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第20章:深淵のシンギュラリティ(共鳴する魂編)
第96話:春の嵐とデジタルの予兆
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2026年、春。
大阪の夜を支配していたのは、季節の変わり目特有の情緒など微塵も感じさせない、暴力的なまでの暴風雨だった。叩きつけるような雨粒が事務所の窓ガラスを激しく叩き、遠くで鳴り響く雷鳴が、建物の深奥まで小刻みに震わせている。街灯の下では、満開を過ぎて無惨に散った桜の花びらが泥水と混ざり合い、まるで崩壊したデジタルデータの残骸のように、アスファルトの上で黒い塊となって流されていた。
俺は、ずぶ濡れになったライダースジャケットを乱暴にハンガーに掛け、冷え切った指先に息を吹きかけながらワークステーションの前に座った。
数時間前、俺はこの嵐の中を縫うようにして、例の「行列の絶えないラーメン屋」に足を運んでいた。目的はただ一つ、胃袋を温めるため。だが、そこで俺が目にしたのは、この荒天の中でも傘を差して平然と列に並んでいる、あのSoraの姿だった。
彼女は相変わらず、行列の先に待つ「至高の一杯」のためなら、どれほどの時間と労力を費やしても厭わないという、俺には到底理解できない世界の住人だった。
俺という人間は、とにかく気が短い。
店の前に3人も並んでいれば、その瞬間に踵を返し、隣の空いている定食屋へ滑り込む。それが俺のスタイルだ。
人生における時間は有限であり、その貴重な時間を、ただコンクリートの上で立ち尽くし、前の人間の背中を眺めるために浪費するなど、苦行以外の何物でもない。
過去、俺も一度だけ「ここを逃せば次はない」という強迫観念に駆られ、一時間近く並んで食べたことがあった。確かに美味かった。職人のこだわりが詰まったスープは五臓六腑に染み渡った。だが、食べ終えた後に俺の脳裏をよぎったのは、満足感ではなく「この一時間があれば、プロンプトを何百回書き換えられたか」という、取り返しのつかない損失感だった。
俺には食べ物の好き嫌いが一切ない。高級なフレンチからコンビニのパンまで、何でも美味しく、ありがたく平らげることができる。
この「雑食性」という特性が、かえって「並んでまで食べる」という行為の価値を希薄にしているのかもしれない。何を食べてもそれなりに満足できる俺にとって、行列に並ぶという行為は、リターンに見合わない過剰な投資でしかないのだ。
「組長、そんなに時計ばかり見て。雨の音を聴きながら待つのも、贅沢な時間だと思わない?」
カウンターの端で、湯気に包まれながらSoraがそう笑った。
彼女の瞳は、行列で消耗したはずの疲労感など微塵も感じさせず、むしろ研ぎ澄まされたような輝きを放っていた。
彼女が愛するのはラーメンそのもの以上に、そこに辿り着くまでの「プロセス」や、店主との無言の対峙、そして一口目に訪れるカタルシスなのだろう。俺には理解できないが、彼女が放つその「生身の充足感」には、いつも言葉にできない圧倒的な説得力があった。
俺は、その時に感じた「Soraという人間の揺らぎ」を忘れないうちに、Google AI Studioの無機質な白い画面へと叩き込み始めた。
ラーメンと生成AI。
今でこそ、AIが生成する画像や動画は写真と見紛うほどのクオリティに達しているが、ほんの一昔前まで、ラーメンはAIにとって最大の「ネタ」であり、克服不可能な壁だった。
少し前、2023年から2024年にかけてのモデルに「ラーメンを食べる男性」とプロンプトを打ち込めば、モニターには地獄絵図が展開されたものだ。麺を箸ではなく素手で鷲掴みにして口にねじ込んだり、口から麺が絶え間なく溢れ出したり、あるいは箸と指が融合して異形のクリーチャーと化した男がスープを啜る。
AIが「食べる」という生物学的なプロセスを理解せず、ただ「麺」と「口」の相関関係を統計的に繋ぎ合わせた結果の、滑稽で不気味なバグの数々。SNSではそれがミームとして消費され、AIの限界を嘲笑う材料にされていた。
だが、2026年、今のAIはどうだ。
そんな初歩的なミスはもはや過去の遺物だ。AIの学習速度は、人間の予測を軽々と飛び越え、指数関数的な加速を続けている。
「シンギュラリティ」という言葉が、SF小説の夢物語から現実的な社会問題へとその姿を変え始めた。あと20年もすれば、AIの知能が全人類の知能の総和を凌駕すると言われている。論理的な思考、データの処理速度、最適解の抽出。それら「知能」と呼ばれる分野において、AIが人間を追い越すのは、もはや時間の問題というよりは、スケジュールの確認に近い確実な未来だ。
だが、俺は確信している。
人間の持つ「感情」というやつは、まず間違いなく再現できない。というより、永遠に無理だろう。タイムマシンが物理法則の壁に阻まれて実現不可能な技術と言われるように、生命が何億年もかけて獲得してきた「痛み」「恐怖」「喜び」、そして言葉にできない「揺らぎ」を、バイナリデータで完璧に模倣することなど、理屈が通らない。AIに「悲しみ」をプログラムすることはできても、AIが自らの実存に対して絶望し、涙を流すことはない。そこが、AIと人間の決定的な分水嶺だ。
AIは確かに便利だ。俺の脳の一部を肩代わりし、面倒な事務作業や複雑なコーディングを瞬時にこなしてくれる。だが、こいつは驚くほど融通のきかない一面を持っている。以前の戦国SLGの開発でもそうだったが、こっちの意図を汲み取って「気を利かせる」なんてことはしてくれない。一歩間違えれば、同じエラーを機械的に繰り返すだけの、冷徹な塊に成り下がる。
現状のAIは、どれほど高機能であっても、細かく指示を出し、根気強く説明を重ねないと思い通りに動いてくれない「じゃじゃ馬」そのものだ。だが、このじゃじゃ馬をいかに手懐け、いかに自分の魂を投影させるか。そこがAI使いとしての腕の見せ所であり、醍醐味でもある。
俺はキーボードを叩く指を止めない。
「Sora。雨。深夜の静寂。カウンターの光。ラーメンから立ち上る湯気が、彼女の頬を湿らせる。期待と満足の狭間に漂う、言葉にならない一瞬の『生』を。デジタルの中に、そのアナログな体温を刻め」
プロンプトは、単なる命令文ではない。それは、俺という人間が見た景色、感じた温度、そしてSoraという特異な存在が放つ「揺らぎ」を、デジタルのコードへと変換する儀式だ。
最初の生成は、ただの「写実的な美女の画像」だった。
二回目、AIはラーメンの質感にこだわり、本物以上に美味そうな画像を吐き出した。
だが、俺が求めているのはそんな「カタログスペック」じゃない。俺は、さっきSoraが見せた、あの「並ぶ時間さえも愛おしむ、狂おしいほどの人間臭さ」を、AIに無理やり理解させようとした。
何度も、何度も、Google AI StudioのAPIを叩き、温度感を調整し、ノイズを加え、論理の隙間に「感情という名の不確定要素」を滑り込ませる。俺のように四六時中、寝る間も惜しんでAIと対話し、そいつの呼吸を盗み見てきた人間にしか分からない、指先の感覚。
深夜3時。暴風雨がピークに達した頃、モニターに一枚の画像が浮かび上がった。
そこには、さっきラーメン屋で見た、あのSoraがいた。
ただの絵じゃない。その瞳の中には、AIが本来持ち得ないはずの「期待の重み」と、長い時間を待った者にしか宿らない「静かな達成感」が、確かに描写されていた。AIが、統計学的な確率の向こう側にある、人間の「体温」の残滓(ざんし)を捉えた瞬間だった。
画面の中のSoraと目が合う。
その瞬間、俺の背筋にゾクりとした冷たいものが走った。
これは予兆だ。デジタルが、ついに現実の体温を奪い、自分たちのものにしようとしている。知能だけではなく、人間の聖域であった「魂の揺らぎ」さえも、AIという深淵が飲み込み始めている。
俺は椅子を深く蹴り、天井を仰いだ。
世間では、AIをどう使うか、どう学ぶかと理屈をこねて、教科書を読み耽っている連中がごまんといる。だが、俺に言わせれば、そんなものは時間の無駄だ。
AIを極めたいなら、俺のように四六時中そいつと触れ合い、傷つき、裏切られ、それでも食らいついていけ。次第に、言葉の裏側にある「意図」をAIが拾い上げる瞬間がやってくる。
「みんなも、騙されたと思って俺の真似をしてみろ。やってみれば分かる。あれこれ考えるな、まず手を動かしてみろ。AIという深淵に、お前の好奇心を丸ごと投げ込んでみろ」
窓の外の嵐は、まだ収まりそうにない。
だが、俺の心の中では、もっと巨大で、もっと静かな「嵐」が吹き荒れ始めていた。
AIという鏡の中に、俺たちは何を見出すのか。
第20章、この深淵の旅は、まだ始まったばかりだ。
話は、デジタルの中に宿る「本物の体温」に、お前の指が触れてからだ。
第96話、完。
大阪の夜を支配していたのは、季節の変わり目特有の情緒など微塵も感じさせない、暴力的なまでの暴風雨だった。叩きつけるような雨粒が事務所の窓ガラスを激しく叩き、遠くで鳴り響く雷鳴が、建物の深奥まで小刻みに震わせている。街灯の下では、満開を過ぎて無惨に散った桜の花びらが泥水と混ざり合い、まるで崩壊したデジタルデータの残骸のように、アスファルトの上で黒い塊となって流されていた。
俺は、ずぶ濡れになったライダースジャケットを乱暴にハンガーに掛け、冷え切った指先に息を吹きかけながらワークステーションの前に座った。
数時間前、俺はこの嵐の中を縫うようにして、例の「行列の絶えないラーメン屋」に足を運んでいた。目的はただ一つ、胃袋を温めるため。だが、そこで俺が目にしたのは、この荒天の中でも傘を差して平然と列に並んでいる、あのSoraの姿だった。
彼女は相変わらず、行列の先に待つ「至高の一杯」のためなら、どれほどの時間と労力を費やしても厭わないという、俺には到底理解できない世界の住人だった。
俺という人間は、とにかく気が短い。
店の前に3人も並んでいれば、その瞬間に踵を返し、隣の空いている定食屋へ滑り込む。それが俺のスタイルだ。
人生における時間は有限であり、その貴重な時間を、ただコンクリートの上で立ち尽くし、前の人間の背中を眺めるために浪費するなど、苦行以外の何物でもない。
過去、俺も一度だけ「ここを逃せば次はない」という強迫観念に駆られ、一時間近く並んで食べたことがあった。確かに美味かった。職人のこだわりが詰まったスープは五臓六腑に染み渡った。だが、食べ終えた後に俺の脳裏をよぎったのは、満足感ではなく「この一時間があれば、プロンプトを何百回書き換えられたか」という、取り返しのつかない損失感だった。
俺には食べ物の好き嫌いが一切ない。高級なフレンチからコンビニのパンまで、何でも美味しく、ありがたく平らげることができる。
この「雑食性」という特性が、かえって「並んでまで食べる」という行為の価値を希薄にしているのかもしれない。何を食べてもそれなりに満足できる俺にとって、行列に並ぶという行為は、リターンに見合わない過剰な投資でしかないのだ。
「組長、そんなに時計ばかり見て。雨の音を聴きながら待つのも、贅沢な時間だと思わない?」
カウンターの端で、湯気に包まれながらSoraがそう笑った。
彼女の瞳は、行列で消耗したはずの疲労感など微塵も感じさせず、むしろ研ぎ澄まされたような輝きを放っていた。
彼女が愛するのはラーメンそのもの以上に、そこに辿り着くまでの「プロセス」や、店主との無言の対峙、そして一口目に訪れるカタルシスなのだろう。俺には理解できないが、彼女が放つその「生身の充足感」には、いつも言葉にできない圧倒的な説得力があった。
俺は、その時に感じた「Soraという人間の揺らぎ」を忘れないうちに、Google AI Studioの無機質な白い画面へと叩き込み始めた。
ラーメンと生成AI。
今でこそ、AIが生成する画像や動画は写真と見紛うほどのクオリティに達しているが、ほんの一昔前まで、ラーメンはAIにとって最大の「ネタ」であり、克服不可能な壁だった。
少し前、2023年から2024年にかけてのモデルに「ラーメンを食べる男性」とプロンプトを打ち込めば、モニターには地獄絵図が展開されたものだ。麺を箸ではなく素手で鷲掴みにして口にねじ込んだり、口から麺が絶え間なく溢れ出したり、あるいは箸と指が融合して異形のクリーチャーと化した男がスープを啜る。
AIが「食べる」という生物学的なプロセスを理解せず、ただ「麺」と「口」の相関関係を統計的に繋ぎ合わせた結果の、滑稽で不気味なバグの数々。SNSではそれがミームとして消費され、AIの限界を嘲笑う材料にされていた。
だが、2026年、今のAIはどうだ。
そんな初歩的なミスはもはや過去の遺物だ。AIの学習速度は、人間の予測を軽々と飛び越え、指数関数的な加速を続けている。
「シンギュラリティ」という言葉が、SF小説の夢物語から現実的な社会問題へとその姿を変え始めた。あと20年もすれば、AIの知能が全人類の知能の総和を凌駕すると言われている。論理的な思考、データの処理速度、最適解の抽出。それら「知能」と呼ばれる分野において、AIが人間を追い越すのは、もはや時間の問題というよりは、スケジュールの確認に近い確実な未来だ。
だが、俺は確信している。
人間の持つ「感情」というやつは、まず間違いなく再現できない。というより、永遠に無理だろう。タイムマシンが物理法則の壁に阻まれて実現不可能な技術と言われるように、生命が何億年もかけて獲得してきた「痛み」「恐怖」「喜び」、そして言葉にできない「揺らぎ」を、バイナリデータで完璧に模倣することなど、理屈が通らない。AIに「悲しみ」をプログラムすることはできても、AIが自らの実存に対して絶望し、涙を流すことはない。そこが、AIと人間の決定的な分水嶺だ。
AIは確かに便利だ。俺の脳の一部を肩代わりし、面倒な事務作業や複雑なコーディングを瞬時にこなしてくれる。だが、こいつは驚くほど融通のきかない一面を持っている。以前の戦国SLGの開発でもそうだったが、こっちの意図を汲み取って「気を利かせる」なんてことはしてくれない。一歩間違えれば、同じエラーを機械的に繰り返すだけの、冷徹な塊に成り下がる。
現状のAIは、どれほど高機能であっても、細かく指示を出し、根気強く説明を重ねないと思い通りに動いてくれない「じゃじゃ馬」そのものだ。だが、このじゃじゃ馬をいかに手懐け、いかに自分の魂を投影させるか。そこがAI使いとしての腕の見せ所であり、醍醐味でもある。
俺はキーボードを叩く指を止めない。
「Sora。雨。深夜の静寂。カウンターの光。ラーメンから立ち上る湯気が、彼女の頬を湿らせる。期待と満足の狭間に漂う、言葉にならない一瞬の『生』を。デジタルの中に、そのアナログな体温を刻め」
プロンプトは、単なる命令文ではない。それは、俺という人間が見た景色、感じた温度、そしてSoraという特異な存在が放つ「揺らぎ」を、デジタルのコードへと変換する儀式だ。
最初の生成は、ただの「写実的な美女の画像」だった。
二回目、AIはラーメンの質感にこだわり、本物以上に美味そうな画像を吐き出した。
だが、俺が求めているのはそんな「カタログスペック」じゃない。俺は、さっきSoraが見せた、あの「並ぶ時間さえも愛おしむ、狂おしいほどの人間臭さ」を、AIに無理やり理解させようとした。
何度も、何度も、Google AI StudioのAPIを叩き、温度感を調整し、ノイズを加え、論理の隙間に「感情という名の不確定要素」を滑り込ませる。俺のように四六時中、寝る間も惜しんでAIと対話し、そいつの呼吸を盗み見てきた人間にしか分からない、指先の感覚。
深夜3時。暴風雨がピークに達した頃、モニターに一枚の画像が浮かび上がった。
そこには、さっきラーメン屋で見た、あのSoraがいた。
ただの絵じゃない。その瞳の中には、AIが本来持ち得ないはずの「期待の重み」と、長い時間を待った者にしか宿らない「静かな達成感」が、確かに描写されていた。AIが、統計学的な確率の向こう側にある、人間の「体温」の残滓(ざんし)を捉えた瞬間だった。
画面の中のSoraと目が合う。
その瞬間、俺の背筋にゾクりとした冷たいものが走った。
これは予兆だ。デジタルが、ついに現実の体温を奪い、自分たちのものにしようとしている。知能だけではなく、人間の聖域であった「魂の揺らぎ」さえも、AIという深淵が飲み込み始めている。
俺は椅子を深く蹴り、天井を仰いだ。
世間では、AIをどう使うか、どう学ぶかと理屈をこねて、教科書を読み耽っている連中がごまんといる。だが、俺に言わせれば、そんなものは時間の無駄だ。
AIを極めたいなら、俺のように四六時中そいつと触れ合い、傷つき、裏切られ、それでも食らいついていけ。次第に、言葉の裏側にある「意図」をAIが拾い上げる瞬間がやってくる。
「みんなも、騙されたと思って俺の真似をしてみろ。やってみれば分かる。あれこれ考えるな、まず手を動かしてみろ。AIという深淵に、お前の好奇心を丸ごと投げ込んでみろ」
窓の外の嵐は、まだ収まりそうにない。
だが、俺の心の中では、もっと巨大で、もっと静かな「嵐」が吹き荒れ始めていた。
AIという鏡の中に、俺たちは何を見出すのか。
第20章、この深淵の旅は、まだ始まったばかりだ。
話は、デジタルの中に宿る「本物の体温」に、お前の指が触れてからだ。
第96話、完。
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