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第7話 帳簿に潜む亡霊と、騎士の影
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最初の『検索』から、三日が経った。
私は王家記録保管庫の床に直接座り込み、作業に没頭していた。
周囲にはスキルで場所を特定して取り出した十数冊の重要な帳簿だけが、行儀よく並べられている。
それ以外の八百万点を超える記録は、データベース化を終えた今、物理的に動かす必要はない。私のやり方を知らない者が見れば、私が仕事をサボっているようにしか見えないだろう。
(なるほど。A社で計上した予算を、実態のない子会社のB社とC社に業務委託費として流す。そして最終的にD伯爵家の領地開発事業に付け替えている、と。完璧な資金洗浄ね……)
ぶつぶつと前世の専門用語を呟きながら、私は頭の中で複雑な資金の流れを可視化していく。
このパターン、前世で何度も見た。大企業の粉飾決算の手口そのものだ。
私のスキルはもはや単なる検索ツールではなかった。それは関連性の薄い記録同士を結びつけ、隠された金の流れを暴き出す超高性能なフォレンジック・ツールへと進化していた。
キャッシュフローの追跡。連結決算の矛盾点の洗い出し。幽霊会社への架空発注。何世代にもわたって繰り返されてきた、巧妙で悪質な手口。
これは個人の犯罪ではない。組織的で制度化された、巨大な不正のシステムだ。
この国の根幹を蝕む、百年の癌。まさしく、国家レベルの改革案件だった。
そのあまりに根深い闇に背筋がぞっとした時だった。
「……ミカ嬢」
不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは紺青の騎士服に身を包んだレオン様だった。おそらく警備のための巡回だろう。しかしその蒼い瞳は、真っ直ぐに私を射抜いていた。
この数日、彼は私が記録保管庫に籠もっているのを気にかけて、何度も様子を見に来てくれていた。
「レオン様。どうかなさいましたか?」
「いや……。君が、どうしているかと思ってな」
彼は私が広げた帳簿に目を落とす。そして私が今まで見せたことのないほどの、険しい集中力で作業に没頭していることに気づいたようだった。
「それは、陛下に命じられた監査の続きか」
「はい。少し、根が深い問題が見つかりまして……」
私はどう説明したものか、少し迷った。彼にキャッシュフローや幽霊会社の話をしても、きっと理解できないだろう。
私は彼が最も理解しやすいであろう、軍事的な比喩に切り替えることにした。
「レオン様。少し、想像してみてください」
「……なんだ?」
「毎年、騎士団の武具を管理する部署が、『今年は新しい剣を千本購入します』と言って国から金貨十万枚の予算を受け取るとします」
「うむ」
「ですがその部署は、実際には百本しか剣を買いませんでした。残りの九百本は帳簿の上にしか存在しない『幽霊の剣』です。そして九百本分の金貨九万枚は、担当者たちの懐に入ります」
私の言葉に、レオン様の眉がぴくりと動いた。
「さらに、彼らは剣だけでなく食料も軍服も馬も、ありとあらゆる物資で同じことをします。それを百年以上もの間、親から子へ、子から孫へと悪しき伝統のように受け継ぎながら、ずっと続けてきたとしたら……どう思われますか?」
言い終わる頃には、レオン様の顔から表情が消えていた。
いや違う。感情が消えたのではない。怒りがその沸点を超え、冷たい鋼のような表情に変わったのだ。
彼の蒼い瞳の奥で、静かだが抑えきれない怒りの炎が燃え上がるのが見えた。
彼は財務諸表の読み方は知らないかもしれない。
しかし『幽霊の剣』が何を意味するのか、国を守るために命を懸けている彼の騎
士たちがどれほど不当に扱われてきたのかは、痛いほど理解できたのだ。
「……それが、君が今戦っている相手か」
彼の声は低く、地を這うようだった。
その声には私への深い敬意と、そして私が暴き出している危険な真実に対する猛烈な庇護欲が混じり合っていた。
彼はもう、私をか弱い貴族の令嬢として見てはいない。
異なる戦場で、国のために戦う一人の『戦士』として認めてくれたのだ。
その視線に、私の心臓が少しだけ速く脈打った。
レオン様との会話で、私の覚悟は決まった。
この『亡霊』を、白日の下に晒さなければならない。
私は再び分析に没頭した。今度は不正な取引記録に登場する署名を、スキルでデータベース化した貴族名鑑や領地の登記記録と片っ端からクロスリファレンスしていく。
パズルのピースがはまるように、次々と浮かび上がってくる名前。
一人、また一人と、不正に関わった者たちの顔が私の頭の中にリストアップされていく。
(……パターンが見えた)
浮かび上がってきたのは、十数に及ぶ特定の貴族家門の名前。
その全てが、現皇帝陛下の改革路線に反対し、古くからの権益を守ろうとする保守派の重鎮たち――『古き辺境伯』派閥に属していた。
間違いない。この不正システムの正体は、彼らだ。
私がその相関図を頭の中で完成させた、まさにその瞬間だった。
ピコンッ!
突如、私の視界に今まで見たことのない、赤い警告ウィンドウが点滅した。
【警告:新規不正取引を検知】
項目:西方辺境伯領・治水事業費
パターン一致率:98.4% (対『王室特別事業費』詐取パターン)
「……!」
全身に鳥肌が立った。
これは過去の記録じゃない。
今、この瞬間も、『亡霊』は活動している。まさに今、国の金が盗まれようとしているのだ。
私はスキルで特定した、たった今宮殿の伝令から財務局に提出されたばかりの羊皮紙の巻物をアイテムボックス経由で手元に召喚する。
そこには見慣れた偽装工作の痕跡と、今しがたリストアップしたばかりの辺境伯の署名が、生々しく記されていた。
その証拠を固く握りしめ、私は記録保管庫を飛び出した。
一刻も早く、この事実を伝えなければ。
レオン様に。
そして、皇帝陛下に。
私は王家記録保管庫の床に直接座り込み、作業に没頭していた。
周囲にはスキルで場所を特定して取り出した十数冊の重要な帳簿だけが、行儀よく並べられている。
それ以外の八百万点を超える記録は、データベース化を終えた今、物理的に動かす必要はない。私のやり方を知らない者が見れば、私が仕事をサボっているようにしか見えないだろう。
(なるほど。A社で計上した予算を、実態のない子会社のB社とC社に業務委託費として流す。そして最終的にD伯爵家の領地開発事業に付け替えている、と。完璧な資金洗浄ね……)
ぶつぶつと前世の専門用語を呟きながら、私は頭の中で複雑な資金の流れを可視化していく。
このパターン、前世で何度も見た。大企業の粉飾決算の手口そのものだ。
私のスキルはもはや単なる検索ツールではなかった。それは関連性の薄い記録同士を結びつけ、隠された金の流れを暴き出す超高性能なフォレンジック・ツールへと進化していた。
キャッシュフローの追跡。連結決算の矛盾点の洗い出し。幽霊会社への架空発注。何世代にもわたって繰り返されてきた、巧妙で悪質な手口。
これは個人の犯罪ではない。組織的で制度化された、巨大な不正のシステムだ。
この国の根幹を蝕む、百年の癌。まさしく、国家レベルの改革案件だった。
そのあまりに根深い闇に背筋がぞっとした時だった。
「……ミカ嬢」
不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは紺青の騎士服に身を包んだレオン様だった。おそらく警備のための巡回だろう。しかしその蒼い瞳は、真っ直ぐに私を射抜いていた。
この数日、彼は私が記録保管庫に籠もっているのを気にかけて、何度も様子を見に来てくれていた。
「レオン様。どうかなさいましたか?」
「いや……。君が、どうしているかと思ってな」
彼は私が広げた帳簿に目を落とす。そして私が今まで見せたことのないほどの、険しい集中力で作業に没頭していることに気づいたようだった。
「それは、陛下に命じられた監査の続きか」
「はい。少し、根が深い問題が見つかりまして……」
私はどう説明したものか、少し迷った。彼にキャッシュフローや幽霊会社の話をしても、きっと理解できないだろう。
私は彼が最も理解しやすいであろう、軍事的な比喩に切り替えることにした。
「レオン様。少し、想像してみてください」
「……なんだ?」
「毎年、騎士団の武具を管理する部署が、『今年は新しい剣を千本購入します』と言って国から金貨十万枚の予算を受け取るとします」
「うむ」
「ですがその部署は、実際には百本しか剣を買いませんでした。残りの九百本は帳簿の上にしか存在しない『幽霊の剣』です。そして九百本分の金貨九万枚は、担当者たちの懐に入ります」
私の言葉に、レオン様の眉がぴくりと動いた。
「さらに、彼らは剣だけでなく食料も軍服も馬も、ありとあらゆる物資で同じことをします。それを百年以上もの間、親から子へ、子から孫へと悪しき伝統のように受け継ぎながら、ずっと続けてきたとしたら……どう思われますか?」
言い終わる頃には、レオン様の顔から表情が消えていた。
いや違う。感情が消えたのではない。怒りがその沸点を超え、冷たい鋼のような表情に変わったのだ。
彼の蒼い瞳の奥で、静かだが抑えきれない怒りの炎が燃え上がるのが見えた。
彼は財務諸表の読み方は知らないかもしれない。
しかし『幽霊の剣』が何を意味するのか、国を守るために命を懸けている彼の騎
士たちがどれほど不当に扱われてきたのかは、痛いほど理解できたのだ。
「……それが、君が今戦っている相手か」
彼の声は低く、地を這うようだった。
その声には私への深い敬意と、そして私が暴き出している危険な真実に対する猛烈な庇護欲が混じり合っていた。
彼はもう、私をか弱い貴族の令嬢として見てはいない。
異なる戦場で、国のために戦う一人の『戦士』として認めてくれたのだ。
その視線に、私の心臓が少しだけ速く脈打った。
レオン様との会話で、私の覚悟は決まった。
この『亡霊』を、白日の下に晒さなければならない。
私は再び分析に没頭した。今度は不正な取引記録に登場する署名を、スキルでデータベース化した貴族名鑑や領地の登記記録と片っ端からクロスリファレンスしていく。
パズルのピースがはまるように、次々と浮かび上がってくる名前。
一人、また一人と、不正に関わった者たちの顔が私の頭の中にリストアップされていく。
(……パターンが見えた)
浮かび上がってきたのは、十数に及ぶ特定の貴族家門の名前。
その全てが、現皇帝陛下の改革路線に反対し、古くからの権益を守ろうとする保守派の重鎮たち――『古き辺境伯』派閥に属していた。
間違いない。この不正システムの正体は、彼らだ。
私がその相関図を頭の中で完成させた、まさにその瞬間だった。
ピコンッ!
突如、私の視界に今まで見たことのない、赤い警告ウィンドウが点滅した。
【警告:新規不正取引を検知】
項目:西方辺境伯領・治水事業費
パターン一致率:98.4% (対『王室特別事業費』詐取パターン)
「……!」
全身に鳥肌が立った。
これは過去の記録じゃない。
今、この瞬間も、『亡霊』は活動している。まさに今、国の金が盗まれようとしているのだ。
私はスキルで特定した、たった今宮殿の伝令から財務局に提出されたばかりの羊皮紙の巻物をアイテムボックス経由で手元に召喚する。
そこには見慣れた偽装工作の痕跡と、今しがたリストアップしたばかりの辺境伯の署名が、生々しく記されていた。
その証拠を固く握りしめ、私は記録保管庫を飛び出した。
一刻も早く、この事実を伝えなければ。
レオン様に。
そして、皇帝陛下に。
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