聖女の座を奪われ追放された私は【魔獣の離乳食】作りを極めます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第5話 毒竜の断末魔を、極上の甘味に変えて

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探索者たちをルナの「軽い散歩(命がけの鬼ごっこ)」に付き合わせた後、私は遺跡のさらに深部、通称『忘却の庭園』へと足を踏み入れていた。
ここは高濃度の魔力が飽和し、空気そのものが粘り気を持っている。
普通の人間なら肺が焼け付くような環境だが、【調育料理】のスキルを持つ私には、ここが天然の熟成庫のように感じられた。

ルナ、いい子ね。あんなに走ったのに、毛並みがちっとも乱れていないわ。

「ワフッ!」

ルナは私の横を歩きながら、誇らしげに胸を張る。
彼の銀色の体からは、常に微細な魔力波が放出されており、それが周囲の有害な霧を完璧に浄化していた。
私のパーフェクトな離乳食が、彼の体内器官を極限まで活性化させた結果だ。

だが、庭園の中央まで来た時、ルナが足を止めた。
喉の奥から、今までで一番低い、地響きのような唸り声が漏れる。
その視線の先、巨大な枯れ木のようなものの根元に、それはいた。

「……あら、今度はお客様じゃなくて、患者さんかしら」

そこにいたのは、全長十メートルを優に超える巨大な『古代毒竜(エルダー・ポイズン・ドラゴン)』だった。
だが、その姿は無惨だった。
本来なら美しい紫紺であるはずの鱗は腐食し、そこからどす黒い液体が絶え間なく溢れ出している。
その毒液が地面に触れるたび、岩がジュウと音を立てて溶けていた。
毒竜は、苦痛に満ちた声を上げながら、ただ死を待つように横たわっている。

「グルル……」

ルナが前脚を出し、いつでも飛びかかれる体勢を取る。
だが、私はその背中をそっと叩いて制した。

待って、ルナ。あの竜、死ぬ気じゃないわ。……お腹を壊しているだけよ。

【調育料理】の鑑定能力が、竜の体内情報を読み取る。
この毒竜は、遺跡の異変によって劣化した魔力結晶を大量に摂取してしまったのだ。
その結果、体内の魔力循環が逆流し、自分の毒を自分で中和できなくなっている。
いわば、重度の食中毒と自家中毒の併発だ。

「……可哀想に。誰にも適切な離乳食――いえ、療養食を作ってもらえなかったのね」

私はマジックバッグから、先ほど探索者たちから没収した『龍の鱗粉』と『古代樹の樹液』を取り出した。
さらに、周囲に自生している「毒消し草」の原種を摘み取る。
普通の料理人なら、これらを混ぜてもただの毒消し薬しか作れない。
だが、私なら話は別だ。

私は地面に小さな魔法陣を描き、その上に予備の銀鍋を置いた。
樹液を煮詰め、鱗粉を振りかける。
そこへ、毒竜が吐き出している毒液を、あえて一滴、直接鍋の中に落とし込んだ。

ジュワァァァッ!

不気味な紫色の煙が立ち上る。
だが、私が指先から「慈愛の魔力」を流し込むと、その煙は一瞬で純白へと染まり、周囲の空気を洗うような清涼な香りに変わった。
【調育料理:解毒のハニー・コンフィチュール】。
毒そのものを最高の甘味と栄養へと反転させる、魔道調理の極致。

「さあ、お口を開けて。これを食べれば、すぐに楽になれるわ」

私は完成した輝く琥珀色のペーストを手に、毒竜の巨大な顎へと歩み寄る。
毒竜は最初、私を威嚇しようと目を剥いたが、その鼻腔を突いた香りに、すべての抵抗心を奪われたようだった。
死の苦しみの中に差し込んだ、たった一つの福音。
竜は震える舌を伸ばし、私の手からペーストを舐めとった。

瞬間。
毒竜の巨体が、まばゆい紫の光に包まれた。

爆発的な魔力の奔流が庭園を吹き抜け、腐敗していた周囲の植物が一斉に花を咲かせる。
竜のボロボロだった鱗が次々と剥がれ落ち、下から現れたのは、磨き上げられたアメジストのような、透明感のある美しい鱗だった。
さらに驚くべきことに、その巨体はみるみるうちに縮んでいく。
過剰なエネルギーを排出し、最も効率的で健康な「幼体」へと姿を変えたのだ。

「キュイッ!」

光が収まった後、そこにいたのは、手のひらサイズの可愛らしい小龍だった。
背中には小さな翼が生え、丸っこい瞳で私を見上げている。
先ほどまでの凶悪な威圧感は消え、代わりに、神聖なまでの清らかな魔力を纏っていた。

「あら、とっても可愛くなったわね」

私が指を差し出すと、小龍はそこに頬ずりをして、幸せそうに目を細めた。
伝説の古代竜が、私の料理一つで完全な忠誠を誓った瞬間だ。
ルナが「自分だけのポジションが奪われる」と察したのか、慌てて割り込んできて、私の足元でゴロゴロと甘え始めた。

「はいはい、ルナも大好きよ。……でも、これで二人目ね」

私は小龍を肩に乗せ、満足げに微笑んだ。
最強の神獣フェンリルと、毒を克服した古代竜。
この二匹がいれば、この遺跡はもはや私の王国だ。
一方、その頃。
遺跡の外では、命からがら逃げ出した探索者たちが、聖王国の王宮へと駆け込んでいた。

「報告します! 追放された聖女クロエは……彼女は……魔獣を支配し、神の如き料理を振る舞う、奈落の支配者と化していました!」

その報告が、王国の静寂を、そして隣国で密かに動き出していた「ある男」の心を、激しく揺さぶることになる。
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