【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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「……ふぁ~……うん、いい朝」

思ったよりすっきり目が覚めた。

昨日、あれだけ飲んだのに二日酔いゼロ。
黒龍の涙、もしかして“解毒効果”とかあるんじゃ……って疑うくらいスッキリしてる。

それよりも、今日はいよいよ――

“フェンリルステーキ×料理神官ヴァルミナ”のコラボ日。

(仕事終わったら、即・直行……絶対定時死守)

私はさっそくスマホを取り出して、〈モンス飯亭〉のSNSアカウントをチェック。

……あった。

【19時~フェンリルコース:当選者限定/本日のラインナップ公開】

ドキドキしながらスクロールすると、こんなメニューが並んでいた。

・前菜:氷狼のカルパッチョ~月の塩仕立て~
・メイン:フェンリル肋骨肉の低温ロースト~香草バターソース~
・副菜:神託のスープ(※効果:心が整う)
・〆:神官仕込みの〈穀霊パスタ〉
・デザート:夢見ミルクのブランマンジェ/フェンリルハチミツ添え

「…………ちょっと待って。前菜から主役級なんだけど?」

カルパッチョって、サラダじゃないの? そんな軽くてシャレた響きなのに、“氷狼”って何? 聞いたことない。

いやいや、パスタの名前に“霊”って入ってる時点で、これ絶対ただの炭水化物じゃない。

そしてスープ。メニュー説明にさらっと“効果:心が整う”とか書いてある。

「サプリかな? いや、違う。これはもう……魔法料理……」

スマホを胸に抱えたまま、私はそのままベッドに倒れ込んだ。

もう胃袋が、予定より前倒しで準備しようとしてる。

「はい、依頼受付はこちらで確認いたしますね。ご署名もお願いできますか?」

今日の私、すごく早口だけどすごく丁寧。

だって、気がはやるのはしょうがない。あのメニューを見ちゃったら、誰だって焦る。誰だってソワソワする。

ナナミちゃんに「佐倉さん、今日のタイピング、バグってますよ~」って笑われたけど、それはもうスルー。

なんなら、上司からの連絡事項も、今日だけは“あとで確認します”で通した。

すべては、定時ダッシュのため。

そして。

「……お疲れさまでした! 今日もありがとうございました!」

一礼した瞬間、私は更衣室に飛び込んで、用意しておいたお出かけ用ワンピースに着替える。

服装? 完璧。

靴? 走りやすさ重視のヒール低めブーツ。

財布? 昨日のうちに中身確認済み。

胃? 完全に臨戦態勢。

準備は――

「――よし、全完了!」

〈モンス飯亭〉の暖簾をくぐった瞬間。

「あっ、佐倉さん、お待ちしてました」

出迎えてくれたのは女将さんじゃなく、見知らぬ――でも、どこかで見たことのある女性。

金の刺繍が入った薄紫のシェフコートに、優雅にまとめた銀髪。

笑顔が、ふわっと空気を和ませる。

「……ヴァルミナ、様……?」

「はい。お久しぶり……と、言っても私のほうは一方的に覚えてるだけかもしれませんね」

「い、いえっ、あのっ、えっと、あのとき……あのスープ……!」

「ふふ、それだけで通じるなんて。嬉しいですね」

少しだけ、彼女の頬が和らいだ気がした。

「では、特別席へどうぞ。今日は、心ゆくまで召し上がってください」

「……は、はいっ!」

誘導されて奥のカウンターに腰かけると、すぐに前菜の皿が運ばれてくる。

薄くスライスされた氷狼の肉に、透明な塩の粒がふわっと降りかかっていて、皿のふちには月草のドレッシングがあしらわれてる。

「……美し……」

それが第一声。

「まずは、香りだけ楽しんでみてください」

言われるままに、そっと鼻を近づけると――

「っ……!」

ひんやりとした空気がふわりと触れて、まるで高原の朝みたいなすがすがしい匂い。

スプーンで一切れすくって、口に運ぶ。

「……っ!!」

噛んだ瞬間、舌の上で氷がとけるように肉がほどけて、そこに塩の旨みと月草の香りが一気に混ざり合う。

「すごい……味に、時間差が……っ」

ヴァルミナ様が微笑んで、軽くうなずいた。

「それは“感応式の調味”です。食べる人の感情と時間に応じて、味がわずかに変わる仕組み」

「えっ、えっ、何その魔法!? 味にスキルあるって、どういうことなんですか……!」

「ふふ。次はスープですね。こちら、“心が整う”と名のついた一品」

白く透き通ったスープに、浮かんでいるのは小さな浮き実と、金色の油の輪。

一口すすると――

「……んっ……なんか、懐かしいような……あったかいような……」

気づいたら、肩からすっと力が抜けてた。

これ、ほんとに魔法じゃないの?

ヴァルミナ様がそっと言った。

「このスープは、“幼い日の幸福な記憶”にリンクするように組んでいます」

「そ、それ、やばくないですか……?」

私、気づいたらちょっとだけ目頭が熱かった。

ああ、でも、これは涙じゃない。完全にスープの魔力。
こんなの、美味しすぎるからしょうがない。

そして、ついに――

「お待たせしました。メインの……フェンリル肋骨肉のローストです」

目の前に置かれた皿。

低温ローストされた、透き通るような赤身のスライスが、まるで花びらみたいに並んでいて。

真ん中には、香草のバターがそっとひとかけ。

「……美しすぎて、食べるのがもったいない……」

でも、食べる。

ひと切れをそっとフォークにのせて、口に入れた。

その瞬間――

「……っ……っ!!」

声が出なかった。

味覚が、感情の先を行ってた。

甘くて、やわらかくて、でも芯があって、ちゃんと……“野生の力”を感じる。

「……これ……生きてる……」

私の言葉に、ヴァルミナ様がやさしく笑った。

「フェンリルの力、そのままを、舌に宿すよう調理しました。ようやく届いたみたいですね」

私は、ただ、何度もうなずいた。

まだメインなのに、これ、もう最終話のラストバトルみたいな衝撃だった。
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