【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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〈モンス飯亭〉での料理修行は、私の日常に新しい彩りを加えてくれた。
ギルドでの仕事を終えると、私はまっすぐに女将さんの元へと向かう。そして出汁の取り方をはじめ、野菜の切り方、火の入れ方、味付けの基本など、料理のイロハを一つ一つ丁寧に教わった。
元Sランク冒険者としての経験が、意外なところで役に立った。驚異的な集中力と精密な動作、そして一度見たものを完璧に記憶する能力。それらは料理という新しい分野でも、遺憾なく発揮された。
「あんたは本当に物覚えがいいねぇ。教えたことを一回で完璧にこなしちまう。……末恐ろしい弟子だよ、全く」
女将さんは呆れたように、でもどこか嬉しそうにそう言って、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

しかし、古代のポタージュを作るには、まず最も重要な食材を手に入れなければならない。『星屑茸』と『月光草』。どちらも幻とされる希少な食材だ。
ギルドのあらゆる情報網を駆使して調べてみたが、その具体的な生息地や採取方法は全く分からなかった。
「うーん、困ったわね……」
ギルドのカウンターで腕を組んで唸っていると、ナナミちゃんがひょっこりと顔を覗き込んできた。
「佐倉さーん、また難しい顔をして、どうしたんですかー?」
「ああ、ナナミちゃん。実は珍しい食材を探しているんだけど、全然情報がなくって……」
私が事情を話すと、ナナミちゃんはぽんと手を叩いた。
「それなら、市場の情報屋さんに聞いてみるのが一番ですよ! この街のありとあらゆる情報が集まる場所ですから!」

市場の情報屋。なるほど、その手があったか。灯台下暗し、とはこのことだ。
次の週末、私はナナミちゃんに案内してもらって、街で一番大きな中央市場へと足を運んだ。
市場は朝からものすごい活気に満ち溢れている。威勢のいい売り子たちの声、行き交う人々の熱気、そして様々な食材が入り混じった匂い。
「うわぁ……! すごい! 見てください、佐倉さん! あんなに大きな陸クジラの肉が!」
「本当だ……。こっちには色とりどりの妖精リンゴが山積みになってるわ」
市場には見たこともないような珍しい食材がずらりと並んでいる。
ナナミちゃんはもう完全にお祭り気分だ。『グリフォンの串焼き』を片手に、『陸クジラのステーキサンド』をもう片方の手に持ち、幸せそうに頬張っている。
「佐倉さんも食べましょうよー! このステーキサンド、絶品ですよ!」
「ええ、いただくわ」
私もナナミちゃんに倣ってステーキサンドをがぶり。柔らかいパンにジューシーな陸クジラのステーキ、そして甘辛い特製のタレ。これは確かに美味しい。

食べ歩きを楽しみながら、私たちは市場の奥へ奥へと進んでいく。そして、ついに目的の情報屋を見つけ出した。
薄暗い路地の奥。そこには小さなカウンターがあり、その中には見るからに屈強なドワーフの男性がどっしりと座っていた。
「……何の用だ、人間」
ドワーフは低いしゃがれた声で言った。その鋭い眼光は、相手の心の奥まで見透かしてしまいそうだ。
「情報屋のギムレットさん、ですね? 少しお聞きしたいことがありまして」
私が丁寧に切り出すと、ギムレットと名乗ったドワーフはふんと鼻を鳴らした。
「情報料は高いぜ。くだらねえ情報なら聞く気もねえ」
「探しているのは食材です。『星屑茸』と『月光草』。何かご存知ありませんか?」
私がその名前を告げた瞬間、ギムレットの鋭い目がカッと見開かれた。
「……なんだと? 嬢ちゃん、お前さん、そんな物騒な代物を探してどうするってんだ」
「料理に使いたいんです。古代の特別なポタージュを作りたくて」
「……料理だと?」
ギムレットは信じられないといった顔で、私をまじまじと見つめた。
私は女将さんから教わった料理の知識をありったけ彼にぶつけてみた。星屑茸はおそらく胞子に微弱な幻覚作用があること。だから調理の際には特殊な換気が必要なこと。月光草は強い鎮静作用を持つが、他の特定のハーブと組み合わせると逆に興奮作用を引き起こす可能性があること。
私が立て板に水でそう説明すると、ギムレットは驚きに口をあんぐりと開けていた。
「……お前さん、何者だ……。ただの嬢ちゃんじゃねえな……」
「ただのギルド受付嬢ですよ」
私はにっこりと微笑んだ。ギムレットはしばらく腕を組んで唸っていたが、やがて観念したように大きく息を吐いた。
「……分かった。あんたのその心意気、買ったぜ。一つ心当たりがある。最高の腕を持つ採取家を紹介してやらぁ」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、そいつも、ちいとばかし変わり者だがな」

ギムレットが紹介してくれたのは、猫獣人の一人の少女だった。
しなやかな体つき。大きな猫の耳と長い尻尾。そして好奇心にきらきらと輝く、大きな緑色の瞳。
「ミャレーだニャ。よろしくニャ、レナ」
身軽で森の知識が豊富、そしてどんな危険な場所でも猫のようにすり抜けてしまうという。彼女なら幻の食材も安全に採取できるだろう、とのことだった。
「面白そうな依頼だニャ! そのポタージュってやつ、ミャレーも食べてみたいニャ! 任せるニャ!」
ミャレーは二つ返事で依頼を快く引き受けてくれた。
こうして、私は最高の採取家という心強い仲間を得ることができた。
古代のポタージュ作りは、また一歩、前進した。食材が手に入るまで、私は女将さんの元で料理の腕を磨き続ける。来るべき、その日のために。
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