オレ様を行く

ちょこ

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Fiesta

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 昼前に目が覚めた。寝たのは遅かったけれど、いつもどおりに目が覚める。飲み過ぎていなければそんなものだ。
 けれどすべてがいつもどおりとはいかず、今日は部屋の中はムッとした空気で充満していた。床には転がる男が三人。

 こいつらは夜中にやって来た。東京でライブをするために、仕事を終え、交代で運転しながら機材車でやって来た。ミナミデは駐車場で三人を迎えると、そのまま近くの牛丼屋へ行き、軽めの慰労会をした。

 週末の遠征ライブは、その日帰りを強行しようとすればできないことはない。正確には日付を跨いでしまうけれど、ライブだけして帰る、みたいな強行スケジュールをうつのは可能だ。ただそれが続くとキツイから、持ちつ持たれつ、仲間内の誰かの家を当てに前乗りしたり、仮眠をとって帰ることもある。

 ミナミデも快く三人を迎えた。そのつもりだった。が、さすがに1Kの部屋に4人では狭い。かえってひどいことになったのではないかという気がしないでもなかった。

 そっと立ち上がり、うっかり誰かの手足を踏んだりしないように慎重に移動する。顔を洗っていると、誰かが起き上がる気配がした。

「わりぃ、起こしちまった?」

「今、何時?」

「そろそろ昼」

「……じゃあ自然に起きたんだと思う」

 小声で会話する。

 バンドをやっているとハチャメチャなヤツと知り合って、驚くことがある。常識をとっぱらっちまって突飛な行動しかできないヤツや、思考が独創的過ぎて会話の難しいヤツや、奇人変人の部類に入るヤツ。イメージとして浮かびやすい外タレロックスターとおぼしき人物像にぴったりの人間に出会うことだってある。

 けれど、案外、真面目なヤツの方が多い。少なくともミナミデは経験上、そう思っている。こいつもそうだ。問われたことに対して、過剰なくらいにきちんと考えてから返事をする。

 オレは今、起こされて起きたのだろうか?
 そんな感じはしなかったから自然に起きたんじゃないだろうか?
 本当に?

 こいつは今そんなことを考えて時間を確かめ、答えを出したのだと思う。

 確認したり、言葉を選んだり、そういうことにまじめに向き合うやつが、バンドマンには多いとミナミデは感じている。

「こいつらは起きそうにねぇなぁ」

 床に転がる二人を見つめながら伸びをして言う男に、ミナミデは訊く。

「なんか用事あった?」

「いや、ただ腹減ったなぁと思って」

 それなら起こすのは可哀想か。仕事の後の長距離ドライブに疲れていないはずはない。リハやらなんやらもあるけれど、ここからなら三時過ぎに起きて行けば間に合うだろう。

「やきそば食う?」

 ふと閃いてミナミデは訊いた。

 Amazonでインスタントやきそばを箱買いしたばかりで、たまごも買ってあった。返事を待たずにマグカップを手に取る。

 カップで慎重に分量を計り、フライパンにお湯を沸かす。お湯の量は重要だ。多くても少なくても、なにかが気に入らない出来になってしまう。

 お湯が沸いたら麺を袋から取り出し投入する。塊となった茶色い麺をざっとほぐし、あとはときどきかき混ぜて、水分を飛ばす。ジュウジュウと麺の焼ける音がし始めたら、麺にちょっとだけ濃げ色が付き、それでいてまだしっとりした感じを残しているくらいのところを見定めて、火を止める。ソースのいい匂いがしている。

 ミナミデの好きな味付け麺の調理は、本来はこれだけで完成なのだが、ミナミデはやきそばを皿にうつしてしまうと、すぐにフライパンを洗い、もう一度火にかけた。

 表面に残っていた水滴がなくなったところへ多めのサラダ油を投入し、たまごを割り入れ、すぐにふたをする。

 バチバチと盛大に油の跳ねる音がしている。ゆっくりと10数えて火を止めたらフライドエッグの出来上がりだ。まだパチパチと油の跳ねるフライパンの中には、いい具合にどろっと、半熟なたまごが横たわっている。

 薄い膜をまとった黄身と、外側をぐるっと縁取るように出来ている飴色のコゲの輪が食欲をそそる。ミナミデは、やきそばの盛られた皿の上にたまごをそっと移動させた。

「おあがりよ!」

 お気に入りの漫画の主人公のセリフを口にする。

「たまごがいいねぇ」

 男の反応も上々だ。部屋の隅に胡坐をかき、ガッと麺を口に入れ、二人同時にすすりあげた。

「がっつりソース味だな」

 男が満足そうに言って、ミナミデは頷いた。

 一人暮らしを始めてから一番多く食べてきたであろう、具のないやきそば。たまごをのせて食べられるときはご馳走の一つだった。シンプルできつめのウスターソース味を、たまごがとろっとまろやかにする。ミナミデにとっては今も最も好きなやきそばだった。

 二人とも黙って食べる。

「なんか、いい匂いがするな」

 唐突に、床に転がっていた二人が顔だけをあげて言った。ミナミデも男も、ごぼっとノドを詰まらせそうになりながら、最後のひと口を飲み込んだ。

「よーしっ、みんな起きたんならメシでも食いに行くか!」

 皿をシンクに投げ込むと、ミナミデは三人の男を連れて家を出た。

 好物に食欲を刺激され、まだまだ食べられそうな気がしていた。



 平均して月に一度、ミナミデは家中の食材を漁る。

 弁当を買ったときにもらったレトルト味噌汁の小袋や、しょうゆにソース、冷蔵庫に入れっぱなしの食べかけのチョコレートやインスタントコーヒー、トーストセットについていて使わなかったジャム。それらに加え、常に買い置いているはちみつ、ブラックペッパー、コンソメ、小麦粉、バター、カレー粉、前日までに買って来ておいた、にんにく、しょうが、豚肉にじゃがいも、にんじん、玉ねぎをずらっと並べると、なかなかの量になる。

 あったりなかったりで、いつもおなじだとは限らないけれど、これがぜんぶ一つの鍋に入るのかと思うと、料理というものは本当に不思議だと思う。魔女もビックリの調合術だ。

 そんな余計なことも考えながら、ミナミデは腕まくりをして調理を開始する。

 豚コマ肉には塩を振り、ブラックペッパーをガリガリと削って揉み込む。ペッパーミルなんて洒落たものをミナミデが家で使っているなんて自分でもときどきビックリする。料理もののドラマの中でしか見たことのなかった品物をミナミデは同じバンドのベーシスト、ユーキの家で発見した。

「なんだよ、おまえ、こんなもん持ってんのか!」

 からかい半分で茶化したつもりが、

「ミナミデさん知らないんですか? そんなのいくらでもスーパーに売っていますよ」

 逆に笑われてしまった。ブラックペッパー自体はそのころからミナミデの家にもあったけれど、すでに粗挽きされ瓶詰になっているものだった。

「量を考えたら、挽いてあるものよりこっちのほうが安いし」

 ユーキの衝撃的な発言に、その日ミナミデはスーパーに寄り道をした。

「298円!」

 期間限定セールのPOPがついた使い切りタイプのミルに入ったブラックペッパーに、ミナミデは再び驚いた。知らぬ間に世界はどんどん進化を遂げている。

「遅れるべからず」

 意味不明な焦りに、ミナミデは迷うことなく購入を決めた。以来、ガリガリと上機嫌でミルを鳴らし、小さな幸せを感じている。

 にんにく、しょうがはスライスし、にんじん、じゃがいもは適当な大きさに、玉ねぎは大小入り混じるように、リズミカルに包丁を動かして次々とカットしていく。

 ぜんぶを切ってしまったら、もう面倒はない。フライパンに小麦粉を落としサラサラさせながら炒める。ゆっくりと時間をかけ、茶色くなったらどんぶりに移して少し冷ます。そこにバターとカレー粉を練り込んだら、ルウの完成だ。あとはカットした野菜を適当に炒めて煮込むだけ。

 具材がぜんぶ隠れるくらいに水を入れ、沸騰したら膜のようになる灰汁を取り除く。魔女鍋よろしくぐらぐらと煮えたぎる鍋に浮く灰汁をしつこいくらいに取り除く。コツというものがあるとしたら、これがコツだ。

 表面がキレイになったらコンソメと、家中からかき集めた雑多な食材を迷うことなく全量ぶち込む。十分やそこら、鍋が噴きこぼれないように見張って、にんじんが柔らかくなっているのを確認したらルウを溶かし入れ、完成だ。

 凝った調理法なんて知らなくってオッケー。特別な香辛料なんてまったくなくて構わない。シンプルでまろやか、それこそが日本のカレーだ。

 本当のところは若かりしころ、市販のルーを買うと高くつくからと始めた自作カレーだったが、今ではもうこの味こそがオレのカレーだと言えるくらいになっていた。

 ガスの元栓を閉め忘れていないかだけを再確認すると、ミナミデは鍋を放置してバイトに出掛ける。帰ってもう一度、火にかけた後が食べ頃だ。よく言われる「二日目のカレー」ももちろんうまい。

 自転車をこぎながら自然に、ミナミデの頬は緩む。今から楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 やっぱ家メシは最高だよな。

 カレーとやきそば以外を作ることはほぼないけれど、いっぱしの料理人になったような気分で、そんなことを思うミナミデであった。

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