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第48話 出発前夜と二つの贈り物
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ライナスからの緊急連絡を受け、王宮の作戦室は再び緊迫した空気に包まれた。
私とアルベルト陛下、そしてレオン様は、壁に広げられた大陸地図を睨みつけ、ライナスからの詳細な報告を待っていた。
『聞こえるか、ミカ』
通信水晶から、ライナスの冷静な声が響く。
『オリオン商会の傭兵部隊が、すでに魔光石の産出地であるカルヴァン公国へと侵入したとの情報が入った。表向きは「治安維持のための協力」という名目だが、事実上の軍事占領だ』
「なんと……!カルヴァン公国は、我が国とも帝国とも友好関係にある、永世中立国のはず。なぜ、オリオン商会のような得体の知れない組織の介入を許したのだ!」
陛下が、怒りを滲ませた声で言った。
『それが奴らの巧妙なところだ。カルヴァン公国は、ここ数年、原因不明の疫病に悩まされている。オリオン商会は、その治療薬を独占的に供給することを条件に、公国の指導者たちを懐柔したのだ。薬を止められることを恐れた公国の貴族たちは、奴らの言いなりになるしかなかった』
「疫病……。それも、奴らの仕業の可能性が高いわね」
私は冷静に分析した。疫病で国を弱らせ、そこに救いの手を差し伸べるふりをして、実質的に国を乗っ取る。まさに、死の商人らしいやり口だった。
「ライナスさん、彼らの本当の目的は何です?ただ鉱山を支配するだけが目的とは思えません」
『ああ。俺の掴んだ情報によれば、奴らはその魔光石を使い、古代の禁断の兵器を復活させようとしている』
「禁断の……兵器……?」
レオン様が、息を呑んだ。
『そうだ。かつてこの大陸を恐怖に陥れたと言われる、古代文明の遺物。『天候制御装置』だ』
その名を聞いた瞬間、陛下とレオン様の顔色が変わった。それは、おとぎ話の中にしか存在しないはずの、伝説の兵器の名だった。
『天候を自在に操り、嵐を呼び、干ばつを引き起こす。一個人の力で、国家の食糧事情や経済を根底から破壊できる、まさに神の領域の力だ。オリオン商会は、その力で大陸全体の支配を目論んでいるのだろう』
あまりにも壮大で、そして邪悪な計画。
私たちは、言葉を失った。これまでの事件が、全て子供の遊びに思えるほどの、途方もない危機が迫っている。
「……ミカ。どうすればいい」
陛下が、絞り出すような声で私に問うた。
その金の瞳には、初めて見る、深い憂慮の色が浮かんでいる。
私は、一度目を閉じ、高速で思考を巡らせた。
敵の計画、カルヴァン公国の現状、そして我々が持つ手札。全ての情報を、私のスキルで整理し、最適解を導き出す。
数秒の沈黙の後、私は目を開けた。
私の瞳には、もう迷いはなかった。
「……方法は、一つしかありません」
私は、きっぱりと言い切った。
「私たちが、直接カルヴァン公国へ向かいます。そして、オリオン商会よりも先に、『天候制御装置』を確保、もしくは破壊するのです」
「無茶だ!」
レオン様が、即座に反対の声を上げた。
「敵の支配下にある国へ乗り込むなど、自殺行為に等しい!それに、その兵器がどこにあるのかも分からんのだろう!」
「いいえ、分かります」
私は、特別牢にいるライナスに視線を送るように、通信水晶に語りかけた。
「ライナスさん。あなたなら、その兵器が眠る古代遺跡の場所、知っていますよね?」
『……フン。さすがだな、ミカ。お見通しか』
通信機の向こうで、ライナスが楽しそうに鼻を鳴らした。
『ああ、知っているとも。アッシュフォード家に代々伝わる、極秘の古文書にその場所は記されている。だが、その遺跡は強力な守護者と、古代の罠に守られている。生半可な覚悟で近づけば、命はないぞ』
「その情報は、私に転送してください。罠の解析と解除は、私の専門分野ですわ」
『ククク……面白い。いいだろう。お前がそこまで言うなら、協力してやる。だが、忘れるな。もしお前が失敗すれば、この国も、そして大陸も終わる。その覚悟があるのならな』
ライナスとの交渉は成立した。
しかし、レオン様はまだ納得していないようだった。
「だが、ミカ嬢!君をそんな危険な場所に連れて行くなど、俺は断じて認めん!」
「レオン様」
私は、彼の前に立つと、その蒼い瞳をまっすぐに見つめた。
「これは、私にしかできない仕事です。そして、あなたがいなければ、絶対に成功できない仕事でもあります。私の剣となり、盾となって、私を守ってください。お願いします」
私の、真剣な願い。
その瞳に宿る揺るぎない覚悟を見て、レオン様はぐっと唇を噛んだ。
彼はしばらく葛藤していたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。
「……分かった。君がそこまで言うのなら。だが、約束しろ。絶対に無茶はしないと。そして、必ず俺のそばを離れるなと」
「はい、約束します」
こうして、私たちの新たな、そしておそらくは最後の『お片付け』となるであろう、カルヴァン公国への極秘潜入作戦が決定した。
「陛下。留守の間、国のことはお任せいたします。そして、ガルニア帝国のジークフリート王子にも、この件を伝えるべきです。彼にとっても、他人事ではないはずですから」
「ああ、分かっている。奴には俺から、うまく話をつけておこう。共同戦線の真価が問われる時だな」
陛下は力強く頷いた。
出発は、翌日の夜明けに決まった。
私とレオン様、そして彼が選んだ十名の騎士団の精鋭だけ。少数での、電撃的な潜入作戦だ。
その夜、私は自室で旅の準備をしていた。
アイテムボックスに必要なものを整理し、ライナスから送られてくる古代遺跡の膨大なデータを解析する。やるべきことは山積みだった。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
扉を開けると、そこに立っていたのはアルベルト陛下だった。
彼は護衛も連れず、たった一人だった。
「陛下……?どうなさいましたか」
「……君の顔が、見ておきたくてな。出発前に」
彼はそう言うと、部屋の中に入ってきた。
そして、私の両肩にそっと手を置いた。
「ミカ。約束してくれ。必ず、生きて帰ってくると」
その金の瞳は、不安と、そして私への深い愛情で揺れていた。
王としての仮面を脱ぎ捨てた、一人の男の顔だった。
「はい、陛下。必ず」
「信じている。だが、それでも私は不安で仕方ないのだ。君を失うことが、何よりも怖い」
彼はそう言うと、たまらないといった様子で、私を強く抱きしめた。
彼の温かい胸の中。力強い鼓動が、私の耳に直接響く。
彼の私に対する想いの深さが、痛いほど伝わってきた。
「ミカ……もし、君が無事に帰ってきたら……その時は、私の本当の想いを、聞いてくれるか」
その囁きは、ほとんど懇願に近かった。
私は、彼の胸の中で、ただこくりと頷くことしかできなかった。
彼が名残惜しそうに部屋を去った後も、私の心臓は激しく高鳴り続けていた。
彼の想いに、私はどう応えればいいのだろう。
そして、私の本当の気持ちは、どこにあるのだろう。
そんな感傷に浸る間もなく、今度は別の来訪者が現れた。
窓の外のバルコニーに、いつの間にかレオン様が立っていたのだ。
「レオン様!?どうしてここから……!」
「……陛下の香りがしたからな」
彼は不機嫌そうに言うと、ひらりと部屋の中に飛び込んできた。
「ミカ嬢。君に、渡したいものがある」
彼が差し出したのは、一つの小さな、しかし美しいお守り袋だった。
マーサが織ったルナシルクの生地に、銀糸で騎士団の紋章が刺繍されている。
「これは……?」
「騎士団に古くから伝わる、武運を祈るお守りだ。俺の母が、俺が初めて戦場に出る時に作ってくれたものを、君のために作り直した」
その、あまりにも心のこもった贈り物。
彼の不器用な、しかし何よりも深い愛情が、そのお守り袋から伝わってくるようだった。
「……ありがとうございます。大切にします」
私がそれを受け取ると、彼は安心したように、ふっと息を吐いた。
そして、彼は一歩、私に近づいた。
「ミカ嬢。俺は、言葉で想いを伝えるのは苦手だ。だから、これだけは言わせてくれ」
彼は私の手を取り、その蒼い瞳で、まっすぐに私を見つめた。
「俺は、君を必ず守る。この命に代えても。だから、君は安心して、君のすべきことをしろ。そして、全てが終わったら……俺の隣で、笑っていてほしい」
それは、彼の魂からの、誓いの言葉だった。
私は、彼の熱い視線から、目を逸らすことができなかった。
皇帝陛下からの、甘く切ない愛の告白。
そして、騎士団長からの、不器用で、しかし何よりも誠実な誓い。
二人の英雄からの、あまりにも重すぎる愛情。
私は、この二つの想いを胸に、明日、決戦の地へと旅立つ。
私の人生という名のプロジェクトは、どうやら最終局面を迎えようとしていた。
そして、その結末がどうなるのかは、まだ、誰にも分からない。
私は、ぎゅっとお守り袋を握りしめた。
その温もりが、私の覚悟を静かに支えてくれているようだった。
私とアルベルト陛下、そしてレオン様は、壁に広げられた大陸地図を睨みつけ、ライナスからの詳細な報告を待っていた。
『聞こえるか、ミカ』
通信水晶から、ライナスの冷静な声が響く。
『オリオン商会の傭兵部隊が、すでに魔光石の産出地であるカルヴァン公国へと侵入したとの情報が入った。表向きは「治安維持のための協力」という名目だが、事実上の軍事占領だ』
「なんと……!カルヴァン公国は、我が国とも帝国とも友好関係にある、永世中立国のはず。なぜ、オリオン商会のような得体の知れない組織の介入を許したのだ!」
陛下が、怒りを滲ませた声で言った。
『それが奴らの巧妙なところだ。カルヴァン公国は、ここ数年、原因不明の疫病に悩まされている。オリオン商会は、その治療薬を独占的に供給することを条件に、公国の指導者たちを懐柔したのだ。薬を止められることを恐れた公国の貴族たちは、奴らの言いなりになるしかなかった』
「疫病……。それも、奴らの仕業の可能性が高いわね」
私は冷静に分析した。疫病で国を弱らせ、そこに救いの手を差し伸べるふりをして、実質的に国を乗っ取る。まさに、死の商人らしいやり口だった。
「ライナスさん、彼らの本当の目的は何です?ただ鉱山を支配するだけが目的とは思えません」
『ああ。俺の掴んだ情報によれば、奴らはその魔光石を使い、古代の禁断の兵器を復活させようとしている』
「禁断の……兵器……?」
レオン様が、息を呑んだ。
『そうだ。かつてこの大陸を恐怖に陥れたと言われる、古代文明の遺物。『天候制御装置』だ』
その名を聞いた瞬間、陛下とレオン様の顔色が変わった。それは、おとぎ話の中にしか存在しないはずの、伝説の兵器の名だった。
『天候を自在に操り、嵐を呼び、干ばつを引き起こす。一個人の力で、国家の食糧事情や経済を根底から破壊できる、まさに神の領域の力だ。オリオン商会は、その力で大陸全体の支配を目論んでいるのだろう』
あまりにも壮大で、そして邪悪な計画。
私たちは、言葉を失った。これまでの事件が、全て子供の遊びに思えるほどの、途方もない危機が迫っている。
「……ミカ。どうすればいい」
陛下が、絞り出すような声で私に問うた。
その金の瞳には、初めて見る、深い憂慮の色が浮かんでいる。
私は、一度目を閉じ、高速で思考を巡らせた。
敵の計画、カルヴァン公国の現状、そして我々が持つ手札。全ての情報を、私のスキルで整理し、最適解を導き出す。
数秒の沈黙の後、私は目を開けた。
私の瞳には、もう迷いはなかった。
「……方法は、一つしかありません」
私は、きっぱりと言い切った。
「私たちが、直接カルヴァン公国へ向かいます。そして、オリオン商会よりも先に、『天候制御装置』を確保、もしくは破壊するのです」
「無茶だ!」
レオン様が、即座に反対の声を上げた。
「敵の支配下にある国へ乗り込むなど、自殺行為に等しい!それに、その兵器がどこにあるのかも分からんのだろう!」
「いいえ、分かります」
私は、特別牢にいるライナスに視線を送るように、通信水晶に語りかけた。
「ライナスさん。あなたなら、その兵器が眠る古代遺跡の場所、知っていますよね?」
『……フン。さすがだな、ミカ。お見通しか』
通信機の向こうで、ライナスが楽しそうに鼻を鳴らした。
『ああ、知っているとも。アッシュフォード家に代々伝わる、極秘の古文書にその場所は記されている。だが、その遺跡は強力な守護者と、古代の罠に守られている。生半可な覚悟で近づけば、命はないぞ』
「その情報は、私に転送してください。罠の解析と解除は、私の専門分野ですわ」
『ククク……面白い。いいだろう。お前がそこまで言うなら、協力してやる。だが、忘れるな。もしお前が失敗すれば、この国も、そして大陸も終わる。その覚悟があるのならな』
ライナスとの交渉は成立した。
しかし、レオン様はまだ納得していないようだった。
「だが、ミカ嬢!君をそんな危険な場所に連れて行くなど、俺は断じて認めん!」
「レオン様」
私は、彼の前に立つと、その蒼い瞳をまっすぐに見つめた。
「これは、私にしかできない仕事です。そして、あなたがいなければ、絶対に成功できない仕事でもあります。私の剣となり、盾となって、私を守ってください。お願いします」
私の、真剣な願い。
その瞳に宿る揺るぎない覚悟を見て、レオン様はぐっと唇を噛んだ。
彼はしばらく葛藤していたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。
「……分かった。君がそこまで言うのなら。だが、約束しろ。絶対に無茶はしないと。そして、必ず俺のそばを離れるなと」
「はい、約束します」
こうして、私たちの新たな、そしておそらくは最後の『お片付け』となるであろう、カルヴァン公国への極秘潜入作戦が決定した。
「陛下。留守の間、国のことはお任せいたします。そして、ガルニア帝国のジークフリート王子にも、この件を伝えるべきです。彼にとっても、他人事ではないはずですから」
「ああ、分かっている。奴には俺から、うまく話をつけておこう。共同戦線の真価が問われる時だな」
陛下は力強く頷いた。
出発は、翌日の夜明けに決まった。
私とレオン様、そして彼が選んだ十名の騎士団の精鋭だけ。少数での、電撃的な潜入作戦だ。
その夜、私は自室で旅の準備をしていた。
アイテムボックスに必要なものを整理し、ライナスから送られてくる古代遺跡の膨大なデータを解析する。やるべきことは山積みだった。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
扉を開けると、そこに立っていたのはアルベルト陛下だった。
彼は護衛も連れず、たった一人だった。
「陛下……?どうなさいましたか」
「……君の顔が、見ておきたくてな。出発前に」
彼はそう言うと、部屋の中に入ってきた。
そして、私の両肩にそっと手を置いた。
「ミカ。約束してくれ。必ず、生きて帰ってくると」
その金の瞳は、不安と、そして私への深い愛情で揺れていた。
王としての仮面を脱ぎ捨てた、一人の男の顔だった。
「はい、陛下。必ず」
「信じている。だが、それでも私は不安で仕方ないのだ。君を失うことが、何よりも怖い」
彼はそう言うと、たまらないといった様子で、私を強く抱きしめた。
彼の温かい胸の中。力強い鼓動が、私の耳に直接響く。
彼の私に対する想いの深さが、痛いほど伝わってきた。
「ミカ……もし、君が無事に帰ってきたら……その時は、私の本当の想いを、聞いてくれるか」
その囁きは、ほとんど懇願に近かった。
私は、彼の胸の中で、ただこくりと頷くことしかできなかった。
彼が名残惜しそうに部屋を去った後も、私の心臓は激しく高鳴り続けていた。
彼の想いに、私はどう応えればいいのだろう。
そして、私の本当の気持ちは、どこにあるのだろう。
そんな感傷に浸る間もなく、今度は別の来訪者が現れた。
窓の外のバルコニーに、いつの間にかレオン様が立っていたのだ。
「レオン様!?どうしてここから……!」
「……陛下の香りがしたからな」
彼は不機嫌そうに言うと、ひらりと部屋の中に飛び込んできた。
「ミカ嬢。君に、渡したいものがある」
彼が差し出したのは、一つの小さな、しかし美しいお守り袋だった。
マーサが織ったルナシルクの生地に、銀糸で騎士団の紋章が刺繍されている。
「これは……?」
「騎士団に古くから伝わる、武運を祈るお守りだ。俺の母が、俺が初めて戦場に出る時に作ってくれたものを、君のために作り直した」
その、あまりにも心のこもった贈り物。
彼の不器用な、しかし何よりも深い愛情が、そのお守り袋から伝わってくるようだった。
「……ありがとうございます。大切にします」
私がそれを受け取ると、彼は安心したように、ふっと息を吐いた。
そして、彼は一歩、私に近づいた。
「ミカ嬢。俺は、言葉で想いを伝えるのは苦手だ。だから、これだけは言わせてくれ」
彼は私の手を取り、その蒼い瞳で、まっすぐに私を見つめた。
「俺は、君を必ず守る。この命に代えても。だから、君は安心して、君のすべきことをしろ。そして、全てが終わったら……俺の隣で、笑っていてほしい」
それは、彼の魂からの、誓いの言葉だった。
私は、彼の熱い視線から、目を逸らすことができなかった。
皇帝陛下からの、甘く切ない愛の告白。
そして、騎士団長からの、不器用で、しかし何よりも誠実な誓い。
二人の英雄からの、あまりにも重すぎる愛情。
私は、この二つの想いを胸に、明日、決戦の地へと旅立つ。
私の人生という名のプロジェクトは、どうやら最終局面を迎えようとしていた。
そして、その結末がどうなるのかは、まだ、誰にも分からない。
私は、ぎゅっとお守り袋を握りしめた。
その温もりが、私の覚悟を静かに支えてくれているようだった。
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○○○
旧版を基に再編集しています。
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