死に際の天才老剣士、現代でTS美少女配信者として転生無双する

旅する書斎(☆ほしい)

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第4話 「怪物」の定義

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湿った土の匂いに混じり、鼻を突くような獣臭が漂ってくる。
ダンジョンの奥深くから響く足音は、一定の周期を刻みながら、確実にこちらの存在を捉えていた。
如月リンの脆弱な心臓が、鐘を叩くような激しさで警鐘を鳴らす。

「ふむ、これか。Cランクのオーガというのは」

暗闇から姿を現したのは、身長三メートルに迫る巨躯だった。
どす黒い筋肉が鋼鉄の鎧のように盛り上がり、その手には人の頭ほどもある棘付きの棍棒が握られている。
三つの目が血走った色でこちらを睨みつけ、口からはドロリとした粘液が滴り落ちていた。

:おいマジかよ……本当に出やがった。
:逃げろ! 今すぐ逃げろ! それは初心者が相手にしていい奴じゃない!
:カメラ揺れてねーぞ。この子、腰抜かして動けないのか?

ドローンの画面越しに、視聴者たちの悲鳴が流れる。
同接数は今や五百を超え、さらに加速しながら増え続けていた。
誰もが、次に起こる惨劇――可憐な少女が、あの巨大な棍棒で肉塊に変えられる瞬間を予見していた。

だが、俺の視界に映っているのは、ただの「未熟な標的」に過ぎない。
確かにデカい。力もあるだろう。
だが、その立ち姿は隙だらけだ。
重心が高く、足元の踏ん込みが甘い。

「ただのデカいだけの猪か。……退屈だな」

俺は模造刀の柄に手をかけた。
オーガが咆哮を上げる。
鼓膜を突き破らんばかりの爆音が通路に反響し、壁の苔が震えて剥がれ落ちる。
その衝撃波だけで、並の探索者なら膝を突くところだ。

オーガが猛然と突進を開始した。
巨大な質量が、時速数十キロの速度で肉迫する。
一歩ごとに地面が爆ぜ、天井から土砂が降り注ぐ。
棍棒が大きく振り上げられ、俺の頭上から死の影が降りてきた。

:あ……。
:終わった。
:誰か救急車! いや、もう意味ねえか……。

視聴者たちが絶望に染まったその刹那。
俺は、一歩だけ前に出た。
逃げるのではない。
敵の懐、死角のさらに奥へと潜り込む。

オーガの棍棒が空を切る。
衝撃で地面がクレーターのように陥没し、凄まじい土煙が舞った。
だが、そこに俺の姿はない。
俺は既に、オーガの懐を通り抜け、その背後へと到達していた。

「……抜。……即」

呟きと共に、俺は模造刀を納めた。
実際には抜いてもいない。
鞘の内側で刃を滑らせ、一瞬だけ「気」を放出したに過ぎない。
物理的な刃など、この領域では不要だ。

一拍置いて、オーガの巨躯が静止した。
次に、その首の周りに一本の、髪の毛よりも細い白い線が走る。
シュッ、という微かな音が鳴った直後。
三メートル近い怪物の頭部が、重力に従ってゆっくりとずり落ちた。

断面からは血が噴き出す暇すらない。
俺が放った真空の一閃は、細胞の一つ一つを焼き切るように断絶させていた。
首を失った胴体が、数秒の猶予を持って崩れ落ちる。
ズゥゥゥン、という地響きが、勝利のドラを鳴らした。

:……………………え?
:待て待て待て、今何が起きた?
:オーガが……一瞬で?
:いや、見えなかった。本当に何も見えなかったぞ!

チャット欄が、物理的に追えないほどの速度で流れ始める。
「!?」「神業」「チートだろ」という言葉が、画面を埋め尽くした。
同接数は一気に二千を突破。
深夜の低ランクダンジョン配信としては、異常事態と言っていい数字だ。

俺は足元に転がったオーガの頭部を一瞥し、軽く肩を回した。
心臓の鼓動はまだ速いが、不思議と不快ではない。
かつての戦場を思い出す。
ただ、体がついてこないのがもどかしい。

「……やはり、この肉体では三分が限界か」

俺は額の汗を拭い、カメラに向かって淡々と言った。
呼吸が荒いのは、オーガに苦戦したからではない。
単に、如月リンの運動不足と栄養失調が原因だ。

:三分が限界って、今のウルトラマンかよ。
:いや、三分あればこの子、この階層全滅させるだろ……。
:木刀だぞ。あれ、本当に木刀なのかよ。

俺はオーガの心臓付近にある巨大な魔石を、手際よく抉り出した。
通常の魔石よりも濃い、紅色の輝き。
これを売れば、当面の治療費と、まともな食事にはありつけるはずだ。

「今日はここまでだ。……腹が減った」

俺はそう言い残すと、配信終了のボタンを迷わず押した。
視聴者たちが「もっと見せろ」「今の技を解説しろ」と騒いでいたが、知ったことではない。
俺は、俺のペースでしか歩まない。

暗い通路を戻りながら、俺は自分の左手を見つめた。
模造刀を握っていた手のひらが、赤く腫れている。
骨の積み重ねで衝撃を逃がしたとはいえ、木刀という「柔らかい器」でオーガの強靭な肉体を断つには、相応の無理を強いた。

(もっと鍛えねばならんな。……少なくとも、米の一石(いっこく)も軽々と担げる程度には)

地上への階段が見えてくる。
そこには、騒ぎを聞きつけたのか、数人の探索者たちが驚愕の表情で立ち尽くしていた。
彼らは俺が背負った模造刀と、その手に握られた巨大な魔石を見て、言葉を失っている。

俺は彼らの視線を無視し、ただ前だけを見て歩き続けた。
如月リンとしての第一歩。
その対価としては、オーガの首一つ。
悪くない取引だった。
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