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*小説を書く男*
しおりを挟むまあ別にボクはどっちでもいいんだ、どっちでも。
怒る女をなだめつつ思う。面倒なことはキライなんだ。知らない人と連絡をとるとか、誰かに文句を言うとか、したいなんて思わないし、ぜったいにしない。まあ、誰かがやってくれるっていうなら、それでもいいかと放置するけれど。
そういうのが雰囲気にでるのか、ボクがきちんとなにかを言わなくても、なんとなくそういう感じが伝わるらしい。怒って力説している女も、わりとすぐにそれを察して沈黙する。
「あなたには才能がある」
女は言うけれど、それも本当かどうかはわからない。そんなことだって、ボクはどっちでもいい。どっちでも。
「ごめんね、そろそろ行くわね」
返事をするのも面倒になって黙っていると、女は帰ると言った。
帰って欲しいと思ってそういう態度をしたわけではないけれど、いや、心の奥では思ってはいて、それを態度に出すというところにまでは至っていない状況だったけれど、それでも、人は勝手にボクの望むほうへと行動を寄せてくれる。
そういうのがうざったい。思春期のころには、なにもかもを面倒だと思うだけじゃなく、そんなふうに、わかっているって言っているような態度を、察したような態度をとられることに、無性に腹が立つこともあったけれど、それですらどうでもいいことだと、わりとすぐに悟った。
放っておけばいいのだ。好きにさせておく。そうすれば人は自分の気が済むことを気が済むまでして、あとはこちらのことも放っておいてくれる。わざわざ反応するほうが、生きていく上では面倒なのだ。
ドアをノックする音がした。誰かが訪ねてきたようだ。それでもボクは返事をしない。誰が来たとしても放っておけばいい。用事があるなら自分でなんとかしてくれるだろう。
さて続きはどうしようかな。ぼんやりとパソコンに開いた原稿を眺める。カチャカチャとドアに鍵を挿す音がする。
「ふぅ」
ため息は出たけれど、敢えて振り向いたりはしない。振り向いても振り向かなくてもおなじだ。ゆっくりと、見るからに老紳士、という風貌の男が入ってくるだけのこと。
音はなく空気だけを動かしてパソコンのすぐ脇に、重さを感じる、厚みのある封筒が置かれた。
「いつまでも遊んでいないで帰って来い」
しわがれた声が唐突に言う。乾燥した声だ。優しさも怒りも、どちらも感じられない。平坦で、感情をなにも含んでいないような声。
「もう奥様にお聞きになったかもしれませんが、旦那様がそうおっしゃっていました」
淡々と読み上げるみたいな話し方で、声はそう告げた。
仕事がしてみたいからここにいる。ボクはそう言ったはず。それが「遊んでいる」だって? 珍しくボクの中にちょっと頭をもたげるなにかを感じる気がした。ボクは遊んでいるのだと思われている。そう思われているのか。
ムカつく。いや、がっかりだ。絶望感とも失望感ともとれる感情がボクの中で急速に膨らんでいく。そう、ボクが主人公だとしたら、こんな風に形容するべきシーンなんだろう。でもまあいい。どっちでもいいんだ。考えてみれば、どう思われようとそれは、ボクの本質とはまったく関係がない。ボク以外の誰かがボクに対して勝手に思うことであって、ボクのあり方には微塵も影響しないことなのだ。
気の向くまま考えごとをするボクは返事をしない。老人もまたそれ以上はなにもセリフをもたないようで黙っている。
そうか、どうにも膠着して進んでいかない物語は、こんなふうなのだろう。会話がないシーンはこういうふうに表現するべきか。ボクの頭の中で登場人物たちが動いていく。
それでどうするんだい?
ときどき次の行動を促しながら、ボクは彼らのあれこれを原稿用紙に写し取っていく。
気が付くと、老人はもう部屋にはいなかった。いつのまにか現実の時も流れていたらしい。どれくらい時間が経ったのか、わからなかった。部屋の電気は常に一定で時に左右されることはなく、固く閉じたブランドの向こうのことはわからない。まあ、いい。時間を決めた約束などボクには存在しない。今が何時でもかまわなかった。
キーボードの上で手を握ったり開いたりして固まった指をほぐすと、ボクはまたパソコンの向こうにある世界を覗く。そうして、パチパチという小さな音だけがする空間で、ボクは小説を紡いでいく。まるで本物の小説家にでもなったような気分で。
(了)
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