姫君の憂鬱と七人の自称聖女達

チャイムン

文字の大きさ
31 / 36

31.闇の匂いと嘆き

しおりを挟む
「知らせておきたいことがあるの」
 報告会でわたくしは意を決して言おうと思った。

「闇の精霊の匂いがしたの」
 一同がざわりとする。

「最初に会った時にかすかに感じたのだけど、パーティーの席で誰かはっきりわかったわ」
「闇の精霊って…彼女達は神殿にいたのにですか?王宮はシャイロ様のお力で干渉できないのでしょう?」
 リスベットが驚きを隠せない表情で問う。

 この場に居るのは、ジウン、ダイル、ザイディー、ランスフィア、リスベット、アリシア、コンスタシア、エグゼル、エリック、ガイ、宰相のクルドー侯爵、内務大臣シェイン伯爵、神殿管理大臣エイナイダ公爵だ。

 この話をするに当たって、父上と兄上達、エイナイダ公爵に事前に相談していた。ごく限られた者にしか明かしていない事も含まれているからだ。

「神殿では闇の神アイテリアルも祀っていことはご存じでしょう?」
「はい。闇の精霊の災いからアイテアル神が守護してくださっていると教えられました」
 アリシアが応える。

「そう。そうなの。でもそれは一部の話で公にしていない事があるのよ」
 場は静まり返る。
「女王反対派が神官を唆したか、または神官に内通者がいて闇の精霊との契約の儀式を神殿にいる間に施された者がいたわ」
 エイナイダ公爵を見ると、黙って頷く。

「この話はこれから重要になってくるので、ここにいる方にはお話しします。口外は固く禁じます」

 わたくしは一旦息を調えて、神殿の秘匿に触れる話を始めた。

 闇を統べる男神アイテリアルは光を統べる女神テミルの夫であることは誰もが知っていることだ。
 2人の間には娘女神である地を統べるアッテンと風を統べるリディアがいる。
 女神リディアが司るのは風。光を遮る雲を払い、また雲を吹き寄せ光を遮る気まぐれな女神。
 母女神テミルと父男神アイテリアルの中立にいる女神だ。

 しかしそれは公にされている話。
 女神リディアの真の姿、公にされていない秘匿された力は「アッテンジュジュ」と呼ばれるものだ。
 これは大きな光をやや小さな闇が両側から支える姿で表され、神殿でも神殿長と上級神女達にしか明かされていない。神殿上層部と王家の秘密でもある。

 闇の精霊は世界に災いをもたらすと言われているが、実は全てがそうではなく、ごく一部の闇の精霊によるものだ。
 闇の男神アイテリアルは闇の精霊を従えているが、それは決して邪悪なものではない。闇の男神アイテリアルの下にいる間は、眠りと死を司り、無垢な存在だ。
 それを邪悪な思いを以って人間が従属させて災いを起こすのだ。

 人によって闇の精霊を操ることができ、災いを起こすことや邪悪な目的に使役できることを隠すために、一般的には「闇の精霊は邪悪」と教えられる。

 闇の精霊を使役することは禁術である。
 たいてい1人の力と思いで1体の召喚が精いっぱいだろう。
 そして闇の精霊は元々無垢で善良なため、人の思いに染まりやすく、また壊れやすい。思いを強く注ぎ続けないと自然に消滅してしまう。
 召喚した闇の精霊は人の体の中に取り込まれ、
 育てられなかった者には残滓によって、闇の精霊の使役者が操ることができる。
 育てることに成功して使役者になった者は、体のどこかに契約印が現れる。

「契約印はこういう形をしているわ」
 古い本を開けて見せた者は黒い丸の中に燃え盛るような炎の印だ。
「契約印はこの丸の中の炎が本物の炎のように揺れ動くの。おそらくマイの胸の辺りに契約印が浮かんでいるはずよ」
「そういえば、パーティーの間何度も胸元を覗き込んで笑っていました」
コンスタシアが言う。
「とても不気味だったわ」
とアリシア。
「恐ろしいことになりましたね」
リスベットが震える。
ランスフィアは真っ青な顔色だ。

 場を見まわしてから続ける。
「昔は賢者や識女が闇の精霊と契約をして、医術に使ったそうなの」
 再び場がざわめく。
「悪い意味ではないわ。眠りと死を司ると言ったでしょう?これは怪我や病気の鎮静効果にもなり、また手の施しようのない者を安らかに送るためにも使ったそうなの」

 しかし、闇の精霊を暗殺や呪いのような邪悪な目的で使役する者が当然現れ、それを憂いて禁術としたのは500年前の女王レディアルだった。以来、神殿の一部の者と王族の間でひっそりと語り継がれてきた。

「闇の精霊と契約した者は、マイ、アカリ、シノブ、レイの4人」
 皆の顔が強張っている。
「アカリ、シノブ、レイはに失敗しているわ」
「ではマイは成功していると!?」
 エグゼルが問う。

「ええ。残念ながら成功しているわ。まだ使役者にまではなっていないけれど。でも使役者になれば他の3人を操ることができてしまう」

 場は沈黙に包まれた。それほどこの国では、闇の精霊は恐ろしい存在だと根付いているのだ。

 そしてわたくしは第二の秘密を打ち明け始めた。

「わたくしの別名をご存じよね?」
 皆が頷く。
「テミル・リディア。女神テミルと女神リディアの祝福を受けた者、光の聖女と思っているでしょう?」
 沈黙は同意の証。真実を知っている兄上達やエイナイダ公爵は厳しい顔でわたくしを見ている。

 わたくしは胸元から長い鎖に繋がったものを出した。
 赤子の手ほどの大きさのメダルで七色に光る石の両側にやや小さな黒い石が嵌っている。

「これが"アッテン・ジュジュ"の象徴。わたくしはこれが使えるの」
 この説明では今ひとつ伝わらないだろう。
「つまり、わたくしは闇の力も使えるの。だから闇の精霊の気配や匂いがわかるのよ」
 皆に驚きの表情が浮かぶ。

「もしもマイが闇の精霊の使役者になって災いを起こすならば、それを制圧できるのはわたくししかいないのよ」
 皆、何も言わない。

「それでね」
 打って変わってわたくしは明るい声で続ける。
「マイが契約者にならないように、アカリとシノブから闇の精霊の残滓が抜けるように協力していただきたいの」
 にこっと笑う。

「そんな方法がありますの?」
 不安そうにコンスタシアが尋ねる。
 ここからジウン兄上達が引き継ぐ。

「我々も不本意だし、リスベット嬢とアリシア嬢とコンスタシア嬢にも申し訳ない方法なのだが…」
「私たちが哀れな生贄となって、三人の機嫌をとるのさ」
 ダイル兄上がおどけた仕草で言う。
「我々って私達もですか!?」
 エグゼルが心底嫌そうに問うた。

「エグゼル、ガイ、エリック、すまん!」
「リスベット嬢、アリシア嬢、コンスタシア嬢、本当に申し訳ない!」
 ジウン兄上とダイル兄上が頭を下げる。

「それ、私もですよね?」
 ザイディーが恨みがましい声で言う。
「当たり前だろう。君が一番人気があるじゃないか!」

「お願いよ。少しの間でいいの」
 私は皆を伏し拝まんばかりの仕草で頼み込む。

「この三人を先に元の世界に戻す目途がついたのよ。三ヶ月後よ」
 わたくしの発言にアリシアが驚く。
「最低でも一年かかると伺っていましたのに。さすがシャイロ様ですわ」

「全員は無理なのだけど、三人ならできるの。先にこの三人を戻して火種を消すわ」

 自分の思い人にあれこれされる嫌さや怒りはわたくしも経験した。正直、これからザイディーがあの娘達に微笑みかけ優しい言葉をかけることを考えただけで、身も心も焼けつくような気持になる。抱き着かれたら、しなだれかかられたら、と思うと悋気の火の玉になってしまいそうだ。

「わたくし!わたくしがんばりますから!!」
 思わず大きな声を上げるとエイナイダ公爵が破顔一笑。
「泣くほどお嫌なことを自ら進んでおやりになるとは、君主の鑑でございますね」

 気づくとわたくしは涙をこぼしていたのだ。

 ランスフィアとリスベットとアリシアとコンスタシアはわたくしに近づいてきて背や手を撫でて慰めてくれる。
 恥ずかしいけれど嬉しい。

「シャイロ様って可愛い方だったのですね」
 わたくしの頭を抱き寄せながらリスベットが言う。

「だってわたくし達…」
 必死に涙を止めようとしながら言わなくてはならないことを言う。
「続けて"悪役令嬢"として割り込んで、思い人が"ヒロイン"の味方をするのを見なくてはいけないのよ?」

 わたくし達"悪役令嬢"四人は、ひしと抱き合った。

 闇の精霊の深刻な空気は消えてしまい、慰め合う戦友の集会になって終わった。

 それをエイナイダ公爵とクルドー侯爵とシェイン伯爵が、微笑みながら見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

【短編】記憶を失っていても

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
 7年以上前の記憶のない平民出身のラチェルは、6年前に娘のハリエットを生んでからグリオス国のアンギュロスの森付近の修道院で働きながら暮らしていた。  そんなある日ハリエットは見たことのない白銀色の大樹を見つけたと、母ラチェルに話すのだが……。  これは記憶の全てを失ったラチェル──シェシュティナが全てを取り戻すまでのお話。 ※氷雨そら先生、キムラましゅろう先生のシークレットベビー企画開催作品です( ´艸`)

義妹に苛められているらしいのですが・・・

天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。 その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。 彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。 それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。 儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。 そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

処理中です...