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ドワーフの国で開かれる『大地の恵み祭り』。そこで開催される料理コンテストへの参加依頼。
あまりに突飛な話に、私はしばらく返事をすることができなかった。私なんかがそんな大役、務まるはずがない。
でも……「うまいもんが食い放題」。その魅惑的な言葉が私の頭の中をぐるぐると回り続ける。
それに、ドワーフの国の料理というものにも興味があった。彼らの豪快で力強い文化が、どんな食を生み出すのか。
(……行ってみたい、かも)
私の食への探求心が、むくむくと頭をもたげてくる。結局、私はその魅力的な誘惑に勝つことができなかった。
「……分かりました。私でお役に立てるなら。その依頼、お受けします」
私がそう言うと、ギムレットさんは「おう、それでこそだ!」と満足そうにゴツイ腕を組んだ。
ギルド長にも事情を話すと、意外にもあっさりと許可が下りた。
「ほう、ドワーフの国へか。それは面白い。これも重要なギルド間の国際交流の一環だ。それに、君の新たな経験にもなるだろう。特別休暇の延長を許可する。存分に腕を振るってきなさい」
ギルド長の粋な計らいに、私は深く感謝した。
しかし、問題はどうやってドワーフの国まで行くかだ。ドワーフの国はこの街から遥か遠く、険しい山脈のそのまた奥深くにあるという。一人旅はさすがに危険すぎる。
「それなら心配いらねえ。俺の兄貴が迎えの者をよこす手筈になってる」
ギムレットさんはそう言ったが、私の心の中には一抹の不安があった。
そんな時、「それなら僕がぜひ、同行させてくれないか」と声をかけてきたのは、いつの間にか私の後ろに立っていた学者のアランさんだった。
「アランさん!?」
「ドワーフの国には、僕がずっと調査したいと思っていた古代の遺跡があるんだ。それに……君を一人で行かせるのは心配だからね。護衛も兼ねてだよ」
アランさんは、にっこりと穏やかに微笑んだ。その申し出は私にとって、とても心強かった。
「わ、私も行きたいですー! ドワーフのお祭りなんて、絶対楽しいに決まってますよー!」
「ミャレーも行くニャ! ドワーフの里のお宝、見てみたいニャ!」
そこに聞きつけたナナミちゃんとミャレーまで加わってきた。なんだか、どんどん話が大きくなっていく。
こうして、私、アランさん、ナナミちゃん、そしてミャレーという、なんとも不思議な組み合わせの即席パーティーが結成されることになった。
数日後、約束通りギルドの前に迎えの馬車がやってきた。
馬車を引いているのは馬ではない。ずんぐりむっくりとした猪のような、しかしそれよりも遥かに屈強な魔獣だった。ドワーフたちが家畜として飼いならしている『ロックボア』というらしい。そして御者席にはギムレットさんが座っていた。
「よう、嬢ちゃんたち。準備はいいか? こっから数日揺られることになるぜ。覚悟しな」
私たちは期待と少しの不安を胸に、その頑丈な馬車へと乗り込んだ。
ドワーフの国への旅が始まった。
馬車は見た目によらず乗り心地は悪くなかった。ロックボアは力強く、そして安定した足取りで街道を進んでいく。
道中はまさにグルメ旅そのものだった。街道沿いの宿場町に立ち寄るたびに、私たちはその土地その土地の名物料理に舌鼓を打った。『大蛙の丸焼き』、『グリフォンの卵とじ丼』、『スライムの酢の物』……。どの料理も、この世界ならではのユニークで美味しいものばかりだった。
夜、野営をする際には私が料理当番を買って出た。ヴァルミナ様から贈られた携帯調理器具セットが火を吹く時だ。近くの川で釣ったばかりの新鮮な魚をミスリル銀のナイフで手際よく捌き、魔導コンロで火をおこしてハーブと塩でシンプルな塩焼きにした。
「うわぁ……! 美味しい! ただの塩焼きなのに、なんでこんなに身がふわふわなんですか!?」
ナナミちゃんが目を丸くして驚いている。
「このナイフが食材の旨みを逃さないのよ。それに火加減も魔力で完璧に調整できるから」
「すごいニャ! レナは料理の魔法使いだニャ!」
ミャレーも骨の髄までしゃぶり尽くす勢いで魚を平らげている。
アランさんはそんな私の姿を、どこか愛おしそうに見つめていた。
「君は本当に多才だな。学者としても、君のその知識欲と探求心にはいつも驚かされるよ」
そんなアランさんの言葉に、私は少しだけ照れてしまった。
馬車に揺られ、美味しいものを食べ、仲間たちと語り合う。そんな穏やかで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
そして旅立つこと五日目、私たちの目の前についに巨大な山脈がその姿を現した。
「着いたぜ。あれが俺たちの故郷、『鉄槌の心臓(ハンマーハート)』だ」
ギムレットさんが誇らしげにそう言った。
馬車は山脈の中腹に開いた巨大な洞窟の中へと入っていく。その先に広がっていたのは、私の想像を遥かに超える光景だった。
そこは巨大な地下都市だった。どこまでも広がる巨大な空洞。その天井からは鍾乳石のように発光する鉱石が無数にぶら下がり、街全体を青白く照らし出している。溶鉱炉の熱気、リズミカルに響き渡る鍛冶の音、そしてドワーフたちの陽気な笑い声と酒場の賑わい。その全てが混然一体となって、この地下都市の力強い生命力を形作っていた。
「す……すごい……」
私たちがその圧倒的な光景に言葉を失っていると、前方から一人のひときわ屈強なドワーフが歩み寄ってきた。その顔立ちはギムレットさんと瓜二つだが、体格はさらに一回り大きい。
「よう、ギムレット。遅かったじゃねえか」
「おう、兄貴。こいつらが俺が言ってた助っ人だ。特にそこの嬢ちゃんが今回の切り札だぜ」
ギムレットさんが私を指差す。兄と呼ばれたドワーフは、じろりと私を値踏みするように見つめてきた。
「……ボルガノンだ。この国の鍛冶師の長をやってる。……お前さんが本当に俺たちの助けになるのか。まずはその腕、見せてもらおうじゃねえか」
その挑戦的な瞳。どうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
あまりに突飛な話に、私はしばらく返事をすることができなかった。私なんかがそんな大役、務まるはずがない。
でも……「うまいもんが食い放題」。その魅惑的な言葉が私の頭の中をぐるぐると回り続ける。
それに、ドワーフの国の料理というものにも興味があった。彼らの豪快で力強い文化が、どんな食を生み出すのか。
(……行ってみたい、かも)
私の食への探求心が、むくむくと頭をもたげてくる。結局、私はその魅力的な誘惑に勝つことができなかった。
「……分かりました。私でお役に立てるなら。その依頼、お受けします」
私がそう言うと、ギムレットさんは「おう、それでこそだ!」と満足そうにゴツイ腕を組んだ。
ギルド長にも事情を話すと、意外にもあっさりと許可が下りた。
「ほう、ドワーフの国へか。それは面白い。これも重要なギルド間の国際交流の一環だ。それに、君の新たな経験にもなるだろう。特別休暇の延長を許可する。存分に腕を振るってきなさい」
ギルド長の粋な計らいに、私は深く感謝した。
しかし、問題はどうやってドワーフの国まで行くかだ。ドワーフの国はこの街から遥か遠く、険しい山脈のそのまた奥深くにあるという。一人旅はさすがに危険すぎる。
「それなら心配いらねえ。俺の兄貴が迎えの者をよこす手筈になってる」
ギムレットさんはそう言ったが、私の心の中には一抹の不安があった。
そんな時、「それなら僕がぜひ、同行させてくれないか」と声をかけてきたのは、いつの間にか私の後ろに立っていた学者のアランさんだった。
「アランさん!?」
「ドワーフの国には、僕がずっと調査したいと思っていた古代の遺跡があるんだ。それに……君を一人で行かせるのは心配だからね。護衛も兼ねてだよ」
アランさんは、にっこりと穏やかに微笑んだ。その申し出は私にとって、とても心強かった。
「わ、私も行きたいですー! ドワーフのお祭りなんて、絶対楽しいに決まってますよー!」
「ミャレーも行くニャ! ドワーフの里のお宝、見てみたいニャ!」
そこに聞きつけたナナミちゃんとミャレーまで加わってきた。なんだか、どんどん話が大きくなっていく。
こうして、私、アランさん、ナナミちゃん、そしてミャレーという、なんとも不思議な組み合わせの即席パーティーが結成されることになった。
数日後、約束通りギルドの前に迎えの馬車がやってきた。
馬車を引いているのは馬ではない。ずんぐりむっくりとした猪のような、しかしそれよりも遥かに屈強な魔獣だった。ドワーフたちが家畜として飼いならしている『ロックボア』というらしい。そして御者席にはギムレットさんが座っていた。
「よう、嬢ちゃんたち。準備はいいか? こっから数日揺られることになるぜ。覚悟しな」
私たちは期待と少しの不安を胸に、その頑丈な馬車へと乗り込んだ。
ドワーフの国への旅が始まった。
馬車は見た目によらず乗り心地は悪くなかった。ロックボアは力強く、そして安定した足取りで街道を進んでいく。
道中はまさにグルメ旅そのものだった。街道沿いの宿場町に立ち寄るたびに、私たちはその土地その土地の名物料理に舌鼓を打った。『大蛙の丸焼き』、『グリフォンの卵とじ丼』、『スライムの酢の物』……。どの料理も、この世界ならではのユニークで美味しいものばかりだった。
夜、野営をする際には私が料理当番を買って出た。ヴァルミナ様から贈られた携帯調理器具セットが火を吹く時だ。近くの川で釣ったばかりの新鮮な魚をミスリル銀のナイフで手際よく捌き、魔導コンロで火をおこしてハーブと塩でシンプルな塩焼きにした。
「うわぁ……! 美味しい! ただの塩焼きなのに、なんでこんなに身がふわふわなんですか!?」
ナナミちゃんが目を丸くして驚いている。
「このナイフが食材の旨みを逃さないのよ。それに火加減も魔力で完璧に調整できるから」
「すごいニャ! レナは料理の魔法使いだニャ!」
ミャレーも骨の髄までしゃぶり尽くす勢いで魚を平らげている。
アランさんはそんな私の姿を、どこか愛おしそうに見つめていた。
「君は本当に多才だな。学者としても、君のその知識欲と探求心にはいつも驚かされるよ」
そんなアランさんの言葉に、私は少しだけ照れてしまった。
馬車に揺られ、美味しいものを食べ、仲間たちと語り合う。そんな穏やかで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
そして旅立つこと五日目、私たちの目の前についに巨大な山脈がその姿を現した。
「着いたぜ。あれが俺たちの故郷、『鉄槌の心臓(ハンマーハート)』だ」
ギムレットさんが誇らしげにそう言った。
馬車は山脈の中腹に開いた巨大な洞窟の中へと入っていく。その先に広がっていたのは、私の想像を遥かに超える光景だった。
そこは巨大な地下都市だった。どこまでも広がる巨大な空洞。その天井からは鍾乳石のように発光する鉱石が無数にぶら下がり、街全体を青白く照らし出している。溶鉱炉の熱気、リズミカルに響き渡る鍛冶の音、そしてドワーフたちの陽気な笑い声と酒場の賑わい。その全てが混然一体となって、この地下都市の力強い生命力を形作っていた。
「す……すごい……」
私たちがその圧倒的な光景に言葉を失っていると、前方から一人のひときわ屈強なドワーフが歩み寄ってきた。その顔立ちはギムレットさんと瓜二つだが、体格はさらに一回り大きい。
「よう、ギムレット。遅かったじゃねえか」
「おう、兄貴。こいつらが俺が言ってた助っ人だ。特にそこの嬢ちゃんが今回の切り札だぜ」
ギムレットさんが私を指差す。兄と呼ばれたドワーフは、じろりと私を値踏みするように見つめてきた。
「……ボルガノンだ。この国の鍛冶師の長をやってる。……お前さんが本当に俺たちの助けになるのか。まずはその腕、見せてもらおうじゃねえか」
その挑戦的な瞳。どうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
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