偽りの悪女

チャイムン

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2.叔母クローディアの過去

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 「十五年前のことよ。わたくしははアレクサを産んだばかりで、社交の集まりには顔を出せなかったの。女性の社交は当時十七歳のクローディアに任せていたわ」
 コートニーは語り始めた。

 クローディアには、バッケス辺境伯家の長男ブラッツという婚約者がいて、二人に任せておけば大丈夫だとアレクサの両親は安心していた。
 最初は滑らかにいっていたのだが、なぜかブラッツ・バッケスがアリスター子爵家のオリヴィアに夢中になってしまった。
 そこからクローディアは転落していった。

 オリヴィア・アリスターにはジェフリー伯爵家のセルシオと言う婚約者がいた。
 クローディアとブラッツ・バッケスは、オリヴィア・アリスターにセルシオ・ジェフリーから虐待されていると助けを求められた。
 ブラッツ・バッケスは迅速に証拠を集め、あっと言う間にセルシオ・ジェフリーを断罪した。セルシオ・ジェフリーは「そんなことはしていない」と強く抵抗したが、当時のアレクサンダー国王の後押しがあり、深く詮議もしないままオリヴィア・アリスターとの婚約は破棄され、罰として貴族専用の獄に一か月繋がれた。その上ジェフリー伯爵家からも廃嫡された。

 セルシオ・ジェフリーがオリヴィア・アリスターを虐待していた、殴る、蹴る、罵るなどをしていたのならば当然の処置だが、今となっては真相はわからない。詮議はまるで表向きやったという程度だったのだ。

 そして話はそこで終わらなかった。

 それまでオリヴィア・アリスターを労わり、調査するブラッツ・バッケスに寄り添っていたクローディアに、悪意の矛先が向いた。

 今度はオリヴィア・アリスターが、クローディア・オールディスにひどい虐待を受けたと告訴されたのだ。

 ブラッツ・バッケスがオリヴィア・アリスターに親身だということが気に入らず、裏で酷いことをしたというのだ。

 今回もおかしなことに深い追及も詮議もせずに、するするとクローディア・オールディスの"悪事"が認定されてしまった。婚約者のブラッツ・バッケスは掌返しでオリヴィア・アリスターを信じた。
 あっという間に国王から命が下り、クローディアは王都の西外れのマッケイ修道院に送られてしまった。
 クローディアはそこで二年をすごした。

 その間にオリヴィア・アリスターとブラッツ・バッケスは結婚した。これもあっと言う間の出来事だった。クローディアが修道院に送られて半年も経っていなかった。

 クローディアがオールディス侯爵家に戻れたのは、修道院に収容されて二年後だった。
 当時のアレクサンダー国王が急死し、現在のルドヴィック国王に代替わりし、恩赦が下りたのだ。

 なぜか二年前の出来事は、口に出すことを禁じられた。
 クローディアは潔白だったとだけ告知された。しかしオリヴィアやブラッツ・バッケスへの追及も何もなかった。

 そのせいもあり疑うのは人の常で、醜聞はいつまでもひそひそこそこそと、裏で囁かれ続けた。

 現国王はオールディス侯爵家を重く取り立てたが、暗い過去はいつまでも縋ってきた。

「あなたが生まれた時、当時王太子だった現国王が…」
 そこでコートーニーは言葉を切った。
「実はあなたが生まれた時、あなたをお孫様のジェイムズ様の正妃にと決めたのです」
 アレクサは驚いた。
「もちろんそのお話は立ち消えになりましたが…」
 コートニーの表情は鎮痛だ。

「わたくし達はクローディアが酷いことをしたとは信じていません。現国王やその周りの方々も、わたくし達やクローディアの味方です。それでも」
 コートニーはため息をついた。
「オールディス侯爵家は公には要職に就き、社交のお誘いも多いですが、針の筵なのです。クローディアは未だに非公式に罪人扱いですし、わたくし達は罪人の家族扱いなのです。ですからフレデリクの学生時代は辛いことが多かったようです」

「友達なんかできなかったよ」
 それまで黙っていたフレデリクが口を開いた。
「表向きは宰相の息子とおべっかいを使う奴らだけど、裏では私をせせら笑うんだ。社交は閉ざされ、時にはわからないように嫌がらせもされた」
「お前は芯が弱い」
 父ロドリゲスがフレデリクを咎めた。
「何もやましくはないのだから、堂々と振舞えばいいものを」
「諍いはおやめになって」
 コートニーは静かながらもきっぱりと、父と息子を宥めた。

 アレクサはぼんやりと頭の隅で考えていた。
 優秀な兄フレデリクが中央の役職からの誘いが多かったが、それには就かず、領地の管理のみに甘んじているのか。
 心が弱すぎるわ。お兄様は人の目を気にしすぎる。

「ですから」
 コートニーが続ける。
「あなたが社交界にデビューするのはともかく、学園に行くことは賛成できないのです」


 アレクサはカッとなった。優し過ぎる兄ができないから、わたくしにもできないと決めつけるなんて!

「わたくしは負けません!」
 ぐっと顎を突き出すように言い切った。

「わたくしは絶対に動物医になるのです。お友達なんかいりません!社交の集まりなんてどうでもいいのです」
 ばかばかしい令嬢達との付き合いなんてどうでもいい。アレクサは街中や下町をうろつき回って、多少の荒事にも自信がある。

 その時、祖父でオールディス侯爵であるケネスが笑いだした。
「さもありなん」
「そうですわね」
 祖母のアリシアも笑っている。
「アレクサは私に似て豪胆だし、アリシアに似て気が強い」
 全員の注目がケネスに集まった。

「アレクサは来月、デビュタントとして出席させる。さあ、用意を急がねばならん」
 祖母のアリシアはくすくす笑った。
「大方、こんなことになると思って、わたくし用意を進めておりましたのよ。ドレスはすぐにでも仮縫いに取り掛かれます。明日から進めてしまいますわね」
 そして父ロドリゲスと母コートニーの方を見回した。
「さあ、時間は待ってくれませんよ。デビュタントのドレスはわたくしが用意しますが、他の夜会服などは、コートニー、あなたが手配しなくては」

 はっと身じろぎして、コートニーは立った。
「はい、お義母様。すぐに手配いたします」

 これでアレクサのデビューは決まった。

 しかしアレクサには納得いかない部分が残った。
 クローディア叔母は優しく慎ましいけれど、芯のある女性だ。そんな叔母が汚名を受けたまま、この十五年間を自ら奥に籠っているだろうか。それには何か理由があるに違いない。

 そう考えたら、居ても立ってもいられない性格のアレクサだ。

 クローディア叔母さまにも聞いてみよう。

 アレクサはすぐにクローディアの元へ向かった。
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