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第44話 偽りの競売と最適化された海
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三日後の夜。『トリトンの手』の組合長ロード・ヴァレリウスが主催する夜会は、彼の豪奢な屋敷で開かれた。
大理石の床は磨き上げられ、天井から吊るされた巨大な水晶のシャンデリアが眩い光を放つ。壁一面に飾られた高価な絵画は、彼の異常なまでの富を無言で物語っていた。
会場にはシレジア公国の有力者たちが集い、まるで主君に仕えるかのようにヴァレリウスに媚びへつらっている。その光景は、腐敗の縮図そのものだった。
私とセシリア公女がレオン様を伴って会場に姿を現すと、一瞬音楽が止み、全ての視線が私たちに集中した。好奇、警戒、そして侮蔑。様々な感情が渦巻く中、一人の男が優雅にこちらへ歩み寄ってくる。
「これはこれは、セシリア公女殿下。そして遠きクラインハルト王国からの賓客。このような場末の宴へようこそ」
年の頃は三十代半ばだろうか。絹のような黒髪を長く伸ばし、モデルのようにすらりとした優雅な物腰の男。彼がロード・ヴァレリウスだった。
その笑顔は完璧に魅力的だが、瞳の奥には冷たい計算高さと獲物を見るような捕食者の光が宿っている。
「ええ、ヴァレリウス卿。あなたの集めた『お宝』を拝見しにまいりましたの」
私は彼の皮肉を、優雅な笑顔で受け流した。私たちの間を目に見えない火花が散るのを感じた。
夜会はヴァレリウスの独壇場だった。彼は巧みな話術と人を惹きつける力で、貴族たちを完全に魅了している。そして宴が最高潮に達した頃、彼は一つの特別な催しを用意していた。
「皆様! 今宵はこの私の収集品の中から秘蔵の逸品を皆様に特別にお披露目いたしましょう!」
彼が高らかに宣言すると、会場の中央にビロードのクッションに乗せられた一つの巨大な真珠が運び込まれた。今まで誰も見たことのない、七色に輝く美しい真珠だった。
「これぞ伝説の『虹色真珠』! 数百年に一度しか採れないと言われる幻の至宝です! 今宵この場で特別に競売にかけさせていただきましょう!」
その言葉に会場は熱狂の渦に包まれた。貴族たちは我先にと値段を吊り上げていく。
「一億ゴールド!」
「いや、二億だ!」
その狂乱を、ヴァレリウスは玉座の王のように満足げに眺めている。
競売の値段が、国家予算に匹敵するほどの額に達したその時だった。
「お待ちになって、皆様」
静かだが凛と響き渡る声。声の主は私だった。
会場中の視線が、再び私に集まる。
「その素晴らしい真珠。落札なさる前に、その価値が本物であるか、きちんと鑑定なさったほうがよろしいのではなくて?」
私の言葉に、ヴァレリウスの眉がぴくりと動いた。
「……ほう。我が組合の鑑定士が本物であると保証しておりますが。何か疑義でも?」
彼の声には、隠しきれない苛立ちが混じっていた。
「ええ、大いに」
私はセシリア公女の許可を得て、魔法の画面を会場に出現させた。そして能力を発動させる。
「今からこの『虹色真珠』の公開鑑定を始めさせていただきますわ」
私は真珠の構造を、微粒子レベルで画面に映し出した。
「皆様、ご覧ください。この美しい七色の輝き。これは真珠が自然に持つものではございません。特殊な染料を魔力で内部に浸透させただけの、安っぽい模造品ですわ」
画面には染料の化学式と、それが真珠の核にまで染み込んでいる様子が無慈悲に表示される。
「なっ……!?」
会場が騒然となった。
「そしてヴァレリウス卿。あなたの本当の商売は、この偽物の真珠を売ることではありませんわね」
私は次に、画面にシレジア公国の海流図と金の流れを示す複雑な図表を映し出した。
「あなたは特殊な微生物を含む海水を独占し、真珠の品質を意図的に操作していました。そして市場に混乱を生み出し、その裏で不正な資金洗浄を行っていた。その資金は我がクラインハルト王国を混乱に陥れた、ある巨大な闇の組織へと流れています。……これでもまだ、しらを切るおつもりかしら?」
動かぬ証拠。完璧な論理。
私の説明は、彼の築き上げた嘘の王国を粉々に打ち砕いた。
ヴァレリウスの顔から、余裕の笑みが完全に消え失せた。
貴族たちは自分たちが騙されていたことを知り、怒りの矛先を彼に向ける。
「ヴァレリウス! 貴様、我々を騙していたのか!」
追い詰められたヴァレリウスは、最後の手段に出た。彼は一番近くにいたセシリア公女を人質に取ろうと、その腕を掴んだ。
「動くな! 動けばこの姫の命はな――」
彼の言葉は、最後まで続かなかった。
一陣の風が吹き抜けたかと思うと、ヴァレリウスはその場に崩れ落ちていた。
彼の背後には、いつの間にか移動していたレオン様が立っていた。剣の柄で首筋を打ち、気絶させた後だった。その動きはあまりにも速く、誰の目にも捉えることはできなかった。
「……ミカ嬢に近づきすぎる」
レオン様は冷たい声でそう呟くと、気絶したヴァレリウスをゴミでも見るかのような目で見下ろした。
こうしてシレジア公国を蝕んでいた闇の組合は、一夜にして壊滅した。
公爵城に戻った私たちを、セシリア公女は涙ながらに迎えてくれた。
「ミカ殿……。あなたこそ我が国の救世主です。このご恩は生涯忘れません」
彼女は私にどんな褒美でも与えると言ってくれた。
その夜。私はレオン様に連れられて、アクアリアの港が見える丘に来ていた。
「レオン様。今夜はありがとうございました。あなたがいなければ私は……」
「礼を言う必要はない。君を守るのが俺の仕事だ」
彼はそう言うと、私の肩にそっと自分の上着をかけてくれた。夜風が心地よい。
「……だがミカ嬢。君は少し無茶をしすぎる」
「え?」
「見ていて心臓に悪い。君が危険な場所に飛び込んでいくたびに、俺の寿命が縮む思いだ」
その声は叱っているようで、しかし深い愛情に満ちていた。
「だから約束してくれ。これ以上一人で危険な橋を渡らないと。……必ず俺を頼ると」
その不器用な、しかし真剣な願い。私は彼の大きな手を取り、こくりと頷いた。
「はい、約束します。レオン様」
私の返事に、彼は心の底から安堵したように優しい笑みを浮かべた。その笑顔を見ていると、私の胸も温かいもので満たされていく。
その時、王宮から緊急の通信が入った。アルベルト陛下からだった。彼は私がシレジア公国で成し遂げた全てを、遠くから見守っていたのだ。
『ミカ。さすがだ。私の思った通りの、いやそれ以上の成果だ。……早く帰ってこい。君のいない王宮は、やはりつまらんからな』
その少しだけ拗ねたような、しかし喜びを隠しきれない声。
私は二人の英雄からの重く温かい愛情に包まれながら、遠い故郷の空を見上げた。
大理石の床は磨き上げられ、天井から吊るされた巨大な水晶のシャンデリアが眩い光を放つ。壁一面に飾られた高価な絵画は、彼の異常なまでの富を無言で物語っていた。
会場にはシレジア公国の有力者たちが集い、まるで主君に仕えるかのようにヴァレリウスに媚びへつらっている。その光景は、腐敗の縮図そのものだった。
私とセシリア公女がレオン様を伴って会場に姿を現すと、一瞬音楽が止み、全ての視線が私たちに集中した。好奇、警戒、そして侮蔑。様々な感情が渦巻く中、一人の男が優雅にこちらへ歩み寄ってくる。
「これはこれは、セシリア公女殿下。そして遠きクラインハルト王国からの賓客。このような場末の宴へようこそ」
年の頃は三十代半ばだろうか。絹のような黒髪を長く伸ばし、モデルのようにすらりとした優雅な物腰の男。彼がロード・ヴァレリウスだった。
その笑顔は完璧に魅力的だが、瞳の奥には冷たい計算高さと獲物を見るような捕食者の光が宿っている。
「ええ、ヴァレリウス卿。あなたの集めた『お宝』を拝見しにまいりましたの」
私は彼の皮肉を、優雅な笑顔で受け流した。私たちの間を目に見えない火花が散るのを感じた。
夜会はヴァレリウスの独壇場だった。彼は巧みな話術と人を惹きつける力で、貴族たちを完全に魅了している。そして宴が最高潮に達した頃、彼は一つの特別な催しを用意していた。
「皆様! 今宵はこの私の収集品の中から秘蔵の逸品を皆様に特別にお披露目いたしましょう!」
彼が高らかに宣言すると、会場の中央にビロードのクッションに乗せられた一つの巨大な真珠が運び込まれた。今まで誰も見たことのない、七色に輝く美しい真珠だった。
「これぞ伝説の『虹色真珠』! 数百年に一度しか採れないと言われる幻の至宝です! 今宵この場で特別に競売にかけさせていただきましょう!」
その言葉に会場は熱狂の渦に包まれた。貴族たちは我先にと値段を吊り上げていく。
「一億ゴールド!」
「いや、二億だ!」
その狂乱を、ヴァレリウスは玉座の王のように満足げに眺めている。
競売の値段が、国家予算に匹敵するほどの額に達したその時だった。
「お待ちになって、皆様」
静かだが凛と響き渡る声。声の主は私だった。
会場中の視線が、再び私に集まる。
「その素晴らしい真珠。落札なさる前に、その価値が本物であるか、きちんと鑑定なさったほうがよろしいのではなくて?」
私の言葉に、ヴァレリウスの眉がぴくりと動いた。
「……ほう。我が組合の鑑定士が本物であると保証しておりますが。何か疑義でも?」
彼の声には、隠しきれない苛立ちが混じっていた。
「ええ、大いに」
私はセシリア公女の許可を得て、魔法の画面を会場に出現させた。そして能力を発動させる。
「今からこの『虹色真珠』の公開鑑定を始めさせていただきますわ」
私は真珠の構造を、微粒子レベルで画面に映し出した。
「皆様、ご覧ください。この美しい七色の輝き。これは真珠が自然に持つものではございません。特殊な染料を魔力で内部に浸透させただけの、安っぽい模造品ですわ」
画面には染料の化学式と、それが真珠の核にまで染み込んでいる様子が無慈悲に表示される。
「なっ……!?」
会場が騒然となった。
「そしてヴァレリウス卿。あなたの本当の商売は、この偽物の真珠を売ることではありませんわね」
私は次に、画面にシレジア公国の海流図と金の流れを示す複雑な図表を映し出した。
「あなたは特殊な微生物を含む海水を独占し、真珠の品質を意図的に操作していました。そして市場に混乱を生み出し、その裏で不正な資金洗浄を行っていた。その資金は我がクラインハルト王国を混乱に陥れた、ある巨大な闇の組織へと流れています。……これでもまだ、しらを切るおつもりかしら?」
動かぬ証拠。完璧な論理。
私の説明は、彼の築き上げた嘘の王国を粉々に打ち砕いた。
ヴァレリウスの顔から、余裕の笑みが完全に消え失せた。
貴族たちは自分たちが騙されていたことを知り、怒りの矛先を彼に向ける。
「ヴァレリウス! 貴様、我々を騙していたのか!」
追い詰められたヴァレリウスは、最後の手段に出た。彼は一番近くにいたセシリア公女を人質に取ろうと、その腕を掴んだ。
「動くな! 動けばこの姫の命はな――」
彼の言葉は、最後まで続かなかった。
一陣の風が吹き抜けたかと思うと、ヴァレリウスはその場に崩れ落ちていた。
彼の背後には、いつの間にか移動していたレオン様が立っていた。剣の柄で首筋を打ち、気絶させた後だった。その動きはあまりにも速く、誰の目にも捉えることはできなかった。
「……ミカ嬢に近づきすぎる」
レオン様は冷たい声でそう呟くと、気絶したヴァレリウスをゴミでも見るかのような目で見下ろした。
こうしてシレジア公国を蝕んでいた闇の組合は、一夜にして壊滅した。
公爵城に戻った私たちを、セシリア公女は涙ながらに迎えてくれた。
「ミカ殿……。あなたこそ我が国の救世主です。このご恩は生涯忘れません」
彼女は私にどんな褒美でも与えると言ってくれた。
その夜。私はレオン様に連れられて、アクアリアの港が見える丘に来ていた。
「レオン様。今夜はありがとうございました。あなたがいなければ私は……」
「礼を言う必要はない。君を守るのが俺の仕事だ」
彼はそう言うと、私の肩にそっと自分の上着をかけてくれた。夜風が心地よい。
「……だがミカ嬢。君は少し無茶をしすぎる」
「え?」
「見ていて心臓に悪い。君が危険な場所に飛び込んでいくたびに、俺の寿命が縮む思いだ」
その声は叱っているようで、しかし深い愛情に満ちていた。
「だから約束してくれ。これ以上一人で危険な橋を渡らないと。……必ず俺を頼ると」
その不器用な、しかし真剣な願い。私は彼の大きな手を取り、こくりと頷いた。
「はい、約束します。レオン様」
私の返事に、彼は心の底から安堵したように優しい笑みを浮かべた。その笑顔を見ていると、私の胸も温かいもので満たされていく。
その時、王宮から緊急の通信が入った。アルベルト陛下からだった。彼は私がシレジア公国で成し遂げた全てを、遠くから見守っていたのだ。
『ミカ。さすがだ。私の思った通りの、いやそれ以上の成果だ。……早く帰ってこい。君のいない王宮は、やはりつまらんからな』
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