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3.説得と懺悔
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アレクサはクローディア叔母の部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
穏やかなクローディア叔母の返答に、アレクサはドアを開けて部屋に入った。
「いらっしゃい、レキシー。今日の午後は何をして過ごすの?」
レキシーはアレクサの愛称だ。アレクサはクローディア叔母に、こう呼ばれるのが好きだった。実は街を忍び歩く時の名前でもある。
「叔母さま…」
アレクサは少し迷った。穏やかに過ごしているクローデイア叔母にとって、アレクサが来た目的は心を乱すものだろうことはわかりきっていた。
それでも、どうしても本人に聞きたい。
好奇心からではなく、真実を本人の口から聞きたいのだ。クローディア叔母には、自分の立場から見た側面もあるだろうと思った。
「叔母さまに伺いたいことがあります」
アレクサの口調と表情に、クローディアの顔に心配の色が浮かんだ。
「どうしたの?レキシー。外遊びが知られてしまったの?それとも危ない目にあったの?」
クローディア叔母はアレクサが王都に来るたびに、街中へ忍び歩きをしていることを察していた。
「叔母さま、ご存じでしたの?」
アレクサは少し赤くなった。誰にも気づかれていないと思っていたのに。
「実はね…」
きまり悪そうなアレクサにクローディアは言った。
「お父様、あなたのお祖父様はご存じなの。こっそり護衛をつけていたのよ。お兄様やお義姉様には知られていないと思うけれど…知られてしまって、禁止されたの?」
アレクサはますます驚いた。そして自分の迂闊さに地団駄を踏みたい気持ちだった。お祖父様に見透かされて、護衛をつけられていたなんて。うまくやっていると、独りよがりでいい気になっていたわ。
「お父様達にはまだ気づかれていません…」
しょんぼりとするアレクサに、クローディア叔母は優しく声をかけた。
「こちらへいらっしゃい」
そう言って椅子をすすめた。
アレクサはおとなしく椅子に座った。
クローディア叔母は、それは見事な刺繍を刺していた。
「わたくしはいつでもあなたの味方ですよ。お父様が黙認しているのですもの。あなたは安全だとわかっていますよ」
刺していた刺繍をサイドテーブルに置いて、クローディア叔母は優しくアレクサの手を握った。
「それで?」
クローディア叔母はアレクサに向き合った。
「そんな神妙な顔をして、今日はいったいどうしたの?」
わたくしは今から、クローディア叔母に酷なことをしようとしている。アレクサの言葉はなかなか出てこなかった。
「あの…わたくし、デビューが決まりました」
思い切って口を開いた。
「そして秋からは、王立学園の高等科へ通うことになりました。試験に受かればですが」
クローディア叔母の顔に、暗い影がさしたことをアレクサは見逃さなかった。
「心配ですか?叔母様」
クローディア叔母の手が少し震えていることを、アレクサは感じ取った。
「あなたは…」
クローディア叔母の言葉も震えを帯びていた。
「あなたは今までずっと家庭教師に就いていたではありませんか。それで十分では…」
「わたくしは動物医になりたいのです!!」
思わず強い口調で言ってしまってから、アレクサははっとした。クローディア叔母は青ざめて震えていたのだ。
「ごめんなさい、アレクサ。あなたが家の中に縛られていたのは、わたくしのせいなのに」
クローディア叔母の、スミレのような美しい目から涙が溢れ出た。
「きっとお兄様達は反対したのでしょうね。それをあなたが説得したのよね。ごめんなさい」
クローディア叔母は両手に顔を埋めて泣いていた。
アレクサは少しの間、クローディア叔母が泣いている姿を見ていた。やはり、この話はクローディア叔母を苦しめるのだ。
だが、父達の話を聞いた限り、クローディア叔母は冤罪を負わされた。濡れ衣を着せられて修道院で二年を過ごし、現国王からその冤罪を解かれたのではないか。
「叔母様、わたくし納得がいきません。叔母さまは冤罪だったのでしょう?国王陛下自ら罪をお解きになって帰っていらしたのでしょう?なのに未だに真実を詳らかにしていない。オリヴィア・アリスターやブラッツ・バッケスになんの追及もない。そんなの、ひどすぎるわ」
クローディア叔母は涙に濡れた顔を上げた。
「わたくしが国王陛下に秘密にして欲しいと願い出たのです」
アレクサはまた驚いた。
「そのせいで我が家に…我が家に不利な噂が立ってしまっているのもわたくしのせいです。わかっているのです」
「叔母さま、なぜ…」
「約束してしまったのですもの」
クローディア叔母の涙は流れ続ける。
「誰とですか?なにを約束したのですか?」
こうなったらアレクサはとことん聞くまで引かない気持ちが勝った。
「…オリヴィア・アリスターと…」
アレクサは耳を疑った。クローディア叔母に濡れ衣を着せた当の本人と、秘密を守る約束ですって!?いったいなぜ?
「なぜ…?」
アレクサの声は小さかったが、クローディア叔母は唇を震わせて受けた。
「好きになってならない方を愛してしまったの。婚約者がいるのに。オリヴィアが心を寄せているのに」
唖然とするアレクサ。すぐに気を取り直した。
好きになってはいけないと言うのならば、ブラッツ・バッケスではないはずだ。しかしオリヴィア・アリスターはブラッツ・バッケスと結婚した。
どういうことなの?
アレクサは混乱してきた。
「アレクサ、これはここだけの話にしてくださる?」
クローディア叔母は訴えかけてきた。
「十五年前の真実をあなただけにお話しするわ」
涙を拭いてアレクサに向き合うクローディア叔母の瞳は、もう揺らいでいない。
「あなたがいつでも強くいられるように願っているわ」
クローディア叔母の決意を感じる。
「オリヴィア・アリスターと初めて出会ったのは、いえ、出会ったとはいえないわね。彼女を見た初めての時は、親友のステファニー・ホーンのお茶会でした」
クローディア・アリスターの昔語りが始まる。
「どうぞ」
穏やかなクローディア叔母の返答に、アレクサはドアを開けて部屋に入った。
「いらっしゃい、レキシー。今日の午後は何をして過ごすの?」
レキシーはアレクサの愛称だ。アレクサはクローディア叔母に、こう呼ばれるのが好きだった。実は街を忍び歩く時の名前でもある。
「叔母さま…」
アレクサは少し迷った。穏やかに過ごしているクローデイア叔母にとって、アレクサが来た目的は心を乱すものだろうことはわかりきっていた。
それでも、どうしても本人に聞きたい。
好奇心からではなく、真実を本人の口から聞きたいのだ。クローディア叔母には、自分の立場から見た側面もあるだろうと思った。
「叔母さまに伺いたいことがあります」
アレクサの口調と表情に、クローディアの顔に心配の色が浮かんだ。
「どうしたの?レキシー。外遊びが知られてしまったの?それとも危ない目にあったの?」
クローディア叔母はアレクサが王都に来るたびに、街中へ忍び歩きをしていることを察していた。
「叔母さま、ご存じでしたの?」
アレクサは少し赤くなった。誰にも気づかれていないと思っていたのに。
「実はね…」
きまり悪そうなアレクサにクローディアは言った。
「お父様、あなたのお祖父様はご存じなの。こっそり護衛をつけていたのよ。お兄様やお義姉様には知られていないと思うけれど…知られてしまって、禁止されたの?」
アレクサはますます驚いた。そして自分の迂闊さに地団駄を踏みたい気持ちだった。お祖父様に見透かされて、護衛をつけられていたなんて。うまくやっていると、独りよがりでいい気になっていたわ。
「お父様達にはまだ気づかれていません…」
しょんぼりとするアレクサに、クローディア叔母は優しく声をかけた。
「こちらへいらっしゃい」
そう言って椅子をすすめた。
アレクサはおとなしく椅子に座った。
クローディア叔母は、それは見事な刺繍を刺していた。
「わたくしはいつでもあなたの味方ですよ。お父様が黙認しているのですもの。あなたは安全だとわかっていますよ」
刺していた刺繍をサイドテーブルに置いて、クローディア叔母は優しくアレクサの手を握った。
「それで?」
クローディア叔母はアレクサに向き合った。
「そんな神妙な顔をして、今日はいったいどうしたの?」
わたくしは今から、クローディア叔母に酷なことをしようとしている。アレクサの言葉はなかなか出てこなかった。
「あの…わたくし、デビューが決まりました」
思い切って口を開いた。
「そして秋からは、王立学園の高等科へ通うことになりました。試験に受かればですが」
クローディア叔母の顔に、暗い影がさしたことをアレクサは見逃さなかった。
「心配ですか?叔母様」
クローディア叔母の手が少し震えていることを、アレクサは感じ取った。
「あなたは…」
クローディア叔母の言葉も震えを帯びていた。
「あなたは今までずっと家庭教師に就いていたではありませんか。それで十分では…」
「わたくしは動物医になりたいのです!!」
思わず強い口調で言ってしまってから、アレクサははっとした。クローディア叔母は青ざめて震えていたのだ。
「ごめんなさい、アレクサ。あなたが家の中に縛られていたのは、わたくしのせいなのに」
クローディア叔母の、スミレのような美しい目から涙が溢れ出た。
「きっとお兄様達は反対したのでしょうね。それをあなたが説得したのよね。ごめんなさい」
クローディア叔母は両手に顔を埋めて泣いていた。
アレクサは少しの間、クローディア叔母が泣いている姿を見ていた。やはり、この話はクローディア叔母を苦しめるのだ。
だが、父達の話を聞いた限り、クローディア叔母は冤罪を負わされた。濡れ衣を着せられて修道院で二年を過ごし、現国王からその冤罪を解かれたのではないか。
「叔母様、わたくし納得がいきません。叔母さまは冤罪だったのでしょう?国王陛下自ら罪をお解きになって帰っていらしたのでしょう?なのに未だに真実を詳らかにしていない。オリヴィア・アリスターやブラッツ・バッケスになんの追及もない。そんなの、ひどすぎるわ」
クローディア叔母は涙に濡れた顔を上げた。
「わたくしが国王陛下に秘密にして欲しいと願い出たのです」
アレクサはまた驚いた。
「そのせいで我が家に…我が家に不利な噂が立ってしまっているのもわたくしのせいです。わかっているのです」
「叔母さま、なぜ…」
「約束してしまったのですもの」
クローディア叔母の涙は流れ続ける。
「誰とですか?なにを約束したのですか?」
こうなったらアレクサはとことん聞くまで引かない気持ちが勝った。
「…オリヴィア・アリスターと…」
アレクサは耳を疑った。クローディア叔母に濡れ衣を着せた当の本人と、秘密を守る約束ですって!?いったいなぜ?
「なぜ…?」
アレクサの声は小さかったが、クローディア叔母は唇を震わせて受けた。
「好きになってならない方を愛してしまったの。婚約者がいるのに。オリヴィアが心を寄せているのに」
唖然とするアレクサ。すぐに気を取り直した。
好きになってはいけないと言うのならば、ブラッツ・バッケスではないはずだ。しかしオリヴィア・アリスターはブラッツ・バッケスと結婚した。
どういうことなの?
アレクサは混乱してきた。
「アレクサ、これはここだけの話にしてくださる?」
クローディア叔母は訴えかけてきた。
「十五年前の真実をあなただけにお話しするわ」
涙を拭いてアレクサに向き合うクローディア叔母の瞳は、もう揺らいでいない。
「あなたがいつでも強くいられるように願っているわ」
クローディア叔母の決意を感じる。
「オリヴィア・アリスターと初めて出会ったのは、いえ、出会ったとはいえないわね。彼女を見た初めての時は、親友のステファニー・ホーンのお茶会でした」
クローディア・アリスターの昔語りが始まる。
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