は一万人を超えていた。
「……騒がしいことだ」
俺は呟き、近くのコンビニエンスストアに入った。
棚に並ぶ、色とりどりの食料。
如月リンの記憶にある「美味いもの」を、俺は片っ端からカゴに放り込んだ。
おにぎり、サンドイッチ、唐揚げ、そして甘い菓子パン。
かつての俺には考えられない、不摂生な食事だ。
だが、この肉体は飢えている。
魂を研ぎ澄ませるためにも、まずはこの器を満たさねばならん。
アパートに戻った俺は、買ってきた食料を机に並べ、夢中で貪り食った。
米の甘み、肉の脂、砂糖の暴力的な刺激。
八十年の人生で食してきた、どんな懐石料理よりも、今の俺には美味に感じられた。
「……ふぅ。食ったな」
腹が満たされると、急激な睡魔が襲ってきた。
俺はベッドに倒れ込み、泥のような眠りに落ちた。
夢の中で、俺はかつての俺と向かい合っていた。
若き日の俺。
筋肉に溢れ、命の火が最も強く燃えていた頃の俺。
彼は俺を見て、ただ静かに笑っていた。
今のこの脆い体が、いつか自分を超えると、確信しているかのように。
次に目が覚めた時、太陽は高く昇っていた。
スマートフォンのアラームが、執拗に鳴り続けている。
画面を見ると、着信の山。
病院、ギルド、知らない番号、そして――。
「……ふむ。学校、か」
如月リンが通っていた、県立高校。
不登校気味だった彼女を待っているのは、温かい居場所ではない。
だが、俺はゆっくりと起き上がり、セーラー服に袖を通した。
逃げる必要はない。
むしろ、この平穏な日常こそが、俺の技術を磨くための「余白」となる。
俺は鏡の前で、ポニーテールを結び直した。
瞳には、昨日よりもさらに深い静寂が宿っている。
竹光一本で世界を震撼させた少女の、二日目が始まろうとしていた。
だが、ギルド支部の建物だけは、昼間と変わらぬ光を放っている。
二十四時間営業の換金所。
そこには、夜通し獲物を求めていた探索者たちが疎らに集まっていた。
俺が受付に向かうと、そこには昼間の受付男、佐藤が欠伸をしながら立っていた。
彼は俺の姿を見止めるなり、鼻で笑って肩を竦めた。
「おや、如月さん。生きて帰ってこれたんだ。おめでとう。……で、成果は? アイアンラットの毛皮一枚でも拾ってきたかな?」
俺は何も答えず、カウンターの上にオーガの魔石を置いた。
ゴトリ、と重厚な音が響く。
佐藤の目が点になり、突き出た顎が止まった。
「……は?」
「査定しろ。急いでいる」
佐藤の手が震えながら魔石に伸びる。
彼はそれを信じられないといった様子で手に取り、ルーペを覗き込んだ。
周囲にいた探索者たちも、その異様な大きさの魔石に気づき、一人、また一人と足を止める。
「これ……Cランク、いや、最上位個体のオーガの魔石じゃないか! なんで、君が……」
「拾ったとでも言いたいのか。……ならば、返せ。他で売る」
「ま、待ってください! 査定します! 今すぐ、ギルドマスターにも報告を……!」
佐藤の態度が、一瞬で豹変した。
昼間のあの横柄な態度はどこへやら、彼は揉み手をするようにして俺に椅子を勧めてきた。
だが、俺はそれを断り、壁に寄りかかって目を閉じた。
如月リンの肉体が、急速に休息を求めている。
数分後、奥の部屋から恰幅の良い中年の男が、慌てた様子で現れた。
ギルド支部長、高橋だ。
彼は魔石を一目見るなり、額に脂汗を浮かべて俺に歩み寄ってきた。
「如月リンさん……ですね。本日の配信、見させていただきました。信じられない、と言いたいところですが、証拠はこの通りだ」
「金になれば、それでいい」
「もちろんです! この魔石、純度が極めて高い。市場価格では通常三百万ですが、ギルドとしてはこの異例の事態を重く受け止め、特別ボーナスを上乗せして五百万で買い取りたいと考えています」
五百万。
病室で聞いた二千万という数字を思えば、四分の一だ。
たった一晩。たった一振りの剣。
それだけで、一人の少女の人生を縛り付けていた鎖が、音を立てて崩れていく。
「それから、如月さん。……もしよろしければ、当ギルドの専属探索者として、正式な契約を結びませんか? 装備の提供から、専属マネージャーの配置まで、最高条件を約束します」
周囲の探索者たちから、どよめきが上がった。
専属契約。それはトップクラスの配信者にしか許されない、特権階級の証だ。
だが、俺は目を開けることすら億劫だった。
「断る。……束縛されるのは、性分ではない」
「そ、そんな!? これほどの才能を、野に放っておくのは……」
「金は、今の口座に振り込んでおけ。……手続きは終わりか」
俺は高橋の返事を待たず、換金所を後にした。
後ろから「如月さん!」「待ってください!」という声が聞こえてくるが、無視だ。
今の俺にとって、ギルドの権威などというものは、古びた道場の看板よりも価値がない。
外に出ると、既に東の空が白み始めていた。
深夜の冷たい空気が、熱を持った体に心地よい。
俺はスマートフォンの画面を操作し、通知を確認した。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
さっきの配信の切り抜き動画が、既に各SNSで数万件のリポストを記録している。
「女子高生剣聖」「現代の宮本武蔵」「木刀一閃」
そんなタグが踊り、俺のフォロワー数は一万人を超えていた。
「……騒がしいことだ」
俺は呟き、近くのコンビニエンスストアに入った。
棚に並ぶ、色とりどりの食料。
如月リンの記憶にある「美味いもの」を、俺は片っ端からカゴに放り込んだ。
おにぎり、サンドイッチ、唐揚げ、そして甘い菓子パン。
かつての俺には考えられない、不摂生な食事だ。
だが、この肉体は飢えている。
魂を研ぎ澄ませるためにも、まずはこの器を満たさねばならん。
アパートに戻った俺は、買ってきた食料を机に並べ、夢中で貪り食った。
米の甘み、肉の脂、砂糖の暴力的な刺激。
八十年の人生で食してきた、どんな懐石料理よりも、今の俺には美味に感じられた。
「……ふぅ。食ったな」
腹が満たされると、急激な睡魔が襲ってきた。
俺はベッドに倒れ込み、泥のような眠りに落ちた。
夢の中で、俺はかつての俺と向かい合っていた。
若き日の俺。
筋肉に溢れ、命の火が最も強く燃えていた頃の俺。
彼は俺を見て、ただ静かに笑っていた。
今のこの脆い体が、いつか自分を超えると、確信しているかのように。
次に目が覚めた時、太陽は高く昇っていた。
スマートフォンのアラームが、執拗に鳴り続けている。
画面を見ると、着信の山。
病院、ギルド、知らない番号、そして――。
「……ふむ。学校、か」
如月リンが通っていた、県立高校。
不登校気味だった彼女を待っているのは、温かい居場所ではない。
だが、俺はゆっくりと起き上がり、セーラー服に袖を通した。
逃げる必要はない。
むしろ、この平穏な日常こそが、俺の技術を磨くための「余白」となる。
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