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第5話 皇帝陛下への謁見と次なる任務
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(CEOへの緊急報告!? 聞いてない! アジェンダは!? 想定問答集は!? そもそも報告資料はどこ!? ああ、もうダメだ、これ絶対、減俸処分か最悪クビになるやつ……この世界だとクビって物理的な意味かしら……!?)
侍従に導かれ、豪華絢爛な絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、私の頭の中は前世のトラウマで完全なパニック状態に陥っていた。
トップへの報告は、準備がすべて。準備なしの報告は、死を意味するのだ。前世の常識が、私の心臓を全力で締め付けてくる。
やがて、巨大な観音開きの扉の前で侍従が足を止めた。
その扉には王家の紋章であるグリフォンの彫刻が施されており、見る者を威圧するような荘厳な雰囲気を放っている。
「陛下、ミカ・アシュフィールド様をお連れいたしました」
重々しい扉が、内側からゆっくりと開かれる。
その先にあったのは、私が想像していた玉座の間ではなかった。
広大ではあるが、華美な装飾は控えめな実用的な執務室。
壁一面が本棚で埋め尽くされ、巨大な執務机の上には書類の山、山、山。
しかし、その山は乱雑なのではなく、種類ごとにきっちりと分類され、まるで建築物のように整然と積み上げられている。
部屋にはインクと古い羊皮紙の匂いが満ちており、知的な戦場の空気を感じさせた。
そして、その書類の山の向こう側。
玉座ではなく、ごく普通の執務椅子に腰かけていた男性が、静かに顔を上げた。
「来たか」
年の頃はまだ二十代後半だろうか。
夜空のような色の髪に、理知的な光を宿した金の瞳。
顔立ちは驚くほど整っているが、目の下にはうっすらと隈が浮かんでおり、有能さゆえの激務を物語っていた。
彼こそがこの国の若き皇帝陛下、アルベルト・フォン・クラインハルト。
その若さの中には、幾多の修羅場を乗り越えてきたであろう老獪な深みが感じられた。
「レオンから報告は受けた。見事な働きだったと」
皇帝陛下は私と、私の隣で直立不動の姿勢をとるレオン様を交互に見る。
その金の瞳は、まるで私の内側まで見透かすように鋭く、そしてどこか面白がるような光を帯びていた。
レオン様が一歩前に出て、改めて報告を始める。
『開かずの倉庫』の惨状から、私のスキルがいかにしてそれを整理したか。
そして『星詠みの羅針盤』を発見し、あまつさえその性能を向上させたかまで。
あくまで客観的な事実として、淡々と。しかしその声には、確かな興奮と誇りが滲んでいた。
まるで自分の手柄のように語る彼の姿に、私の胸は少しだけ温かくなった。
報告を聞き終えた皇帝陛下は、ふむ、と一つ頷くと椅子から立ち上がった。
そして私に歩み寄ると、じっと私の目を見つめた。
「素晴らしい。まさに、天の助けだ」
「ミカ・アシュフィールド。君のスキルは、ただの『お片付け』ではないな。それは、混沌に秩序を与え、無価値なものから価値を生み出す力だ。……情報の、最適化、とでも言うべきか」
私のスキルの本質を、いとも容易く見抜かれた。
この人は、とんでもなく頭が切れる。その慧眼に、私は背筋が伸びる思いだった。
「君の力は、乱雑な物置を片付ける家事スキルなどではない。混沌とした情報の中から価値あるものを抽出し、再構築する。それは国家の運営そのものに通じる力だ。ぜひ、この国のために振るってもらいたい」
「……と、申しますと?」
「見せたいものがある。ついてこい」
皇帝陛下はそう言うと、執務室の奥にあるもう一つの扉へと向かった。
レオン様と顔を見合わせるが、彼も何のことか分からないというように首を振る。
開かれた扉の先は、執務室よりもさらに広い巨大な書庫だった。
しかし、そこは皇帝陛下の執務室とは対照的に、完全なる混沌に支配されていた。
床から天井まで、羊皮紙の巻物や分厚い革綴じの帳簿が無秩序に、崩れる寸前の状態で山積みになっている。
埃とカビの混じった、情報の墓場のような匂いが鼻をついた。
紙の劣化を防ぐ魔法がかかっているのか、かろうじて原型は留めているが、一目で数百年分の情報が放置されているのが分かった。
「ここは、『王家記録保管庫』。我が国の、建国以来の財政に関する記録がすべて眠っている」
皇帝陛下は、その紙の山脈を忌々しげに見つめて言った。
「この中には、我が国の富の歴史と、そして無駄と不正の歴史が詰まっている。これを解き明かさぬ限り、真の改革は成し得ない。だが、誰も手を付けられなかった。あまりに巨大で、あまりに根深い問題だからだ」
彼は私に向き直ると、挑戦的な笑みを浮かべた。
「百人の碩学が百年かけても、これを完全に読み解き監査することは不可能だろう。……どうだ、ミカ・アシュフィールド嬢。君の《完璧なる整理整頓》で、この混沌を片付けてみる気はないか?」
それは、命令ではなく挑戦だった。
私の能力を試す、壮大なテスト。
私は、目の前の絶望的な光景を見つめた。
埃と、古いインクの匂い。無数の数字と文字が刻まれた、情報の濁流。
普通なら、逃げ出したくなるはずだ。
なのに。
(……なんだ、これ。年度末の決算報告とシステム監査資料が混ざった、地獄のアーカイブじゃない。懐かしい……)
私の心の中で、何かがカチリと音を立てて切り替わった。
絶望的な物量を前に、納期前の極限状態で思考がクリアになっていく、あの感覚。
誰もやりたがらない。責任の所在も不明。失敗すれば全ての責任を押し付けられる。
でも、これをやり遂げた時の達成感は、何物にも代えがたい。
(これ、私の専門分野だ)
気づけば、私の口角はわずかに吊り上がっていた。
「お受けいたします、陛下」
私の返事に、皇帝陛社の金の瞳が満足そうに細められた。
「よろしい。ミカ・アシュフィールドに、『王家記録保管庫・特命監査官』の権限を与える。この国の財َ財政を、洗いざらい整理整頓してみせよ」
こうして私の異世界でのセカンドライフは、穏やかなスローライフ計画から大きく逸脱し、国家予算レベルの『お片付け』プロジェクトへと、本格的に舵を切ることになったのだった。
侍従に導かれ、豪華絢爛な絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、私の頭の中は前世のトラウマで完全なパニック状態に陥っていた。
トップへの報告は、準備がすべて。準備なしの報告は、死を意味するのだ。前世の常識が、私の心臓を全力で締め付けてくる。
やがて、巨大な観音開きの扉の前で侍従が足を止めた。
その扉には王家の紋章であるグリフォンの彫刻が施されており、見る者を威圧するような荘厳な雰囲気を放っている。
「陛下、ミカ・アシュフィールド様をお連れいたしました」
重々しい扉が、内側からゆっくりと開かれる。
その先にあったのは、私が想像していた玉座の間ではなかった。
広大ではあるが、華美な装飾は控えめな実用的な執務室。
壁一面が本棚で埋め尽くされ、巨大な執務机の上には書類の山、山、山。
しかし、その山は乱雑なのではなく、種類ごとにきっちりと分類され、まるで建築物のように整然と積み上げられている。
部屋にはインクと古い羊皮紙の匂いが満ちており、知的な戦場の空気を感じさせた。
そして、その書類の山の向こう側。
玉座ではなく、ごく普通の執務椅子に腰かけていた男性が、静かに顔を上げた。
「来たか」
年の頃はまだ二十代後半だろうか。
夜空のような色の髪に、理知的な光を宿した金の瞳。
顔立ちは驚くほど整っているが、目の下にはうっすらと隈が浮かんでおり、有能さゆえの激務を物語っていた。
彼こそがこの国の若き皇帝陛下、アルベルト・フォン・クラインハルト。
その若さの中には、幾多の修羅場を乗り越えてきたであろう老獪な深みが感じられた。
「レオンから報告は受けた。見事な働きだったと」
皇帝陛下は私と、私の隣で直立不動の姿勢をとるレオン様を交互に見る。
その金の瞳は、まるで私の内側まで見透かすように鋭く、そしてどこか面白がるような光を帯びていた。
レオン様が一歩前に出て、改めて報告を始める。
『開かずの倉庫』の惨状から、私のスキルがいかにしてそれを整理したか。
そして『星詠みの羅針盤』を発見し、あまつさえその性能を向上させたかまで。
あくまで客観的な事実として、淡々と。しかしその声には、確かな興奮と誇りが滲んでいた。
まるで自分の手柄のように語る彼の姿に、私の胸は少しだけ温かくなった。
報告を聞き終えた皇帝陛下は、ふむ、と一つ頷くと椅子から立ち上がった。
そして私に歩み寄ると、じっと私の目を見つめた。
「素晴らしい。まさに、天の助けだ」
「ミカ・アシュフィールド。君のスキルは、ただの『お片付け』ではないな。それは、混沌に秩序を与え、無価値なものから価値を生み出す力だ。……情報の、最適化、とでも言うべきか」
私のスキルの本質を、いとも容易く見抜かれた。
この人は、とんでもなく頭が切れる。その慧眼に、私は背筋が伸びる思いだった。
「君の力は、乱雑な物置を片付ける家事スキルなどではない。混沌とした情報の中から価値あるものを抽出し、再構築する。それは国家の運営そのものに通じる力だ。ぜひ、この国のために振るってもらいたい」
「……と、申しますと?」
「見せたいものがある。ついてこい」
皇帝陛下はそう言うと、執務室の奥にあるもう一つの扉へと向かった。
レオン様と顔を見合わせるが、彼も何のことか分からないというように首を振る。
開かれた扉の先は、執務室よりもさらに広い巨大な書庫だった。
しかし、そこは皇帝陛下の執務室とは対照的に、完全なる混沌に支配されていた。
床から天井まで、羊皮紙の巻物や分厚い革綴じの帳簿が無秩序に、崩れる寸前の状態で山積みになっている。
埃とカビの混じった、情報の墓場のような匂いが鼻をついた。
紙の劣化を防ぐ魔法がかかっているのか、かろうじて原型は留めているが、一目で数百年分の情報が放置されているのが分かった。
「ここは、『王家記録保管庫』。我が国の、建国以来の財政に関する記録がすべて眠っている」
皇帝陛下は、その紙の山脈を忌々しげに見つめて言った。
「この中には、我が国の富の歴史と、そして無駄と不正の歴史が詰まっている。これを解き明かさぬ限り、真の改革は成し得ない。だが、誰も手を付けられなかった。あまりに巨大で、あまりに根深い問題だからだ」
彼は私に向き直ると、挑戦的な笑みを浮かべた。
「百人の碩学が百年かけても、これを完全に読み解き監査することは不可能だろう。……どうだ、ミカ・アシュフィールド嬢。君の《完璧なる整理整頓》で、この混沌を片付けてみる気はないか?」
それは、命令ではなく挑戦だった。
私の能力を試す、壮大なテスト。
私は、目の前の絶望的な光景を見つめた。
埃と、古いインクの匂い。無数の数字と文字が刻まれた、情報の濁流。
普通なら、逃げ出したくなるはずだ。
なのに。
(……なんだ、これ。年度末の決算報告とシステム監査資料が混ざった、地獄のアーカイブじゃない。懐かしい……)
私の心の中で、何かがカチリと音を立てて切り替わった。
絶望的な物量を前に、納期前の極限状態で思考がクリアになっていく、あの感覚。
誰もやりたがらない。責任の所在も不明。失敗すれば全ての責任を押し付けられる。
でも、これをやり遂げた時の達成感は、何物にも代えがたい。
(これ、私の専門分野だ)
気づけば、私の口角はわずかに吊り上がっていた。
「お受けいたします、陛下」
私の返事に、皇帝陛社の金の瞳が満足そうに細められた。
「よろしい。ミカ・アシュフィールドに、『王家記録保管庫・特命監査官』の権限を与える。この国の財َ財政を、洗いざらい整理整頓してみせよ」
こうして私の異世界でのセカンドライフは、穏やかなスローライフ計画から大きく逸脱し、国家予算レベルの『お片付け』プロジェクトへと、本格的に舵を切ることになったのだった。
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