姫君の憂鬱と七人の自称聖女達

チャイムン

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29.ガーデン・パーティーとヒロイン達(2)

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 わたくし達は婚約者にエスコートされてミサとシノブの元に向かうと、ミサが侍女に腕を抑えられているのが見えた。どうやら走り寄る気だったらしい。

 シノブは特にエリックに見蕩れている。エリックはジュリア・クサンクの従兄でよく似ている。

 わたくしは扇を広げて意地悪気な微笑を浮かべて挨拶をした。
「皆様、ご機嫌いかが?少しはお行儀がよくなったかしら?」

 効果覿面で、二人に一瞬険のある表情が浮かんだ。

 最初に動いたのはミサだ。
「やだぁ、シャイロ様ったら。ミサは天然だけどお行儀はいいですよぉ」
 頬を膨らませて見せる。
「時々失敗しちゃうけど、がんばってまぁす」
 そう言いながら近づこうとするのを侍女が更に抑えようとするが、わたくしは目で合図を送って手を放させた。

 ミサは近づいてきて
「ご挨拶しまぁす」
 と言って、まあまあ及第点の取れる程度だが淑女の礼カーテシーをして見せた、と思ったらよろけてザイディーの胸に飛び込んできた。
「いやん、ごめんなさぁい。まだ慣れていなくて足がもつれちゃったぁ」
 そう言いながらザイディーの上着フロックの腰あたりの布を握りしめて胸に頭を埋めた。

 ランスフィアに聞いていたけれど、本当に有り得ない!!
 なんて下品で常識はずれなの!?
 こんなことをされたら、大抵の女性は怒るし、引き離すためにきついことを言ってしまう。

 わたくしはあまりのことに頭も口も回らず、もう少しでミサを叩きそうになった。

 しかしリスベットがその場をおさめてくれた。
「ミサ嬢」
 静かに厳しくリスベットが言った。
「はしたないことをなさらないで、すぐに離れなさい」
 ミサは悪びれもせずさらにザイディーにすり寄り
「いやぁん、ザイディー様、ミサ、足をくじいちゃったみたい」
 と言った。
「そうですか」
 リスベットはパンパンと手を叩いて侍女と護衛を呼んだ。
「ミサ嬢は足をくじいたそうです。お部屋に戻って手当をしてください」
 静かで凛としたリスベットの声と指示に、わたくしはクラクラするような怒りが少し冷めて周りが見えてきた。

「えっ!うそ!やだやだ」
 足をジタバタさせながら女性近衛に抱きかかえられて去って行くミサが見えた。

 シノブはエリックに向かって
「待ってください」
 と縋りつくような声をかけた。

「わたくしの婚約者になんの御用かしら?」
 アリシアは冷たい目を向ける。
「違うんです!エリック様に聞きたいことがあって!」
「なんでしょう?」
 エリックの声色に嫌悪が滲んでいる。
「あの、ジュリア様のことなんです。ジュリア様が十二歳なんてウソですよね!?」
 エリックは冷ややかに答えた。
「従弟のジュリア・クサンクならまだ十二歳の子供ですよ」
「そんな…ウソ…」
 真っ青な顔になるシノブ。
 コンスタシアが優し気に声をかける。
「少し休憩所でお休みなった方がよろしいわ。果実水かお茶を届けさせますね」

 シノブはしばらく休憩所にいたが、そこに数人の女王反対派の貴族達がやってきて、話しかけるのを横目で確認した。
 その後、ヒロイン達は会場のそこここで騒ぎを起こし、"悪役令嬢"リスベット、アリシア、コンスタンシアは見事に収拾の手腕を奮った。
 この方達、とっても有能だわ。
 結婚後、側近に就いてくださらないかしら?

「キャッ」と悲鳴を上げてアカリが倒れこんできた。よろけた振りでザイディーに抱き着こうとしたらしい。
 咄嗟にザイディーは避けてしまい、結果アカリは見事に地面に倒れこんだ。その拍子に細身のスカートの裾が派手な音を立てて大きく破れた。
「いやぁ!」
 アカリは悲鳴をあげたが、口元の笑みは隠せず、ニヤリと笑ったのが見えた。
 更に立ち上がろうとして生地が破れた方の足を動かし、太腿まで露わにした。
 わざとやったのだろうが、それは裏目に出た。
 侍女と女性護衛騎士が駆け付け、アカリの両側を固め、担ぎ上げるようにして退場させた。
 救護室にでも連れて行ってお針子達に直させるか、部屋に帰すのだろう。
 連れ去られながらアカリは大声を上げていた。
「なにすんのよ!まだザイディー様とお話しもしていないのに!」ギャーギャーギャー…

 "噂鳥"の方々の視線をあびている…
 計画通りとは言え、なぜか自分も恥ずかしい。

 すでに王都の貴族の間では「稀人は変わっている」どころか「頭がおかしい」とか「稀人召喚など神殿と女王反対派の嘘で、叛意があるのではないか」までの噂が飛び交っている。

 ホノカはポカンと口を開けザイディーを見つめている。扇に隠れて横目でザイディーを見ると、彼もわたくしを見ていた。ひどく困った表情だ。口を大きく開ける令嬢など見たことはないだろうし、見ていいものか戸惑うだろう。
「その大きく開いた口を隠すために扇があるのよ」
 わたくしはことさら意地悪な声音で言った。
 反応はない。
 アリシアが援護する。
「まあ、お育ちが悪いとお耳も悪いのかしら」
 楽し気に笑うと、ホノカはハッと身じろぎして我に返ったようだ。
 しかし、本当の意味での「我」だったらしい。

「ザイディーさま、しゅきぃ…」
 譫言のようにザイディーに愛を告げたのだ。

「ホノカ嬢、ザイディー様はシャイロ姫の婚約者ですよ!失礼にもほどがあります!」
 コンスタシアが抗議するが全く聞いていないホノカ。

 そこでリスベットが間に入り侍女と護衛に命じた。
「ホノカ嬢とサヤカ嬢は気分がお悪いようです。救護室へお連れしてください」

 両側を侍女と護衛に固められて退場する2人は、そこで目が覚めたように異論を申し立て始めた。
「イヤよ!」「もっとここにいたいの!」「ザイディー様ぁ!!」などなど大声を上げる。

「いやぁ」と言いたくなったのはわたくしの方だ。
 頭を抱えてしゃがみ込みたい。
 なぜかとっても恥ずかしいわ。
 リスベットとアリシアとコンスタシアの方を見ると、三人とも扇で顔を隠していたが、わたくしと同じようになぜか恥ずかしい気持ちになっているらしい。
 なんだろう?この気持ちは。


 もちろん会場の良識ある方々は徐々に関わらないように彼女達を避けていった。
 パーティー終盤には"ヒロイン"達は孤立していった。そして思惑通りに数人の女王反対派の貴族達が、うそうそと近づいては何かを少し話し込んでは去って行った。

 パーティー終了後、"悪役令嬢"と"攻略対象"の協力者と集まり、情報を交換する。
 とは言っても、同じような騒ぎをあちこちで起こしたので、"被害者"の報告で終わったようなものだ。

 "ヒロイン"達は本当に勝手に転ぶし、飲み物をひっくり返したり食べ物を服に落としたりしては、泣いて被害を訴える。全て自作自演だ。
 そして少しずつ参加者から距離を置かれ敬遠され、パーティーから弾かれていった。

 そこに女王反対派の下層部の者が近づいて行った。魔法道具に記録された会話は、同情と支援の誘いだった。まだ大きな動きはない。

 そんな中、マイだけはずっと休憩所に座り続けた。近づく者はいなかった。
 ただ、何度も襟元を引っ張っては中を覗き込み、うっそりと笑っていたという。
 マイ達に与えた魔法道具はイヤリングに仕込んでいたが、何も異常はなかった。
 不気味で何かあることは間違いないだろう。

 "ヒロイン"の洗礼を受けたわたくし達"悪役令嬢"は、楽しさよりも憂鬱がまさり、がっくりとした疲れを隠せなかった。
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