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第6話 王国のパニックと、忍び寄る麗しき捕獲者
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聖王国の王宮、謁見の間。
そこには、かつてないほどの重苦しい空気が漂っていた。
玉座に座る国王の顔は土気色に染まり、その傍らで聖騎士団長カイと聖女エレナが、震える手で報告書を握りしめている。
「……ありえない。フェンリルを手懐けただと? そんな話、お伽話でも聞いたことがない!」
カイが机を叩き、怒鳴り散らす。
だが、その瞳の奥には隠しきれない恐怖が張り付いていた。
彼が「無能」と断じてゴミのように捨てた女が、今や世界を滅ぼしかねない神獣をペットにしている。
その事実が、彼のプライドを内側から腐らせていた。
「カイ様、落ち着いてください。きっと何かの間違いですわ。クロエにあんな力があるはずありません。きっと、何か卑怯な魔導具を使ったに違いないのです」
エレナが必死にフォローを入れるが、その声は上ずっている。
彼女の足元では、彼女の不完全な祈りのせいで暴走した魔獣たちが、王都の地下で今も咆哮を上げている。
聖女としての権威は、今や風前の灯火だった。
一方、その混乱を冷徹な目で見つめている男がいた。
隣国、アステリア皇国の皇太子、ジークフリート。
彼は「魔獣の専門家」として、暴走する魔獣の調査という名目でこの国を訪れていた。
だが、彼の真の目的は別にあった。
彼は、報告に来た探索者たちの証言を聞き、唇を薄く吊り上げた。
「……【調育料理】、か。面白い」
彼の瞳は、獲物を見つけた猛獣のように鋭く輝いている。
ジークフリートは、この世界の魔力回路の本質を理解している数少ない人間の一人だった。
彼には分かっていた。
クロエという少女が成し遂げていることが、単なる「調教」ではないことを。
それは、生物の根源的な設計図を書き換える、神の領域の技術だ。
「この国は、とんでもない至宝をドブに捨てたようだな」
彼は吐き捨てるように言うと、王室の連中を無視して部屋を後にした。
彼の背後には、影のように付き従う精鋭の隠密部隊がいる。
「殿下、いかがなさいますか?」
「決まっている。その『聖女』を、我が国へお迎えする。……たとえ、この国を敵に回してでもな」
ジークフリートの言葉には、揺るぎない確信と、クロエ個人に対する歪んだまでの興味が混じっていた。
その頃、当の私は、遺跡の奥でルナと新しい仲間――小龍の『シオン』と一緒に、おやつの時間を楽しんでいた。
探索者たちから没収したマジックバッグの中には、驚くほど質の高いティーセットまで入っていたのだ。
きっと、遠征先でも贅沢をするつもりだったのだろう。
今は、私の優雅なスローライフを彩る道具に過ぎない。
「ルナ、シオン。次はお肉のテリーヌにしようかしら。庭園の奥に、最高級の『マナ・ベア』がいたわよね」
「ワフッ!」
「キュイッ!」
二匹は嬉しそうに飛び跳ねる。
マナ・ベア。
並の騎士団が壊滅するほどの狂暴な魔獣だが、今の私にとっては「ちょっと脂が乗った良質な食材」でしかない。
私は鼻歌まじりに、重厚な石の扉を開けて進んでいく。
この遺跡のすべての魔獣が、私の料理を求めて行列を作る日も近いかもしれない。
だが、不意に、背後の空間がゆらりと歪んだ。
ルナがいち早く反応し、毛を逆立てて背後の闇を睨みつける。
そこには、音もなく現れた一人の男が立っていた。
洗練された黒い軍服を纏い、銀色の髪をなびかせた、ため息が出るほど美しい男。
ジークフリート皇太子が、そこにいた。
彼は、ルナの凄まじい殺圧を正面から受けながらも、不敵な笑みを崩さない。
それどころか、彼の目はルナを通り越し、エプロン姿の私を情熱的に捉えていた。
「……ようやく見つけた、私の運命の女性よ」
は?
私は思わず、手に持っていたティーカップを落としそうになった。
何、この人。
いきなり現れて、何を言っているのかしら。
ルナがいつでも飛びかかれるように姿勢を低くするが、男は動じない。
彼は優雅に一歩踏み出し、私の前に跪いた。
「君のその力、その気高さ。すべてが私の理想だ。……クロエ、君を、我が皇国の『至高の宝』として、そして私の妻として迎えに来た」
「……お断りします。今、忙しいので」
私は即答した。
だって、これからマナ・ベアの仕込みがあるのだ。
結婚だの皇国だの、私の美味しい料理作りを邪魔する要素でしかない。
だが、ジークフリートは私の拒絶など想定内だと言わんばかりに、さらに深く微笑んだ。
「いい返事だ。……だが、私は一度狙った獲物は逃さない主義でね。君がどうしても来ないと言うなら、この遺跡ごと買い取らせてもらおうか」
「……この人、話が通じないタイプだわ」
私はルナと視線を合わせた。
ルナも「こいつ、ちょっとヤバい奴だ」と同情的な目を向けてくる。
どうやら、平和な遺跡生活に、一番厄介な「外敵」が紛れ込んでしまったらしい。
ジークフリートの背後で、彼の部下たちが一斉に魔法陣を展開する。
だが、それは攻撃のためではない。
私の周囲に、見たこともないほど豪華な「移動式宮殿」を召喚するためだった。
「さあ、クロエ。君に相応しい舞台を用意した。ここで君の料理を、私だけに振る舞ってくれないか?」
私の、静かな怒りがふつふつと湧き上がる。
せっかくルナとシオンと、誰にも邪魔されない美食ライフを楽しんでいたのに。
この男、絶対に後悔させてやる。
「……いいわ。そこまで言うなら、食べてみればいいじゃない。……私の、特製の『離乳食』をね」
私は不敵に笑い返し、新しい鍋を火にかけた。
そこには、かつてないほどの重苦しい空気が漂っていた。
玉座に座る国王の顔は土気色に染まり、その傍らで聖騎士団長カイと聖女エレナが、震える手で報告書を握りしめている。
「……ありえない。フェンリルを手懐けただと? そんな話、お伽話でも聞いたことがない!」
カイが机を叩き、怒鳴り散らす。
だが、その瞳の奥には隠しきれない恐怖が張り付いていた。
彼が「無能」と断じてゴミのように捨てた女が、今や世界を滅ぼしかねない神獣をペットにしている。
その事実が、彼のプライドを内側から腐らせていた。
「カイ様、落ち着いてください。きっと何かの間違いですわ。クロエにあんな力があるはずありません。きっと、何か卑怯な魔導具を使ったに違いないのです」
エレナが必死にフォローを入れるが、その声は上ずっている。
彼女の足元では、彼女の不完全な祈りのせいで暴走した魔獣たちが、王都の地下で今も咆哮を上げている。
聖女としての権威は、今や風前の灯火だった。
一方、その混乱を冷徹な目で見つめている男がいた。
隣国、アステリア皇国の皇太子、ジークフリート。
彼は「魔獣の専門家」として、暴走する魔獣の調査という名目でこの国を訪れていた。
だが、彼の真の目的は別にあった。
彼は、報告に来た探索者たちの証言を聞き、唇を薄く吊り上げた。
「……【調育料理】、か。面白い」
彼の瞳は、獲物を見つけた猛獣のように鋭く輝いている。
ジークフリートは、この世界の魔力回路の本質を理解している数少ない人間の一人だった。
彼には分かっていた。
クロエという少女が成し遂げていることが、単なる「調教」ではないことを。
それは、生物の根源的な設計図を書き換える、神の領域の技術だ。
「この国は、とんでもない至宝をドブに捨てたようだな」
彼は吐き捨てるように言うと、王室の連中を無視して部屋を後にした。
彼の背後には、影のように付き従う精鋭の隠密部隊がいる。
「殿下、いかがなさいますか?」
「決まっている。その『聖女』を、我が国へお迎えする。……たとえ、この国を敵に回してでもな」
ジークフリートの言葉には、揺るぎない確信と、クロエ個人に対する歪んだまでの興味が混じっていた。
その頃、当の私は、遺跡の奥でルナと新しい仲間――小龍の『シオン』と一緒に、おやつの時間を楽しんでいた。
探索者たちから没収したマジックバッグの中には、驚くほど質の高いティーセットまで入っていたのだ。
きっと、遠征先でも贅沢をするつもりだったのだろう。
今は、私の優雅なスローライフを彩る道具に過ぎない。
「ルナ、シオン。次はお肉のテリーヌにしようかしら。庭園の奥に、最高級の『マナ・ベア』がいたわよね」
「ワフッ!」
「キュイッ!」
二匹は嬉しそうに飛び跳ねる。
マナ・ベア。
並の騎士団が壊滅するほどの狂暴な魔獣だが、今の私にとっては「ちょっと脂が乗った良質な食材」でしかない。
私は鼻歌まじりに、重厚な石の扉を開けて進んでいく。
この遺跡のすべての魔獣が、私の料理を求めて行列を作る日も近いかもしれない。
だが、不意に、背後の空間がゆらりと歪んだ。
ルナがいち早く反応し、毛を逆立てて背後の闇を睨みつける。
そこには、音もなく現れた一人の男が立っていた。
洗練された黒い軍服を纏い、銀色の髪をなびかせた、ため息が出るほど美しい男。
ジークフリート皇太子が、そこにいた。
彼は、ルナの凄まじい殺圧を正面から受けながらも、不敵な笑みを崩さない。
それどころか、彼の目はルナを通り越し、エプロン姿の私を情熱的に捉えていた。
「……ようやく見つけた、私の運命の女性よ」
は?
私は思わず、手に持っていたティーカップを落としそうになった。
何、この人。
いきなり現れて、何を言っているのかしら。
ルナがいつでも飛びかかれるように姿勢を低くするが、男は動じない。
彼は優雅に一歩踏み出し、私の前に跪いた。
「君のその力、その気高さ。すべてが私の理想だ。……クロエ、君を、我が皇国の『至高の宝』として、そして私の妻として迎えに来た」
「……お断りします。今、忙しいので」
私は即答した。
だって、これからマナ・ベアの仕込みがあるのだ。
結婚だの皇国だの、私の美味しい料理作りを邪魔する要素でしかない。
だが、ジークフリートは私の拒絶など想定内だと言わんばかりに、さらに深く微笑んだ。
「いい返事だ。……だが、私は一度狙った獲物は逃さない主義でね。君がどうしても来ないと言うなら、この遺跡ごと買い取らせてもらおうか」
「……この人、話が通じないタイプだわ」
私はルナと視線を合わせた。
ルナも「こいつ、ちょっとヤバい奴だ」と同情的な目を向けてくる。
どうやら、平和な遺跡生活に、一番厄介な「外敵」が紛れ込んでしまったらしい。
ジークフリートの背後で、彼の部下たちが一斉に魔法陣を展開する。
だが、それは攻撃のためではない。
私の周囲に、見たこともないほど豪華な「移動式宮殿」を召喚するためだった。
「さあ、クロエ。君に相応しい舞台を用意した。ここで君の料理を、私だけに振る舞ってくれないか?」
私の、静かな怒りがふつふつと湧き上がる。
せっかくルナとシオンと、誰にも邪魔されない美食ライフを楽しんでいたのに。
この男、絶対に後悔させてやる。
「……いいわ。そこまで言うなら、食べてみればいいじゃない。……私の、特製の『離乳食』をね」
私は不敵に笑い返し、新しい鍋を火にかけた。
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