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第38話 贈り物

「……贈り物、だと?」

ジークフリート王子は、私の突拍子もない言葉に眉をひそめた。その精悍な顔に浮かぶのは警戒の色。しかしその奥には、わずかな好奇が揺らめいていた。

「そうだ、小娘。いったい何を企んでいる」

「企むだなんて、とんでもない。これは友好の証ですわ。どうぞ、お受け取りくださいな」

私は優雅に微笑みながら、持っていた豪華な箱を彼の前に差し出した。

兵士たちが毒や罠を警戒し、物々しい雰囲気で箱を慎重に開ける。その中に入っていたものを見て、ジークフリート王子は息を呑んだ。

そこには、一本の見事な長剣が収められていた。
黒曜石のように黒く、そして深い輝きを放つ刀身。柄には彼の帝国の紋章であるグリフォンの精巧な彫刻が施されている。一目で国宝級の逸品であることが分かった。

「……これは見事な剣だ。だが、こんなもので俺が買収できるとでも思ったか」

「まさか。これはただの剣ではありませんわ」

私はにっこりと笑うと、説明を始めた。

「その剣は、我が国の失われた古代技術によって作られた魔法の剣です。素材は、私が『開かずの倉庫』から発見した伝説の金属『オリハルコン』。そして、我が国の筆頭監査官……つまり、私が直接最適化を施しました」

「……最適化、だと?」

「ええ。その剣は持ち主の魔力と完全に同調します。使えば使うほど切れ味が増し、そして持ち主の意志に応じて、炎や氷の魔法を刀身に纏うことができるのです。いわば、成長する武器ですわね」

私の説明に、ジークフリート王子はゴクリと喉を鳴らした。
生粋の武人である彼にとって、これほど魅力的な贈り物はないだろう。彼はまるで子供が新しい玩具を見るような、純粋な輝きを宿した目でその剣を見つめている。

「……なぜ俺に、これを?」

「申しましたでしょう?あなたこそが、次期皇帝にふさわしい方だからですわ」

私はそこで少しだけ声を潜めた。

「ジークフリート王子。あなたはお気づきですか?あなたのお父上であるヴィクトル皇帝が、なぜあれほどまでに我が国との戦争に固執なさるのか」

「……それは、帝国の栄光のためだ」

「本当に、そうでしょうか?」

私は意味深に問いかける。

「私の調査によりますと、ヴィクトル皇帝陛下は十年ほど前から原因不明の病に侵されております。その進行を遅らせているのが、我が国の国境付近でしか採れない特殊な薬草なのです」

その衝撃の事実に、ジークフリート王子は目を見開いた。

「……馬鹿な!父上が病だと……!?初めて聞いたぞ!」

「ええ、もちろんトップシークレットですもの。あなたの弟君であるクラウス王子でさえご存じないでしょう。ですが、これは紛れもない真実ですわ」

私はスキルで帝国側の宮廷記録を閲覧して得た、確かな情報を彼に突きつけた。皇帝が密かに薬を取り寄せている記録。侍医のカルテ。その動かぬ証拠に、ジークフリート王子は言葉を失った。

「彼が欲しているのは我が国の領土ではありません。その薬草が自生する土地だけ。そのたった一つの目的のために、彼は帝国全体の国力を疲弊させ、多くの兵士の命を犠牲にしようとなさっているのです」

「考えてもみてくださいな。病に蝕まれ、冷静な判断力を失った皇帝。そして、敵国の甘言に乗り、国を売り渡そうとする愚かな弟。……このままでは、あなたの愛するガルニア帝国は、内と外から崩壊してしまいますわ」

私は彼のプライドと愛国心を、巧みにくすぐる。

「あなたしかいないのです。この帝国を救えるのは。病気の父君に代わり、あなたが摂政として国を治める。そして、愚かな弟君を排斥し、あなたが次期皇帝となる。それが最も合理的で正しい選択ではありませんこと?」

私の悪魔の囁き。それはジークフリート王子の心の最も柔らかい部分を、的確に抉った。

彼は父親を尊敬していた。そして国を愛していた。その両方が今、危機に瀕している。そして、その危機を救うための力が、目の前に差し出されているのだ。

彼はしばらく葛藤するように俯いていたが、やがて顔を上げた。その目には、もう迷いはなかった。次期皇帝としての覚悟を決めた、王者の瞳だった。

「……小娘。お前の名は」

「ミカ・アシュフィールドと申します」

「ミカ、か。覚えておこう。……この剣、ありがたく貰い受ける。そして、お前の提案も前向きに検討させてもらおう」

彼はそう言うと、部下たちに命じた。

「総員、撤退する!クラウスのことは見逃してやれ。奴は、もはや俺の敵ではない」

そして、彼は去り際に私にだけ聞こえるように呟いた。

「……もし俺が皇帝になった暁には、お前を俺の妃として迎えてやってもいいぞ」

そのとんでもない爆弾発言を残して、ジークフリート王子は嵐のように去っていった。

後に残されたのは、呆然とする私と、そして物陰から全てを見ていたレオン様とクラウス王子だった。

「……ミカ嬢。君は一体何をしたんだ……」

レオン様が信じられないという顔で私を見ている。

「いえ、ただ少し、帝国のパワーバランスを最適化しただけです」

私は悪びれもなく言い放った。

「ミカさん……。あなたは私の命の恩人です。そして、この帝国を救ってくれたのかもしれない」

クラウス王子が深々と私に頭を下げた。

「このご恩は決して忘れません。兄上がもし暴走するようなことがあれば、その時は私が全力であなたとあなたの国を助けることを誓います」

こうして、私は敵国であるはずの帝国の二人の王子、両方に恩を売り、そしてある意味、手玉に取ってしまったのだ。

王都への帰り道。馬車の中で、レオン様はずっと不機嫌そうに黙り込んでいた。

「……どうしたんですか、レオン様。作戦は大成功でしたのに」

「……成功かもしれんが」

彼は拗ねたように口を尖らせる。

「あのジークフリートとかいう王子。最後にとんでもないことを言っていなかったか?妃に迎える、だと……?ふざけるな!」

そのあまりにも分かりやすい嫉妬。私はおかしくて、そして愛しくて、思わず吹き出してしまった。

「大丈夫ですよ。私はどこにも嫁いだりしませんから。私の居場所はここです。……あなたの隣ですから」

私がそっとそう言うと、彼の顔がみるみるうちに首まで真っ赤に染まった。

私の異世界でのお仕事改革は、どうやら国際問題にまで発展してしまったようだ。
しかし、どんな大きな問題も、一つ一つ整理整頓していけば必ず解決できる。私は最強の騎士の不器用な愛情を隣に感じながら、次なる課題に思いを馳せるのだった。
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