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第1話 ゴミ箱行きの聖女候補と、至高の離乳食
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冷徹なまでの静寂が、大聖堂の空気をごりごりと削り取っていく。
高く聳え立つステンドグラスから差し込む光は、まるで審判の光だ。
その中心で、私は跪かされていた。
目の前には、かつて愛を誓い合ったはずの婚約者、聖騎士団長カイ。
そして、私の義理の姉であるエレナが、彼の腕に抱かれていた。
「クロエ。お前の聖女候補としての資格を剥奪する」
カイの声は、冬の氷河のように冷たい。
私の胸を突き刺し、魂を凍らせるには十分すぎるほどの温度だった。
彼の隣で、エレナが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
その瞳には、私への慈悲など微塵も存在しない。
ただ、邪魔なゴミを片付けた後の清々しさだけが溢れていた。
「カイ様、そんなに強く言わないであげて。クロエだって、わざとあんな無能なスキルを授かったわけじゃないんですから」
エレナの声が、わざとらしく震える。
無能なスキル。
私の脳裏に、鑑定の儀で告げられたその言葉がリフレインする。
私の固有スキルは【調育料理】。
戦闘に役立つ神聖魔法でもなければ、枯れた大地を癒やす奇跡の力でもない。
ただ、魔力の幼体――つまり魔獣の赤ちゃんに、最適な離乳食を作るためだけの力。
戦時下にあるこの聖王国において、それは「食事当番以下のゴミ」と断じられた。
「エレナ、お前は優しすぎる。魔獣を育てるなど、人類への反逆も同義だ。そんな呪わしいスキルを持つ女を、聖女の座に置くわけにはいかない」
カイの視線が、私を汚物を見るかのように蔑む。
ああ、こいつ、今めちゃくちゃ格好つけてるな。
心の中で、冷めた自分がそう呟いた。
悲しみよりも先に、呆れが込み上げてくる。
11年間、私はこの国のために祈り、身を粉にして働いてきた。
それなのに、一度スキルの相性が悪いと分かった途端、この仕打ちか。
「クロエ、お前には古代遺跡『奈落の揺り籠』への追放を命じる。そこでせいぜい、お前の大好きな魔物の世話でもして果てるがいい」
奈落の揺り籠。
そこは、一度入れば二度と戻れないと言われる魔獣の巣窟だ。
凶悪な魔力が渦巻き、熟練の探索者ですら足を踏み入れるのを拒む死の土地。
そこに、武器も持たず、着の身着のまま放り出すという。
それは死刑宣告と何ら変わりはない。
「……分かりました。謹んでお受けいたします」
私は静かに頭を下げた。
エレナが小さく、あはっと、鈴を転がすような声で笑う。
カイが私に背を向け、エレナの肩を抱いて歩き出す。
その背中を見送りながら、私は自分の掌を見つめた。
【調育料理】。
誰もがゴミだと笑ったこのスキルが、私の指先で静かに脈動している。
彼らは知らない。
このスキルが、単なる「料理」ではないことを。
それは魔力の回路を根本から書き換え、生物の限界を突破させる究極の調律だ。
「魔獣の離乳食、か。悪くないわね」
城の衛兵たちに両脇を抱えられ、私は引きずられるようにして大聖堂を後にした。
背後で、新しい聖女の誕生を祝う鐘の音が鳴り響く。
その騒々しい音が遠ざかるにつれ、私の心は不思議と軽くなっていった。
自由だ。
もう、あの窮屈なドレスも、偽善に満ちた祈りも必要ない。
私は、私のために、この力を使う。
馬車に揺られ、数日。
たどり着いたのは、深い霧に包まれた巨大な遺跡の入り口だった。
腐敗した植物の臭いと、肌を刺すような高濃度の魔力が鼻腔を突く。
衛兵たちは怯えたように私を突き飛ばすと、逃げるように馬車を走らせていった。
泥に汚れた服を払い、私は一人、口を開けた暗黒へと足を踏み入れる。
一歩、踏み込むごとに、外の世界の光が消えていく。
壁には不気味な発光苔がへばりつき、奥からは獣の低い唸り声が聞こえてくる。
普通の人なら、恐怖で心臓が止まるかもしれない。
けれど、私には分かった。
この空気。この魔力。
食材としては、最高じゃない。
「さて、まずはキッチン……じゃなくて、拠点を探さないと」
私は鼻歌まじりに、死の遺跡を歩き出す。
絶望に震える聖女候補を期待していた連中が見たら、腰を抜かすに違いない。
しばらく進むと、通路の隅で何かが動いた。
発光苔の微かな光の中に、小さな影が浮き上がる。
それは、銀色の毛並みを持った、子犬のような生き物だった。
いや、子犬というには、あまりにもガリガリに痩せ細っている。
四肢は震え、呼吸は浅い。
その緋色の瞳には、死の影が濃く落ちていた。
「あら……こんなところで、迷子?」
私はその子の前に屈み込んだ。
伝説の魔獣、フェンリルの幼体。
かつて世界を滅ぼしかけたと言われる神獣の子供が、そこにはいた。
本来なら、近づくだけで魂が削られるほどの威圧感を持っているはずだが、今は見る影もない。
魔力の枯渇。
この遺跡の歪んだ魔力環境に適応できず、餓死寸前なのだ。
「お腹、空いてるのね」
私はマジックバッグから、予備の小さな鍋と、隠し持っていた食材を取り出した。
聖女候補時代、趣味で集めていた最高級の魔力銀の鍋。
そこに入れるのは、先ほど通路で摘み取った「魔力殺しの毒キノコ」。
普通に食べれば即死する猛毒だが、私の【調育料理】を通せば、それは純粋な魔力の塊へと昇華される。
「待っててね。今、世界で一番美味しい離乳食を作ってあげるから」
指先を鍋にかざすと、淡い緑色の光が溢れ出した。
スキルが発動し、食材の原子レベルでの再構成が始まる。
毒が消え、栄養が凝縮され、フェンリルの幼体に最も適合した魔力波形へと変換されていく。
鍋から立ち上る香りは、天界の果実よりも甘く、食欲を暴力的に刺激した。
完成したのは、淡い銀色に輝くトロトロのペースト。
私はそれを指ですくい、震える子犬の口元へ運んだ。
子犬は微かに鼻を動かし、やがて、覚悟を決めたように私の指を舐めた。
高く聳え立つステンドグラスから差し込む光は、まるで審判の光だ。
その中心で、私は跪かされていた。
目の前には、かつて愛を誓い合ったはずの婚約者、聖騎士団長カイ。
そして、私の義理の姉であるエレナが、彼の腕に抱かれていた。
「クロエ。お前の聖女候補としての資格を剥奪する」
カイの声は、冬の氷河のように冷たい。
私の胸を突き刺し、魂を凍らせるには十分すぎるほどの温度だった。
彼の隣で、エレナが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
その瞳には、私への慈悲など微塵も存在しない。
ただ、邪魔なゴミを片付けた後の清々しさだけが溢れていた。
「カイ様、そんなに強く言わないであげて。クロエだって、わざとあんな無能なスキルを授かったわけじゃないんですから」
エレナの声が、わざとらしく震える。
無能なスキル。
私の脳裏に、鑑定の儀で告げられたその言葉がリフレインする。
私の固有スキルは【調育料理】。
戦闘に役立つ神聖魔法でもなければ、枯れた大地を癒やす奇跡の力でもない。
ただ、魔力の幼体――つまり魔獣の赤ちゃんに、最適な離乳食を作るためだけの力。
戦時下にあるこの聖王国において、それは「食事当番以下のゴミ」と断じられた。
「エレナ、お前は優しすぎる。魔獣を育てるなど、人類への反逆も同義だ。そんな呪わしいスキルを持つ女を、聖女の座に置くわけにはいかない」
カイの視線が、私を汚物を見るかのように蔑む。
ああ、こいつ、今めちゃくちゃ格好つけてるな。
心の中で、冷めた自分がそう呟いた。
悲しみよりも先に、呆れが込み上げてくる。
11年間、私はこの国のために祈り、身を粉にして働いてきた。
それなのに、一度スキルの相性が悪いと分かった途端、この仕打ちか。
「クロエ、お前には古代遺跡『奈落の揺り籠』への追放を命じる。そこでせいぜい、お前の大好きな魔物の世話でもして果てるがいい」
奈落の揺り籠。
そこは、一度入れば二度と戻れないと言われる魔獣の巣窟だ。
凶悪な魔力が渦巻き、熟練の探索者ですら足を踏み入れるのを拒む死の土地。
そこに、武器も持たず、着の身着のまま放り出すという。
それは死刑宣告と何ら変わりはない。
「……分かりました。謹んでお受けいたします」
私は静かに頭を下げた。
エレナが小さく、あはっと、鈴を転がすような声で笑う。
カイが私に背を向け、エレナの肩を抱いて歩き出す。
その背中を見送りながら、私は自分の掌を見つめた。
【調育料理】。
誰もがゴミだと笑ったこのスキルが、私の指先で静かに脈動している。
彼らは知らない。
このスキルが、単なる「料理」ではないことを。
それは魔力の回路を根本から書き換え、生物の限界を突破させる究極の調律だ。
「魔獣の離乳食、か。悪くないわね」
城の衛兵たちに両脇を抱えられ、私は引きずられるようにして大聖堂を後にした。
背後で、新しい聖女の誕生を祝う鐘の音が鳴り響く。
その騒々しい音が遠ざかるにつれ、私の心は不思議と軽くなっていった。
自由だ。
もう、あの窮屈なドレスも、偽善に満ちた祈りも必要ない。
私は、私のために、この力を使う。
馬車に揺られ、数日。
たどり着いたのは、深い霧に包まれた巨大な遺跡の入り口だった。
腐敗した植物の臭いと、肌を刺すような高濃度の魔力が鼻腔を突く。
衛兵たちは怯えたように私を突き飛ばすと、逃げるように馬車を走らせていった。
泥に汚れた服を払い、私は一人、口を開けた暗黒へと足を踏み入れる。
一歩、踏み込むごとに、外の世界の光が消えていく。
壁には不気味な発光苔がへばりつき、奥からは獣の低い唸り声が聞こえてくる。
普通の人なら、恐怖で心臓が止まるかもしれない。
けれど、私には分かった。
この空気。この魔力。
食材としては、最高じゃない。
「さて、まずはキッチン……じゃなくて、拠点を探さないと」
私は鼻歌まじりに、死の遺跡を歩き出す。
絶望に震える聖女候補を期待していた連中が見たら、腰を抜かすに違いない。
しばらく進むと、通路の隅で何かが動いた。
発光苔の微かな光の中に、小さな影が浮き上がる。
それは、銀色の毛並みを持った、子犬のような生き物だった。
いや、子犬というには、あまりにもガリガリに痩せ細っている。
四肢は震え、呼吸は浅い。
その緋色の瞳には、死の影が濃く落ちていた。
「あら……こんなところで、迷子?」
私はその子の前に屈み込んだ。
伝説の魔獣、フェンリルの幼体。
かつて世界を滅ぼしかけたと言われる神獣の子供が、そこにはいた。
本来なら、近づくだけで魂が削られるほどの威圧感を持っているはずだが、今は見る影もない。
魔力の枯渇。
この遺跡の歪んだ魔力環境に適応できず、餓死寸前なのだ。
「お腹、空いてるのね」
私はマジックバッグから、予備の小さな鍋と、隠し持っていた食材を取り出した。
聖女候補時代、趣味で集めていた最高級の魔力銀の鍋。
そこに入れるのは、先ほど通路で摘み取った「魔力殺しの毒キノコ」。
普通に食べれば即死する猛毒だが、私の【調育料理】を通せば、それは純粋な魔力の塊へと昇華される。
「待っててね。今、世界で一番美味しい離乳食を作ってあげるから」
指先を鍋にかざすと、淡い緑色の光が溢れ出した。
スキルが発動し、食材の原子レベルでの再構成が始まる。
毒が消え、栄養が凝縮され、フェンリルの幼体に最も適合した魔力波形へと変換されていく。
鍋から立ち上る香りは、天界の果実よりも甘く、食欲を暴力的に刺激した。
完成したのは、淡い銀色に輝くトロトロのペースト。
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