勇者召喚に巻き込まれた俺は『荷物持ち』スキルしか貰えなかった。旅商人として自由に生きたいのに、伝説の運び屋と間違われています

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静まり返ったギルドマスター室に、倒れた男たちのうめき声だけが小さく響いていた。

セレスティーナは、まだ状況が飲み込めていないのか、呆然とした表情で俺とリリを交互に見ている。その翠の瞳が、大きく見開かれていた。

「……あなたたち、一体……何者なの……?」

ようやく絞り出したような声で、彼女が尋ねる。

「言ったでしょう。ただの旅の商人ですよ」

俺は肩をすくめながら答えた。

そこへ、部屋の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。マルス子爵が、生き残ったギルドの魔術師たちを連れて駆け込んできたのだ。

「セレスティーナ! 無事か!」

「お父様……! それに、皆さん……!」

子爵は、部屋に転がる黒服の男たちと、その中心に立つ俺とリリを見て、一瞬言葉を失った。

「こ、これは……ノボル様が?」

「まあ、そんなところです。とりあえず、こいつらを縛り上げて、衛兵にでも引き渡してください。ラウダ伯爵の差し金だっていう、動かぬ証拠になるでしょう」

俺の言葉に、魔術師たちがはっと我に返り、手際よく傭兵たちを拘束し始めた。

セレスティーナが、ふらつきながら俺の元へ歩み寄ってくる。

「……助けてくれて、ありがとう。あなたがいなければ、今頃私は……」

「気にしないでください。これは、ただの気まぐれです」

俺はそう言って、彼女から視線をそらした。あまり感謝されるのは、どうにもむず痒い。

「気まぐれですって……? あなたは、私たちのギルドを、いえ、私の命を救ってくれたのよ。それなのに、そんな……」

セレスティーナは、何か言いたげに唇を噛み締めている。

しばらくして、ギルド内の騒ぎはすっかり収まった。捕らえられた傭兵たちは、駆けつけた衛兵たちによって連行されていく。彼らがラウダ伯爵に雇われたという事実は、すぐに王宮にも伝わるだろう。伯爵の失脚は免れない。

俺とリリは、セレスティーナに改めてギルドマスター室に招かれた。マルス子爵も同席している。

「ノボル様、この度のご恩、何と感謝すればよいか……」

子爵が深々と頭を下げる。

「ですから、気にしないでくださいと。俺は、これ以上面倒ごとに関わるのはごめんなんです」

俺が釘を刺すように言うと、子爵は少し寂しそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

代わりに、セレスティーナが口を開く。

「ノボル、と言ったわね。改めて、礼を言うわ。本当にありがとう」

「どういたしまして」

「それで……単刀直入に聞くわ。あなた、やはり私の研究に協力する気はない?」

またその話か。俺は内心でため息をついた。

「ありません。言ったはずです。俺は静かに暮らしたいんです」

「その力を持ちながら、静かに暮らすですって? それは、宝の持ち腐れというものよ」

セレスティーナは、真剣な目で俺を見つめてくる。

「あなたのスキル……【荷物持ち】と言ったかしら。それは、ただの収納スキルじゃない。空間そのものに干渉する、神の領域の力だわ。それを解明できれば、この世界のありとあらゆる問題を解決できるかもしれないのよ? 例えば、食糧難に苦しむ地域に、瞬時に物資を届けたり……」

「興味ありませんね。俺は、聖人君子じゃないんで」

俺が冷たく言い放つと、セレスティーナは少し悲しそうな顔をした。

「そう……。どうしても、ダメかしら?」

「ダメです」

俺のきっぱりとした返事に、彼女は深いため息をついた。

「わかったわ。無理強いはしない。でも、これだけは受け取ってほしいの。命を救ってくれたことへの、せめてもの感謝の印よ」

そう言ってセレスティーナが差し出したのは、一つの小さな袋だった。中からは、ずっしりとした重みが伝わってくる。

「これは?」

「白金貨百枚。それと、これは王都の商業ギルドで特別な便宜を受けられる通行証。これがあれば、普通は手に入らないような商品も、優先的に取引できるはずよ」

白金貨百枚。金貨に換算すれば、千枚分だ。これまでの儲けを軽く上回る大金だった。それに、商業ギルドの特別な通行証。商人として活動していく上で、これほど心強いものはない。

「……いいんですか、こんなものまで」

「ええ。これくらいでは、あなたのしてくれたことへの対価としては、安すぎるくらいだわ」

断る理由もなかったので、俺はありがたくそれを受け取ることにした。

「ありがとうございます。それでは、俺たちはこれで」

用は済んだ。これ以上、この面倒な貴族たちと関わるつもりはない。俺はリリを促し、席を立とうとした。

「待ってちょうだい」

セレスティーナが、再び俺を呼び止める。

「……まだ何か?」

「最後に、一つだけ聞かせて。あなた、これからどうするつもりなの? この王都に留まるの? それとも、またどこかへ旅に出るの?」

「さあ。まだ何も決めていませんよ。風の吹くまま、気の向くままに、ってところですかね」

「そう……」

セレスティーナは何かを考え込むように、黙り込んでしまった。

その時、ギルドマスター室の扉が、控えめにノックされた。

「セレスティーティーナ様、お客様です。王宮より、近衛騎士団長様がお見えになりました」

部下の魔術師の言葉に、セレスティーナとマルス子爵の顔に緊張が走った。

「近衛騎士団長が、なぜここに……?」

「通してちょうだい」

セレスティーナがそう言うと、重々しい鎧に身を包んだ、壮年の騎士が部屋に入ってきた。その顔には、深い皺が刻まれているが、瞳の奥には鋭い光が宿っている。ただ者ではないことが、一目で分かった。

騎士は、部屋の中にいる俺たちを一瞥すると、セレスティーナに向かって恭しく一礼した。

「ギルドマスター殿。夜分に失礼する。ラウダ伯爵の屋敷に、衛兵を向かわせたところ、すでに本人は逃亡した後だった。どうやら、傭兵たちの襲撃が失敗したと知るや否や、王都から脱出したようだ」

「そうですか……」

「うむ。それで、陛下から言伝を預かってきた。今回の件、見事ギルドを防衛した魔術師たちへの褒賞もさることながら……」

騎士はそこで一旦言葉を切ると、その鋭い視線を、まっすぐに俺に向けた。

「襲撃者たちを、たった二人で制圧したという、その若者にもお会いしたい、と。陛下が、直々にそうおっしゃっている」

王様が、俺に会いたい、だと?

面倒なことになった。それも、これまでで最大級の、とんでもなく面倒なことに。

俺を城から追放した、あの王様だ。一体、どんな顔をして会えばいいというのか。

「……申し訳ありませんが、お断りします」

俺は、即座にそう答えていた。

「俺はしがない旅の商人です。王様のような偉い方にお会いするなんて、とんでもない」

俺の返答に、近衛騎士団長は少し驚いたような顔をした。王からの呼び出しを断る者など、この国にはいないのだろう。

「……そうか。しかし、これは陛下の勅命だ。断ることは許されんのだが」

騎士団長の声には、有無を言わせぬ響きがあった。

どうする。スキルを使って、この場から逃げ出すか? いや、王都のど真ん中で、近衛騎士団長を相手に事を構えるのは、さすがにまずい。後々、もっと面倒なことになるだけだ。

俺がどうしたものかと考えていると、隣にいたリリが、俺の服の袖をそっと握った。彼女の顔には、不安の色が浮かんでいる。

大丈夫だ、と目で合図を送る。

「……わかりました。お会いしましょう」

結局、俺に選択肢はなかった。

「ただし、一つだけ条件があります」

「ほう、言ってみろ」

「俺の仲間である、この子も一緒に連れて行く。それと、俺たちの身の安全は、騎士団長、あなたが保証してください」

俺がそう言うと、騎士団長は少し意外そうな顔をしたが、すぐにフッと口元を緩めた。

「よかろう。約束しよう。陛下も、君の連れの少女に危害を加えるような、狭量な方ではない」

話は決まった。俺は、リリと共に王城へ向かうことになった。

セレスティーティーナとマルス子爵が、心配そうな顔で俺たちを見送っている。

「ノボル、気をつけて……」

「何かあれば、すぐに私に知らせなさい。父の、マルス子爵家の名誉にかけて、あなたを守ってみせるわ」

彼女たちの言葉に、俺は軽く手を振って応えた。

近衛騎士団長に先導され、俺とリリは夜の王都を王城へと歩き始めた。月明かりが、石畳の道を静かに照らしている。

これから、何が起こるのか。俺を追放した王様は、一体俺に何を望んでいるのか。

面倒なことの予感しかしない。しかし、もう後戻りはできなかった。

王城の巨大な門が、俺たちの目の前でゆっくりと開いていく。その先には、俺が一度だけ見た、あの謁見の間が待っているはずだった。

「こちらへ」

騎士団長に促されるまま、俺たちは城の中へと足を踏み入れる。

城の中は、昼間とは違い、静まり返っていた。俺たちの足音だけが、長い廊下に響き渡る。

やがて、見覚えのある大きな扉の前にたどり着いた。騎士団長は、扉の前に立つ二人の衛兵に目配せする。

衛兵が、重々しい音を立てて扉を開けた。

謁見の間。そこには、玉座に座る国王と、その脇に控える宰相の姿があった。そして、その反対側には……。

「……木村?」

俺は、思わず声を上げていた。

そこに立っていたのは、勇者として俺と一緒に召喚されたクラスメイト、木村拓也だった。彼の隣には、見覚えのある他のクラスメイトたちの姿もある。

彼らは、俺の姿を見て、一様に驚きの表情を浮かべていた。

「高橋……? なんでお前が、ここに……?」

木村が、信じられないといった様子で呟く。

国王は、そんな俺たちの様子を、値踏みするような目で見つめていた。

「うむ。貴様が、ノボルとやらだな」

その声には、以前俺を追放した時のような、侮蔑の色はなかった。むしろ、どこか興味深そうな響きさえ感じられる。

「さて、単刀直入に聞こう。貴様のスキル、【荷物持ち】。それは、一体どのような力なのだ?」

国王の言葉が、静まり返った謁見の間に響き渡った。

俺は、どう答えるべきか、一瞬迷った。正直に話せば、また面倒なことに巻き込まれるのは目に見えている。

しかし、ここで嘘をついても、いずれはバレるだろう。

俺は覚悟を決めると、口を開いた。
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