転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~

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第21話 私の戦場は、この厨房から

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「麒麟宮《きりんきゅう》を、包囲しております!」

地を揺るがすような、おびただしい数の兵士たちの鬨《とき》の声。
窓の外を見れば、松明《たいまつ》の赤い炎が、まるで巨大な蛇のように、宮殿を取り囲んでいた。
大将軍・魏嵐《ぎらん》が、ついに動いたのだ。

部屋の空気は、張り詰めた弓のように、ぴりぴりと緊張している。

でも、不思議と、私の心は穏やかだった。
隣には、誰よりも頼もしい、愛する人がいるから。
そして、私の前には、昨日までのライバルだったはずの、かけがえのない仲間たちがいるから。
もう、私は一人じゃない。

「――全軍、門を固く閉ざし、籠城戦の構えを取れ! 決して、退くな! 皇帝は、ここにいると伝えよ!」

暁《あかつき》さまの、威厳に満ちた声が、部屋に響き渡る。
その声には、微塵の揺らぎもなかった。
宰相や、近衛兵たちが、彼の的確な指示のもと、慌ただしく動き始める。
その、皇帝としての、冷静で、頼もしい姿に、私の胸は、きゅん、と熱くなった。

「わたくしの家臣たちも、今頃、陛下のもとへ馳せ参じているはずですわ。すぐに、伝令を送ります!」
香蘭《こうらん》さまが、きっぱりとした声で言う。

「うむ、頼んだぞ、香蘭。…アルフォンス、そなたは、もうよい。これは、我が国の内乱だ。そなたを巻き込むわけにはいかん」

暁さまの言葉に、アルフォンス王子は、優雅に首を横に振った。
「何を言うかね、暁皇帝。これは、もはや、ただの内乱ではない」
「麗しい姫君たちを危険に晒す、野蛮な輩を、この私が見過ごせると思うかね?」
「我が国の使節団の護衛兵も、君の味方だ。これは内政干渉ではない。未来の友への、ささやかな協力だよ」
彼は、そう言って、私に、悪戯っぽくウィンクしてみせた。

みんな、自分の立場で、自分の戦うべき場所で、戦おうとしている。
翻って、私は…?
私に、できることは、なんだろう。
剣も振れない、政《まつりごと》もわからない。
ただ、ここで、守られているだけなんて、絶対に嫌だ。
私が、この国のために、そして、何よりも、暁さまのために、できること…。

その時、私の脳裏に、一つの光景が浮かんだ。
それは、星詠みの力が見せた、未来のビジョン。
麒麟宮の、厨房だった。

(そうだ…!)

私は、顔を上げた。
「陛下。わたくしに、麒麟宮の厨房を、お任せください」
「厨房…? 麗霞《れいか》、何を言って…」
「戦は、兵士の方々だけでするものではございません。彼らを支える、食もまた、戦の要です。わたくしに、お任せください。必ずや、皆様の力になってみせます」

私の、真剣な瞳を見て、暁さまは、一瞬、驚いた顔をした。
そして、すぐに、誇らしそうに、ふ、と微笑んだ。
「…分かった。任せる。だが、決して、無茶はするな」

私は、力強く、頷いた。
私の、私だけの、戦いが、今、始まろうとしていた。

***

その頃、後宮学園『鳳仙院《ほうせんいん》』は、大将軍がばらまいた檄文によって、大パニックに陥っていた。

「やはり、麗霞さまは、国を惑わす魔女だったのよ!」
「陛下は、あの女に騙されているんだわ!」
「大将軍様こそが、我らを救ってくださる!」

多くの妃たちが、恐怖と扇動によって、反乱軍を支持しようとしていた。

その、混乱のまっただ中で、一つの、か細い、しかし、凛とした声が響き渡った。

「――麗霞さまは、魔女などではございません!」

声の主は、私のたった一人の友人、玉葉《ぎょくよう》さんだった。
彼女は、わなわなと震えながらも、妃たちの前に、一人、立ちはだかった。

「麗霞さまは、私たちに、美味しいお菓子の作り方を教えてくださいました!」
「私が、悩んでいる時には、優しく、話を聞いてくださいました! そんな、心優しい方が、魔女であるはずがございません!」

玉葉さんの、必死の叫び。
その言葉に、妃たちの中から、ぽつり、ぽつりと、同調する声が上がり始めた。

「そう言えば…私も、麗霞さまに、お茶の淹め方を、褒めていただいたことが…」
「あの方のタルト…本当に、美味しかったわ…」
「陛下が、あそこまで、夢中になるのも、分かる気がする…」

私が、この後宮で、不器用ながらも、少しずつ築いてきた、小さな、小さな絆。

その絆が、今、大きなうねりとなって、絶望に満ちた後宮の空気を、確かに、変えようとしていた。

遠く、麒麟宮の厨房にいる私にも、星詠みの力のおかげで、その光景が、手に取るように見えていた。
(みんな…!)
胸が、熱くなる。涙が、こぼれそうになる。
でも、泣いている暇はない。
私には、やるべきことがあるのだから。

「――料理長の厳《げん》さま! 皆様! どうか、わたくしに、お力をお貸しください!」

麒麟宮の巨大な厨房で、私は、すべての料理人たちに向かって、深々と頭を下げた。
最初は、私を「ぽっと出の妃」と、快く思っていなかった、料理長の厳さまも、この国の危機を前に、そして、私の、ただならぬ気迫に、心を動かされたようだった。

「…麗霞さま。お申し付けください! この厳、皇帝陛下の御ため、彩雲国《さいうんこく》の御ため、この腕、振るわぬわけにはまいりませんぞ!」
「おお!」と、他の料理人たちからも、力強い声が上がる。
私たちは、今、一つのチームになったのだ。
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